『Virtual CountDown FES』-6-
ジャンル別日刊ランキングで9位に入ることができました。ありがとうございます。
一部に改稿前の部分がありましたので追加修正しました。
時刻は21時30分。動画メドレーの最終パートの最後の楽曲が流れると、コメント欄が歓声と祝福の声で埋め尽くされた。選ばれたVtuberの名は『志熊』、額にギリシャ文字のΣを額に刻んだ、文字通りのクマの姿をしたVtuberである。そして、最初期から活動している個人勢でもある。
彼は配信の内外において「電子生命体NAYUTAと願真に憧れてVtuberになった」と公言している。完全自作の3Dアバターは、良くも悪くも手作り感溢れるものではあったが逆に新規参入者のハードルを下げた事で現在のVtuber個人勢の流れを作った功労者と呼ばれる事もある。
彼が歌ったのは初のオリジナルであり、友人への感謝と旅立った者へ幸運を祈る楽曲だった。自ら作詞を手掛け、同じ個人勢のアーティスト系Vtuberに作曲・アレンジ・MIXを依頼して作られた楽曲は、再生数こそまだ伸び始めたばかりだったが、最初期から界隈を追いかけて来たファンの間では既に新たなアンセムとして名高い。
《グマちゃんトリやんけ!!》
《これがトリじゃなきゃダメってレベル》
《泣ける》
《ナユ願への感謝状でもあるんだよな、この曲》
《完全個人だと最古参だもんなぁ。一番見送って来たVtuberでもあるもんな》
《グマちゃんが楽しそうにVやってればこの業界は安泰だよ》
そんな大絶賛のコメントに包まれながらメドレーが終わると、再びMCステージへと画面が切り替わる。それぞれの3Dアバターが拍手でメドレー動画への参加者を労った。
「以上で動画メドレー全曲になりまーす!たくさんの御応募、本当にありがとうございましたー!」
「いやー……力作揃いだったね」
「みんなすごい」
照陽アポロが配信開始から10時間近く経過していると思えない声量で謝意を述べ、GAMMA、NAYUTAがそれぞれ端的ながらも感慨深そうな感想を述べた。
「というわけで、この後はナユちゃんの歌動画と、シエルちゃんのライブが残ってるわけだけど……ここで、最後の企画!『7人が選ぶ!動画メドレーアンコール!』でーす!!」
「はい、こちらの企画ですが文字通りですね。動画メドレーに投稿された楽曲の中から、私達が独断と好みで選んだ一曲をワンコーラス流そうじゃないかという企画です!フルバージョンはそれぞれの動画から見てください!マイリストは概要欄にありますよー!」
《おおおおおおおおお》
《これは楽しみ》
《一曲だけって無茶苦茶迷うんだけど》
《30曲くらい選ばせて欲しい》
「まず全員で発表して、その後メドレー形式で流す形になります!では最初は……ステラちゃん!」
「私からか。そうだね……色々印象に残った楽曲はあるんだけど、私の知らない曲で、凄く気に入った曲があったんだよね。『獣系Vtuber、カラスとヤマネコ』の二人を選ぼうと思う」
「あー、あの二人か。見た目可愛いからSNSで紹介したら、なんか定型文みたいなリプがいっぱい来た覚えあってな。ゲームの有名なシリーズのファン二人らしいってその時知ったわ。曲もそのゲームの中の挿入歌らしいわ」
ステラが名前を出すと、コメント欄が湧き上がる。歓喜の声、ステラへの感謝の声、闘争を求める声が高速で流れていく中で月影オボロが補足情報を出す。ゲーム特化型のVtuberは数多いが、その中でも一つのシリーズに固執した配信でコアファンを集めている事で有名な二人組Vtuberである『カラスとヤマネコ』だった。見た目はデフォルメしたワタリガラスとヤマネコの姿をしており、何故か首輪をしているのが特徴である。
「コメントもゲーム内に出てきたセリフっぽいのがいっぱい流れてますね。とりあえず新作が熱望されている事はよくわかりました。えーっと、次はGAMMAさんでお願いします」
「僕は、さっき流れたばかりだけど志熊くんの『Letter』で。デビューしたころから知ってる、数少ないVtuberさんだからかな……うん、放送中じゃなきゃ泣いちゃってたかもしれない」
「これは志熊くん大歓喜でしょうね。そんじゃ私は……にゅーろねっとわーくの如月シャロンさんが正統派現代アイドルって感じで良かったので彼女をリクエストします」
「わー!ウチの後輩!ありがとうアリアちゃん!!私はー…迷ったけど、V-インディーズの『ラウドゾンビ』の皆さん!本格的なバンドサウンドの良さを改めて教えてもらった感じがする!」
続いてGAMMA、七星アリアがそれぞれリクエストする。GAMMAは自身と縁の深い志熊からのメッセージにも似た楽曲に、視聴者視点でも分かるほど強く感情を揺さぶられていた為納得の選出であった。七星アリアは自身のアイドル好きの観点から見て、将来性を感じられる新人をチョイスする。後輩が選出された事に天堂シエルが大喜びし、とあるDirecTalkerでの通話では親友の選出を自分の事の様に喜んでいた。
その天堂シエルは個人運営のミュージシャン系Vtuberによるラウドロックバンド、『ラウドゾンビ』のアニメソングのアレンジカバー曲を選んだ。メンバー4人は特に示し合わせるでもなく、偶然アンデッド系の2Dアバターだったことから組んだらしい。音楽性は合っているがゾンビ観の違いから解散し、数日後に再結成した事で一部で話題になった。
「次はウチやね。MC備前さん達のマイクリレーで。いや、あの一分だけでめっちゃカッコよかったやん、あれ」
「私の後輩の龍くんも参加しているところだね。曰く『どこに出しても恥ずかしくないスキルと、どこに出しても恥ずかしい人間性。そんなCrew』だそうで」
「備前さんは一度ラップ教えて貰ったことあるよ!あ、私がリクエストするのはー……迷うけど、リリアム・ノヴェンバーさんの一人デュエット!」
「あー、私も迷いましたもん。っていうか、リリアムさんですよ。あんなイケボ出せるなんて聞いてないですよ!」
オボロが選んだのはMC備前を代表とした、6人MCでのマイクリレーだった。自身の後輩もメンバーに名を連ねている事から、ステラが補足をすればコメント欄では龍真へのディスが飛ぶ。なお、ディスを飛ばしていたのも参加メンバーの数名だった為、視聴者たちはいつもの事としてスルーした。
一方で異様に広い人脈をさらりと述べた照陽アポロは、個人勢にしてバ美肉というジャンルを開拓した一人であるリリアム・ノヴェンバーの動画を選んだ。男女デュエット曲を、高音と低音を歌い分けるという荒業で数多の視聴者を混乱の渦に叩き込んだ彼女の代表曲である。
「それじゃあ、最後はナユちゃん!」
アポロから振られたNAYUTAであったが、困った様に立ち尽くす。助けを求めるような視線を向けた先に居たのはステラだった。それを察してか彼女へと近寄ってどうしたのか確認すると、眉根を寄せたNAYUTAがこう尋ねた。
「かんじが、よめない……ステラ、『Piano Man』うたったの、ステラのとこのこだよね?」
「……!ああ、私の事務所の後輩の、石楠花ユリアだ」
「うん、しゃくなげ、ゆりあちゃん。ようがくの、すごくゆうめいなうた……わたし、あのこのうたとピアノ、すき」
表情を一転して笑顔を見せながら石楠花ユリアの楽曲をリクエストするNAYUTAに、ステラは後輩が再び選ばれた事への喜び以上に、驚きを見せていた。NAYUTA自身は性格こそ子供っぽい部分が目立つが、エンターテイメントの見方はどちらかというとシビアな目線を持っている事を、ステラは知っている。目が肥えている、と言ってもいい。
そんな彼女が、単純に手放しで褒めた。その事実の重大さを分かっているのは、この場の6人だけだった。
※※※
石楠花ユリアは混乱していた。実年齢こそ近いものの、Vtuberとしては大先輩であるNAYUTAからもう一度楽曲を聴きたいと言われ、歌とピアノが好きだと言われた。先ほどからスマートフォンの通知が止まらなくなっている。自分のSNSへのフォローや、投稿した楽曲への反応、TryTubeチャンネルへの登録やコメントが急速に付き始めていた。嵐は、突然起きたのだ。
「はわ、おに、おにいちゃん、これ通知止め方を……!」
「落ち着いてくださいユリアさん、御家族の方を頼るのは結構ですが、これが配信だったらまぁまぁの騒ぎです」
Re:BIRTH UNIONメンバーへの通知はそれぞれ発生はしていたが、ユリアへのそれは文字通りの桁違いだった。通話を繋いでいる事すら忘れたように、家族へSOSを求めるユリアを廻叉は宥める。他の面々は流れているリクエストされた動画をどこか浮足立った気持ちで見ていた。
「いやー……完全に見つかったな、お嬢。何せ、NAYUTAのお墨付きだ」
「でも龍真も選ばれてるからねー。いやー快挙快挙よ」
「真・清楚の力……!ユリちゃん、やったね……!!」
「あの、水を差す様で申し訳ないんですが僕のDMに僕をモデルにしたオカルト小説っぽいのが届いたんですがどうしたらいいでしょうか」
約一名ほど浮足立っている理由が違う者が居たが、全員が石楠花ユリアのブレイクを確信している事は間違いなかった。混乱の極致に居る当の本人だけがTryTubeやSNSの設定変更でそれどころではない、というのは喜劇めいていた。
「……これは、私もうかうかしてられませんね。一年後の約束の為にも、並び立てる存在にならなければ」
「か、かいささん、私のSNSのパスワードってなんでしたっけ……!!」
「いや、それは流石に私でもわかりませんが」
楽し気な混沌の中、正時廻叉は一人呟く。その頭の中に、脚本と舞台構成を何通りか並べながら。だが、少なくとも今は彼女の混乱を収める方が先決と判断し、脚本を一旦引き出しへと戻すことにした。
※※※
リクエストされた動画の再生が全て終わると、画面が不自然なノイズと共に切り替わった。
廃墟と化した研究所のような場所だった。中央に立つのは、NAYUTA 01――その目線の先に、ガラスの棺で眠る『電子生命体NAYUTA』が居た。眠るように動かない彼女を、懐かしそうな表情を浮かべてNAYUTAは棺へと近付いた。
彼女が棺に触れると、棺は光の粒子となって消える。それぞれの体が淡い光を放ち、緩やかに、その光が重なり――融合していく。そして、そのまま視線を真っ直ぐ前に向けて、モニター越しの視聴者へと語り掛けるように語り始めた。
『私には、夢がある』
拙い日本語とは真逆の、ハッキリとした、意思の強さを感じる英語で彼女は語る。偶然にも、その語り出しは有名な演説と同じ言葉だった。まるで映画の様に、画面の下には彼女の意を汲んだ和訳が映っていた。
『この電子の世界を、より広く、大きく、楽しい世界にしたい。みんながここで、幸せに――例え、不幸があっても、それを癒せるほどの幸せに満ちた世界にしたい』
彼女が指を鳴らす。機能を停止していた機械が動き始める。止まっていた時間が動き出したかのように、機械たちは唸りを上げた。
『二次元、三次元と言った枠組みすら超えた、新しい未知の次元。それが私達、New Dimension Xだ』
指を鳴らす。廃墟の様だった施設が、時間を巻き戻すように、或いは早回しされるように姿を変えていく。彼女の立つ場所は、遠い未来のような都市になっていた。
『これは過去への挑戦だ。未来への挑戦でもある。そして今この瞬間での挑戦でもある』
風景が切り替わる。シンプルなステージにNAYUTAは立っていた。その背景映像は、無限に広がる銀河だった。
『もう少しで、新しい年が始まる。そして、新しい時代が始まる。もうすぐ、みんなにちゃんと会いに行くよ』
表情を変える。満面の笑みを浮かべて、こちらに手を振った。
「ただいま、はじめまして。わたしは、なゆた。みらいと、ゆめのために――うまれてきた」
音楽が始まる。日本の、女性アイドルグループの楽曲だった。曲調と、ライブパフォーマンスが極めて近未来的な彼女たちの楽曲は、NAYUTA 01が歌う事に何一つとして違和感を感じさせなかった。テクノポップを歌う、かつての電子生命体という構図は、まるで誂えたかのようにピタリとはまっていた。
夢を持って、走り続ける――そんな強い意志を感じさせる歌詞。楽曲の進行にシンクロして、無数の光が背景から飛び出す。それは、流星の様だった。だが、それが流星ではないと視聴者は気付く。光は空間に浮かぶモニターとなって、映像を映し出す。
そこには、電子生命体NAYUTAが居た。彼女を始めとした、現在活動しているVtuberの配信中の映像のキャプチャーが映っていた。同じように歌っている者も居れば、雑談をしている者も居た。ゲームをやっている者も居たし、絵を描いている者や3Dモデルの作成をしている者も居た。その全員が、Vtuberだった。その中心で、彼女は歌っていた。彼女は、最初の一人であり、その中心に位置することが当然であるかのように、視聴者たちは受け止めた。
誰もが見入った。コメント欄が、盛り上がりに反して低速化した。少なくない人数が、この映像の細部までを見逃すまいとして、コメントを打たなかった。
楽曲が終了し、待機画面へと切り替わった直後。ようやくコメント欄が加速し始めた。単純な称賛、感情の赴くままの叫びにも似た歓喜の声。そして、彼女が見せた未来と夢への期待の声。
新しい年を迎えるまで一時間を残し、彼女の歌は新しい時代の幕開けを万人に示して見せた。
御意見御感想の程、お待ちしております。
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