『Virtual CountDown FES』-4-
配信開始から早5時間が経過し、『Virtual CountDown FES』の盛り上がりは収まる様子を見せない。SNS上でのトレンドでは上位に位置し、動画メドレー内で高評価を得たVtuberの名前もトレンドに上がるなど、界隈全体に波及する祭りと化していた。
動画メドレー以外にも2018年に行われたリアルイベントやライブ、その他大きな話題になった配信等の映像を流して一年の流れを振り返る企画もあった。その中には、Re:BIRTH UNIONによるハロウィン企画も含まれており、少人数ながらも精鋭揃いである事を内外にアピールして見せた。
しかし、全体的に3D配信やライブの多いエレメンタル・にゅーろねっとわーく・オーバーズの映像が多く、ファンのコメントも同様に上位3社への物が多かった。とはいえ、ファンの母数が多いが故に中堅他社や個人運営のVtuberへの反応は好感触であり、今まで自身のアンテナに掛からなかった実力者を歓迎するムードが完全に出来上がっていた。
「さぁ、間もなく折り返し地点……という事でね!前半最後のライブになりまーす!では、現場のアリアちゃーん!」
「はい、こちらライブ会場の七星アリアでございまーす。いやー……心細いなぁ!しかも前任者のステラさんがハードルをこれでもかってくらい上げたんでね。視聴者の皆様におかれましては、変な女がなんかやっとるくらいの心持ちで見てくださいね。そもそも私は歌ではなくトークで出てきたタイプのVtuberですからね!さぁ、期待しないでご覧ください!大体オーバーズには私より歌の上手いのが山ほどいるんですよ!頭おかしいのもいっぱいいるけど!フィリップくんとか!!」
「アリアちゃん……いっそ清々しいくらいのハードル下げだね……」
「予防線だらけで動くだけで絡まりそうなんだけど」
「私のせいなのかな、これ?」
「唐突なフィリップディスやめーや。確かに『なんで君、アレ歌ったん?』ってなったけど。しかも同期と他社の人巻き込んで」
照陽アポロの呼び込みに対してマシンガントークで切り返す七星アリアは配信開始から5時間経過しているとは思えない程の声量と勢いだった。彼女自身が言う通り、七星アリアはその『途切れない雑談』を売りとしている。初配信においては文字通りマイク一本で5時間近く喋り倒すという衝撃のデビューを飾り、オーバーズという事務所全体のスタートダッシュを成功させた立役者だ。
一方で歌に関しては、企画で数曲を歌った程度でそこまで力を入れているとは言い辛いのも確かだった。彼女の言う通り、オーバーズという箱には彼女以上の歌唱力を持つ人物は多数居る。しかし、彼女らしさを前面に押し出す選曲のセンスから彼女の歌に対するファンも多い……が、そんなことは彼女自身には然程関係がない様子だった。
テンションと声高らかに自虐するアリアに容赦なくツッコミを入れるMC勢、というのも昨年末のイベント配信を見た者には懐かしい光景だった。違うのは、彼女の自虐に巻き込まれた後輩が居るという事だった。フィリップ・ヴァイスを筆頭とするオーバーズ1804デビュー組。最近になって『御馬鹿SON』というユニット名で悲鳴と怒号と爆笑が飛び交うハードコアリアクション配信を行っており、別の理由から3Dアバター実装が待ち望まれる面々だった。
「よーし、いいでしょう。私も覚悟が決まりましたよ。とはいえ、私のコンサートは歌2に対してトーク8ですからね!しかも思い付きで喋るから毒にも薬にもならない事間違いなし!さぁ、モニターの前の皆さん!トイレやお風呂に行くなら今の内ですよ!何なら多めに時間割いてもらったので、この時間で夕飯も食べれますよ!これが本当のディナーショーってね!!……おいどうした、笑えよ」
「アカン、絶好調やわ」
「ありあ、たのしそうだねー」
《草》
《オーバーズは愉快だなぁ》
《こんなんでも歌は割と上手いんだよな、本人が絶対認めないだけで》
《フィリップは何故ディスられたのか》
《笑いを強要する芸人の鑑》
《最早漫談じゃねーか》
《オボロが匙投げてて草なんだ》
《なんだかんだで言って毎回絶好調じゃねぇか》
《ナユタが面白い生き物を見た時の声をしておる》
※※※
「という訳で、次が最後の曲になる訳ですけれどもあっという間の1時間でしたね。他の皆さん、交代で裏行って夕飯食べてました。いや、まぁいいんですけどね。ただこの後、私一人でご飯なのって思うと哀しみを背負いそうです。そこでお茶飲んで満足そうにしてるアポロちゃんが可愛くて腹立つんですよ」
《本当にトーク8だったな……》
《歌はちゃんとしてるのに、合間合間のトークの印象しか残らない不具合》
《飯の時間の確保に使われるオーバーズの旗頭》
《この扱いで納得してしまうのはアリアの人徳なのか業なのか》
宣言通り、ほぼ1時間を2割の歌と8割のトークで繋ぐという離れ業を見せた七星アリアに畏れと敬意と呆れ混じりのコメントが飛び交う中、佇まいを正して小さく咳ばらいを一つした。
「最後の曲なんですけどね、何を歌おうか結構悩んでたんですよ。それで、色んな人の歌ってみたを巡って見たり、自分が誰に対して歌いたいのかとか色々考えたりなんかしてね。普通だったら、ファンの皆さんに向けてとか、同じオーバーズの仲間へ、って考えるところなんでしょうけど。大晦日っていう一年の区切りでもあって、明日からは新しい年が始まるって考えた時に、私が知っている中で一番悩んでる人に向けて歌いたいなって思ったわけですよ。……私の雑談聞いている方ならピンと来たのではないですか?」
コメント欄がざわつき始める。オーバーズのファン、特に七星アリアのファンと思しきアカウントが心当たりがある旨を呟き、或いは答えを言ってしまっている者も多数居た。コメントの中にはオーバーズの1期生である『青薔薇』のコメントもあったが、それに気付いたのはごく一部だけだった。
《青薔薇@OVERS_1st:言うんだね。その判断を尊重するよ》
「……私の弟なんですよね。まぁ雑談では話題に出しては居たんですが。まぁ昔っから病気がちな子でして。外に出て遊ぶなんてこともあまり出来なくて、学校も休むことが多くて。放っておくと沈み込んじゃう子だったから、ついつい私が色々話して元気づけたり笑わせたりしようとしてたんですよ。たぶん、今の私の雑談力はこの辺由来ですね、間違いなく。勢い余ってオーバーズのオーディションに受かるくらいには、培われてた物は大きかった、と」
少しだけ躊躇うように自身の弟について話始める。なんてことの無い雑談、の様な喋り口調ではあるが、その内容は重い。だからこそ、これまでの無軌道で無秩序なフリートークすらも理由があってこそだと知り、その意味合いは大きく変わる。
「でねー……去年の末頃ですか。症状が悪化してしまって、手術を受ける事になったんです。その時の手術のお蔭で、今は大分健康な体になれたので、うん。家族としては喜ばしい事ですけど、弟としてはやっぱり辛かったみたいで。自分の進路とか、未来について本気で悩んでしまっていて。丁度中三で、受験を棒に振ってしまったのが堪えた、ように姉視線からは思えました。……ああ、弟には話す許可を取りましたよ。結果的に、全日制じゃない学校に進学が決まりまして、新生活に向けて元気にやってますし、流石に勝手にこんなことは話せませんから。プライバシーにも関わりますしね」
軽妙な口調で語られる重い話に、コメント欄だけでなく、スタジオ全体の空気も変わったかのようだった。最後のフォローも、フォローとしての役割を十全に果たしていたとは言えない。
「元気にやってはいるけど、どこか遠慮がちになった気がするんです。この前小一時間程問い詰めた所、入院や手術で家族に負担をかけたとか、進学もギリギリまで自分で決められずに迷惑をかけたとか……ええっと、ちょっと声を荒げますのでボリューム調節お願いしますね」
手を下へと仰ぐようなジェスチャーを一つ交えると、彼女は大きく息を吸い込み、思いの丈ごと吐き出した。
「今日見ろって言ったから見てるであろう弟!家族がそんな事で負担とか迷惑なんて思う訳ないでしょうが!!アンタが健康になって元気に過ごせてるって事の方がよっぽど大事だし重要!いっそ変に迷う暇すらなくなるようにアンタをオーバーズにコネ採用でデビューさせてやろうと姉は目論んでるからな!スタッフにもマネージャーにも社長にもまだ言ってないからお姉ちゃんは今度叱られると思います!!以上!!!」
《いい話なんだけど最後の最後で台無しでは?》
《姉としての思いやりと、縁故採用ゴリ押し宣言で温度差が酷い》
《弟君は強く生きねば》
《青薔薇@OVERS_1st:何もそこまで言えとは言っていない》
《でもいい姉ちゃんではあるんだよな……それ以上に、ちょっとアレなだけで……》
《あえて草生やすわもう》
《青薔薇様、冷静に梯子を撤去で草》
《弟君、デビュー待ってるやで》
若干暴走気味なテンションながら、自分が厳重注意を受ける所まで織り込み済みな辺り冷静な判断をしている七星アリアの家族へ向けた私信を終え、いっそわざとらしい程に大きく息を荒げつつカメラへと向き直る。
「……という訳でね!最後の曲は、弟との思い出の場所にまつわる歌が見付かりまして。病院の屋上に、看護師さんと、お母さんと私と弟で上がった事があるんですよ。今も覚えてます。雨上がりの虹と、突き抜けるような青空を二人で見上げてたのを、今でも覚えているんです。そんな曲です。親愛なる弟へ向けて、歌います」
彼女がそう言うと、ライブステージが青空へと切り替わった。そして、真っ直ぐに立ち歌い始めた――
※※※
自宅のタブレット端末で配信を見ていた彼は、奔放で良く喋る姉の歌唱に耳を傾けていた。1万人以上の同接が居る中で、自分に向けてと明言した上で歌われた曲は、確かに姉が自分へと贈る歌詞だと感じた。あの日、車椅子に座りながら眺めた青空が、鮮明に蘇る。
「敵わないなぁ、姉ちゃんには……」
3Dアバターで歌う姿は彼が知っている姉と似て非なる存在ではあったが、確かに自分の姉であると改めて実感できた。そして、彼女が歌うバーチャルという世界が、とても輝いて見えた。
「Vtuberか……」
興味が無いと言えば嘘になる。だが、姉の縁故で入っても、自分に何が残せるだろうか。ふと、配信の概要欄を眺める。今日のメインである出演者と、その所属企業と公式サイトへのリンクが並列して書かれていた。その中に、彼は自分の境遇に相応しい名前を見付けたのは、或いは運命だったのかもしれない。
「……『Re:BIRTH UNION』……」
※※※
「ア゛リ゛ア゛ぢゃああああん……!!!」
「アポロさん、涙腺ぶっ壊れてませんか?大丈夫ですか?」
「弟さん居るのは知ってたけど、詳しい事は今日初めて聞いたらしくてな。まぁアポロは元々涙腺壊れとるからしゃーないわ、うん」
メインMCである照陽アポロが号泣しながらライブを終えた七星アリアを迎え入れる。アリア自身も感極まっていたが、それ以上に感情剥き出しな姿を見た事で冷静になってしまっていた。
「でも、アリアちゃんの凄くパーソナルな部分が見れて、ちょっと嬉しかったよ。だって、いつもたくさん話してくれるけど、自分の内面的な所とかは何となく隠してたでしょ?」
「ありゃ……シエルさんにはお見通しでしたか……」
「見通せてなかったのがここに3人程いるけどね……ああ、そういう意味ではアポロもか」
「おとうとさん、げんきになってよかった」
「本当にそう思うよ。アリアさんの気持ち、弟さんにも伝わったと思う」
「いやー……はい、恐縮です。ありがとうございます」
小さく拍手しながら迎え入れたシエルの言葉に意表を突かれ、NAYUTAとGAMMAから素直な感想を貰えば、いつものトークのペースは鳴りを潜め、小さく礼を言う事しか出来なかった。いつもの雰囲気を残してくれているステラやオボロと喋っていたい、と思ったが――もう一人の前半のメインMCである天堂シエルがカメラの前へと出て行くことで、そのタイミングを逸した。
「はい!という訳で、ここまでで6時間程経過した所で配信枠を後半に移したいと思います!後半は残りの動画メドレー全部流して、その中から私たちが選ぶ一本をもう一度流すアンコールリクエスト!更に!エレメンタルのアポロちゃんとオボロちゃんのライブ!NAYUTAちゃんの歌唱動画!!そして、私天堂シエルのライブがあります!!後半もお楽しみに!!」
元気よく後半の告知をすると後ろへと戻り、7人が並んでカメラへと手を振る。その映像をフェードアウトさせながら待機画面へとシフトさせ、『Virtual CountDown FES』の前半部は恙なく終了した。
視聴者の熱量も、参加者の熱量も下がり切らないまま、舞台は後半の配信枠へと移る――。
彼女がオーバーズという大所帯の中心に居る理由が伝わればいいな、と思っています。
そして、作中における来年への予告らしき人物も。
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