『Virtual CountDown FES』-1-
真っ白な画面に、一つのウィンドウが開いた。そこに映っているのは、青色の髪に銀色の眼。背中に機械の翼を持った少女だった。
「はじめまして、わたしはでんしせいめいたい。なまえは、なゆた」
別のウィンドウが開く。金髪のツインテールに、トリコロールカラーの衣装を纏った少女が現れる。
「初めまして!私はバーチャルアイドル、天堂シエルです!アイドルの自己紹介は、歌とダンス!というわけで、早速一曲目に行ってみましょー!」
また、別のウィンドウが開く。白衣姿にメカニカルバイザーで目元を隠した、怪しげな青年が手を振っている。
「TryTubeをご覧の皆さん、こんにちは。僕の名前は願真、技術者です。これから、皆さんに電脳世界の楽しさを、バーチャルの楽しさを伝えていきたいと思います」
別のウィンドウが開く。セーラー服に黒髪を三つ編みにした、品行方正を絵に描いた様な少女が映る。
「皆様、初めまして。オーバーズ学院生徒会長、七星アリアです。ちなみにオーバーズ学院というのは今私がでっち上げたので、現在の生徒数は0です」
二つのウィンドウが開く。右側には、オレンジ色の髪の、活発そうな少女が満面の笑みを浮かべている。
「やっほー!バーチャルアイドル、照陽アポロです!バーチャル世界を、名前の通り太陽の様に明るく照らすアイドルになりたいって思ってます!」
左側には、黒髪のストレートヘアー、革ジャン姿が印象的なクールな女性が映っている。
「毎度。バーチャルアイドル……アイドルでええんかな、ウチが。月影オボロです。とにかく歌う事が好きなんで、これから色々歌っていきますんで、よろしゅうお願いします」
ウィンドウが開く。深い藍色の髪に、金色の瞳。超然とした雰囲気の少女が佇んでいる。
「私は、ステラ・フリークス。歌を歌うために、私は此処にいる」
ウィンドウが、それぞれに光を放つ。流星の様に駆けだした光は、電脳世界を巡る。無数の、歌動画のサムネイル。古参の個人Vtuberの動画から、新人の企業所属者の動画まで、画面の奥から正面へと迫ってくるサムネイルの間を縫うように光が走る。行き着いた先にあったのは、ライブステージ。光がそこに降り立つと、形を変えていく。それぞれ、人の形に。その中心に立つ光から、翼が生える。
光が強くなり、画面はホワイトアウト、そのまま数秒後――世界に色彩が戻ると、7人が立っていた。
『最初の7人』が、そこに立っていた。
眼を閉じたままの7人。ステラ・フリークスが目を開ける。左手を小さく振ると『Re:BIRTH UNION』のロゴが空中に現れて、光の粒子になって彼女へと取り込まれた。そして彼女は、意味深に笑みを浮かべて見せた。
照陽アポロが、月影オボロが目を開ける。それぞれ、両手を前に差し出すと、アポロの手には小さな太陽が輝き、オボロの手には三日月が静かに光を放っている。互いに大事そうに太陽と月を抱きしめて、その身に取り込む。
七星アリアが目を開ける。一瞬体にノイズが走り、紺色のセーラー服姿から白を基調としたアイドル衣装に変化する。どこかわざとらしく驚いて見せてから、笑顔で手を振った。
天堂シエルが目を開ける。同じようにノイズが走り、私服姿から、トリコロールカラーの舞台衣装へと変化する。その場でくるりと一回転し、スカートと金色の髪を靡かせながら決めポーズをしてみせた。
願真のメカニカルバイザーに光が灯る。ノイズが走り、バイザー以外の衣装がシルバーと青の近未来的な服装へと変わり――バイザーに『GAMMA 02』と表示される。表情は窺い知れないが、口元には穏やかな笑みを湛えていた。
電子生命体NAYUTAが目を開ける。銀色の光に包まれ、二枚だった機械の翼が、六枚の翼になる。右目の下にバーコードが、左目の下には『NAYUTA 01』と印字されている。周囲を少し見渡して、笑みを浮かべる。ふわりと、地面から足が離れ、機械の翼をはためかせて宙に立つ。
七者七様の立ち姿を写し、画面がブラックアウトする。そして、このイベントのタイトルロゴが浮かび上がった。
『Virtual CountDown FES 2018-2019』
※※※
「……駄目だ、もう泣きそう」
「これが、今のVtuberトップランカーの本気……」
白羽が既に感情の過増幅に耐えかねて落涙寸前になっている事を報告し、四谷は最前線を直走る者達の姿に圧倒されていた。動画作成者だからこそ、その映像の凄さがより一層分かる。何人ものプロが、協力に協力を重ねて出し惜しみなく『最初の7人』の為に作った動画だという事を、Re:BIRTH UNIONメンバーの中で、小泉四谷が誰よりも深く理解した。
コメント欄は最早半狂乱と化している。悲鳴や絶叫以外には、NAYUTAとGAMMAの帰還を祝う声が過半数だった。注視しても見逃してしまう程、ごく僅かではあるが7人をここまで特別視することを冷笑するようなコメントもあったが、歓喜と興奮の奔流に押し流されてあっという間に消えて行った。
仮にそのコメントが多数の眼に留まったとしても、恐らくはこう返されるだろう。『特別な7人を特別扱いするのは当然だ』と。
「羨ましいですね」
廻叉がぽつりと呟いた。OP動画が終わり、ライブ配信の準備の為に待機画面が映っているディスプレイを眺めながら、彼の心の奥底に浮かんだのは羨望だった。数分間の動画。極端な言い方をすれば、初配信の姿と現在の姿、過去と現在を見せただけの動画と言える。だが、彼女たちはその過去と現在を見せるだけで、人を魅せる事が出来た。
存在そのものが、エンターテインメントになる。そんな存在に、改めて正時廻叉は憧れを持った。
「全くだ。むしろ、あれ見て羨ましい、俺もああなりたいって思えなきゃ嘘だろ」
「本当にね……もっと頑張らないとなぁ、私も」
廻叉の言葉を当然の様に受け止める龍真とキンメ。短いOP動画だったが、それが現在のVtuberという世界における最高峰であることを示していた。そこに、自分が立ちたいと思わない人間はRe:BIRTH UNIONには居ない。
無言でディスプレイを見つめていたユリアも同様だった。ピアノを弾いて、聴いてくれた人が喜んでくれればいいという、ささやかな望みを叶える為にVtuberになった少女にとって、『最初の7人』の姿はあまりにも衝撃的だった。言葉を発する事は無かったが、彼女もまた羨望を抱く。いつか、彼女たちの様に堂々とした姿でファンの前に立ちたいと願った。
そして、待機画面からライブ配信画面へと切り替わった――
※※※
「こんばんはー!改めまして、『にゅーろねっとわーく』所属!バーチャルアイドル天堂シエルです!」
「やっほー!みんなー!!『エレメンタル』所属のバーチャルアイドル、照陽アポロだよー!!」
「「Virtual CountDown FESへようこそ!!」」
3Dモデルで走り回りながら登場した二人は、カメラの真正面を奪い合うようにしながら自己紹介、そして画面を左右半分ずつを分け合うようにしながらタイトルコールをして見せた。元々、明るさや元気の良さ、テンションの高さに定評のある二人が、最初からフルアクセルで現れれば、コメント欄も同様にスピードメーターを振り切らんばかりの勢いで加速した。
《うおおおおおおおお!!!!!》
《VCF最高!!》
《テンション上がって来た 》
《陽天コンビ久々だあ》
《ペース配分ガン無視で草》
《12時間もつのか、二人ともw ……持つな、この二人なら》
「大晦日はパソコンやスマートフォンで、私達と一緒にバーチャル界の音楽を全力で楽しもうね!私達のライブもあるし、盛りだくさんの12時間!2018年のラストスパートだよ!」
「というわけで、今日のMCをするのは……さっきの動画に出てたメンバーだよ!はい、オボロちゃん、アリアちゃん、ステラちゃん集合ー!!」
シエルがざっくりとした今日のコンセプトを説明すれば、アポロがテンションのままNDXの二人を除いた3人を呼び込む。そして、動画の様な演出が入るでもなく、まるで散歩の途中のような空気感で3人が現れた。威風堂々、余裕綽々と言えば聞こえはいいが、実際にはただの普段通りだった。
「二人とも声でかいねんて。ヘッドホンやイヤホンで聴いてる人、耳やられるで?」
「まぁでもVtuberファンの人の鼓膜は高速自己再生機能をデフォルト持ってるらしいですからね。もしくはワンデイコンタクトレンズのノリで張り替えれるとかなんとか。アレですか、耳かきの先端に鼓膜を取り付けて奥に入れて装着する感じですか」
「アリアの与太話、生で聴くの久々だけど……何故そうも淀みなく素っ頓狂な話が出来るんだろうね。凄い才能だと思うよ」
月影オボロがハイテンション系の芸人になりかかっているアイドル二人を宥め、七星アリアがまったく関係のない話をし、何故かステラ・フリークスが感服するが、どこか心の篭っていない言い方だった。3Dモデルが5人同時に動いているにも関わらず、処理落ちやバグのような挙動が無いなど技術的に見れば既に相当なレベルではあるが、話している内容が内容だけに、視聴者もそちらに集中力を割いてしまっている。
《草》
《い つ も の》
《うちの生徒会長がすまんな……》
《素っ頓狂は褒め言葉なのか?》
《NAYUTA、願真、君らが居ない間、彼女たちはこんな感じになっちゃいました》
《さっきの動画に出てたカッコいい人たちはどこにいってしまったんだ……》
「という訳で、更に今日は!活動休止中だった二人が、自分の城を持って堂々凱旋なのです!それでは早速お呼びしましょう!『New Dimension X』所属!電子生命体NAYUTA改め『NAYUTA 01』ちゃん!そして願真改め、『GAMMA 02』くんでーす!!」
「やほ」
「どうも、御無沙汰してます」
シエルの呼び込みに応えた二人もまた、新規の3Dモデルを引っ提げて普通に歩いて来た。軽く右手を上げるNAYUTAは、馴染みの店に入る常連客の姿そのものであった。更に言えばGAMMAの挨拶と会釈は、正月か法事の親戚への挨拶に酷似していた。
《感動させてよ!!なんで普通に入って来ちゃうの!》
《草》
《変に畏まらないところが逆に二人が帰って来た感あるわ》
《実家のような安心感》
《7人同時に動いてるわー……すげぇ。去年とか、技術的に3人までだったもんなぁ》
「二人は、来年からはアメリカの企業の事務所で、Vtuber活動をするんだよね?」
「そう。わたしたち、あめりかのVtuberになる。がんまとふたりで、もっとたのしくするよ」
「未知の新次元へ――っていうコンセプトだからね。アメリカだけでなく、勿論日本のファンの皆さんにも満足してもらえるようなコンテンツを作り上げるので、応援よろしくお願いします」
「うわー、商売敵やー!今のうちに潰さなアカンな!」
「おぼろめ、こころにもないことを」
「今のはわざとらしかったね」
「おーし、喧嘩なら買うで?」
《Vtuber界隈、マジで来年から激変するだろうなぁ》
《この二人なら大丈夫だろ感あるな》
《ナユの「楽しくする」は昔から言ってたけど、変わってねぇなぁ……》
《ガンマの凄さはむしろ日本の俺らがよくしってるから、アメリカの俺らの度肝を抜いてきて欲しい》
《草》
《コント好きなのに芝居が下手なオボロカワイイ》
《ナユちゃんまた変な言葉覚えてる》
《ステラ様辛辣で草》
《手の骨鳴らすなマイクに乗ってるんだよw》
「それでそれで!今日はナユちゃんとガンちゃんも歌ってくれるんだよね!」
「うん、流石に生歌じゃなくて動画を流す形になるけどね……思い返すと、僕の初めての歌動画だ、これ」
「ふたりとも、かばーきょく」
「これに関しては打ち合わせでも伏せられてたから私達も知らないんですよ。というか、ガンさんが歌うの本当に意外なんですよね。去年、『司会だから歌いません』の一本槍で戦う足軽のような姿は今も私の心に残っています」
「残っちゃったかぁ……」
「足軽て」
若干脱線気味になった所を序盤のMCを任されているアポロが話題を振り、『NDX』の二人が披露する動画の話へとシフトする。NAYUTAは以前にもカバー曲をいくつか歌っているが、GAMMAは歌動画は皆無だった。配信中の鼻歌すらなかった上に、去年の年末のイベントではアリアが語る通り、生の合唱すらやんわりと断り続けた。
「それで、ハードルが上がらない内にって事でGAMMAさんが最初に歌動画を流す、と」
「今回、Vtuberのみんなから歌動画を募集したでしょ?だから、『なんだ、これくらいの歌唱力でも動画出していいんだ!』って思ってもらうためにね。来年への布石、かな」
「それでは、早速いきましょう!『Virtual CountDown FES』のオープニングアクト、GAMMA 02さんです!」
※※※
実写映像で写されたのは高層ビルの屋上、一陣の風が吹くとそこに佇むGAMMA 02の姿があった。ギターの音色が響き、彼は歌い始める。15年以上も前の、ロックナンバーだった。振り付けがある訳でもない。楽器を弾くわけでもなく、ただ歌う。歌唱力は、はっきり言ってしまえば『まあまあ上手い人のカラオケ』というレベルだった。
しかし、映像とGAMMAの歌声、歌詞の内容が全てリンクしてリスナーの鼓膜から脳へ、心へと彼の願いが伝わる。目まぐるしく変わる天候とカット割り。フェンスも柵もない高層ビルの屋上で、彼は懸命に歌う。ドローンを使ったと思しきカメラワークで、いくつもの方向からGAMMAの姿を捉える。空を仰ぎながら、屋上の縁に近寄り、そこに座り込む。
英詞部分では、歌詞と同時に日本語意訳もシンクロするように現れる。実写映像に3Dモデル、キネティック・タイポグラフィ。解りやすい特殊効果は、歌詞に合わせた天候の変化だけだった。
ラスサビ。歌声と共にGAMMAが立ち上がり、そこに道があると確信しているかのように、中空に足を踏み出す。髪と衣装を風になびかせて、空を歩む。両手を広げて、最後の歌詞を歌声にして出し切ると、まるで引き千切るかのように片手でバイザーを外す。
銀と青のオッドアイの青年が、真っ直ぐにこちらを見据え、小さく微笑んだ。
彼の体が、光の粒に分解され、その場から消える。
そこには、青い空と、風の音。そして、ニューヨークの街並みがあった。
最後に現れたのは『New Dimension X』のロゴと、英文でのメッセージ。
『 Future is Here. 』
彼が歌った曲は、実在する曲です。
御意見、御感想の程、お待ちしております。




