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『Virtual CountDown FES』-0-

 東京都内、Vtuber事務所『にゅーろねっとわーく』所有スタジオ。現在活動中のVtuber事務所において、最も3Dアバターの活用に力を入れている事務所であり、スタジオとして名が知れている。スタジオの所在地は、所属タレントのプライバシー保護のために伏せられている。こうした方針にしたことが正解であったと、社長を始めとするスタッフ達は心からそう思っていた。


「お疲れ様です!天堂シエル、到着しました!」


 12月31日、午前8時。この日の正午から始まる配信に先駆けて真っ先に現れたのは、にゅーろねっとわーくの最古参であり、実質的なリーダーとして業界を引っ張る『バーチャルアイドル』である。2017年、電子生命体NAYUTAが注目され始めた時期にデビューした彼女は、ハイレベルな歌とダンスによって話題を集めた。一部では、替え玉疑惑が湧いたが、生配信での歌とダンスを積極的に披露することでそのような声を一蹴した女傑でもある。


 金髪ツインテールに、トリコロールカラーの衣装。真面目さとストイックさで界隈を牽引するバーチャルアイドル、最初の七人、天堂シエルはそんなVtuberだった。


「お疲れ様です、天堂さん。……流石に早すぎませんか?」

「うん、でも家でじっと待ってるよりも、ここでワクワクしながら待ってたいって思って。ナユちゃんやガンちゃんが事務所に来た時、私仕事で居なくて会えなかったから、今日会えるのが楽しみなんです。去年より、歌もダンスも、上手くなったって所見せたくて……あ、控室で練習しますね。ここ、準備とか色々ありますよね」


 長丁場の3D生配信、更にはライブも控えているにも関わらず緊張を一切見せる事無く、ただ友人に会えることを楽しみだ、成長を見せたいと語る彼女の姿に、3D機材の準備中だったにゅーろねっとわーくのスタッフ達だけでなく、今回の企画における主催事務所であり、3D周り以外の部分ほぼ全てを担当する『エレメンタル』のスタッフ達も、笑みを浮かべる。アイドルらしい親しみやすさの裏にある、この誠実さが『にゅーろねっとわーく』を大きくした事は確かなのだ。


『にゅーろねっとわーく』は、間違いなく天堂シエルを中心に回っている。



『Virtual CountDown FES』、本番開始まであと4時間――――




 ※※※




 12月31日、午前10時。通話ソフトDirecTalkerに立てられた非公開通話チャンネル『Re:BIRTH UNION連絡所』には珍しく全員がログインしている状態になっていた。正確に言えば、ステラ・フリークスは不在となっている。彼女は3Dアバターでの出演があるため、『にゅーろねっとわーく』のスタジオへと向かう事になっている。


「なんかもう今から緊張してきたんだけど。つーか、12時から開始に変更って思い切ったよな」

「想定よりだいぶ時間伸びましたよねー」

「何でも応募動画を全て45秒流す事にして、そこに元々3Dライブでの時間を足して、更に進行によってはカット出来る企画を詰め込んだら16時間配信になった、と。流石に配信枠は切り替えるそうですが」


 男性陣が改めて配信時間の長さに付いて色々と語り合う中で、女性陣は更に緊張していた。特に、初めての弾き語り動画を出した石楠花ユリアの緊張度合いが一番激しかった。

 彼女が投稿した洋楽カバーは評判がよく、絶賛するコメントも多い。だが、新人故の知名度不足や、洋楽カバー需要が高くなかった事など、評価に対して再生数が伸びていないという歯がゆい状態が続いていた。


「大丈夫大丈夫。今日、知れ渡るから」

「白羽さん……」

「そうそう、自信持っていいよ。明日変わるのは年だけじゃないかもね」

「……はい、伝わるって信じてみます」


 女性陣にお墨付きを貰い、少しだけ声に生気が戻った。少し前まで声が震えているのが回線越しに伝わるほどの不安に苛まれていたユリアにとって、例え気休めであっても認めるような言葉は何よりの薬だった。


「しかし待機所にこれだけの人数が集まっているというのも壮観ですね……コメント欄も期待と興奮と消去されたコメントかスパムか何かで埋め尽くされています」

「モデレーター仕事してんなぁ……」


 イベントの開幕までまだ2時間もあるにも関わらず、待機所の同時接続者数は10,000人を超えていた。それぞれの箱のファンが集結している上に、SNS上で『New Dimension X』の二人が出演するという情報が流れた事で勢いが更に加速した。当人たちのSNSアカウントはまだ存在せず、企業公式のアカウントからの情報解禁ではあったが、その効果は絶大と言える。


《概要欄に名前があるだけで嬉しい》

《NAYUTA復活と聞いて》

《願真のアーカイブ未だに見返してるくらい好き》

《生歌じゃなくて動画なのは残念だけど、二人が歌うってだけでもうエモい》

《無茶苦茶凝ったMV作って来そうだからむしろ動画でよかったまである》

《もう泣きそう》


「コメント欄、かなりの人がNAYUTAさん達の話してますね……知ってはいたけど、すごい影響力……」

「そりゃ、始祖みたいな二人だもん」

「来年から本格始動するんだよね、NDX……」

「業界激変するぞ、マジで……俺らもウカウカしてると、あっという間に端っこに追いやられるな」


 全体ミーティングの日に現れた好青年とハーフの少女が、これだけの人数を呼び寄せて居るという事実に四谷が慄くが、それは言葉には出さずとも全員が同じ思いだった。恐らく、個人チャンネルが開設されれば登録者数や動画の再生数は、自分達Re:BIRTH UNIONのそれとは比べ物にならない数になる。


「そうならないように、私達も進化しろ、と」

「……そう、ですね。NAYUTAさんや、GAMMAさんにも……」

「執事はともかく、お嬢がそんな強気なの珍しいな?」

「褒めて、くれましたから、私の歌……だから、失望されたくないな、って……」

「あー、ちょっとわかるなぁ、その気持ち」


 ファンであった頃ならば素直に称賛できたが、同じVtuberという存在である以上は彼女たちとも競わねばならない。その差が、メジャーリーガーとリトルリーグくらいに離れていたとしても、160km/hを超える豪速球や切れ味鋭い変化球を前にしたとしても、打席に立ってバットを振らなければならない。


 見逃し三振、苦笑いを浮かべて「打てるわけねぇよ」と諦めて差を認めたりなど決してしない。そういう精神性の持ち主が集まったのがRe:BIRTH UNIONだった。


 新たな脅威に立ち向かう覚悟を言葉に出さずとも共有しつつ、彼らはその時を待つ。



『Virtual CountDown FES』、本番開始まであと2時間――――




※※※




「どうも、お久しぶりです」

「やっほー」


 12月31日、午前11時。スタジオ入りするや否や、小さく会釈をするGAMMA02、その背中からぬるっと顔を出すNAYUTA01の姿を見ると、照陽アポロ、七星アリア、天堂シエルがリハーサル中にも関わらず一斉に二人へと駆け寄る。ただ、『駆け寄る』と呼ぶには法定速度を大幅に超過していた。推定、NAYUTAを呼ぶ声と思しき三者三様の悲鳴だか咆哮だか奇声だか分からない声と、競馬の最後の直線のような足音を耳にした瞬間、笑みを浮かべたままGAMMAは横に逸れる。そして、NAYUTAが暴力的なまでのハグに襲われた。


「ナ゛ユ゛ぢゃああああああああ!!!」

「久しぶりぃぃぃ!!!!」

「元気そうでよかったあああああああ!!!」

「ぐ、ぐるじぃ……」


 女性三人に三方向から抱き寄せられ、助けを求める様に上に伸ばした手が徐々に力を失っていく様は恐怖映像そのものであったが、およそ一年ぶりに会った友人に対するスキンシップの範疇である、とGAMMAは判断した。そしてスタッフや責任者へと挨拶と名刺交換を始めていた。


「ガンさん、ナユの事助けんでええの?」

「むしろ庇ってたら交通事故みたいに僕が吹き飛んでたよ?」

「うん、残念ながら目に浮かぶようだ……」


 以前に事務所回りをした際に再会済みだったという事もあり、比較的冷静だった月影オボロとステラ・フリークスが苦笑いを浮かべながらGAMMAへと声を掛ける。技術屋兼まとめ役を担っていた『願真』にとって、最初の七人と呼ばれる仲間たちの中で積極的に輪に入る事はしてこなかった。年齢も七人の中で最高齢、更に唯一の男性という事もあり一歩引いた保護者の様な立場に立っていた。


 結果的に、照陽アポロの保護者扱いが当時から続いている月影オボロと、超然的な雰囲気から浮きがちだったステラ・フリークスとはよく話すようになっていた。


「今回は生ライブなしだけど、3Dモデルの実質的なお披露目だろう?良かったのかな、自分の所で初披露にしなくて」

「正直会社からはそういう意見もあったけど、ここで出し惜しみする方が視聴者の期待を裏切る事になるって言って説き伏せたよ。最終的にNFLに例えて話したら『確かに、君の言う通りだ』って納得してくれたよ。流石アメリカ、アメフト人気凄いね」

「相変わらず例え話が上手いみたいで何よりやわ。で、今日は歌ってるとこ見れるんやろ?」

「まぁ、ボイトレには通ったけど、君らと比べられるとなぁ。それに、動画応募の人達だって僕なんかよりずっと上手い人しかいないと思うし」

「そうじゃないんだよ。GAMMAが歌うって事が重要なんだ。他でもない君が歌うって事が。こんな日に、二人とも『託せる曲』を選ばないはずがないっていう期待がある」

「うーん、動画提出し終わってるから今更リテイクも出来ないのが怖くなってきたな……」

「……ガンさん、大丈夫や」


 珍しく緊張を隠し切れず、表情を強張らせるGAMMAの背中を月影オボロが叩く。驚いたように視線を向けると、満面の笑みを浮かべたオボロと目が合った。何かを察したステラがその場を音もなく離れ、最早押し寿司と化しているNAYUTAの救出へと向かった。彼女も今日の目玉出演者なのだ。始まる前にバッテラになられては困る、とばかりに感情無制御な三人を止めに掛かった。


「なぁガンさん」

「ん、何?」

「ありがとうな、帰って来てくれて」

「どういたしまして。こっちこそありがとう」

「ウチは何もしてへんよ」

「僕らが帰って来る場所に、まだ居てくれて」

「……始まる前から泣かしに掛かるんはズルない?」


 腰を両手に当てて大きくため息を吐きながら俯くオボロと、変わらず穏やかに笑っているGAMMAの間に、機材セッティングの音や、5人のハシャぐ声は耳に入らない。お互いが、お互いの言葉だけを待つ。


「ねぇオボロ」

「……何」

「Vtuber、楽しい?」

「楽しくなきゃとうにやめとるわ、アホ」

「そっか、じゃあもうやめられないよ」

「どういう事やねん……」

「NDXが……いや、違うな。()()、もっと面白くするから」

「……敵わんわ、ガンさんには。変わってへんなぁ」


 月影オボロにとって、『願真』は技術者でありエンターテイナーでもあり、それ以上に自分達の兄の様な存在だった。Vtuberという文化の黎明期を支えたブレイクスルーの立役者は、自分達の様な企業勢にも、個人勢にも分け隔てなく接してくれる存在だった。彼の姿勢があったからこそ、アポロは誰とでもコラボをする積極性やコミュニケーション能力を得たし、オボロ自身も良いものを探して広める好奇心や大きな視野を手に入れた。


 彼がアメリカに渡り、自身の城である『New Dimension X』を立ち上げた時に、月影オボロは「面白くなる」という確信と同時に、二人が遠くへ行ってしまったような感覚に襲われた。だからこそ、SNSでの反応もどこか淡泊な、他人事の様な書き方になってしまった。一時帰国した二人に会った時も、どこかよそよそしく接してしまった。そんな小さな後悔は、彼の言葉を交わすごとに消えていく。


「むっ、オボロちゃんがガンちゃん独り占めしてるー」

「むしろ独り占めさせてあげるべきなのではないかな?」

「ステラちゃん、ウチのオニキスちゃんみたいな事言わないで?」


 不意にアポロがGAMMAとオボロの様子を見て呟き、ステラが二人に聴こえないような声量で、気を遣っているのか邪推しているのかわからないような事を言えば、そういう事に過剰反応する後輩を持った天堂シエルが若干真剣なトーンで止めに掛かる。


「ああ、氷室オニキスさんですか。彼女面白いですよね。Vtuberカプ妄想配信やる度胸は素晴らしいですよ。『ユニコーンの角、全部折る』っていうパロディ元丸わかりなタイトルも秀逸です。声に出して読みたい日本語ですし、なんなら書にしたためたいですよ。掛軸にして床の間に飾るべき言葉です」

「ううー……後輩褒めてもらえるのは嬉しいけど、なんか複雑なんだよー……」

「ぷはっ……たんじゅんに、くるしかった……」


 七星アリアが氷室オニキスの姿勢を手放しでベタ褒めし、シエルは本当に喜んでいいのか嘆くべきかに悩む。オーバーズの看板ライバーである七星アリアに褒められた、と聞けばオニキスは恐らく喜ぶだろうが、更にエスカレートした配信をしかねない。

 自分へのマークが甘くなった隙を見て、抱擁の壁に埋まっていたNAYUTAがようやく抜け出し深呼吸を一回。そして、全員を見渡すようにして、手を挙げる。


「ちゅうもーく」


 昔から変わらない、鈴の鳴るような声と拙いイントネーション。故に、人の耳に届く。出演者だけでなく、スタッフも作業の手を止めて彼女へと視線を向けた。その場の全員に注視されたまま、小柄な少女は深く頭を下げた。


「ただいま、かえりました。きょうから、また、よろしくおねがいします」


 顔を上げると同時に靡く茶色の髪、照明の反射で眩しそうに細められる髪と同色の瞳。そこに居るのは、現実に居る、18歳の少女だった。


 ただ、その場にいる全員が、明確なヴィジョンを彼女に重ねていた。その背中には機械の翼を、靡く髪には空の様な青を、再び開いた瞼から見える虹彩には神聖さすら覚える銀色を――



 そこに立つ一人の少女に、電子生命体NAYUTAの姿が重なって見えていた。




『Virtual CountDown FES』、本番開始まであと1時間――――

まだまだ続きます。

作中に楽曲のタイトルを出すかは今も考え中です。オリジナル曲にもモチーフにした曲があるので、それも含めてTwitterにアドレス付きで乗せようかと思います。ウッカリ歌詞を書いてしまわないようにする、という理由もありますのでご了承ください。


御意見御感想の程、お待ちしております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 【Vtuber】ユニコーンの角、全部折る【男女カップル妄想】 本当にこの魔境は住みやすそうで羨ましい 執事×お嬢妄想だけで一時間は軽いでしょうね GAMオボてぇてぇよ!! [一言] あぁ…
[良い点] おお…!いいなぁ、すごいワクワクする! 最初の7人のプライベートはこれで全員かな。悪い人はいなかった。良かった。 こういう時でも主人公達出してくれるのすごい好き。お嬢の決意も見れたし満足。…
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