「12月25日?平日だよ」
何故私は年度初めにクリスマスの話を書いているのか(哲学)
「どうもー!オーバーズ1806組のパンドラ・ミミックでーす!みんな、街を見てごらん!カップルたちが楽しそうだね!!クソがよ!!!」
中性的な風貌と声を持つ、所謂男の娘系Vtuberであるパンドラ・ミミックが開幕早々、元気よく呪詛を吐き散らかす事でその配信は始まった。画面右端にはバストアップのミニワイプが7つ縦に並べられていた。パンドラ自身の立ち絵は画面左側、ゲスト用の立ち位置も用意してある。そして、全体的に画面デザインが禍々しいもので統一されていた。
《初手から飛ばしてて草》
《ど真ん中ストレートにも程がある》
《勢いだけじゃねぇか!》
「そんな訳で!昨日もクリスマスパーティー配信で超楽しそうにしてた1809組を先輩権限で呼び出しました!はい、チャキチャキ自己紹介する!まずはクロム!」
「は、はい……あ、1809組、クロム・クリュサオルです。最近ユニット名が『League Of Poseidon』に決まりました。略して『L.O.P』と呼んでください!」
ファンタジー世界の戦士風の青年、クロム・クリュサオルが狼狽えつつもしっかりとした挨拶を行い、自身らのユニット名も紹介していく。界隈最大の人数を抱える事務所であるオーバーズは同月デビュー組としての括り以外にも、定期コラボをする面子をユニットとしてまとめる習慣があった。結果的に『オーバーズの〇〇は見てるけど××は知らない』という視聴者も多くなり箱推しのファンが少ないという弊害が出ているが、何十人ものVtuberがそれぞれに固定のファンを掴む方が、結果的に推進力になるという運営の考えからユニット売りは推奨されていた。
なお、一部コミュニケーション能力に難があるとされる所属者も同期ユニットには配属される為、完全孤立している者は一人を除いて存在していない。
《クロムくん巻き込まれ方主人公よなぁ》
《見た目は立派な戦士なのに先輩に逆らえない好青年》
《あー、クリュサオルってポセイドンの子供か》
《そういえば海将軍に居たな》
《漫画由来の知識って役に立つな。ありがとう聖闘士星矢》
「はい、という訳でクロムと愉快な仲間たちでーす!」
「いや待ってぇ?!個別に自己紹介させてくれよ!!」
「えー……あと6人同じテンションでやるの、辛い」
「それ、ドラちゃん先輩の都合じゃんか!!」
「横暴ですー!横暴ー!!」
「さいてー」
「酷いわぁ、パンドラはん……うち、泣いてまうかも」
「俺らにもアピールの機会をー!!」
「ええいやかましい!雛壇最後方の若手芸人かお前ら!!」
《草》
《うるせぇw》
《最低の理由で草》
《なんだかんだで声質が違うから聴き分けできるだけマシだと思おう》
《弁天ちゃんの自称インチキ京都訛りはクセになるな……》
《え!?オーバーズは若手芸人の事務所じゃないんですか!?》
「じゃあ、一人ずつ名前と!ワイプの何処にいるどういう見た目の奴か順番に言いなさい!はい、整列!」
「「「ういーっす!」」」
《息ピッタリで草》
《ノリが芸人なんよ》
「じゃあ最初が一番上のクロムからだったから、その下の俺様から名乗りを上げるぜ。俺様が海賊ブラックセイル。Vという大海原に打って出た、人生博打の航海者だ」
「その下のアリアード・ネメシス。よろしく。蜘蛛の巣デザインのパンクファッションの、見た目だけ派手で中身は地味な女だよ」
「その下、式夢弁天と申します。水色の着物がうちのトレードマークやさかい、よろしゅう?」
「ど真ん中の白いのが俺!王海天馬!ペガサスから人間に転生したけど前世の名残出まくってる系男子でーす」
「みんなー、波に乗ってるかい?天馬の下の、自他ともに認めるチャラいサーファーが俺、鳥飼クリフトンでーす」
「こーんばーんはー!!一番下の女子高生、日本語しか喋れないハーフの星狩ロエンだよー!いえーい!」
収集が付かない状態を一度作ってから、改めて自己紹介を促すパンドラ・ミミックの声に、散々文句を言っておきながらも忠実に従うL.O.Pの面々。いざ自己紹介が始まると、まるで最初から台本通りだったかのようなテンポの良さで自己紹介をしてみせた。ゲストとして呼ばれて現在待機中の小泉四谷はあっけにとられ、個人勢にして『バ美肉開拓団』の一員でもあるリリアム・ノヴェンバーは大爆笑していた。
「いやー、やっぱりオーバーズの子達は面白いね!集団芸が確立されてるVの箱はここくらいじゃないかな?」
「ウチの先輩方も大概濃いとは思っていましたが、オーバーズさんはまた違った濃さがありますねー……」
「まぁ四谷くんの所も大概だよね。炎上してるのに、平然としてる執事さんとか。芸人さんの下ネタ曲を朗々と弾き語る白羽ちゃんとか」
「全員が一度は狂人呼ばわりされている箱はウチだけですねたしかに……」
四谷とリリアムは初対面ながらも、古参個人勢であるリリアムが話題を振る事で四谷も自然と話せている。初の外部ゲスト、ゲームではハンター側、ホラーゲーム配信で一度だけコラボを行ったパンドラ以外は全員初対面というプレッシャーの掛かる状況下に四谷は置かれていたが、事前打ち合わせや待機所で気さくに話しかけてくれるリリアムのお蔭で緊張は大分和らいでいた。
「ではそんな仲良しなL.O.Pを『Dead End Garden』で僕とゲストさんが狩り尽くすという企画となっておりまーす。では、ゲストのお二人、どうぞー!」
「はーい、皆さんこんにちはー!魔法少女リリアム・ノヴェンバーだよー!今日は独り身のみんなの思いを背負ってL.O.Pを潰すよ!先輩の圧を、見せるよ★」
《リリアムー!》
《今日も可愛い》
《圧て》
《17年デビュー組でそこそこ売れてる奴らみんな圧がある気がする》
《流石リリアム、オファーの意図を汲んでる》
テンションはいつも通りのまま、一年近く後輩のユニットを相手取るに相応しい圧力を掛けていく。その『分かっている』言動にコメント欄は称賛するようなコメントが多い。
「僕の名前は小泉四谷。Re:BIRTH UNIONの3期生で、L.O.Pのみんなとはほぼ同期。今日、僕が呼ばれた理由は――君達を狩る事で、親睦を深める為。さぁ、相互理解のお時間です――」
《ひぇ》
《完全にハンターモードやんけ》
《実際ソロでも上手いからな、四谷》
《こういうタイプ、結構好き》
《流石リバユニ、負けず劣らずの濃さ》
「ってなわけで改めまして、リバユニ3期の小泉四谷です。外部コラボも大人数も初めてなので、ちょっと緊張してますが、こういう茶番が出来るくらいにはリラックス出来ています。よろしくお願いします」
四谷は自身の初配信の時に行った様な、意味深なモノローグを最初に挟み込むことによって視聴者の心を掴むことに成功する。一方でコラボ相手であるL.O.Pの一部からは悲鳴とブーイングが飛んでいるが、今日の自分がやや悪役寄りの立ち位置だと把握している為か、特に動揺はしなかった。
「お二人ともありがとうございましたー!という訳で、DEGをやっていくんだけど、このゲームはハンター1に対してエスケイパー5人なので、全員一度に参加が出来ないので都度交代しながらやっていくよ。さぁ、クリスマスの夜に仲良しリア充グループを叩き潰すぞー!」
「「おー!」」
「完全な逆恨みじゃないですか……」
《草》
《行けー!!潰せー!!処せー!!》
《クロム頑張れ、現時点でツッコミがほぼお前の手腕に掛かっているぞ》
※※※
「皆様こんばんは。Re:BIRTH UNIONの正時廻叉です。お集りの700人前後の皆様、クリスマスの夜だというのに何をしてらっしゃるのですか?」
《おいやめろ》
《コノヤロウ》
《お前らもだよ!》
《 平 常 運 転 》
《マジで何なんだコイツ……》
《アンチアカがドン引きしてて草》
Re:BIRTH UNIONメンバーによるクリスマス会オフコラボは正時廻叉による盛大な煽りで幕を開けた。数週間前に炎上沙汰になったにも関わらず、謝罪はおろか荒らしコメントを「黙殺します」とわざわざ口頭で宣言するなど火に油を注ぎ続ける対応を行い、低評価が増える様をリスナーが大喜びするという地獄の様な時期があったが、徐々に空気中の酸素が失われていくように炎上は収束していった。
アンチスレの勢いもそれに伴って勢いが減っていき、廻叉の視聴者が「もっと頑張って執事の感情を引き出せよ!頑張れよ!」という本気の励ましの書き込みが出た辺りから『こいつらはおかしい』とアンチ側もようやく気付いたのか、潮が引くように野次馬的なアンチが居なくなり、ごく少数の精鋭だけが頑張って荒らしている状態になっている。
「マジで精神が鋼というかタングステンだな。あ、彼女いない歴が6年でお馴染みの三日月龍真でーす」
「同じく8年、ユニコーンにぶっ殺される系Vtuber丑倉白羽だよー」
「さ、3期生の石楠花ユリアです……あの、私も言うべきですか?」
「言わなくていいです」
《この後輩にしてこの先輩有りって感じだな》
《一番遊んでそうなのにな》
《白羽ァ!!お前も大概だな!!!》
《【悲報】ギタリスト丑倉、失踪。エロリスト丑倉、顕現》
《エロの方向性がオッサンのそれなのよ……》
《乗るなユリア!》
《執事ナイスブレーキ》
《まぁでもガチ引きこもりだったなら=年齢だろうなぁ》
現時点で集まっている面々がそれぞれに自己紹介をするが、一期生の二人はどこかやけっぱちな空気を出していた。唯一、常人に近いユリアだけが狼狽えている。
「御覧の有様な四人でお送りしておりますが、現在オーバーズ1809組の皆様を元気に追い回している四谷さんと、別件の取材中のステラ様は後ほど参加予定です。私の同期であるキンメさんは御家族でクリスマスを過ごされる為欠席となっております。皆様、これが正しいクリスマスの過ごし方ですよ?」
「やめろ廻叉、俺らにも刺さる」
「ダメだ、今日の廻叉くん絶好調だ」
「廻叉さん……折角見に来てくれている方にそういう事を言うのはよくない、です……」
《追い回すってなんだよ》
《あー、そういえばDEGコラボかw》
《ヨッツがハンターやってる配信、めっちゃ強くてビビったわ》
《新人はオーバーズの地獄企画に駆り出され、ステラは取材……これが、格差……!!》
《キンメは旦那も子供も居るからしゃーなし。むしろ来たらダメだろ》
《やめろぉ!!》
《悔しい……!でも正論……!》
《案の定フレンドリーファイアしてて草》
《ユリアはリバユニの良心》
《お嬢は救い、お嬢は癒し》
「ユリアさんの仰る通りなのですが、数日前に御主人候補の皆様にクリスマスプレゼントになるような何かを、という事でコメントからランダムに抽出した願い事が『甘口ボイスは出してくれたから、暫く俺達を罵ったり詰ったりして欲しい』という度し難いものでして」
「……し、白羽さん、どうしよう……こんな時、どんな顔をしたらいいの?」
「笑えばいいと思うよ?」
「キヒ、キヒヒヒヒ……!!」
「龍真くんのは人の笑い方より気持ち悪いから参考にしなくていいけど、基本的にはこんな感じで」
「ええ……」
《草》
《 自 業 自 得 》
《御主人候補の性癖が日に日に歪んでいく》
《お嬢が困っとるw》
《狼狽お嬢可愛い》
《そして定番の返しをする白羽。本当に大爆笑してる龍真》
《あーリバユニのコラボだなぁ……》
《自業自得だけど業が深すぎない?》
「まぁ何にしてもさ、廻叉くんのその暗殺剣みたいな言葉の刃で一度燃えた訳だし、心配してるユリアちゃんの顔を立てる意味でもさ。今日はマイルド廻叉くんで行こうよ」
「そうですね。私の舌禍でご迷惑をおかけしたのは確かです。しかし、舌禍具合で言うと白羽さんも大概では?」
「何を言うんだ、クリスマスだよ?丑倉が本気出したらとっくに配信がBANされてる」
「お前最悪だな!!」
「白羽さんも女の子なんだから、あんまり、こう……そういうの、そういうのは良くないです……!」
「謝っておいてなんですが、言葉の鉄球振り回してる人に言われるのは釈然としません」
クリスマス配信だというのに、未だに『メリークリスマス』の一言もなく無秩序な雑談が繰り広げられるだけのオフコラボではあったが、こういう混沌とした状況にこそ真っ当な感性をまだ持っているユリアの存在が目立つようになる。
「あの、とりあえずお料理とかケーキとか、あと飲み物とか用意しませんか……?」
「……いや、全くもってその通りです」
「うん、流石に俺らも平常運転過ぎたな」
「そうだぞ反省しろよ二人とも」
「お前もだよ」
2Dアバター越しに聴こえてくる丁々発止のやり取りと、皿やグラスなどを準備する物音が響く中、ようやくクリスマスらしい配信が始まった。リスナー達は総じてユリアへの感謝のコメントと、求婚の言葉が大量に流れていたが、最も積極的に準備に動いていたユリアがそのコメントを目にする事は無かった。
※※※
【同時刻 清川家】
魚住キンメこと、清川芽衣の一人娘である清川亜依がRe:BIRTH UNIONクリスマス配信をタブレット端末で見ながら、母へとこう尋ねた。
「お母さん、なんで白羽ちゃんユニコーンに殺されるの?悪い事したの……?」
清川芽衣は激怒した。必ず、かの誨淫導欲のギタリストをシバかねばならぬと決意した。
1809組全員集合、なおこの後はパンドラ・リリアム・四谷に追い回されてひたすら悲鳴を上げ続ける運命が待っています。頑張れ。
ちなみに「Dead End Garden」については第五人格やDBDのようななゲームを想像して頂ければ大体合ってます。豪奢な英国庭園や風流な和風庭園でバケモノに追い回されながら必死で脱出するゲームですね。
御意見御感想、お待ちしております。