「帰還者が見るものは」
お待たせいたしました。
自分の理想を詰め込んだ話になります。
フィクションだから出来る事ですが、いずれノンフィクションになってくれたらいいと本気で思っています。
「……ここまでですか」
ディスプレイに表示された『GAME OVER... Your Team...4/20』の表示を見て、正時廻叉が呟いた。トリオ型バトルロイヤルFPSゲーム、『ACT HEROES』で自身の操作するキャラクターが部屋の隅に追い詰められ、対峙した二人からの十字砲火を受けてHPを全損させられた。チームメイト達は中盤に発生した乱戦に巻き込まれ、生き残ったのは廻叉のみとなっていた。ランクマッチモードだった為、少しでも順位を上げるべく出来る限り動かずに身を隠す、所謂ハイド戦術を取ったが敵チームの索敵能力に引っかかった時点で万事休すだった。
『gg』
『gg』
『gg sry』
ランダムで組んだチームメイトからの挨拶に、生き残れなかった謝意を込めて挨拶を返す。リザルト画面はランクポイントが一定値溜まり、ランクが上がった事を告げる。
『Congratulations!! "C-" → "C"』
ACT HEROESのランクシステムは下位から順にRookie、D、C、B、A、S、HEROESの順だ。DからSの間にはそれぞれマイナスとプラスがあり、全17段階に分かれている。基本的にC以下は初心者帯とされている。
廻叉がこのゲームを始めて数週間ではあるが、状況判断の上手さでキルポイントこそ取れない物の順調にランクを上げる事に成功していた。キーボード・マウスでのゲーム操作にもようやく慣れてきたのか、動作確認をするように立ち止まるという悪癖も大分改善されてきたようだった。
《gg》
《惜しかった》
《バロール入りのパーティに追われたらしゃーない》
《ハイド中のサーチはマジで心臓に悪い》
《gg》
《ブリンクジャック使い始めてから成績安定し始めてるよな》
《BJのウルトでガン逃げは新しい。新し過ぎて誰もやらない》
《何故部屋の中に籠ってしまったのか》
《執事、エイム練習しよ?》
《もうちょい反射で動けないと辛いぞ》
《近距離遭遇戦だとクッソ弱いからな、執事。撤退戦は無駄に上手いけども》
《落ち着いて行動出来てるけど、インファイトでも落ち着き過ぎて良い的なんだよなぁ》
《いっそトリガーハッピーの演技してプレイしてみたら?》
コメント欄は労いの言葉と、褒め言葉、それ以上に問題点の指摘が大量に流れていた。平日深夜にも関わらず同接人数は200人近い。以前であれば、この時間に配信を行っても50人前後だった事を考えれば大きな進歩だった。とはいえ、人気ゲームをやっているから来ている人も居る、と廻叉は理解していた。
「皆様の助言、助かります。何分、この手のゲームは初めてですのでお見苦しい点を多々見せるかと思われますがご了承ください。さて、以前より告知しておりました通り明後日の同じ時間帯、オーバーズのリブラさんのチャンネルにてACT HEROES講座コラボ第7回に参加いたします。生徒は私、正時廻叉とクロム・クリュサオルさんです。基本的には練習場での基礎講座とカジュアルマッチでの実践編ですね。更に、来週の第8回では私の後輩である小泉四谷さんと、オーバーズのエキドナ・エレンシアさんが生徒との事です。お二人とも、これが初FPSだそうですよ」
《おおおおおお!》
《見る(確信)》
《学力テスト以来のコラボだ!》
《クロムくんマジ優等生。1809組の星》
《リブラ、ACTにハマり過ぎて講座コラボ乱発してて草》
《本気で布教する気満々なんだよなぁ……》
《7回どころか8回まで決まってるのか……》
《四谷はこれが外部コラボ初かな?》
《クロムが1809組、エキドナは1808組でも下旬デビューだからお嬢・四谷とほぼ同期だな》
《リバユニ外交広げて来てるな》
廻叉からの告知にひときわコメント欄が盛り上がる。幸い、今日はおかしなコメントが居なかった事に安堵しつつ、それを一切表に出すことなく〆の挨拶と共に配信を閉じた。ゲーム実況は苦手な分野だと思っていたが、いい意味で緊張感を保てる上にリスナーからの反応も良い事からACT HEROESに関しては定期配信に格上げする事に決めた。
「時刻は深夜1時45分となりました。では、本日の配信はこれまでとなります。先ほど申し上げました通り、次回配信日はACT講座となりますのでよろしくお願い致します。では、おやすみなさいませ、御主人候補の皆様」
【ACT HEROES】正時廻叉のFPS挑戦記/ランクマッチ【Vtuber/Re:BIRTH UNION】
配信時間:2時間24分
最大同時接続者数:602人
チャンネル登録者数:10204人
※※※
翌日。廻叉はリザードテイル本社のミーティングルームに居た。全員が東京近郊に集まった事もあり、大きいイベントの前には一度全員で顔を合わせて打ち合わせをするべきだ、というステラからの呼びかけがあった事がきっかけで、Re:BIRTH UNION全体ミーティングが行われる運びとなった。
「…………」
「あ、珍しい。廻叉くん、ウトウトしてる」
「昨日、FPS配信で深夜までやってましたからね。俺も練習配信しないとなぁ」
椅子に腰を下ろしたまま船を漕ぐ廻叉を見て、魚住キンメが面白い物を見たかのように言えば小泉四谷が理由を説明した。彼も同じゲームをやっている為、時折練習配信を行っている。やはり人気ゲームの配信という事もあり、普段よりも同接が増えていると四谷は語る。そんな言葉にキンメは興味なさそうに相槌を打った。
「まぁあたしはパズルしかやらない系女子だからいいけど、本当に流行ってるよね、ACTって。最近配信中の子達の半分くらいはやってる気がする」
「流行ってそんなもんですよ。ただ、電脳銃撃道場が主催でVtuberのみの大会開くかもって噂がありますし、それでやってる人が多いのかも」
「大会かー。それなら納得かも」
一方で、石楠花ユリアは居眠り中の廻叉を気にしつつも、年末の大型イベント用の楽曲について三日月龍真、丑倉白羽の1期生コンビと相談中だった。既に龍真は収録を終えており、白羽も今日の打ち合わせ後に収録に入る予定となっていた。また、キンメ、四谷、廻叉も既に何を歌うかまではある程度方針を決めている、とDirecTalekerで宣言していた。一方でユリアは何を歌うかすら決まっていない。
「ピアノ弾き語りで何かをやりたい、とは思ってるんですけど、どんな曲がいいか全くわからなくて……」
「お嬢のファン層的に、可愛い系やれば喜びそうなもんだけど、ピアノと食い合わせ悪そうではあるな」
「逆に怖い系とか情念系やろうとしてもハロウィンと被りそうだしね」
「感情移入できる曲のが良さそうではあるよな。初配信の時みたいに」
「うーん……でも、ボカロ系だと他の人と被ったりしそうですし……」
打ち合わせの開始までまだ時間があるにも関わらず、3人の相談は終わらない。特に1期生である龍真と白羽にとって、ユリアは初の音楽系の後輩である。配信でのコラボこそないがSNS上で音楽トークをしている事も多々あり、リスナーからもコラボやセッションを待ち望まれている。
「ん、みんな揃ってるね。それじゃ、ミーティングを始めようか」
そんな声と共に、ステラがミーティングルームへとやってきた。手には資料らしきコピー用紙を持っており、テーブルの上にそれを置くとそれぞれの前に滑らせるように渡していく。
「廻叉さん、始まりますよ」
「……はい」
「おや、珍しい。廻くんが眠そうにしてるなんて」
「遅い時間まで配信してたんだって」
四谷に起こされ、半目の仏頂面で資料に目を通す廻叉を見てステラとキンメは苦笑いを浮かべる。雑談を終えたユリア達も向き直り、資料をそれぞれ手に取った。
「というわけで、今日の議題は来月末のカウントダウンフェスについてだ。12時間配信という事もあって、3時間ごとに4部に分けての構成になっている。基本的には全てエレメンタルのスタジオで行うので、当日私はそこに缶詰めになるのでよろしく」
「うっわー……こりゃメインMC勢大変だな……」
「流石に持ち回りみたいですけどね。あ、でもアポロさん出番多いなぁ……」
「それに関してはアポロ本人の希望なんだ。彼女のバイタリティには頭が下がるよ、本当に」
資料に乗っているタイムテーブルには時間ごとにライブパートと動画紹介パートに分けられている。その中でMC担当者とライブ出演者などがそれぞれに細かく記載されている。ライブに出演するのは主に3Dモデルを所持している面々ばかりだ。エレメンタルとにゅーろねっとわーくの名前の他、自作3Dモデルを所持している個人勢の名前もいくつかある。
しかし、それ以上に目を惹いたのがオープニングアクトの名前だった。
「このNAYUTA01、GAMMA02っていうのは……」
「そうだよ。電子生命体NAYUTA、電脳技師願真の新しい名前さ。オープニングアクトは、New Dimension Xだ」
「なんでオープニングでハードルブチ上げるような真似するんだよ……!!いや、超楽しみだけども……!!」
ユリアが尋ねた名前の正体を、ステラはあっさりと開示する。海外発のVtuberグループ立ち上げと、ティザームービーに描かれたシルエットで日本のSNSトレンドを席巻した『最初の7人』の中で、唯一活動停止状態だった者達。彼らの初お披露目の場に、この大イベントは選ばれた。全員が絶句する中、龍真が思わず漏らした言葉はある意味で全員の代弁ではあった。
「そんなに気にしなくてもいいよ。僕らは単なるサプライズ枠だ。まぁこの機会に僕らの目指す方向の提示はさせてもらうけどね」
「うん……わたしたちのやりたいこと、みせたい……」
入口の方から、自分達以外の声が聞こえて全員が振り返る。
眼鏡を掛けて柔和そうな笑みを浮かべる理系風の男性と、明るいブラウンの髪と、同様の虹彩を持った小柄な少女がそこに居た。
「紹介しよう、そっちの女の子がNAYUTA01、男の人がGAMMA02だ。年末のイベントの打ち合わせと挨拶回りで来日中の、NDXの二人だよ」
ステラが平然と紹介すると、室内は驚きの絶叫に包まれた。声を上げなかったのは、眠気との戦いの真っ最中だった廻叉と、ファン心理が暴発して失神しそうになっているキンメだけだった。
※※※
「粗茶ですが」
「いえいえお構いなく」
「……おいしい」
ミーティング室の上座に座ってもらったNDXの二人にお茶を出すのは、何故か廻叉だった。ステラは二人と共に座ったままニコニコとしている。NAYUTAは茶菓子の饅頭を齧りながらご満悦だった。他の面々は椅子に座ったまま、どこか緊張している。特に、キンメは終始落ち着きない様子だった。既に自己紹介は終えているが、リバユニ所属の面々は完全に浮足立っている。
『最初の7人』と呼ばれているVtuberの中でも、突然の活動停止によって半ば伝説、神格化された二人が平然と事務所で茶を飲んでいるという状況に、脳が付いていけていなかった。そして、バーチャルの世界での姿と現実での姿に、殆ど差異がないという事実に、驚愕と感動を覚えてもいた。
「どうだい、私の後輩達は」
「僕らが休みに入る前に募集してたよね。いや、立派に組織の長が出来てるみたいで安心した」
「すてら……“ぼっち”じゃ、なくなった……?」
「ははは、NAYUTAは相変わらず淡々と辛辣だね。おかげさまでボッチは脱却さ」
「それは、なにより……おちゃ、おかわり、ください」
「はい、只今」
この中で、彼らと唯一接点があるのはステラだけだ。そのステラは旧友との再会を楽しむだけだったし、GAMMAも同様の態度だ。NAYUTAはお茶と菓子の方が重要らしく、ステラへ無駄にトゲのある質問を飛ばすだけだった。そんな中、平然と給仕をする廻叉の姿に感心すればいいのか、引けばいいのかわからない、という表情を向ける龍真らの姿があった。
「僕らが休んでからも、Vtuberの事はずっと見てたからね。自己紹介はしてもらったけど、みんなの事もよく知ってる」
「がんま、ぶいちゅーばーのおたく……だから」
「言い方が厳しいなぁ。Re:BIRTH UNIONの事は、企画が立ち上がった頃にステラから相談だったりを受けてたからね。確かに、ステラの琴線に触れる面々が集まってるなって思った」
「いやー……恐縮っす……」
「そう言って貰えると、頑張って来た甲斐があったなって……」
「みんな、やりたいこと……はっきりしてて、すき」
「ヒャゥ!!」
「キンメさん……!?」
「Vの始祖に好きって言われてクリティカル入りましたね、これ……どうしよう……」
1期生が珍しく殊勝な態度を取る中、たまたま目が合った状態で好きと言われたキンメに大ダメージが入り、3期生がオロオロとした反応を繰り返す。
「お二人の休止と復帰の理由が知りたいのですが、よろしければお聞かせ願えますか?」
しれっと自分の分のお茶を用意した廻叉がそう尋ねると、GAMMAはニコリと微笑む。ステラも同様の反応であり、リバユニの同僚たちも「よく聞いた!」と言わんばかりの態度で聴く体制に入っていた。
「確か、正時廻叉さん、だよね。執事で、僕が知る限りでも屈指の“演技派”だ」
「恐れ入ります」
「まぁ僕が休んでた理由は本当に技術的な勉強の為の留学、だね。学生ではなかったんだけど、ちょっとしたツテでアメリカで3D関係の仕事をしてるエンジニアの所に行ったんだ。NAYUTAは……」
「がくぎょう……そつぎょう、ちょくぜん、だったから。ぶじ、こうそつ……」
反応は半々、納得と驚きだった。NAYUTAの年齢については活動当時から様々な意見があったが、比較的若いのではないか、という意見が大半を占めていた。現役高校生、というのは流石に意外だったのか、キンメなどは目を丸くさせていた。
「ふっきしたのは……やくそく、だったから。がんまと、いっしょにあたらしいせかい、つくるって……」
「新しい世界、ですか?」
「うん。たぶん、本当に出来るのは随分先になるだろうけどね」
NAYUTAが視線をGAMMAへと向ける。その表情は信頼する相棒へと向けるものだった。GAMMAも自信があるとは言い難い、困ったような、照れたような表情を浮かべる。
「あ、あの……それって、どんな、世界なんでしょうか……?」
「む、ピアノのおんなのこ……」
「その声、石楠花ユリアさん、だよね。きっと君も、いや、Re:BIRTH UNIONのみんななら気に入ってくれる世界だと思う」
緊張を隠し切れない表情でユリアが尋ねると、二人の視線がそちらへと向く。ユリアは気圧されたように息を呑むが、なんとか視線を外さずに答えを待つ。
「僕は、Vtuber……いや、敢えてバーチャルアバター、と言おうか。その姿で、生きていける世界を作りたい。TryTubeを始めとした動画配信サイトでしか活動できない、という状況に終止符を打ちたい。バーチャルアバターを持った人たちが、自分の好きな事や夢に向き合える場所を作る。二次元でも三次元でもない、新しい次元を作る。僕達の最終目標だ」
「だから、わたしたちは……『未知の新次元』……『New Dimension X』……なんだよ?」
荒唐無稽な夢かもしれません。理想主義にも程があるかもしれません。
ですが、こんな風になってくれたら、とどうしても願ってしまいます。
御意見御感想の程、お待ちしております。