「新次元からの呼び声と、芽吹き始めた悪意の声」
よくある言い回しですが、つまりはこういう事です。
「良いニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい?」
一本の動画が話題を席巻する事は、Vtuber界隈においては少なからず発生する事例だ。かつてステラ・フリークスが名刺代わりに投稿した最初の楽曲のように、或いはオーバーズ所属リブラによるFPSゲームでの起死回生の逆転劇を記録したクリップのように、或いはエレメンタル所属木蘭カスミによるネットミームコピペの朗読動画であったり、一見して凄さが分かりやすいものはSNSなどを中心に大きく話題になり、再生回数が文字通り桁違いに跳ね上る事は多々あった。
だが、その動画は一見すれば普通だ。技術的には凄い事をしている事もわかるが、極論を言ってしまえばゲームや映画、アニメなどでも見受けられる、いわば「見慣れた演出」に過ぎなかった。よく出来ては居るが普通のPVである、と言えるような動画だ。
だが、動画の最後の10秒間、ノイズ混じりのシルエットに映った機械の翼を持つ少女、そして機械仕掛けのバイザーゴーグルを付けた青年の姿が映った瞬間、動画の持つ意味が完全に変わった。
『Vtuber最初の7人』と呼ばれ、界隈の最前線を切り開き、そして姿を晦ました二人の開拓者。
電子生命体NAYUTA――
電脳技師・願真――
誰もが待ち望みながら、どこかで諦めていた、二人の帰還に界隈は湧き上がった。
その日、配信中だったVtuberの大半が、その動画に付いて触れた。
堪え切れず泣き出す者も居た。
呆然としたまま声を失った者も居た。
狂を発したかのように叫び続ける者も居た。
訳も分からず笑い続ける者も居た。
そして、誰もが喜んだ。
最前線を切り開き、姿を消した者達の帰還を心から喜んでいた。
※※※
「という訳で時刻は午後九時となりました。久々のお悩み相談放送です。例によって一人で対処できない相談は龍真さんとのラジオに持ち込むのでよろしくお願い致します」
正時廻叉は平常運転だった。チャンネル登録者数1万人突破記念で行った配信の内容に対しては一切語らず、SNS上で「皆様が感じた事や、考えた事、多様な解釈ありきでの放送でした。私は皆様の感性を信じ、肯定します」という声明文を出して以降、一言も語る事は無かった。
記念配信の翌日には、気が向いたという理由で突如流行のFPSゲームを始めて初心者らしからぬ冷静な立ち回りと初心者丸出しなエイム力を発揮したり、雑談配信で演劇風音楽について語ったりと、ファンが逆に不可解に思う程度には自然体を貫き続けていた。
「それでは最初の質問です。『最近、Vtuber界隈での流行を受けて自分も『ACT HEROES』を始めましたが、人生初FPSという事もあり中々上達しません。執事さんもこの前やっていましたが、初めて触るゲームに慣れる為にはどうしたらいいでしょうか』との事です。先週始めたのも気が向いたから……とは言いましたが、実際には色んな人に誘われたっていうのがありまして。主にオーバーズの皆様なのですが」
《ACT流行ってるなー》
《初FPS勢にはACTはかなりおススメ出来るけどね》
《世界観やウルトの派手さはアメコミ感あって見てる分には好き》
《執事が始めたのはマジで意外》
FPSゲーム人気は特にVtuber界隈では根強い。個人勢からe-sportsチームにまでなった『電脳銃撃道場』であったり、オーバーズのリブラを中心とするオーバーズFPS部によるコラボ配信が人気を博している他、『ACT HEROES』という派手で爽快、かつ見ている側もプレイしている側もわかりやすい、更には3人でチームを組むというコラボ配信映えする作品がリリースされた事の影響が大きい。廻叉がプレイを始めたのも、ほぼ同時期に同業者であるVtuber数名から勧められたからという理由であった。
「上達には練習ありきなのは当然として、何か一つ、簡単に達成できる目標を作ってみるのはどうでしょうか。私の場合は『1キルを取る』『チーム数が半分になるまで生き残る』といったところから始めました。目標を高くするのはいいのですが、いきなり高すぎる目標は挫折に向かって一直線です。跳び箱でいきなり20段に挑戦するようなものです。まずは3段、4段から始めましょう。初心者である事をまず自分で認める……これが大事かもしれません」
《なるほど》
《跳び箱の例えわかりやすい》
《漫画で似たような格言あったな》
《FPS強者の動きを見過ぎるとあれが基準になるから困る》
《あれ、ドネート使えない?》
「コメントでのご指摘がありましたね、申し上げるのが遅れていました。お悩み相談配信に関してはドネート機能を止めております。居ないとは思いますが、高額ドネートで悩み相談を直接投げる方などが出た場合、対処が難しいという事からです。それに、他人の悩みで金稼ぎというのも、私自身が釈然としないので」
TryTubeのドネート機能を用いると金額に応じてコメントが目立つように装飾される。Vtuberの中でもドネート読みという習慣がある程、ドネートコメントは『拾われる』という風に認識されている。故に、それを用いて飛び込みの相談などを投げられることを廻叉は警戒していた。仮に読んだとしても正規の手続きで悩み相談を送った側からは不満が出る。読まなくても、今度はドネートを出した側に不満が出る。なので、最初から止めるという判断をしていた。
《意外と気にしいな執事》
《金に困ってるくせに金に対して執着しない執事》
《大丈夫?ご飯食べてる?》
《真面目やなぁ》
《きれいごと言う偽善者www》
《まぁ執事のやりたいようにやってくれたまえ(ご主人面)》
流れていくコメントの中に刺々しい物があったが、廻叉はスルーを決め込む。反応してもしなくても、この手のタイプは噛みついてくる、というのを短い配信者生活の中で学んでいた。
「何にせよACT HEROESは今後も定期的に配信でプレイする予定です。初心者の上達を見たい方は是非どうぞ。上級者のスーパープレイを御期待の方は、私より上手い方はたくさんいらっしゃいますよ、とだけ」
《お前がFPSやってるのを見たいんだよ!》
《言い訳乙wwww予防線必死wwww》
《執事のゲーム配信、クールな物腰で弾が明後日の方向に飛んでいくから腹筋に悪い》
《接近戦で大体負けてたもんなぁ。撤退しながらの迎撃は妙に上手かったが》
《御主人(と書いてチームメイトと読む)を逃がす執事の鑑》
《さっきから珍しく分かりやすいのが居るな》
チャンネル登録者数1万人を超えて知名度が上がり、配信の同接人数が増えて来た以上、攻撃的なコメントを残す者が増えるのは仕方ないと割り切ってはいるが、視聴者に反応があるのは良くない傾向だ、と廻叉は思う。故に、話を切り替える。
「では次の質問です。『私は大酒呑みなのですが、先日勢いで買った4リットルペットボトルのウイスキーが減りません。どうしましょう』……一言で言うなら、見通しが甘すぎます」
《草》
《草》
《これは草》
《肝臓壊れる》
《居酒屋でバイトしてたから分かるけど、業務用はアカン》
《一人で消費しようとしたのか……w》
《見通しが甘いどころではない気がする》
「処分するのも忍びない気持ちも分かりますが、勢いで業務用を買うのはやめておきましょう。利用法としては料理に使うなりするのが一番良いかと。煮込み料理ならそれなりの量を消費出来るとは思います。ワイン煮込みの様な料理がウイスキーにもあるのでしょうか」
コメントからも使えそうな案からネタ回答まであらゆる意見が流れていた。しかし、先程見掛けた妙に攻撃的なアカウントはずっと似たような攻撃を続けていた。途中でモデレーターによってブロックされるまでそれは続いていた。
そのアカウント名が、とあるVtuberのファンを名乗るそれだった事が気に掛かった。
※※※
「という訳で、最後の相談ですが――相談というより、質問、と言った方が良いでしょうか。ここ数日間、この件に関して話して欲しいというメールが多数来ていましたので代表してこちらのメールを読ませて頂きます。『執事さんこんばんは、先日アメリカ発のVtuber企業が産まれましたね。しかも最初の7人であるNAYUTAさんと願真さんらしき影まであり、Vtuberファンが大騒ぎになっています。視線と感情がフラットな執事さんにこの件の感想とか意見を聞いてみたいです』……との事です。感情がフラット、の部分は必要でしたか?」
《草》
《草》
《必要だろ》
《確かに気になる》
《直近の大ニュースだもんな》
『New Dimension X』、通称NDX設立に関しては、既に多数のVtuberが触れており、その反応をまとめた切り抜き動画も上がっている。Re:BIRTH UNION内でも、ステラ・フリークスがSNS上で歓迎の意を示している他、三日月龍真、魚住キンメが配信中に話題に上げていた。龍真は「一番のビッグネームが帰って来た事で、引退者や活動休止中の人らがカムバックのしやすい環境になるかもしれない」という見解を示し、キンメは「単純に嬉しい。もう一段階Vtuberという文化が盛り上がる起爆剤になってくれそう」と好意的反応を見せた。
「私個人としては、文化としても技術としても更に進化する速度が上がる――そう思います。やはりあのお二人が組んだという意味は、私たちが考える以上に大きいような気がするのです。更に言えば、海外に拠点を置いている意味は大きいですね。単純に市場が急拡大する訳ですから。来年以降は、共存共栄と競争激化が同時に起きるような状態になってもおかしくないですね」
廻叉はNAYUTA、願真の事をアーカイブや伝聞でしか知らない。キンメのようにファンとして彼らの動画に触れていた訳でもない。だが、彼らの帰還のニュースがVtuber界隈内を嵐のように駆け抜けた事実を見ている。ただ復活した、活動再開だけで終わるような嵐ではないと感じ取れた。
「あれこれと述べましたが、単純に楽しみでもあるのです。私がこの世界に興味を持った頃には、彼らは既に去った後でした。そんな彼らの新しい活動をリアルタイムで見れる事を喜ばしく思っています」
《市場拡大も結構な人らが言ってたな》
《NDXが連れて来た海外ファンを取り込むチャンス》
《流石にNAYU願がコケるとは思えないしなぁ》
《※このアカウントは管理者により非表示設定されています》
《マジでなんだコイツ》
《よく推しマーク付けたままそういう事言えるよな》
《あ、消された》
《あの箱はなぁ……言い方悪いけど民度がなぁ……》
それぞれに考察を走らせる中、話題に出ていたNDXの二人への暴言を切っ掛けにモデレーターによって一つのアカウントがブロックされていた。普段はスルースキルの高い廻叉のリスナーですら思わず眉を顰める程の内容に、少数ながら荒らしコメントに反応するものも出てしまっていた。廻叉もそれを確認すると、話を切り替えるために別の話題を振る。
「何にせよ、彼らの活動開始は来年以降です。まずは、私たちのやるべきことを一つずつ進めていきましょう。差し当たっては、公式HPもオープンしたVCF……Virtule CountDown FESの話をしましょうか」
単純に年末の大型イベントの名前に反応した者も居れば、廻叉が話題を変えた事に気付き、その流れに乗る者も居た。そこから配信終了までの数十分間は極めて平和な配信となった。
【お悩み相談】第だいたい3回・執事の相談室【Vtuber/Re:BIRTH UNION】
配信時間:1時間01分
最大同時接続者数:488人
チャンネル登録者数:10168人
※※※
配信終了後、正時廻叉のDirecTalekerに統括マネージャーの佐伯から注意喚起のメッセージが届いていた。
「お疲れ様です。最近、リバユニに限らずどの配信にもやたら攻撃的なコメントを残すアカウントが大量発生しています。極力触れないで無言でブロック対応をお願いします。また、共通して一定の推しマークを付けている事から、過激派ファンによる暴走という事も考えられます。このようなお願いをするのは心苦しいですが、該当するグループを話題に出す行為、コラボ等に関しては、暫くの間は慎重な対応をお願い致します。
該当するグループは『電脳アイドルユニット・ラブラビリンス』です。よろしくお願いします」
※本作品はフィクションであり、実在の団体・人物とは一切関係ありません。
Vtuberに限らず、インターネットを介する世界を表現する場合、避けては通れない問題だと思います。
光があれば闇があるのはどこも同じです。拙作では、目を逸らさない程度には触れていきます。
御意見御感想の程、お待ちしております。