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「【収益化&登録者数1万人突破記念】正時廻叉の夢の話【Re:BIRTH UNION】3」

お待たせいたしました。記念配信枠のラストです。

 正時廻叉とステラ・フリークスが並んだ瞬間、コメント欄で一部の視聴者に緊張感が走った。以前のハロウィン企画での配信において、ステラの失言を廻叉が注意するという一幕があって以来、初めて公の場で二人が揃う。騒動自体は沈静化しており、結果的には大事にはなっていない。だからこそ、二人がどのような会話をするのか注視するような空気がコメント欄には漂っていた。


「既に何度も何度も言われているだろうけど、一つの節目に辿り着いた事をお祝いするよ。おめでとう」

「ありがとうございます。節目ではあっても終着点ではないですが」

「ふふ。私のところに追いつく、って言ってくれて嬉しかったよ。待っているよ」

「ええ、必ず」


《待ってる、の言葉が重い》

《追い付いてほしいのか》

《そりゃ、ステラと対等な位置に居るの最初の七人くらいだもん》

《もうすぐ20万いきそうだしな、ステラも》


「私は、Re:BIRTH UNIONに君が居てくれてよかったと思っている。私の至らなさを正してくれる存在になってくれた。他のみんなもそうさ。私に無い物を持っているみんなを、私は選んだ」

「…………」

「君の見た夢と、君の見る現実。君は魅力的な存在になった。私の思った通りに」

「貴女が私を選んだのは、貴女自身の為だ、と?」


 褒め称える言葉と、自身のエゴを綯交ぜにしたステラの言葉が、薄い笑いと共に紡がれる。廻叉はそれに対し、疑問に思うでもなく、疑念を抱くでもなく、ただ確認するように尋ねた。


「その通り。……誰かが、私の事を極星と例えた。だけど、私の周りに星々は無かった。私は一人だった……だから、君達を選んだ」


《これ、台本あるんだよな……?》

《執事の「全部分かった上で聞いてる」感よ……》

《全部が全部フィクションではなさそうなのが怖い》

【\:5,000 観劇料】

《そういえば、極星もステラのキャッチフレーズ》

《0期生である理由》

《ステラが怖えよ……》


 ステラ・フリークスの姿が、“傲慢”の名を冠する姿へと切り替わった。黒い衣装の、逆十字と孔雀の羽がステラの身じろぎに合わせて揺れる。


「星座になって欲しいんだ、みんなには」

「……本当に、傲慢な方だ」

「私に、“憤怒”を向けるかい?」


 ステラは尋ねる。期待するように、或いは怯えるように。

 廻叉は答える。当然のように、或いは受け入れるように。


「向けるはずがない。確かに貴女は傲慢で、我儘だ。これからも私が貴女を叱責する事もあるでしょう。だが、それでも貴女が居なければ、私は此処に居ない。貴女を孤独にさせるつもりはありません」

「……嬉しいなぁ。本当に、君を選んで良かったよ」

「なら、同じ質問を他の五人にもしてみてください。あと五回、嬉しくなれますよ」

「……!!君は、本当に、ズルいな!」


《突然の衣装チェンジ!!》

《これもう執事が座長の公演だ》

《シレっと言えるの強い》

《キザなのに、無感情に言うからキツさが無いよな》

《ステラ本当に嬉しそうなの隠し切れてないカワイイ》

《最近可愛いよな、ステラ》

《リバユニメンバーに滅茶苦茶甘えてる感は分かる》

【\:10,000 ステかわ感謝】

《高額ドネの理由で草》


「まぁ、いいさ……今はその言葉を受け取るよ。撤回したくなっても、させないから」

「……それは、どういう意味ですか?」

「いずれわかるさ……その時に、今日と同じ言葉を聴けたらいいな。さぁ、そろそろ時間だ」


 その言葉は、自嘲と諦めの混じるような、不可解な言葉だった。廻叉が更に質問を重ねようとしたタイミングで、背景の宇宙空間が消え去っていく。同時に、ステラの姿も、消える。


「君のお蔭で見つける事ができた子が、君を待っている」


 廻叉の返事を待たず、背景が変わる。






 学校の音楽室。そこには椅子に腰を下ろした少女と、執事服の青年――小さなピアノの音が、BGMとも言えないような音量で響いている。


「廻叉さん」


 少女、石楠花ユリアは彼の名を呼んだ。


《うおおおおおおお》

《例のインタビュー読んでからだと、この二人の会話めっちゃ気になる》

《敢えてステラじゃなくてユリアがトリなの、わかってるねぇ!!》

《うっ(尊死)》

《またお嬢のファンが死んでるぞ》

《いつもの事》

《呼びかけがもう清楚》


「ユリアさん?」

「私は、ずっと逃げてきたんです。誰かと関わる事が怖くて」

「……ええ、知っています」

「でも、廻叉さんのおかげで、私は今、ここに居ます」


 告解のように、過去を話す。彼女の過去は、開示されている。引きこもりの令嬢。だが、その理由までは開示されていない。だが、石楠花ユリアが逃げたと語ったその場所が学校の音楽室だった。それが暗喩であると、視聴者は気付いていた。

 悲鳴のような、居た堪れないようなコメントが流れているが、今この場に居る二人は一切反応しない。


「ですが、踏み出したのはユリアさん自身です」

「でも……でも、踏み出そうと思わせてくれたのは、廻叉さんです……!」


《今日のお嬢はぐいぐい行くな》

《ナイス積極性》

《こんなの表でやっていいの?》

《Vの設定の話なのか、魂の話なのかわからん感じになるな……》


「あの、その……私、Re:BIRTH UNIONのみんなが大好きです。廻叉さん、1万人登録おめでとうございます。なんだか、ええと……自分の事のように、嬉しくて、きっと、他の皆さんの時もこうして嬉しく思えるのが、幸せで……えと、あの……何て言ったらいいのか、わからないんですけど……」

「大丈夫です、落ち着いて」

「は、はい……。あの……」


 堂々とした態度は少しの間だけだった。いつも通り、どこか臆病な印象を残す、普段通りの石楠花ユリアの言葉になっていた。だからこそ、その言葉は視聴者にとって、正時廻叉にとって、本心として受け止められた。廻叉は無感情ながらも、彼女への気遣いを見せた。普段であれば多少違和感のある言動であっても、誰もがそれを当然のことのように感じ、見過ごされた。


《てぇてぇ……》

《良い子なんだな、本当に》

《これは角が折れる》

《モデレーターが超仕事してるな》

《消去されたコメントがたまにあって草》

【\:1,000 お嬢の執事になってくれ代】


「あの……お願いがあるんです」

「ユリアさんのお願いなら、きっと大事な事なんでしょうね」


《まるで他のメンバーのお願いはしょうもないみたいな言い方で草》

《でも実際どーでもいい事お願いして来そうな面子しか居ねぇんだなこれが》

《え、今何でもするって(ry》

《まだ言ってねぇよ馬鹿》


「えっと、私はまだVtuberになったばかりで、自分でもまだどこまで出来るかわからなくて……」


 廻叉は急かす事なく、彼女の言葉を待った。


「だから、一年……一年、私が続けたら、私と……」


《一年後に?》

《この子もとんでもない事言いそうで怖い》

《プロポーズだったらどうしよう》

《流石にない》

《ない……よな?》

《そういうのはせめて三年後だ》

《おい》


「私と、歌ってくれませんか……?」


「私で良ければ、喜んで」


「……!!が、頑張ります……絶対、絶対続けます……!!」


 ユリアからのお願いは、廻叉が思った以上にささやかな願いだった。断る理由など一つもない、と言わんばかりに即答すると、ユリアはまるで大願が成就したかのように喜び、活動への決意を露わにする。コメント欄も、あまりにあっさりと決まった一年後の楽曲コラボを喜びつつも「別にいつでもやればいいのでは?」という尤もな疑問が浮かんだ。当然、廻叉も同じように考えた。


「それはいいのですが。何故、一年後に?」

「……私は、弱いから。何か、辛い事があったりしたら、また逃げてしまいそうだから……でも、一年頑張ったら、廻叉さんと歌えるって思ったら、きっと頑張れる、って……思って……」

「……仕方のないお嬢さんですね。本当は、リスナーの皆さんを楔にするべきですよ」

「そ、その通りです……」

「分かっているなら宜しい。ファンの皆さんの為に、一年続けなさい。そうしたら、ご褒美として私と歌いましょう?」

「……は、はい……!!」


《ああ、逃げないようにする為にか……w》

《どんだけ自分に自信が無いんだ、お嬢は》

《憧れ通り越して依存では?》

《お嬢の背景的に仕方ないとはいえなぁ》

【\:500 執事、お嬢がすまんな】

《流石にこれは執事も苦言》

《やむなし》

《残当》

《飴と鞭の使い方完璧かよ》

《お嬢の声色でわかるテンションのジェットコースター具合よ》

《詫びドネートで草》


「あ……これで、廻叉さんも一年間続けてくれる……?」

「むしろそれが目的だと思っていたのですが、もしかして今お気付きになられましたか」


《草》

《ポンだなぁ》

《執事を縛る為の約束じゃなくて、約束で自分を縛る事しか考えてなかったのかw》

《石楠花ユリア緊縛!?》

《興 味 が あ り ま す》

《おいモデレーター仕事しろ》

《待て、モデレーターに白羽や少佐が居るんだぞ。敢えて見過ごしている可能性が高い》

《なんて奴らだ》


 緊張感が抜けつつあるタイミングで、学校のチャイムが鳴る。音楽室の背景は消えていき、真っ白な何もない背景へと変わっていった。


「廻叉さん……これからも、よろしくお願いします。私も、頑張って追い掛けます」

「貴女なら、私なんてすぐに追い抜いてしまいますよ。登録者数も、或いはSNSのフォロワー数も」

「そうじゃ、ないです。数字じゃないです。自分の道を迷わず歩いている廻叉さん、リバユニの皆さんの背中を、追い掛けたいんです」

「…………」



「だから、どうか、何があっても――迷わない廻叉さんで居てください」



 石楠花ユリアの姿が消える。単純に言葉を額面通りに受け取るのならば、今の姿勢のままでいて欲しいという願いであり、応援の言葉だ。穿った見方をするのならば、正時廻叉は変わってしまう程の何かが待っている――そう予見しているような言葉でもあった。


 一人残された正時廻叉は、言葉を発さない。無音、無言、真っ白な背景。コメント欄もあらゆる種類の不安を煽られたかのように、混乱気味だった。


 音が鳴り始める。


 時計の秒針が進む音だ。



「チク、タク、チク、タク……」



 その音に合わせるように、無表情に、自動的に声を吐き出していく。



「…………私は、正時廻叉…………」



 秒針の音が大きくなる。自分に言い聞かせるように、呟いた。




「…………私は、―――――………」



 声は、時計の鐘の音でかき消され、映像は暗転した――



『Thank you for watching...』


《え、終わり……?》

《てぇてぇからのホラーはアカンよ……》

《時計の音に意味はあるのか???》

《考察班ー!!集合ー!!!》

《執事らしいっちゃらしい記念配信だった気がする》

《これを考えた執事も、止めないリバユニ運営も、完全協力するメンバーも狂ってるわ……》




 ※※※



 配信終了後、じっと目を閉じたまま正時廻叉は動かなかった。スタッフや、他メンバーの声が随分と遠く感じる。


 記念配信という形で描いた、自分自身の、正時廻叉というVtuberの原点(オリジン)。その一端。


 自身の姿を描いてくれたイラストレーターのMEMEに、正規の依頼として描いてもらった動画内のイラストも、それぞれのメンバーとの対話も、自分が自分と向き合って創り上げた物だ。


 正時廻叉はバーチャルだ。しかし、現実でもある。


 正時廻叉はフィクションだ。しかし、ドキュメンタリーでもある。


 Vtuberを続ける中で、正時廻叉は配信も動画も全て、自身の舞台とする事にした。



 虚構と現実を、全てを綯交ぜにする――正時廻叉の序幕が終わり、第一幕が始まった。

正時廻叉個人の物語は、ここまでがプロローグです。

次回は掲示板回を挟んで、平常運転に戻る予定となっております。


御意見、御感想の程、お待ちしております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] VTuberものでここまで静謐なものがあったでしょうか。この心情風景がいいですね! [一言] 続編楽しみにしております!!
[良い点] 半年かけて終わったプロローグと半年かけて始まった正時廻叉の物語!伝説の始まり感出ていいぞ〜?じゃあ一旦区切りだね?ここまではお疲れ様!これからも頑張って楽しい物語を作ってください! 応援し…
[良い点] 更新お疲れ様です。 続きが楽しみでしかないです。 演技でありながら演技にあらず、Vとして創っている物語でありながら、完全に創ったものでもない…綯い交ぜという感じで良き良きです。 [気になる…
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