「【収益化&登録者数1万人突破記念】正時廻叉の夢の話【Re:BIRTH UNION】1」
第9回ネット小説大賞に参加しました。応援よろしくお願い致します。
それでは、執事の記念配信回です。
正時廻叉@Re:BIRTH UNION 2018/11/** 10:25
長らく配信を休止しておりましたが、ようやく復帰の日時が決まりましたので告知いたします。
また、収益化申請に通過しました。また、休止中にチャンネル登録者数1万人を突破しました。本当にありがとうございます。記念配信を以下の日時で行いますのでよろしくお願い致します。
11/** 21:00~
※※※
Re:BIRTH UNIONから5人目のチャンネル登録者数1万人突破、というニュースはSNSだけでなくDirecTalker上のファンコミュニティや匿名掲示板にも即座に伝わった。その一週間ほど前に魚住キンメも万の大台に達しており、俄かに勢いを増すRe:BIRTH UNIONへの注目度は高かった。また、告知以前から正時廻叉が短期間の配信休止を発表していた事から、彼の動きを心配していた御主人候補(=廻叉ファンの総称)や、リバユニ箱推しファンからは安堵の声も聞かれた。
SNSでの発表された記念配信の情報拡散速度はこれまでにない勢いを見せていた。理由は単純で、拡散力のあるVtuber数名が「見に行く」という文言付きで拡散したからである。オーバーズ所属の紅スザク、各務原正蔵、NEXT STREAM所属ライター・玉露屋縁といった彼と縁の深い面々を始め、以前に楽曲動画をSNSで紹介しトレンド入りにまで押し上げた立役者、エレメンタル所属の月影オボロも彼の記念配信の視聴を明言していた。
配信当日、20時30分。配信待機所が作成されるとほぼ同時に、同時接続者数が1,000人を突破、更に解放されていたドネーションが矢継ぎ早に送られる。大半は数百円前後であったが、稀に1万円から限度額である5万円が投げ込まれ、待機所は既に大騒ぎだった。
「はは、君のファンは熱心だね、廻くん」
「ありがたいことです」
リザードテイル事務所、地下配信スタジオ。正時廻叉は、配信用パソコンの前に座りながら背後から声を掛けて来たステラ・フリークスに笑みを浮かべながら返す。スタッフ数名が配信ソフトの最終チェックを行う中、どこか高揚した空気感がスタジオ内に満ちていた。
「この間のような失態はしない、約束するよ」
「大丈夫です。同じ失敗を繰り返す人じゃない事はよく分かっていますから。……むしろ、私のワガママに皆様を付き合わせてしまって申し訳ない気分です」
「何を言っているのさ。君の計画を聞いた時、全員が二つ返事で了承したんだ。君の企みが成功するところを、一番近くで見れるのは――仲間である、私たちの特権だ」
スタジオの隅には、Re:BIRTH UNION所属メンバー全員が揃っていた。リラックスした様子で雑談をする者も居れば、印刷された脚本を何度も読み返す者も居た。
「正時廻叉がVtuberの世界という舞台で、何を見せるのか。収益化や登録者の記念配信としては、例外に例外を重ねたような配信だけど、きっとみんな驚くよ」
「ええ、驚かせましょう」
壁に掛けられた時計は、淡々と秒針を進めていた。
※※※
21:00――
《キター!!》
《執事おめ!》
【\:300 登録者1万人、収益化達成おめでとうございます】
《タイトルがまた意味深》
【\:10,000 この日を待ってた】
《さっきからドネート止まらねぇ……》
《同接も過去最高レベル》
《朗読配信同接20人が遠い昔の事のようだ……》
蓋絵がブラックアウトする。
《始まった!》
《いつもの雑談部屋じゃない》
《ってか何も映ってない?》
時計の秒針が刻まれる音が響く。画面は、白黒にノイズが走ったような映像が浮かぶ。
豪奢な屋敷の一室。高級そうなソファに身なりのよい老夫婦が座っている、俯きながら。
画面は、セピア色のくすんだ映像へと切り替わる。
先程の老夫婦が数十年ほど若返ったような二人の男女が、こちらを見下ろしながら笑みを向ける。視線が動く、小さな手が大きな手を握っている。更に視線が動く。皺ひとつない、執事服が映る。
《え、何これ》
《なんだ、何のストーリーだ?》
画面は再び白黒とノイズに切り替わる。
固定カメラの様に固定された映像。夫婦と、執事と、小さな子供が居た。
執事の顔はピントが合っていないのか、はっきりと映らない。
《え?これ、どっちが執事だ?》
《正時廻叉の夢ってこういうこと?》
【\:1,000 なんかすごいの見せてもらってる代】
《月影オボロfromエレメンタル:え、すご》
《無声映画みてぇだ》
《オボロ組長!?》
シャッターが下りるように、一瞬のブラックアウト。
登場人物は変わらない。夫婦と、執事と、子供。
その子供がブラックアウトの度に成長し、大人たちは年老いていく。
再び、セピア色の映像に切り替わる。
鏡の前、真新しい執事服の青年。両隣には老夫婦、背後にはやはり少し年老いた執事の姿があった。
視線が上がる。
仮面を付けていない、正時廻叉が、照れ笑いを浮かべていた。
嬉しそうに微笑む老夫婦、誇らしげに頷く壮年の執事、真剣な表情で鏡の前に立ち、笑みを浮かべる正時廻叉――
映像は、途絶する。
《執事……?》
《今の、執事だよな……?》
《笑ってた……》
《仮面無かった……》
《これ、執事の過去……?》
コメント欄が騒然とする中、画面はゆっくりと切り替わった。
ファン層が、いつもの雑談部屋と称する背景に、現在の正時廻叉が居た。
執事服、黒髪、そして顔の右半分を隠すファントムマスク。
眼を閉じたまま、黙して語らない。
コメント欄の祝福ムードは既に消え去っていた。ただ、彼の一言目を待っていた。
《何を言うんだろう》
《いっそ、このシリアスな空気をぶっ壊して欲しい》
《記念配信でストーリー展開してくるなんて思わないじゃん……》
ゆっくりと、目を開く。
感情の一切感じ取れない、機械的な声色で、最初の一言を呟いた。
「今のは、誰だったのでしょうか」
《いやああああああああああ》
《やだああああああ!!!》
《ああああああああああああああ》
《★ラッパーVtuber・MC備前:マイメンの後輩のお祝いに来たらえらい事になってんな……》
《お前だよ、お前なんだよ!!!》
《執事、お前記憶が……!!》
【\:5,000 これで廻叉を治してくれ……!!!】
《★紅スザク@オーバーズ1801:廻叉くん……?》
《こんな不穏な記念配信、ある?》
数度の瞬き、更に数度首を傾げるような仕草を見せて、正時廻叉は言葉を続ける。
「そうでした、今日は私の収益化と、チャンネル登録者数1万人達成の記念配信でしたね。そろそろ準備を始めなければいけません」
《やってるー!!今やってるんだよ!!!》
《マジでどういう状態なんだ……?》
《あれ、背景が……》
いつもの、と呼ばれるほど浸透していた背景が消える。真っ白な空間に、正時廻叉の2Dモデルだけが浮かぶ。
「ですが、私は、何故ここに居るのでしょうか。御主人様の下を離れるなど、執事として恥ずべき行為――」
《!?》
《Vtuberである事を忘れてる……》
《忘れてるというか混線してる感じ》
《このまま引退とかするんじゃ……》
《やめろ縁起でもねぇな!!》
画面が切り替わる。真っ白な部屋に、正時廻叉と、小泉四谷の2Dモデルがあった。
「おはようございます、廻叉さん。珍しいなぁ、先輩の寝起きなんて」
「……おはようございます」
「ああ、誰だかわかってない顔だ。無表情でもそれくらいわかるようになっちゃいましたよ」
「貴方は?そして私は?」
「僕の名前は小泉四谷。貴方の名前は正時廻叉。ここは現実と電脳の狭間であり、現実と夢の狭間」
《四谷だ!!!》
《え、これ録音?》
《いや、動画公開じゃなくてライブになってるから配信……配信!?》
【\:2,000 もう引き込まれてる。お前に付いてきて良かった】
「先輩は『胡蝶の夢』って、知ってますか?男が夢の中で蝶になっていた。人間である自分が蝶になった夢を見ているのか、自分が蝶である事が現実で人間になっている夢を見ているのか。まぁ簡単に言うとそんな感じなんですけどね」
「それが、今、何の関係があるというのですか」
小泉四谷の顔に、狐面を模した化粧が浮かぶ。
「貴方はRe:BIRTH UNIONのVtuber・正時廻叉ですか?それとも、父の後継として、御主人である夫婦に仕える、執事・正時廻叉ですか?どちらが、現実で、どちらが、夢?」
《アカン、オカルトが加速した》
《ホラーじゃないのに怖い》
《SAN値が、下がる……!》
「私は―――」
正時廻叉は答えかけて、言葉を止めた。
しばらくの間を開けて、答えた。
「私は、Re:BIRTH UNION、2期生、Vtuber正時廻叉です」
「ならば、それが現実です。夢は夢でしかないのだから、引っ張られちゃダメですよ先輩」
四谷の顔から化粧が消えた。いつもの配信で見せるような、笑顔と声色で廻叉へと語り掛ける。
「でも、夢って言うのは自分の頭の中に詰まった過去の記憶を整理するために見るって話もあります。大体は、引き出しを全部引っ繰り返したように支離滅裂になるんですけど……時折、自分でも驚くほど時系列や順序がはっきりした夢を見るんですよね。まぁ、起きてしばらくしたら忘れちゃうんですけどね」
小泉四谷は朗々と語る。しかし、正時廻叉はそれに対して何を答えるでもなく、無言のままだった。配信のコメントの反応は様々だ。四谷の言葉が何かのヒントであると考え、先程の映像の内容を必死で思い出し合う者達も居た。ただ単純に正時廻叉の身に起こった事を心配する声があった。途中から見始めてしまったため、状況が飲み込めないながらもただならぬ空気を感知している者も居た。ついていけず、捨て台詞のような暴言だけ残して去っていく者も、少数ながら存在した。
「……私が見た夢は、私の過去なのは間違いありません。ただ、私が、覚えていない事の方が多かった」
「なら、また次に夢を見た時に、もっとはっきりするかもしれませんよ?先輩、登録者数、1万人の大台おめでとうございます。僕も、後輩として頑張って追い掛けますから」
「ええ。ありがとうございます、四谷さん」
《よかった、最後は記念配信らしくなった……》
《また夢を見る時がある?》
《これ、廻叉の演劇作品なんじゃ》
《ありえる。執事なら、リバユニならありえる》
《四谷の明るいのに得体が知れない感がめっちゃ出てたな》
小泉四谷の立ち絵が消失する。背景が切り替わる。
波の音がした。窓から海の見える部屋に廻叉は居た。そして、その横には――メイド姿の女性が居た。
「こんばんは、廻叉くん」
「……キンメさん」
「急に現れてびっくりした?でも、そういう唐突なものだよね、夢ってさ」
《キンメー!!》
《同期来たこれで勝てる》
《おい》
《マママーメイドメイド、お前もか……!》
《夢の迷宮……昔のRPGであったな……トラウマダンジョンだった……》
《どのRPGだよ、結構当て嵌まるぞその条件》
「夢の中でする話かどうかはわからないけど、廻叉くんに今のタイミングだからこそ聞いてみたい事があるんだよね」
「……なんでしょうか」
「廻叉くんの夢は何?」
続きます。
御意見御感想の程、お待ちしております。