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「上京の状況は上々です」

繁忙期という宿敵との戦いの末、なんとか2月中に間に合わせる事が出来ました。

お待たせしてしまい申し訳ありません。

「あ、どうも初めまして。東京で音楽関係の仕事してます、弥生竜馬です。今日は正辰くんの引っ越しの手伝いという事で……」

「境さんと同じ会社で働いてる桧田と申します。今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ、わざわざ東京からお手伝いに来ていただいて……ちょっと、正辰。アンタ東京に知り合い居たのね。こっちには友達一人も居ないのに」

「母ちゃん、俺に失礼では?」


 正時廻叉のチャンネルが収益化申請の認可を得ておよそ十数日後、配信頻度を減らして引っ越しの作業に勤しんでいた。収益化と同時に上京するという話は、家族とRe:BIRTH UNION関係者には既に伝えていた。マネージャーの佐伯へと電話連絡をしたその日に東京へと向かい、不動産屋での物件探しや契約書類等の手続きを行っていた。そんな中、引っ越し当日の手伝うためにそちらへと向かう、と言い出したのが三日月龍真と小泉四谷だった。自宅に居た母親には東京の友人及び会社の後輩、という説明をしているが信じてくれたようで廻叉は内心で安心するが、予期せぬ流れ弾にダメージを受けていた。


 最大の問題点である新居だが、幸いにも防音のしっかりとしている上にリザードテイル事務所から自転車で十分前後、オマケに隣人がリザードテイル社員の一人で更に即入居可という破格の物件と賃貸契約を結ぶことが出来た。審査が通るか否かが最大の問題だったが、リザードテイルの契約社員という形でバーチャルタレント契約を結んでいた事が功を奏したのか、アッサリと審査は通過した。その他諸々の細かい契約等(電気・水道・ガス等各種インフラ、インターネット回線契約)には神経をすり減らす事になったが、事務所スタッフの協力などもあり、こうして引っ越し当日を迎える事となった。なお、新居まで距離がある為、二日がかりでの引っ越しとなっている。


「まぁでも、前々から準備してたから実は今日はそこまでやる事ないんですよ」

「うーん、流石先輩……PC周りもすっかり片付いてますね」

「つーか、荷物少ねぇなぁ。一番大きいのがパソコンと、あとなんだコレ?布団?」

「布団一式ですね。夏用と冬用で」


 引っ越し業者と共に荷物の運び出しも、一名分だけという事もあり早々に終わってしまっていた。トラックは翌日に東京に到着予定となっている。


「ところで龍し……竜馬さん達は新幹線でこちらに?」

「いや、レンタカー借りてきた。行きは桧田が運転して、帰りは俺の運転で」

「教習所以来の高速道路は初配信より緊張しましたよ……」

「つーわけで、上京と言えば深夜高速だよ。楽しんでいこうぜ?」




 ※※※




 家族との別れは実にあっさりとしたものだった。一人暮らし自体は大学時代に既に経験しており、そもそも成人男性が実家を出るくらいでは、親兄弟もそこまで感傷的にならない。着いたら連絡しろ、と簡単に言われて終わりだった。


「流石に二度目の一人暮らしともなると、家族の反応も淡泊でしたね」

「変に泣かれたりしてもお前だって困るだろうよ。しかし、これでついにリバユニメンバー全員東京在住かぁ」

「そういう意味では、感慨深くはありますね」

「しばらく事情で配信休みのお知らせして、今度ゲリラで収益化発表配信やるんだっけか。その時から、正時廻叉の新章突入って訳だ」


 夜の高速道路を走るワンボックスカー。運転席には三日月龍真が、助手席には正時廻叉が座っている。後部座席では往路の運転による緊張と作業の疲れでエネルギー切れを起こした小泉四谷が熟睡していた。シートベルトをしたまま体を横に倒している状態は、どう見ても窮屈そうではあったが静かに寝息を立てている様子だった。


「ドネーションという形ではありますけど、自分の表現でお金を稼げる日が来るとは思いませんでした」

「劇団の時は、やっぱ赤字か」

「ええ、チケットノルマがありましたからね。買ってくれるのはごく一部、後はタダ券同様にして配ってました……はぁ」

「うっわ、思い出すわ俺も……たぶん、白羽も同じような記憶があるんだろうな……」

「最初はそれでお金が足りなくなって、しばらく社会人やって貯金貯め込みましたからね……幸い、バイト先の皆さんが協力してくれたお蔭で、なんとかなってはいましたけど……」


 廻叉の溜息に龍真が呼応する。この場に丑倉白羽が居れば、同じように溜息を吐いたことだろう。役者として、ラッパーとして、バンドとして、Vtuberになる以前は舞台の上に立っていた者だからこそ分かる苦労だ。

 往々にして、アマチュアの劇団やミュージシャン、或いはお笑い芸人などは自分達が出演するイベントのチケットを出演者が買い取り、それを売る事で主催側の赤字を防ぐ『チケットノルマ』、更にそれを超えた分を出演料として出演者側に支払う『チケットバック』という二つの制度。半ば暗黙の了解と化しているこれらの制度は、若手の役者やミュージシャンにとっては頭痛の種である。尤も、この制度無しでは興行主側が大赤字を被る事になる為、大っぴらに文句が言えないという点でもある。


「……こう考えると、リザードテイルってホワイトですよね。我々も、一応は『映像企画部所属の社員・アルバイト』っていう扱いですもんね」

「本当にそれな……芸能事務所形式だと色々大変だしな……」

「まだ学生の四谷くんや、未成年のユリアさんはアルバイトっていう扱いでしたよね?」

「確かそのはず。詳しい事はわからねぇけど、固定給は出てるみたいだしな。ドネの分は一割が会社に入るって形式だから、実質俺らの手取りは六割か。リスナーが出した分の三割はTryTubeに持っていかれるし」

「Vtuberなのに安定してしまっているのが、我々が伸び切らない遠因のような気が……」

「逆に言うと恵まれた環境なんだからもっとやらなきゃいけねぇんだろうな。噂だけど、酷い条件のVtuber事務所もあるっていうしな……」


 廻叉と龍真の会話は続く。単調な道路照明の連続する風景は眺めていると眠ってしまいそうだった。会話に気を取られ過ぎない程度に、雑談を挟みながら三人を乗せた車は高速道路をひた走る。


「何にせよ、私がやる事は『正時廻叉』という役を全うする事ですから」

「まぁな。他事務所のイザコザは極論俺らには関係ねぇんだ。俺だって『三日月龍真』としてより良い曲作らないといけねぇしな。現状維持じゃ、いずれ潰れる。……っと、そろそろパーキングエリアだし、飯にしようぜ」

「四谷君はどうします?起こしますか?」

「一応起こして、まだ寝たそうだったら寝かせておこうぜ。久々の高速の運転で疲れただろうし、それにお前に会うの楽しみにしてたしな」

「そうなんですか?」


 廻叉がふと後部座席で寝息を立てる四谷へと視線を向ける。座ったまま体を横に倒した体勢は変わらず、イビキや歯ぎしりもしない。


「お前のストイックな態度に感銘受けてたからな、コイツ。まったく、三期生に随分懐かれてるなぁ、廻叉?」

「懐いてもらえる程、先輩らしいことをした自覚はないのですけどね」

「お前もキンメ姉さんも十分先輩してるよ。特に、ユリアを引っ張って来たのはお前みたいなもんだろ?」


 話が石楠花ユリアについての話題になった瞬間、廻叉が僅かに視線を逸らし車窓から見える光景を眺めた。防音壁が高速で流れていくだけの単調な光景だった。


「正直に言えば、距離感を図りかねています。彼女が、その、私に敬意を持ってくれているのはいいのですが」

「敬意だけじゃなくて好意も、だろ?そんで、お前も憎からず思ってるって感じか」


 廻叉からの返事は無かった。その沈黙は、否定ではなく肯定を意味していると龍真は察した。


「自分のとこの企画切っ掛けで、引きこもりだった女の子がVtuberの世界にやってきた。しかも、自分に明確に好意的な態度を取っている……変に距離を詰めたら、ユニコーン共が群れ成して襲ってくるだろうな」

「ヌーの群れみたいに?」

「ヌーの群れみたいにだ」


 アフリカの大地を大移動するユニコーンの群れを想像し、二人は苦笑いとも呆れともとれる表情を浮かべる。現時点で、Re:BIRTH UNIONにその手のリスナーが現れた事は片手で数えられる程度しかないが、居ない訳ではない。何かの切っ掛けで、群れて移動してくる可能性がある事を廻叉は短いキャリアながらも理解していた。


「ま、とりあえず飯だ、飯。俺も休憩したいしな」


 左方向へのウインカーを出しながら、サービスエリアへと入る車線に移動させる龍真の声に廻叉の返事はない。少しずつVtuberとしての知名度が上がりつつある中で、自分の事だけを考えて居ればいい時期が過ぎ去りつつあることを予感しつつあった。




 ※※※




 サービスエリア内のイートインスペースで廻叉、龍真はそれぞれ食事を終え、四谷は目覚ましに食後のコーヒーを啜りながら、未だに半覚醒の状態だった。廻叉がスマートフォンでSNSを確認していると、ある投稿に目を向けた。


「ついに正式発表されましたね、年末のカウントダウンライブ」

「エレメンタル主催の奴か。参加する事務所はオーバーズ、にゅーろねっとわーく、そんでRe:BIRTH UNIONと。俺らもここに名前が並ぶ日が来るとはなぁ」

「とはいえ、末席ですけどね。ここはやはり、我らが稼ぎ頭の名声あっての事かと」

「……何の話っす?」

「年末にあるイベントの事だよ。たぶん久丸さんからまた連絡あるだろ」


 四谷が廻叉のスマートフォンを覗き見るように顔を寄せれば、廻叉がそれを見やすいように向ける。先ほどまで寝ていた事もあり、事の次第をよく理解していないようだが、いずれその意味に気付くだろう。そして、彼個人での歌動画を出す事になるのだが、それはもう少し先の話だった。


「メインライブに出るのは、基本3D持ちだけだからなー。俺らは動画だけ出して、後は見守るだけって感じか。いつまでも要におんぶに抱っこじゃいられねぇとはいえ、まだまだ知名度が足りねぇし、会社の体力もそこまでじゃないからな」

「……竜馬さん、呼び捨て?」

「そういえば、前まで『要ちゃん』って言ってましたよね?」


 夜22時過ぎのサービスエリアに人はまばらとはいえ、衆人環視の状況である事からお互いに本名で呼び合う中で、一つの違和感に気付いた二人からの指摘が飛ぶ。指摘された龍真が、スマートフォンを見た状態のままでフリーズし、数十秒かけてゆっくりと動き出し、席を立とうとした。


「…………さ、それじゃあ飯も喰ったし行くとするか!」

「ご着席ください」

「そんなあからさまな誤魔化し、通る訳ないでしょ」

「……くっ、お前ら……!」

「聞かれて困る事なら私達もそこまで追求しませんよ」


 二人からの視線に観念したように、車のキーを取り出して呟いた。


「車の中で話すよ。とりあえず、外で話す事じゃねぇから」




 ※※※




 再び走り出した車の中で、龍真は先程追及を受けた件に関して隠し立てする事無く話した。前回のハロウィンコラボの際に、ユリアの志望動機……特に、廻叉に影響を受けてRe:BIRTH UNIONのオーディションに応募したという話を、ユリアが話していないにも関わらずステラが話してしまった事。その場は廻叉が注意をする事で収まったが、配信終了後に彼女が相当落ち込んでいたという事実を龍真は話した。


「たまたま、あの日のコラボ後にスタジオ予約してたからな。そしたら、要がド凹みしてて久丸さんが宥めてるとこに出くわした。廻叉に言われたからっていうより、自分がやらかしちまった事を無茶苦茶気に病んでてなぁ」

「……そうですか」

「あのステラさんが……」

「まぁ早い話、あの子も人の子だよ。これはもう言っていいって言われてるから言うけど、あの子、四谷とほぼタメだしな」

「ええ?!」


 四谷が驚いた声を上げた。彼自身も、星野要に会った事はあるが、その落ち着いた姿から自分よりは年上だという風に感じていたので、自分と同年代である事は完全に予想外だったようだ。


「まぁ、何にせよ、俺らはバーチャルだけどリアルでもある。俺はたまたま、ステラのリアルな部分に出くわした。その上で、彼女をちゃんと支えられる男になりてえって思っただけの話よ」

「……配信上で注意をした時は、反省はしていても落ち込んでいるという風には見えませんでした」

「そりゃあの子だってVtuberで、それも最初の七人の一人だぜ?それくらいは切り分けられるだろ。まぁなんだ、廻叉の引っ越しの受け取りやら手続きやらが終わったら一度事務所に行こうぜ。全体ミーティングしたいって久丸さんも言ってるしな」


 龍真がハンドルを握りながら、気がかりそうな表情を浮かべる廻叉へと告げる。四谷はどう話を展開すべきか考えるも、最適解が浮かばずに黙りこくったままだ。


「そうですね。私も一度、ステラ様と話してみようと思います」

「おう、そうしとけそうしとけ」

「龍真さんが居てくれて助かってますよ。ありがとうございます。面倒見がいいですし、こうして運転までしてくれて」

「お?なんだ急に褒めてくるなよ照れるだろ馬鹿」

「ゲームだと凄い勢いで壁に突っ込む人とは思えませんね」

「それ言ったら戦争だろうが……!!!」


 仲間同士の信頼を確認し合うような、配信であれば『エモい』『てぇてぇ』というコメントが大量に流れそうな会話からドリフト走法で煽り合いへと車線変更していく様に、四谷は絶句した。そして、初めて四谷が廻叉と会った時に言われた言葉を思い出し、納得した。



『Re:BIRTH UNIONは身内同士になると、緊張感とかシリアスという概念が消失する奇病に掛かっています』



「そっかぁ、これがリバユニかぁ……うん、楽しいからいいや」


 四谷は考える事をやめ、論戦(という名の煽り合い)に勤しむ二人を見てから、目を閉じる。起きた頃には、恐らく到着しているだろうと踏んで。


「お二人とも、トーク盛り上がるのはいいですけど安全運転でお願いしますねー」

「わーってるよ。安全運転ヨシ!」

「それ、ヨシじゃないので有名な猫ですよね?大丈夫です?」


 何故か不安になった四谷だったが、数時間後には無事到着した。なお、廻叉は大量の手続きに追われて半死半生となり、龍真は夜通しの運転で体力を使い果たしリザードテイル事務所で爆睡する羽目になり、全体ミーティングは翌日以降に持ち越しとなった。

次回、廻叉の収益化配信+αです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いつも楽しく拝見しております。 女性陣も交えた華やかで賑やかな雰囲気も素敵ですが、男性陣だけの落ち着いた雰囲気もいいですね。 [気になる点] 読み返していて不思議に思ったのですが、ステラ様…
[良い点] この3人いい雰囲気でありがたい リバユニ男組もっと絡んでもろて リーダーシップのある強い長兄、安定感のある次兄、独自の感性をもつ末弟みたいな雰囲気好き [気になる点] 配信休止報告されたご…
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