「男性Vtuberの未来を語る男たち(泥酔中)」
飲み会編後半です。酒が入った事で、必要以上に真面目な話になってしまう事、たまにあります。
紅スザク主催の飲み会配信は開始から二時間ほどが経過し、酒の力も重なりトークはスムーズに進んだ。そもそものVになった切っ掛けに付いて話している最中に、後々語り継がれる『床になりたい』発言が出たりもした。
「そもそも何故そこまで百合に拘られるのですか?」
「……まぁ話せば長くなるのだがな」
名は体を表す系Vtuberの代表例であるプラトニコフ・ユリガスキー特務少佐に、廻叉が不意に尋ねた。少佐は神妙に呟く。深刻そうな声色に、廻叉もスザクもグラスを置いて話の続きを待った。
「初めてアダルトDVDを見た時に、気持ちが逸っていた吾輩はシーンスキップを連打してしまってな。丁度止めたタイミングで男優さんの尻が画面いっぱいに」
「あ、もう結構ですありがとうございました」
「あはははははははは!!」
「結果的に、女性しか出ない作品しか見れなくなったことが切っ掛けであるな」
《草》
《草》
《想像以上にしょうもない理由で草》
《即ストップをかける執事、笑い続ける幹事》
《気持ちはちょっと分かるのが腹立つw》
《おいたわしや少佐殿》
《むしろ質問に対してこれが返って来た執事のがおいたわしいだろ》
「まぁ結果として名が売れたのは事実である。数多いる個人勢の中で、名前も内容も分かりやすいというのは大きな武器になったからな。初速である程度の固定視聴者がついてくれたのは僥倖としか言えぬよ」
「個人運営の方の大変さは、やはりありますか」
「モチベーションが折れたら終わりであるからなぁ、個人勢。無論、企業勢には企業勢なりの悩みもあるのは分かっておるが、それでも羨ましく思う事はある。特に、知名度を上げる機会は間違いなくそちらの方が多いだろうというのは自明の理であるからな」
「確かにね。企業でデビューできれば、少なくとも初配信を箱推しの人は見に来てくれるし」
「名を売る機会に飢えておるのだよ、個人勢は。今回、この企画に呼んでもらえたのは本当に助かる」
個人勢の現実を粛々と語る様は、先程までの乱痴気騒ぎから一転している。廻叉は相槌を打つ程度でしか答える事が出来ない。廻叉は企業勢であり、まだデビュー半年弱の身である。個人勢の悩みに共感するには、環境も経験も違う。
「俺らは俺らで、色々大変な事はあるんだけどね……オーバーズ、人数多いでしょ?俺らは気にしてなくても、視聴者側が登録者数の人数やらなんやらで言い争いして、何故か俺らが必死に収めたり謝ったり……」
「スザクさん、漏れてます。闇が」
「吾輩もなぁ……魔境呼ばわりは別に良いのだが、そのノリをよそに持ち出す阿呆がおってな。吾輩自身が出演しているなら良いが、全く無関係な所で吾輩の配信のテンションでやらかすのはやめろと何度言った事か……」
「分かる、分かるよ少佐……いっそ悪意を持ってやってるんなら容赦なくブロック出来るんだけど、大体善意なのが始末に負えない……」
《うわぁ……》
《二人とも溜め込んでるなぁ……》
《なんか自分がやらかしてないか不安になって来た》
《少佐殿のとこのノリはわかりやすいから、他所でやるとまぁ浮くんだよな》
《執事が困ってるな》
視聴者のマナー、という配信者本人では改善するには限度がある点に話が及ぶと、スザクと少佐のテンションが目に見えて下がる。コメント欄もそれに釣られるようにトーンダウンしつつあった。
「私の場合、まだそこまで同接者が多い訳でもないので都度ブロック等で対処していますが……知名度が上がると共に、そうも言っていられなくなりそうです。それこそ演劇と同様に、観客からの声援や野次に対して一切アクションを見せないという形にするのも手ではあるのですが……」
「それはそれで、ちょっとね。距離の近さもVtuberの良さではあるし」
「だが同接数千人という状況と、数十人では距離の取り方もまた変わってくるであろうな」
「会場のキャパが増えれば、舞台との距離も相応に離れるものですから」
「あー、その観点は確かになかったかも。ドーム級の会場と、小さいライブハウスで同じ距離は取れないよなぁ」
同接者数を会場の収容人数に例えた廻叉の言葉にスザクが納得したように頷いて見せる。TryTubeであろうと、他の配信サイトであろうと、同接者数などは数字でしか見る事ができない。あとはコメントの流れる速さも変わってくるだろうが、体感として目に見えて変わる部分が少ない。だが、実際に桁が変わる単位で視聴者が変動するとなると、その辺りも意識していかなくてはいけないのもまた事実だ。ライブハウスで客とハイタッチする事は簡単だが、ドーム・アリーナ級の会場になるとそうはいかない。
《確かにデカいハコだとステージと最前列結構離れるもんな》
《でもなぁ、折角ならコメ拾って欲しいってのはあるよ、正直》
《正直答えが出ない話だよ、こんなの。人によって対応違うし》
コメント欄もどうするべきかの議論が始まっていた。幸いにもヒートアップして暴言を吐くようなタイプの視聴者は居なかったが、全体的に『楽しい飲み会』のコメント欄という風には見えない。
「実践できるかは、自分のソロ配信でもっと人を集められるようになってからですけどね、私の場合」
「吾輩も配信はオマケでどちらかというと動画勢であるからなぁ」
「くっ、直近でこの問題に立ち向かうのは俺だけか……!」
「それにリバユニの所属者は基本的に自分のやりたい事やってるので、コメントの意思を平気で無視しますからね。特に1期生」
「ほう、そうなのかね?」
「龍真さんはコメント拾ってフリースタイルをしてますが、リスナーを平気でDisりますし、リスナーも龍真さんDisを放つ地獄の殴り合いが日常茶飯事です。白羽さんは練習配信の時は本当にコメント見ません。あまりにも見ないので暴言を吐くリスナーが居ても、舌打ち一回して『○○はブロックしたよ。それじゃ練習続けるね』と、名指しでブロックした報告を視聴者に」
「なにそれ怖い」
「吾輩も噂では聴いていたが、リバユニはヤベー奴しかいないのかね?」
《後輩達の熱い梯子外し》
《草》
《リバユニとかいう参考にならない箱》
《あの辺、基本リスナーに媚びないから……》
《一番そういうのに弱そうなユリア嬢ですら、配信画面に注意書きして対処済ませてるしな》
《龍真の場合、ガチのアンチが来ると逆に盛り上がるって時点で地獄も地獄よ》
《いずれ第四の魔境になるな》
《スザクと少佐殿が普通にビビっておる》
「Re:BIRTH UNIONはそういうとこですから」
「うむ、吾輩そこは否定してほしかった。自他ともに認めるヤベー奴らになってしまったか……」
最近になり廻叉は自分達の事務所がVtuber業界の中では一般的ではない事に、数度の外部コラボを経て気付き始めていた。そもそもトップであるステラ・フリークスの在り様から見れば、もっと早く気付いても良かったのではないか、とも思った。だが、内部に居るからこそ『これが普通である』と思ってしまっていた。
「この言い方が正しいかは、わかりませんが……理由があって、Vtuberとなる事を選んだ人たちですから。私も含めて」
「でも目的意識って大事だと思うよ、俺は。オーバーズに入りたい、って人はたくさんいる。でも、オーバーズでこれをしたいって決めてる人しか、面接も通らない。逆に、そのやりたいって気持ちが強すぎて……オーバーズから抜けた人も居る。企業勢だと、ある程度なんでもやらなきゃいけないって所はあるからさ」
「うむ。個人勢でも『Vtuberになって人気者に』と簡単に考えて入ってくるものは大分減って来た印象はある。実際、同接数人、コメント無し、再生回数50回以下などで心を折られて去っていった者が一時期大量に出てなぁ……」
廻叉が言葉を選びながらそう言うと、二人もまた思い当る部分があるのか、同意した。スザクは、卒業という道を選んだ仲間に思いを馳せ、少佐は新兵のまま戦場を去ってしまった数多の個人勢の事を思い出していた。
「俺も最初は、七星アリアの凄さに惹かれて勢いと熱量だけでオーディション突破しちゃったから、何をしたらいいかわかんなくてね。今は、男性Vtuber全体が盛り上がる為に、最古参に近い俺がフットワーク軽くして色々やっていこうって気持ちかな」
「うむ……男性Vtuber自体の風当たりが異様に強かった時期に、最前線で戦っておられたスザク殿には敬意を表する。吾輩の様なイロモノであっても、世間的には男性Vtuberと括られる事もあるだろう。吾輩一人の汚名が、全体に波及するという事は常に心に留めておかねばならぬな」
「……私は、もうこちらの世界に生きる事を決めていますから。まだ、今は自分の事で精一杯ですが、その足掻きの足跡で後進が歩きやすくなるならば、それに越した事はないですね」
《スザクニキが真面目に語っておる……》
《普段この手の話、笑って誤魔化すからマジ貴重》
《みんなの兄貴分やってるよなぁ》
《男性V初の10万人はスザクであって欲しいと勝手に思っている》
《少佐殿……!!》
《はっちゃけた芸風の人ほど、良識ある考えしてるよな》
《魔窟は汚名ではないのか》
《名誉であります>魔窟》
《汚名で無いとは思うが、決して名誉でもないと思うぞ》
《執事も後輩出来てからちょっと変わったよな》
《相変わらず無感情だけど、内に秘めた優しみが滲み出ている》
《それを感知できる御主人候補たちの練度がたまに怖い》
話の流れから、男性Vtuberとしてどうあるべきかという非常に固いテーマになったが、逆に酒の勢いを借りねば話せない内容であることも確かだった。スザクは普段ならば笑ってはぐらかしてしまうだろうし、少佐や廻叉からすれば、この手の話は自ら発信するテーマではない。コメント欄の視聴者たちは、これを一種の貴重な機会と捉えて所感や自身の考えを互いに語り合う。
「あー……なんか思いのほか、重い話に……ダジャレじゃなくてだね、うん。まぁこういうのが出来るのも、酒の席だからって事でもあるし」
「うむ……吾輩も、なんか酔っているのに、ここまで頭と舌が回っていて不思議な感覚である」
「アルコールとも、うまく付き合えば、こういういい形のトークが、できると」
「廻叉くん大丈夫?なんか、喋りに変な間が開いてるけど」
「大丈夫です……ちょっと、水を取りに行ってきます」
「はっはっは。鉄面皮の正時殿も、アルコール相手には無傷とはいかぬわけだ」
廻叉が水を取りに行き戻ってくると話は既に変わっていた。今期のアニメで何を見ているかという話でひたすら盛り上がるスザクと少佐の姿に、先程までの尊敬できる先輩の姿はどこにいったのか、と聞きたくなったが、企業・個人のしがらみなく楽しむ二人の姿を見ていると、それを言うのも野暮だと感じた。さりげなく話に口を挟むことで場に戻っていく。
結局、完全に配信が終わったのは深夜三時を回ってからの事だった。
※※※
目を覚ますと、目の前のパソコンのスクリーンセイバーが幾何学模様を描いていた。どうやら、配信終了後にそのまま眠ってしまった様だった。配信が終了、DirecTalkerを落としたところまでは覚えているので、配信中の寝落ちなどでは無いようで安心する。時計は午前8時を指していた。ぬるくなったペットボトルの水を飲み干し、メールやDMなどをチェックする。
そして、とある一件のメールを開き、その中身を熟読するとスマートフォンを取り出し、電話を掛けた。相手は、統括マネージャーの佐伯だった。平日の午前中という事もあり、数度のコールの後に佐伯は電話に出た。
「やぁ、おはよう境くん!昨晩のコラボも無事終わったみたいで良かったよ!二日酔いとかは大丈夫?」
「ええ、大丈夫です。それよりも、いくつかお願いがありまして」
「お願い?」
佐伯が訝し気に、正辰の言葉を繰り返す。
「しばらく、配信の方をお休みさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「……え?」
全く前触れの無い、佐伯からしても心当たりになりそうな事がない休業宣言に、間の抜けた声がでた。少し前に、若干苦情が出た発言の事ならば軽い注意程度で済んでいる。いったいなぜ、と聞き返す間もなく正辰から答え合わせの言葉が出た。
「先ほど、TryTubeの収益化申請が通った旨のメールがありまして。この機会に、上京しようと思っています。引っ越しと、機材の一新も考えてますので、その辺りのサポートをお願いしてもよろしいでしょうか?」
「……えええ?!」
佐伯は、安堵と歓喜のあまり、ひっくり返った声を上げた。
正時廻叉、収益化達成。以前の宣言通り、地方から東京へと彼の拠点が変わります。
次回から新展開となります。
御意見、御感想の程、お待ちしております。