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「酒の場での会話は、大真面目か生産性皆無かの二択である」

「だから吾輩、百合に挟まる男じゃなくて、最終的に百合に踏まれる床になりたいんだよね……スリッパでも可」

「わかる」

「わからないでください」


 《流石は少佐殿であります!》

 《小官と致しましても激しく同意する所存であります!!》

 《魔窟の軍勢がノリノリで草》

 《外履き用の靴じゃなくて室内用スリッパって辺りに欲望の深さが出てるな》

 《おいお前まで同意したら誰が止めるんだよ!》

 《もう執事だけが頼りだ》

 《今回執事みたいなツッコミ枠が居るだけマシというのがこの企画の恐ろしい所だ》


 正時廻叉は、アルコールが回りつつある頭で暫し考えた。何故私はここに居るのか。何故酔った勢いで特殊性癖を、さも美しい夢を語るかのように宣う男二人の面倒を見ているのか。


 理由は簡単だ。



 紅スザクの主催する酒盛りトーク番組へのオファーに応えたからだ。



 話は数日前に遡る。




 ※※※




 ハロウィンでの全員集合企画が終わり、Re:BIRTH UNION全員の登録者数やSNSのフォロワー数はそれぞれに伸びた。一方で、先輩であり登録者数でも大きく上回る、言わば事務所の看板とも呼ぶべきVtuberであるステラ・フリークスに対し、配信中に苦言を呈した正時廻叉のSNSに抗議のリプライが複数寄せられ、「全肯定」を否定した結果、極めて軽度の炎上が発生するなど、良くも悪くも耳目を集める結果となった。

 炎上、とは言うが数名が過剰反応を起こしただけであり、当の本人は一切気にしてもいない。むしろ、その数日後に記事が掲載された石楠花ユリアとの合同インタビュー記事の方が大きく騒がれる事になった。


 主に、石楠花ユリアを褒めて彼女を限界化させた部分と、逆にユリアから真っ直ぐな尊敬を向けられて言葉に困る正時廻叉の姿が、彼らの想像以上に反響を呼んだ。「少女漫画の様だ」「執事とお嬢様のあるべき姿」「キュン死する」等の多数の好意的な反応と、Vtuberの男女の距離感が近い事を蛇蝎の如く嫌う一部からの非難があった。

 一方で、両者の配信を以前から追っていたファンからは、廻叉が演劇以外の部分で僅かながらも感情を見せた事に驚き、ユリアのファンからは「彼女が真の清楚だった事を喜ぶべきか、俺達のユリアが執事に特大の感情を向けている事を嘆くべきか」という二律背反によって悶え苦しんでいた。実際には廻叉が本気で照れて完全にフリーズしていたのだが、そこはライターである玉露屋縁によって『正時廻叉』像を崩さない程度のものにダウングレードされていた。この部分を読んだ時、正時廻叉は彼にお歳暮を贈る事を決意した。


 閑話休題。


 ハロウィン企画を終えたタイミングで廻叉は自身が作成していた動画の作成も一段落し、後は発表のタイミング待ちという状態になった。ボイス収録もスローペースではあるが折りを見て進行中であり、年末の大型イベント用の楽曲収録についてどうするかを考える――そんなタイミングで、コラボのオファーが舞い込んだ。


 依頼主は、オーバーズ1801組。チャンネル登録者数7万人を抱える男性Vtuberのトップランカー、紅スザクだった。以前の学力テスト配信以降、SNSやDirecTalkerでメッセージのやり取りをするようになっていた。内容は配信ソフトの使い方に関する相談であったり、おすすめのゲームや映像作品について語り合ったりするものだった。特に、映画の趣味が合う事からSNSに異様に長いツリーを作り、何故かそれをまとめた切り抜き動画がスザクファンの手によって作られ、その影響でSNSのフォロワーとチャンネル登録者数が少し増えた。


 そのような経緯もあってか、映画語りでもやるのかと思い運営からの業務連絡メールを開き、


『定期企画:第八回・紅スザク炎の飲み会 ~酒でしか救われない男たちの為に~ ゲスト:正時廻叉、プラトニコフ・ユリガスキー特務少佐』


 廻叉が最初に思ったのは「オーバーズの人達、サブタイトル付けるの好きだな」だった。




 ※※※




「はーい、こんばんはー。紅スザクですよー。今日はいつもの飲み会でーす」


 バーカウンター風の背景と、その左端にオレンジ色の髪に赤い眼、火の鳥の描かれたTシャツにパーカーを羽織っている男性、紅スザクが映し出された。中央と右側には『予約席』と書かれた札が無造作に張り付けられている。


 《こんばんはー!》

 《隔週飲み会配信の時間だー!!》

 《今日もゲストが濃い……》

 《SNS告知のレスが「!?」で埋まってたな》


「今回は初の外部ゲストなんだよね。オーバーズの成人済み男子はとりあえず一周したのもあるし、ちょっとじっくり話してみたい二人をお呼びしました。なんというか自分のやりたい事に対して真摯な紳士達って感じ?」


 どこかワクワクしているかのような話し方から、スザクのテンションが既に高い事がリスナー達にも伝わったのか、コメント欄も盛り上がっている。一方で、ゲストの二人を詳しく知らないリスナーもまた多数であり、情報交換も活発に行われていた。


 《執事はこないだのテストに居たから知ってるけど、少佐は何者だ……?》

 《外見と声の厳つさと渋さは男性Vtuberでも指折りなんだが、性癖の拗らせ具合も指折りだ》

 《少佐殿の百合作品への知識と愛は本物であります!》

 《少佐殿が珍しく外交に出られるというので歩いて参った》

 《↑こういう愉快なファンを抱えている人》

 《なお愉快すぎてバーチャル界三大魔窟の一つになった模様》


「それじゃあ、早速ゲストをお呼びします。Re:BIRTH UNIONの正時廻叉くんと、個人勢にして魔窟の主ことプラトニコフ・ユリガスキー特務少佐殿です」

「ご紹介に預かりました。Re:BIRTH UNION2期生、正時廻叉と申します。本日はお誘い頂きありがとうございます」

「総員傾注!美少女同士の絡みの為の戦線へようこそ!吾輩がプラトニコフ・ユリガスキー特務少佐である!」

「濃いなぁ」


 いつも通りの執事服に右目を覆うファントムマスクの立ち絵と共に廻叉が丁寧に自己紹介を行い、それに続く形でユリガスキー特務少佐が堂々とした声量で自己紹介をする。ダークグレーの軍服にスキンヘッド、スラブ系の顔立ちに馬蹄型の髭という『ザ・軍人』という外見であったが、自己紹介の際の発言の胡乱さが視聴者を混乱させた。また、胸元の勲章が百合の花である点もコメントの一部からはツッコミが入っていた。


 《おい幹事》

 《草》

 《テレビのトーク番組だってもうちょっと統一感持たせたゲスト呼ぶぞ》

 《スザクも濃い筈なんだけどな……》

 《両極端に挟まれてスザクが普通になっとる》


「自分で呼んだゲストに対する第一声がそれでいいのですか?」

「いやー、思わず声に出ちゃって」

「ぶっちゃけ吾輩、業界の大先輩と注目株の後輩に挟まれてどうしようって感じなのだが」

「少佐はもうちょっと堂々としてていいと思うけどなぁ。一点突破型の代表格だし、三大魔窟の一角をなす存在なんだからさ」

「スザク殿は何か勘違いしておられるようだが……吾輩、魔窟は褒め言葉じゃないと思うぞ」

「そもそも魔窟が三つもある事に驚きなんですが」

「あるんだな、これが。少佐のとこと、瀬羅腐さんとこと、あとは“にゅーろ”のオニキスさんのとこだね」

「オニキスさん、少し前に後輩がお呼ばれしたところなんですが。確かにコメント欄の空気がサバト染みてはいましたが」

「正時殿、きちんと後輩の配信もチェックしておられるのだな。実は吾輩も、石楠花ユリア殿がゲストの回は視聴させてもらった」

「そうでしたか。後輩に代わり、お礼申し上げます。ユリアさんは、コラボ初参加だったのですが、どうだったでしょうか?」

「シャロユリ……実に良い百合であった……!」

「若干予想していた解答、ありがとうございます」


 《会話のペースが速ぇよ!!》

 《全員がほぼ初絡みと思えない勢いだな》

 《魔窟の認知度高くて草》

 《そりゃ魔窟まとめ切り抜きが大バズりしたからな》

 《酷いのに超面白いところだけ切り取ってあるからな。普段は酷いだけの事も多いぞ》

 《そういえばユリアのお嬢がオニキスの心理テストに呼ばれてたなw》

 《信じて送り出した後輩が魔窟にドハマりするのか……》

 《その言い方やめーや》

 《執事、SNSで見守ってたなー》

 《少佐殿もご覧になっていたとは、これは小官もアーカイブをチェックせねば》

 《案の定な感想で草》

 《草》

 《初対面なのに予測されてて更に草》

 《だが、シャロン嬢もユリア嬢も非常に初々しいながらも同期であるという共通項から一気に距離を縮めて友人関係が生まれる様は、非常に素晴らしかった。これをリアルタイムでご覧になっていた少佐殿の慧眼には頭が下がるばかりですな!》

 《魔窟住民丸わかりで草》

 《でも部下ロールプレイちょっと楽しそうではあるんだよなぁ……》


 ほぼ全員がそれぞれ初対面とは思えない勢いで展開されるトークの速度にコメント欄が加速するが、それでも追い付けていない。スザクはゲストの二人を中心にゆったりとマイペースで話を回し、廻叉は無感情ながらも受け答えのタイミングや間の取り方で聞き取りやすいように話し、ユリガスキーは芝居がかった軍人風の喋りと素の喋りを織り交ぜてギャップによる親しみやすさを演出していた。Vtuberとしてのキャリアの長い紅スザクだけでなく、ゲスト二人もトークスキルの高さを開始数分で披露して見せた。


 だが、これはまだアルコールを摂取していない素面(シラフ)の状態である。


「まぁこのまま普通にトークするのもいいんだけど、飲み会配信だからね。今日持ってきたお酒の紹介でもしようか。えー、俺は例によって最初の一杯用の缶ビールと、麦焼酎用意してます。緑茶割りにしようかな、今日は」

「渋いですね、緑茶割り。私はライチリキュールとトニックウォーターを用意しました。カクテルが好きなんですが、家で飲むとなるとリキュールと割り材で済ませてしまう悪い癖が出ていますね」

「正時殿、意外とオシャレなものを嗜まれておるな。吾輩はコンビニでも買えるド定番のウイスキーを雑に炭酸で割ったハイボールである。ツマミも乾き物ばかりなので完全に家呑みのド定番であるな」

「いやいや、そういうのでいいんだよ。そんな気取った場じゃなくて、男Vtuber同士で酒でも飲みながら色々話そうぜっていう企画なんだから」


 《こいついっつも焼酎飲んでるな》

 《今日飲む焼酎SNSに写真上げてたけど、爺ちゃんが同じの飲んでたわ》

 《居酒屋というよりスナックでよく見るやーつ》

 《執事の趣味が意外。それこそワインとか飲んでそうなのに》

 《カクテル好きか》

 《最悪トニックウォーターで割ればカクテルと言い張れるからマジ便利》

 《一番イメージ通りのもん飲んでるの少佐殿だけだな》

 《それでも俺はレモンサワーなんだよなぁ》

 《発泡酒も捨てたもんじゃねぇぞ》

 《楽しそうだなぁ、飲み会。未成年じゃなきゃ参加したかった》


 それぞれの用意した酒類の紹介にコメント欄も酒談義に花が咲く。配信の内容的に、視聴者も酒類を用意している者も多くいるが、一方で未成年者が羨ましそうな、或いは妬ましそうなコメントをしていたりもする。そんな様子もスザクの飲み会企画では当たり前の光景なのか、窘めるようなコメントが数個付いた後は配信に対する反応にシフトしていく。


「それじゃあ、乾杯」

「特に合図とかもなく始まるんですね。乾杯」

「待たれよ、急すぎてまだ炭酸水入れてないのだ……よし、乾杯」


 《乾杯!》

 《かんぱーい!》

 《まだ残業中なんだが俺も飲んでいい?》

 《乾杯!!!》



 ※※※



 約一時間後、冒頭の酷い会話に繋がるほどにはそれぞれ酔いが回っていく事になる。紅スザクが「じっくり話してみたい」という理由からゲスト二人を呼んでおきながら、およそ八割前後は毒にも薬にもならないその場でなんとなく面白がって終わるだけの会話に終始することになる―――。

次回、完全に酒が回り切った男Vtuber同士の生産性の一切ない会話となります。


文中に商品名を出すのはどうかと思ったのでぼかしましたが、用意したお酒は大体以下のイメージです。


スザク:いいちこ(ご存じ下町のナポレオン、紙パックの方)

廻叉:パライソ(ライチリキュールの有名どころ)

少佐:ジム・ビーム(バーボンのド定番)


なお筆者は下戸ですが酒の味は好きという哀しみを背負っております。


御意見御感想の程、お待ちしております。

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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして。楽しく読ませていただいています。 このお話を読んで、今まで興味のなかったVtuberに今どハマりしています。推しも出来ました!楽しいです!配信もリアタイするようになりました!こ…
[良い点] 魔窟きた( ・∇・)!! スザクさんは常識的に見えます コメント欄楽しいの良いですね(*´꒳`*) 会話のテンポも大好きです! [一言] かんぱい!
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