「ハロウィンの夜、ヴィラン達は笑う」
書いててとても楽しかったです。
Re:BIRTH UNIONハロウィン企画動画『Sin』の公開から一時間後、ゲリラ的に始まった配信はSNS上だけでなく、DirecTalker上のファンの集い、匿名掲示板などあらゆる箇所で話題となり、一万人近い人数がその配信に集まった。
理由としてはいくつかある。まず第一に、投稿された動画の完成度が極めて高かった事だ。所謂静止画MAD形式のMVではあったが、七つの大罪をイメージした衣装に身を包んだRe:BIRTH UNION所属メンバー達のイラストがこの動画を以て初公開となった。楽曲もまた七つの大罪をモチーフにしたボーカロイド楽曲だった。楽曲が発表されたのは数年前であり、再生数も極端に多い『誰もが知る名曲』では決してないが、シンフォニックメタルやヴィジュアル系ロックバンドに慣れ親しんだ音楽ファンがこぞって絶賛した事で知る人ぞ知る『隠れた名曲』だった。今までこの曲を知らなかったVtuberファン層から、かつてこの曲を聞き込んだボカロのヘビーリスナーまで、あらゆる層を取り込むことに成功した。
次に、Re:BIRTH UNIONという箱への期待値がジワジワと上がりつつある中での『全員参加楽曲』だった事だ。ステラ・フリークスの人気と知名度は極めて高い。『最初の七人』として黎明期から築いてきた知名度と影響力は今なお大きい。その上で、音楽系として一期生である三日月龍真・丑倉白羽の二人が存在感を増しつつあった。ソロでのカバー曲やオリジナル曲だけでなく、多方面で楽曲コラボにも参加するなど知名度とチャンネル登録者数が日毎に増えつつある。
二期生、三期生で音楽をメインにしているのは石楠花ユリアだけだったが、ピアノ弾き語りとリスナーへの真摯な向き合い方が評判を呼び、新人ながら『清楚(真)』候補として名前が上がるほどになっていた。なお『清楚(?)』がVtuber界隈では九割弱を占めるというのがファンの間での共通認識である。
一方、それぞれが演劇・イラスト・オカルト及び動画作成といった専門分野に特化したタイプの三者ではあるが、正時廻叉は外部コラボで司会適正を改めて発揮してオーバーズリスナーにまでファン層を広げ、魚住キンメはSNSでのファンアートで同業他社や個人運営のVtuberとコミュニケーションを取るなどして知名度を増していた。小泉四谷も怖がらずに自身の知識を楽し気に語るホラーゲーム実況の切り抜きがSNSでバズを起こすなど、最も予想の付かない方法で知名度を上昇させた。
これまでは、エレメンタル・オーバーズ・にゅーろねっとわーくといった2018年初頭から活動している事務所が注目を集めていたが、Re:BIRTH UNIONという箱自体がネクストブレイク枠としてVtuberファンに認識されるようになった。
そしてこの配信に人が集まった最大の理由。それは『ステラ・フリークスのチャンネルでの生配信』だったからだ。彼女は基本的にはバーチャルシンガーだ。公式での企画や大型イベント等でもない限り、彼女は生放送・生配信には出演していない。そんな彼女が、自らのチャンネルで枠を取り、おまけにRe:BIRTH UNIONメンバー全員を呼ぶという。滅多にない機会を逃すまいと、普段は曲だけを聞いているファンまで配信を見に訪れた事で、この人数となった。配信準備中の蓋絵状態のままながら、コメント欄は既に大盛況である。今日の配信が楽しみだと語る者も居れば、同日に投稿された楽曲への感想を述べる者も居た。それぞれのVtuberへの愛を叫ぶ者も居た。
総じて、コメント欄には期待感に満ち溢れていた。そして、蓋絵が外れ、『Pride』という赤い文字が真っ暗な画面に浮かび、それが更に切り替わってステラの2Dモデルが画面に現れた瞬間。コメント欄は違和感を覚え、気付いた者達が悲鳴のような歓声を上げる。
「やぁ、みんな。ここにお菓子はないよ。世界にどんな悪戯を仕掛けようか企む悪逆達の宴の席だ」
衣装も、髪型も今までの2Dモデルと変わりはない。ただ、星の様に輝く金色の瞳が――血溜まりのような、赤黒い不気味な光を放っていた。BGMもおどろおどろしく、重々しいものに差し代わっている。
「それとも、私たちの歌を聴いたのかな?だとしたらなおさら物好きだね。あれを見れば、私たちが真っ当じゃない事なんてわかるじゃないか。ああ、それとも私の歌声に聴き惚れてしまったかな?まぁ、私は歌には自信があるからね。だとしたら歓迎しよう。私はファンには優しいんだ」
どこかいつもより尊大な態度で語るステラ。ファンに優しい、と自称しつつもその口調は見下すようなそれだった。様子が違うのは目の色だけではないと気付いたリスナー達が、コメントのアプローチを変えていく。
《お目に掛かれて光栄ですステラ様!》
《傲慢様……!素敵……!》
《踏んでください》
《歌、最高でしたステラ様!!》
《今日は悪ステラなのか》
《ってことは……他のメンバーも?》
「ふむ、良い心がけだ。そんな君達の献身に応え、残り六つの罪をこの場に顕現させようじゃないか」
指を鳴らす音。同時に、配信画面が一瞬切り替わる。闇の中に『Envy』『Gluttony』『Lust』『Sloth』『Greed』『Wrath』の赤い文字が浮かび、文字が溶けて渦を巻くようにしながら画面全体へと広がっていく。そして真っ赤な画面にヒビが入り、砕け散る。
《嘘だろ》
《うわああああああああああああ》
《マジか、マジでか、ここまでやんのかリバユニ》
《なにこれ。なんだこれ……》
画面上には、ステラも含め、7人のVtuberの2Dモデルがあった。その全員が、黒を基調にし、逆十字のあしらわれたゴシック風の衣装を纏っていた。楽曲のキービジュアルに用いられた衣装だ。イラストレーター志藤カナメによって描かれた七大罪を背負う7人のVILLAINS。
イラストを忠実に再現した、新規2Dモデル――新衣装が7人同時に実装された。
「あはははは、嬉しいなぁ。まさかこんなにも早く新衣装が貰えるなんて――モチベーションが沸いて沸いて仕方ないや。もっともっと、知識を、叡智を喰らいたい――“暴食”小泉四谷。みんな、良いもん喰ってる?」
共通デザインの逆十字だけでなく、メンバーにはそれぞれ割り当てられた大罪をイメージするデザインがされている。暴食の場合は、血と涎を滴らせながら牙を剥く口が、いくつも描かれていた。その口が、四谷の喋る声に連動して動く。不気味さと趣味の悪さは随一だった。
《怖ぇ!?》
《バストアップなのに口が4つくらいある》
《四谷、喋るな。SAN値が下がる》
《ヴィランっつーかモンスターなんだよなぁ……》
《こういうタイプの敵、大体自分が喰われて死ぬよな》
「私は、貴方に見てもらいたいんです……貴方が他の人を見ていると、苦しくて苦しくて――壊れてしまう。壊してしまう――“嫉妬”石楠花ユリアです。あの……どうですか?」
衣装、髪飾り、チョーカーにはそれぞれ、ガマズミ、桃色のゼラニウム、マリーゴールドがデザインされている。それ以外はシンプルなゴシックドレスだった。花のデザインを全て取り払えば、顔の半分を覆う黒いヴェールも相まって喪服として通用する程だった。
《可愛い!》
《ヤンデレお嬢好き》
《黒だけど花のお蔭でカラフル》
《マリーゴールドに、ピンクのゼラニウム、あとは……ガマズミ……?ひっ(察し)》
《最後の方ちょっと照れ顔なの最高かよ結婚しよう》
《おい待てそこのお前、何を察したか言え》
「いやいや、新参だと言うのに中々堂に入っているじゃないか」
「あっはっは……こう見えて、結構緊張してるんですけどね……うわー、俺が喋れば喋るほど怖いなこの服……」
「うう……あの、私、変じゃないですか?」
「大丈夫大丈夫、この私が保証する。私が保証するという事は世界が保証するという事だよ」
傲慢を通り越してただの自信過剰と化しているステラの声に、思わず苦笑いを浮かべる。傲慢、という大罪に沿ったセリフ回しに聴こえるが、ステラ・フリークスは素でこういう事を言うタイプだと、短い付き合いながら四谷とユリアは良く知っている。
「……あー、うん。寝たい。それか寝ながら絵描きたい。“怠惰”魚住キンメでーす」
彼女の衣装は、本人よりも明らかにサイズが大きく、裾が余り切っているのが特徴だった。更には本来留めるべきボタンやベルトといった装飾が軒並み外れている。結果的に露出が大きくなり、特に襟元が寄れ切っている為、右肩や胸元が完全に見えていた。
《エロい(直球)》
《ああ、エロいな》
《目が、目が死んでる……》
《人魚が死んだ魚の様な目するの、洒落になってなくない?》
《悪堕ち感は今までで一番かもしれない》
「私は決して許さない……私は、私を許さない。“憤怒”正時廻叉……ここに」
廻叉の衣装に施されたのは、炎。足元から胸元の逆十字デザインへと延びる青白い炎だった。シンプルなファイヤーパターンではあるが、己の身を焼いているようにも、逆十字を火刑に処しているようにも見える。更には顔の右半分を隠す白いファントムマスクの目元からは、血涙が流れていた。
《ひっ》
《怖い》
《強い》
《一番悪堕ちしたらいかん奴やん》
《ラスボスじゃないけどトラウマになるタイプのボス》
「俺は全部手に入れる。一つたりとも逃さねぇ、取りこぼさねぇ。覚悟しとけよ。“強欲”三日月龍真、ただいま参上」
龍真の衣装には龍の爪が描かれていた。逆十字を握り、更に何かを奪い取ろうと手を伸ばす龍の手。露出された首元から顔の下半分に掛けては、赤い龍の鱗で覆われていた。爬虫類と同じ瞳孔を持つ目の人間というプロフィールではあるが、半龍人と言ってもいい姿だった。
《うわ、シンプルにカッケェ》
《元々ドラゴンのイメージがあったけど、それが強化された感じだな》
《これまた強キャラ》
《ゲーム上手そう》
《ゲームの腕前だけは手に入れられなさそう》
《リアルを歌うラッパーがファンタジーに呑まれてると思うとエモい……エモくない?》
「“色欲”の丑倉白羽だよ。まぁ、私自身がアレコレするより君らがアレコレしてる所をニヤニヤ眺めるタイプなんだけどね。あ、ゴメンゴメン。君ら、一人でしか出来ないか!」
「はい、一旦止めます。私ではなく、スタッフが憤怒の罪を背負う事になります」
「流石、白羽ちゃん。自分から色欲立候補しただけはあるよね。真っ先に怠惰に飛びついたあたしとは面構えが違う」
「おい白羽ァ!?ド直球はやめろって散々俺ら言ったよなあ!?」
「何言ってるんだよ、龍真くん。ド直球で言うつもりなら最初からセ」
画面と音声が切り替わり、蓋絵と『Sin』のインストが流れた。突然の放送事故に、コメントはこれまでとは別ベクトルで騒然となった。数十秒で画面が切り替わると息を切らす龍真と爆笑するステラの声が入った。傍から見れば事故が継続しているように思えるが、彼らと運営スタッフの中ではOKという扱いのようだった。
「まぁ改めて、“色欲”丑倉白羽です。みんなも欲望に素直になろうね」
他の女性陣に比べタイトなデザインの衣装は、体のラインが露骨に強調されている。逆十字や全身に絡みつく蛇のデザインが、より蠱惑的な印象を強く持たせている。普段の衣装が男物のスーツという事もあり、そのインパクトは絶大だった。
《見た目も発言もエロい!》
《色欲と下ネタは別だと思うんだが》
《エロいだけじゃなく悪の女幹部的なカッコよさもある》
《普段とのギャップでヤバい……》
《これには俺もスタンディングオベーション》
《どこがスタンディングしてんだよ》
《※このアカウントは管理者により非表示設定されています》
《アウトォ!!》
《草》
《対処早くて草》
《流石に擁護出来ないレベルのド下ネタだったからね。仕方ないね》
「さて、まぁ私は名乗らなくてもみんな知っているだろうけど、特別に名乗ってあげよう。“傲慢”、ステラ・フリークスだ。今夜は、ヴィラン達の集いへようこそ」
ステラの衣装は最も装飾が少ないデザインだった。共通デザインである逆十字の他には、クジャクの飾り羽が数枚描かれているだけだった。デザインを行った志藤カナメ曰く、
『ステラさんの存在があれば、下手な装飾は不要ですよ。そもそも星を着飾らせること自体がナンセンスなのに』
本来はクジャクの羽すらなかったが、自分だけ無地なのは仲間外れみたいで嫌だというステラの主張により描き加えられた。ともすれば、最も地味な衣装であるはずだが、ステラの存在感を引き立てるという点ではこれ以上ない程の役割を果たしていた。
《……すげぇ》
《傲慢なのに、嫌な気分がしない》
《割と謙虚なVtuber多いから、新鮮ではある》
《これが、カリスマ……》
《リバユニがステラ信者の集いなんて言われるけど、これは崇拝したくなるよ……あかん、呑まれる》
《そうか、罪とは、宇宙とは、原初の混沌とは……》
《踏んでください》
《おい、なんかヤバい扉開きかけてる奴居るぞ》
《二人居るけどどっちだよ>ヤバい扉》
「…………とまぁ、今日はこういうノリだ。それじゃあ、楽曲の感想とか、今後の予定とか色々話す親睦会だ。楽しんでいきたまえよ、諸君」
ステラ・フリークスは、それこそハロウィンを楽しむ少女のように笑って、リスナー達へとそう言った。
立派な衣装を着て何をやっているんだこいつらは、と思われた方。リバユニのノリは終始こうです。
次回、七つの大罪を名乗ったVtuberが普通に雑談します。
御意見、御感想の程、よろしくお願い致します。