「いつか恋をする君達を見て、俺達はニヤニヤするんだ(by魔窟住民)」
心理テスト回、完結編です。意外と短かったのですが、心理テスト結果で次回への引きにするのは一回までが適正だな、という判断です。ご了承ください。
恋に関する心理テストで慌てる二人よりも、魔窟の設定を書いてる方が筆が乗る自分に哀しみを覚えました。結果、魔窟が増えました。詳細は作中を御確認下さい。場合によっては登録必須キーワードも増えるかもしれません。
「さて、この問題で何が分かるかと言うと……あなたがどんな異性に弱いかがわかります」
コメント欄がその言葉を待っていたかのように沸き立つ。この状態を映像化するならば、劇場の観客たちが一斉にスタンディングオベーションを始める光景が描かれるであろう程の熱狂と興奮具合に、如月シャロンと石楠花ユリアは再び恐怖した。Vtuberの恋愛絡みの話は基本的には歓迎されない。現在の界隈は一部の先鋭化が進みつつあり、女性Vtuberが元カレの話をしただけで低評価が大量に付いた、男性Vtuberが女性Vtuberの歌動画を褒めただけで極めて攻撃的なコメントがSNSに投げられた、という極端な事例が、当たり前になりつつある。
そんな中、男性と女性(あるいは同性同士)の仲睦まじい様子を最前線で、リアルタイムで見たいという欲望を持つ者達は息を潜めざるを得なかった。「カプ厨」などと揶揄され、ファンアートはおろか下手なコメントも残せずSNSの鍵付きアカウントで自給自足の日々を暮らしていた者たちにとって、この手の話を堂々と、炎上を恐れる事無く語る氷室オニキスは、彼ら・彼女らにとっての福音であった。なお、その中で特に男性同士のそれを好む者達は個人勢である腐女子Vtuber堕天使・瀬羅腐の旗の下に、女性同士のそれを好む者達は同じく個人勢、筋骨隆々でスラブ系の顔立ちをした軍人風Vtuber「プラトニコフ・ユリガスキー特務少佐」の軍勢となった。
そしてこの三者の配信コメント欄に共通する異名が『魔窟』である。
「はっはっは、それでこそ私のリスナーだ。さて、先ずはどちらからも選ばれなかったAとCについてサラッと触れて行こうか。Aは太陽は明るく情熱的な異性に、Cの花火は儚げで守ってあげたくなるタイプの異性にコロッと行くタイプだね」
「割と、イメージ通りなんですね……」
「そして、Dの海を選んだシャロちゃんは……」
《ドキドキ……》
《シャロン、君は誰に落ちたい?》
《元気系魔女っ娘の恋のお相手、あたし気になります》
《俺も普通にD選んだから気になる》
《自分でも心理テストに参加する魔窟民の鑑》
「ずばり、爽やかで心の広い異性に弱い!面倒見のいい先輩だとか、誰とでも明るく接する人に恋心を抱いてしまう系女子だよ、君は」
「えええ!?いや、まぁ、確かに社交的な男性の方が話しやすいというか、ウチも構えなくてすむから楽だなーとは思いますけど、そこまでチョロくないですよぅ!?」
狼狽の余り大声で抗議の声を上げるが、オニキスもコメント欄も意に介さない。むしろシャロンが慌てふためく様を楽しんでいるようにも見えた。
「まぁシャロン自身がかなり社交的なタイプではあるからね。同じタイプの人に同族嫌悪を抱くよりも、シンパシーを感じてしまう。あるいはシンクロする感じなのかもね。いつかそんな人が現れたらいいね?」
「う、うあー!」
「シャロちゃん……」
《初々しい》
《片思いで終わりやすいパターンでもあるが、それもまた恋》
《ウチだけが特別じゃないんだ……的な》
《切ねぇなぁ……》
何故か恋愛をする前から振られる前提の妄想がコメント欄に横行する中、ユリアは出来たばかりの友人が先輩に翻弄される様を心配そうに見守る。だが、その矛先が次に向くのが自分だという事を失念していた。
「そして、ユリアちゃんが選んだBの月は……寡黙でしっかり者な人に惹かれていくタイプです!」
「ふぇ……?」
「ユリアちゃん、物静かでしっかりとした大人な感じの人を好きになるタイプだね、って言ったんだよ?」
「…………………………ひぇああああああああ!?」
「ユリアちゃん!?」
《なんだ今の声》
《草》
《ロード時間長かったな》
《思い当る節でもあったのか?だとしたら詳細を詳細に話すんだ》
《錯乱するお嬢様可愛い》
シャロンを心配するあまり、自分が心理テストの参加者だという事を一瞬忘れたユリアに、その一言は覿面に刺さった。思い当る節は無い。彼女は恋愛はおろか、人付き合いすらここ数年間まともに出来ていなかった。Vtuberになってようやく家族以外の知り合いが増えたレベルの交友関係の少なさである。
「ご、ごめんなさい……自分も答えてたの、忘れてました……」
「とても初々しくてそういう反応を見たくて私はVtuberになったありがとう」
「オニキス先輩も大分様子がおかしいですけど大丈夫ですか?ウチしか正常動作してない疑惑?」
「で、でも私、ずっと引きこもってたから、恋愛というより普通に人間関係を築けるかも、その……自信が無くて」
これはユリアの本音である。過去の出来事から、自己肯定や自尊心を根本から削がれた彼女にとって、人間関係の構築が最も苦手とする分野だった。未だにRe:BIRTH UNIONのメンバーとも他人行儀になってしまう事が多々ある。同期である小泉四谷とも、友人というより仕事仲間という距離感だ。先輩たちに対しては未だに憧れの気持ちが強く、オニキスとシャロンの様に気楽に話せる関係にまでは進展していない。シャロンとは友達だとお互いに確認できたが、それは如月シャロンという人物の持つ天性の明るさと距離感の詰め方の上手さに助けられた部分が大きい、と冷静になりつつある頭で考えている。そんなユリアにとって恋愛とは、未だに絵空事のようなものだった。
その絵空事を思い浮かべた時に想像した相手が「寡黙で、しっかりした、大人の男性」と脳内にインプットされた結果、自分の恩人の顔が浮かんでしまった。今日、見ててほしいと頼んだ相手。正時廻叉の姿が。
「シャロちゃんみたいに、自分から積極的に友達を作りに行けなくて、だから、恋愛もきっと、まだずっと先のお話って感じで……」
「そういう風に思っている子が不意に恋に落ちるから最高なんだよ……うふふふふふ」
《うふふふふ……!》
《なんかこう誰か幸せにしてやれ感が強いな、ユリアさん》
《まぁVの界隈にはあんまり居ないタイプよな、寡黙って》
《リバユニの執事さんとかはしっかり者だけど、あれでよく喋るからな》
《確かに、しっかり者ほど良く喋る界隈ではある》
《まぁいずれ答え合わせ出来るよ……出来るよ……!うひひひひひ》
《恋と愛こそ世界の全てよ、お嬢様!》
《このチャット、こわい》
《こわくないよー女の子の幸せを願う善良な人々の集まりだよー妄想癖が酷いだけだよー》
《ユニコーン処理施設呼ばわりされてるけどな、オニキスの配信とコメ欄》
高速で流れていくコメントの中に見えた「執事」という文字。それが目に入ってしまう事が、既に意識している証明だという事に気付いていない。狼狽えて呻き声しか上げられない状態だが、その様子をオニキスは愉しそうに見て居るし、シャロンも苦笑いするだけだ。
「とととにかく、まだ社会復帰出来てない身ですから……!」
「お、おう。君もまぁまぁ自己評価低いね」
「ユリアちゃんの恋は当分先っぽいですねぇ」
ユリアが落ち着きを取り戻すまで、社会復帰の定義についてや今後の活動方針についての真面目な会話が続き、コメント欄も心理テスト直後の熱狂状態は終わりつつあった。女性Vtuberのコラボらしい、緩いトークが続く。基本的には、この企画はトークバラエティなのだという事を視聴者たちはようやく思い出していた。
※※※
正時廻叉は約束通りこの配信を見ていた。相変わらず何らかの拍子で奇声を発する後輩の様子に、心配すればいいのか、笑えばいいのかわからなくなりつつあった。ともあれ、彼女にも友人が出来た様で少し安心する。Re:BIRTH UNIONの女性陣は、彼女から見れば先輩だ。そして彼女の同期は、当代きってのオカルトマニアで男性だ。事務所こそ違えど、女性のVtuberと同期として交流が出来るのは良い事だ、と廻叉は考える。
考えついでに、スマートフォンを見る。投稿せずに下書き状態のままだったSNSの書き込みを削除した。その文面は配信ハッシュタグを除き、たった2文字ではあった。だが、その2文字がいらない火種になりかねなかったからだ。それ以外に、他意は無い。無いのだ、と廻叉は自分に言い聞かせた。
『Cで。 #オニキス心理学』
※※※
「ではシメの心理テストの時間だよぉ?」
《YEAHHHHHH!!!》
《デザートは別腹!》
《シメがメインだ!!》
《鍋料理かよ》
《それを言うならばVtuber界隈自体が闇鍋みたいなもんだろ》
《突然の哲学で草》
オニキスの一言でコメント欄が突如火が付いたように加速し始める。一方のシャロンとユリアは身構える。先ほど散々イジリ倒された記憶は、和やかな会話を経ても薄れる程ではない。だが、この場からは逃げられない。どんな質問が来るのか、覚悟を決めてオニキスからの出題を待つ。
「では問題。あなたはとても長い行列に並び、超有名店のケーキを買おうとしています。そして、ようやくそのケーキを買う事が出来た時、あなたは何と言いましたか?深く考えず、その時の気持ちを想像してパッと浮かんだ言葉を言ってください。ではシャロンちゃんから」
「待ってて良かった!やったー!!……って感じですね!」
「はい、ユリアちゃん」
「えっと……まず、店員さんにお礼を言って、嬉しいって伝えると思います」
《二人ともド清楚……!!》
《【朗報】にゅーろとリバユニ、安泰》
《にやにや》
《へぇ~そうか~……》
《うひひひひ、いいねいいねいいねぇ!!》
《この問題知ってる勢がガンギマっておられる》
《こんなんだから魔窟とか言われるんだぞお前ら》
《大丈夫、いくら俺らでも他所の配信では正気を保ってる》
《ここでも保て定期》
不穏な反応を見せるコメントの流れに、シャロンが思わず呻き声をあげ、ユリアは怯えたように息を吐く。その反応が更にコメント欄を加速させる。収拾がつかなくなる直前で、オニキスが小さく手を叩く。その音と同時に、不思議とコメントの流れも落ち着いた。
「さ、結果を伝えようか。そして、そのままこの配信は終了するから、先に挨拶しておこっか。まず、シャロンから」
「え?あ、はい!ウチがデビューする前から続いてる企画に呼んでくれて、凄く嬉しかったです!それに、他の事務所の同期デビューの友達も出来て、心理テストの結果はちょっと恥ずかしかったけど、みんなが楽しんでくれたならOKです!」
「うんうん、何よりシャロに友達が出来たのは、私としても嬉しいことだよ。そんなユリアちゃん、今日はどうだった?」
「あ、はい……私も、初めて他の事務所の方とコラボでお話させてもらって、凄く楽しかったです。お友達まで出来るとは思ってなくて、勇気を出して参加してよかったって、思ってます。ただ、心理テストの結果が……その、先輩達に今日の配信見ててほしいってお願いしてしまっていて……それを見られたのが、ちょっと恥ずかしいです……」
「あー、確かに初コラボだから見守っててほしいってのは分かる。結果的に、君の心の中を先輩たちに見せちゃったわけだけども、まぁそういう企画だからねぇ……!」
《二人とも本当に良い子だな》
《なんだろう、俺達って汚れた生き物だったんだな》
《汚れたっていうか、穢れだな》
《祓わなきゃ》
《おい、誰か塩持ってこい塩!》
《悪霊が塩を要求すんな》
《シャロユリコラボ、お待ちしております》
シャロンの屈託のなさや、ユリアの礼儀正しさに中てられたのかコメント欄が自傷行為に走り出したが、オニキス的には見慣れた光景であったためスルーした。そして、最後の締めの挨拶を始める。
「というわけで、本日のゲストは弊社の新人こと如月シャロンちゃんと、Re:BIRTH UNIONの新人さん、石楠花ユリアちゃんでした。お相手は私、氷室オニキスがお送りしました。あ、そうそう……」
「最後のテストで何が分かるかと言うと、『あなたが好きな人に告白された時の反応』だよ」
「えええええ!?いやいやいや、ウチそこまでハシャいだりしない!!しないからー!!」
「お、おおおお、お礼……うれ、嬉しい……あ、あひゃわ…………?!」
必死で否定しようとするシャロンの叫びと、完全にショートしたユリアのうわ言をBGMに、大興奮で本日の最高速度を記録するコメント欄をスタッフロールに氷室オニキスの心理テスト配信は終了した。なお、今回の二人の反応が在野の動画編集者の心をくすぐったのか、多数の切り抜きが作られる事になるがそれはまた後の話である。
※※※
正時廻叉@Re:BIRTH UNION 2018/10/** 21:04
ユリアさん、お疲れ様でした。氷室オニキスさん、如月シャロンさん、弊社の新人をお誘い頂き本当にありがとうございます。きっといい経験と、良い出会いになったと思います。お礼を言うのは、良い事ですよユリアさん。ケーキ屋サイドも嬉しいでしょう。恐らく。 #オニキス心理学
次回からはハロウィン企画についてです(作中は2018年10月)
久々にリバユニがリバユニするところをたくさん書けそうです。リバユニするとは一体。
御意見御感想の程、お待ちしております。