「四者四様の布石・廻叉の場合」
やや短めのお話ですが、Re:BIRTH UNIONメンバーの配信の様子を取り上げていきます。
公式配信という大きいイベントに向けて、動き出す四人によるリスナーへの伏線撒き。
今回は廻叉編。
TryTubeにおけるRe:BIRTH UNIONメンバーの配信の同接者数は、平均すると数百人前後に落ち着いている。業界の最大手級の企業勢ともなればその十倍以上の人数を集める事もあるが、当の本人達はそれほど同接者数に拘ってはいない。龍真、白羽は楽曲がメインコンテンツであるし、廻叉は朗読、キンメはイラスト講座といった形で「アーカイブで繰り返し見てもらう前提の配信」を行っている。
しかし、Vtuber界隈の中心的なファン層はやはりゲーム実況であったりコラボであったりといった、『配信者が楽しんでいる所を見て楽しむ』事を好む傾向にある。また、新たにVtuberを知る切っ掛けとして人気ゲームタイトルに惹かれてやってくる、という点もある。
「おや、これはこれは……皆様は反応しないようにお願いします」
金曜日の深夜、正時廻叉は特にテーマの無い雑談配信を行っていた。同接者数は他の配信者も活発に動く時間帯という事もあり、90人前後で推移していた。普段は気にも留めない、というよりも先ず現れる事の方が珍しい悪意あるコメントが付いたのだ。
《同接80人の底辺企業勢の配信はここですか?wwwww》
「ここですが何か問題でも?まぁ目的とする点の差でしょう。極論、我々は自己表現・自己実現の為にここに居ます。その過程を衆人環視の状況で行う事に、我々の成長はあるのですから。恐らく他のメンバーの所に言っても、同じような言葉が返ってくるはずです」
まるで感情を見せないのが正時廻叉という執事Vtuberの特徴だが、実際に煽りのコメントを目にしてもその声色は一切変わりがない。
「そもそも80人であろうが、仮に8人であろうが人前で何かを行うという事は、難しいものです。例えば私がやっている朗読ですが……皆さんは学校で『本読み』の経験はありますか?その時、クラスメート数十名から視線を集め、自分の声に集中される状況は経験されたことは?おおよそ、椅子から立ってその場で話す事が多いようですが、もし仮に、黒板の前でより視線の集中する状況であったら?」
冷静に、淡々と問いかける。当の煽りコメントを発したアカウントは同様の発言をコピペで繰り返しているが、その他のリスナーは自分の小学生時代を思い返して苦い顔をした。
《いや、無理》
《やめろ思い出させるなぐああああああ》
《これは鬼畜執事》
《変に感情入れて読むと笑われたりするんだよなぁ……》
「皆様それぞれ何かしらのトラウマをお持ちの様ですが続けます。同接という数字でしか表れない物の向こうに、その人数分の耳目があるのです。それは例え1人であろうと1万人であろうと、動画や配信という形で表現を行う以上忘れてはならない事だと、私は考えています。一般論であり、理想論かもしれませんが……実現したい目的がある以上、理想論を実践しようとする姿勢を示すことが誠意ではないでしょうか?」
いつの間にか、煽りアカウントは居なくなっていた。居るのかもしれないが、他のリスナーによる議論や意見交換の波に押し流されたのかもしれない。
「とはいえ、同接者数・再生数・チャンネル登録者数はVtuberに限らずTryTubeを拠点に活動する者にとっては大きなステータスです。欲しくない訳がない」
《おい急にぶっちゃけたぞこの能面執事》
《草》
「我々の事務所、ステラ・フリークス様の一枚看板と言われても納得せざるを得ないですからね。私の活動方針でどこまで追い縋れるかは未知の領域ですが、追い付こうという意思は持っています。どうぞご期待ください」
《よく言った!》
《やだ、カッコイイ》
《で、追い付くための方法は?》
「それはもう、配信とか動画とか頑張る、としか」
《草》《いや、草》《雑ゥ!!》《ノープランじゃねぇか!》
「皆様、お忘れかもしれませんが私はデビューしてようやく二か月ですよ?まぁプラン自体は練っているのでお楽しみに。ああそうでした、今月末の公式配信ですがリバユニメンバー全員出演です。実は配信で絡むのは皆様初めてなので、これでも楽しみにしているのです。それ以上に、私がMCとして回せるかも不安ではあるのですが。詳細は概要欄のリザードテイルオフィシャルチャンネルからご確認下さい」
この配信の数日前には公式配信の詳報動画がアップロードされていた。龍真・白羽の1期生、廻叉・キンメの2期生のキービジュアルと共に配信内容を大まかに説明し、重大発表を匂わせた――割とよくあるCM動画だった。
最後の数秒間に、意味深に微笑むステラ・フリークスの3Dモデルのワンカットが挟まれた事で様々な予想や憶測も飛んでいたが。
《あれ超楽しみ。ステラ出るの?》
《なんであの人の笑顔、あんなに怖いの?》
《ステラが悪の組織の女ボスみたいで草生えたわ。廻叉達が幹部四天王みたいなノリで》
《可愛いし綺麗だしカッコいいんだけど、どっか怖いんだよね、ステラさん》
《そりゃ歌の上手いコズミックホラーだからな、ステラは》
「仮にも私の大先輩で事務所の金看板であるステラ様に対して皆様総じて無茶苦茶言ってますね。お会いする機会があったら報告しておきます」
《やめろ、いや、やめてくださいお願いします》
《ステラをクトゥルフ扱いした奴らはSAN値チェックです》
《ああ!窓に!窓に!》
《手遅れが一人いるなぁ》
《クトゥルフ曲の歌ってみた動画上げるステラさんサイドにも問題がある》
「旧支配者のキャロルに関しては私も分かりません。数少ない歌動画の一角を何故あの曲にしたのか。しかもステラ様の唯一のカバーがアレというのも風評に拍車が掛かっている気が……」
《執事、貴方憑かれているのよ》
《最悪の誤字で草》
《執事、無感情なのに疲れが滲み出るの好き。もっと疲れて》
《鬼か貴様》
「コメント欄の御主人様候補の皆様はいつも楽しそうで何よりですよ」
その日の配信も普段通りの雑談配信であり、普段よりもコメントとの掛け合いが多く取られていたこともあり高評価数は前回の雑談配信を大きく上回る数が表示されていた。チャンネル登録者数の上昇率も、普段よりも多かった。
故に、リスナーたちは見過ごした。
公式配信の話題が出た後、同期や先輩の名ではなく――ステラ・フリークスの名前のみを出した事を。
そもそもステラ・フリークスに対して正時廻叉の口から言及があったこと自体が、これが初めてであった事。
そして、彼女をステラ様という大仰な敬称を付けて呼び続けていた事。
正時廻叉が配信上で撒いた布石は、非常にわかりにくいものだった。言われなければ気付かない、そもそも布石にすらならない程度の要素だ。しかし、これは公式配信の詳報が出て最初の配信だった。
本番まではおよそ二週間ほどの猶予がある。それまでに多ければ十回以上は配信を行えるだろう。その間に、布石を更に撒く算段を、廻叉は既に立てていた。
同期・先輩とステラとで明確に異なる敬称、ネタや冗談でのコメントにも「報告する」と律義に伝える態度、話題の中で彼女への敬意を明確に表す――正時廻叉の布石は、土台から少しずつ積み上げ、気付いた時にはまるで最初からそうであったかのようになっている。
後に、とあるVtuber特集記事で一人のライターがこのように記している。
「正時廻叉の物語動画の始まりは、このなんでもない雑談配信だったのかもしれない」、と
【雑談配信】金曜深夜の独り語り【Vtuber/Re:BIRTH UNION】
配信時間:2時間10分
最大同時接続者数:94人
チャンネル登録者数:3211人
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