「増えるタスクと消えない不安」
日別アクセス数がおよそ1.5倍くらいに増え、ブックマーク数も間もなく1000件が射程圏内に見えてきました。
更に、初のレビューまで頂きました。何もかもがモチベーションに繋がっております。本当にありがとうございます。
オーバーズ男性陣による学力テスト企画は好評のうちに終了し、参加者のチャンネル登録者数の増加やファンメイドの配信ダイジェスト動画、所謂切り抜き動画が多数アップされるなど好意的な反響が大きかった。特に司会進行とツッコミをほぼ一手に担った各務原正蔵、新人ながら総合成績で三位と好成績を残したクロム・クリュサオル、見事最下位となりオーバーズ内外からイジり倒されているフィリップ・ヴァイスのチャンネル登録者数が大幅に伸びた事も話題になった。
外部から各務原のオファーを受けてサブMCとして出演した廻叉も大きく知名度を伸ばした一人である。特に複数のオーバーズ所属者のファンが集まっている状況でアシスタント役に求められる事を完璧にこなした事で大きく株を上げていた。その評価はチャンネル登録者数にも反映されていた。テスト企画参加後、廻叉のチャンネル登録者数はおよそ7,500人となっている。これは、参加前に比べると1,200近い上昇だった。一気に万単位を伸ばすような強烈なバズに比べれば微々たるものかもしれないが、正時廻叉をメインに追っているVtuberファン、配信内で御主人候補と呼ばれている面々からすれば非常に誇らしい出来事だった。
その日は、テスト企画後最初の廻叉の配信だった。タイトルは「雑談・作業(仮)」という味も素気も無い上に仮題というものだった。珍しく待機所という形で配信枠を事前に取っていた為、チャット欄では新参が古参から廻叉やRe:BIRTH UNIONの情報を教えてもらうという微笑ましい交流も生まれていた。何故こんなタイトルなのか、という素朴な質問も飛んだりもしていたが、古参による「仕様」の一言で返されていた。
「我ながら酷い配信タイトルだと思いますが、このタイトル以上の事が思い浮かばなかった為このまま開始します。現在の時刻は23時ちょうどとなります。御主人候補の皆様、如何お過ごしでしょうか?」
《執事来た!》
《定刻通りで助かる》
《しかし同接増えたなぁ。このタイトルで300人は大分多いぞ》
《執事の雑談配信、深夜のFMっぽいからつい開いちゃうのよ》
《オーバーズのテストからの初見です、こんばんは》
《初見さんようこそ》
「先日のオーバーズさんでの大規模コラボ、本当に貴重な経験をさせて頂きました。おかげさまで、私の方にも高評価やチャンネル登録を多数頂きまして、心より感謝致します」
一日中なだらかな速度でチャンネル登録者が伸び続ける様を見ていた廻叉は、目の前の数字をどこか信じられないような感覚だった。無論、登録したからと言って動画や配信の視聴に繋がるとは限らない。同接者数も増えるには増えたが、いきなり千人以上が見に来るというような事も無かった。その為、廻叉は軽度のバズを体験した直後でありながら自然体で配信を開始する。
「直近で動画作成に力を入れていたのもあり、個人での配信は久々ではあるのですが――作業というタイトルの通り、新しいタスクが増えました。むしろ、増やしたのは皆様なのですが」
《SNSで進捗率だけ延々ツイートしてたな、そういえば》
《botかな?》
《俺らのせいにされても》
「皆様からの熱いリクエストが弊社問い合わせフォームに多数ありまして、新しいボイスを公式販売することが決定いたしました」
相変わらずの無表情、無感情。何の感慨も無いと思わせる声色で発表されたそれに、コメント欄が急加速した。大半は絶叫と声にならない悲鳴だった。
「皆様の反応を見るに、本当に望まれていらっしゃった、と。私謹製のシステムボイスの売れ行きはイマイチだったというのに」
《こんなにも俺らと執事の間でボイスへの意識に差があるとは……》
《ちゃうねん。合ってるけど、ちゃうねん>システムボイス》
《30種あったけど、マジでシステムボイスしかなかった。割と使い勝手いいぞ。若干機械音っぽく加工してあるのが雰囲気出てていい感じだ。SE+ボイスって感じだから、いきなり声が出てビビるって感じはない。家族に聞かれても安心の硬派なシステムボイス集だぞ。買え》
《買った上で正しい使い方をする御主人候補の鑑》
正時廻叉がデビューして一ヶ月を記念して発売されたシステムボイス集は、当時の知名度の低さも相まって低調な売り上げだった。また、内容がPC用に偏っていた事もスマートフォンでの視聴をメインにしている層に受け入れられなかった事もある。一方で、パソコンからのメッセージという事を意識して作り込んだボイスの加工とSEは、購入者には好評だった。
「まぁ、私としても執事としては主人がおらず、バーチャル界の俳優としてもまだ駆け出し。世知辛い話ではありますが、収入源が無ければ活動を継続していけない、と」
《本当に世知辛ぇ……》
《はよ収益化通ってくれ》
《実際、これが原因で引退する個人勢や箱を畳む企業勢も出始めてるしな……》
配信上では伏せているが、収入自体はシステムボイス販売だけでなく運営企業であるリザードテイルが請け負った動画作成にナレーション出演などで賄っている。企業勢特有の固定給はあるものの、足りないものが多過ぎると廻叉は考えていた。
「収益化が通れば私も胸を張って配信業で収入を得ていると言えるので、今回のボイス販売を契機に私自身の価値を上げていかねばなりません。というわけで、本日の作業は大まかにボイス台本を考えます」
コメントにはシチュエーションや設定、シンプルな欲望が大量に並ぶ。廻叉はその中から、万人受けするものをピックアップし、公序良俗に反するものを弾いていく。
「やはり多いのは目覚まし、帰宅時の出迎えあたりですね。私としても執事らしいボイスを作れそうで安心しております。一部ピロートークを推してくる方や、直球のポルノボイスを希望された方もいらっしゃいましたが、一回限りならばジョークとして放置しますが繰り返した場合はブロックの上通報致しますのでご注意ください。被虐妄想の垂れ流しでこちらを加害してくるという、他者に説明し辛い状況を作られても、私としても手に余ります」
《草》
《まぁ、一回だけなら欲望が漏れただけかもしれんし》
《やたら具体的にプレイ内容垂れ流してたマゾニキ居たもんな……》
《配信のコメントとしては怪文書だけど、SM小説として読むと割と名文だったの草しか生えない》
《才能の無駄遣いだなぁ》
※※※
一部リスナーの暴走こそあったものの、大まかな構成が決まった段階で配信開始から二時間程経っていた。ボイスの内容は「廻叉があなたの執事だったら」という設定の下に、目覚まし・見送り・出迎え・寝かしつけの四種を柱に、一言だけのおまけボイスも収録するという形にまとまった。
「では、このような形で進めますが、事務所に企画書を通しますので全部が本日決めた通りになる訳ではないという事だけ、ご了承ください。早ければ年内、遅くとも年明けの一月中には出せればと考えております。販売が決まった場合は、私よりも公式アカウントの方が告知は早いと思われますので、そちらも是非ご確認ください」
《楽しみ》
《日々の虚無の生活に潤いが……!》
《執事ボイス依存の生活になりそうなのが何人か居て社会の闇を感じる》
《学生さん、社会人って、こうだぜ?》
《やめてやれw》
一部社会人リスナーが瘴気を発してはいたものの、ボイスへの期待感が大きいのは廻叉からも見て取れた。その一方で、気付けば全社的プロジェクトに発展していた自身のストーリー動画、Re:BIRTH UNIONハロウィン企画動画のお披露目配信用の台本チェック、年末のVtuber界隈全体を巻き込む大規模歌系イベントの楽曲動画の草案作成など、自身が関わるタスクが増えに増えている事を実感する。
「こうして作業配信が今後も増えていく事はあると思います。朗読やゲーム実況などを楽しみにされている御主人候補の皆様には申し訳ありませんが、作品を以て謝礼に変えさせて頂きたく」
《ええんやで》
《むしろリバユニはそうでなければ》
《期待してる》
《逆にハンパなモン出したら容赦なく文句言うからな》
「暖かくも手厳しい皆様に支えられております。本日は遅い時間までお付き合いいただき誠にありがとうございます。明日は配信は御座いませんが、進捗報告も兼ねた雑談・作業配信は複数回行っていきたいと思います。それでは、そろそろお時間です。おやすみなさいませ、御主人候補の皆様方」
雑談・作業(仮)【Vtuber/Re:BIRTH UNION】
配信時間:2時間02分
最大同時接続者数:580人
チャンネル登録者数:7608人
※※※
翌日、PCの右下の時刻表示が19:00を示すと同時に、廻叉はTryTubeを開く。自身の配信の為ではなく、後輩である石楠花ユリアの外部コラボ配信を視聴するためだ。事前にチャンネル登録しておいた『氷室オニキス』のチャンネルを開くと、既に待機所には数千人もの視聴者が集まっていた。
『にゅーろねっとわーく』は女性Vtuberのみで構成された、アイドル系の事務所だ。ただし、歌って踊る系よりも配信やゲーム、企画などを中心に、喜怒哀楽を前面に押し出すVtuber達の等身大の姿を見せる事で人気を得始めている事務所である。
今回、ユリアにオファーを出した氷室オニキスは、薄い水色の髪と黒の目を持つクールな美少女……だが、ファンを以てして『超恋愛脳』『ラブコメに汚染された成れの果て』『お見合いを薦めてくる田舎のオバちゃん』などの異名を持つ少女だ。自称は占い師、やっている事は心理テスト企画という「占い師設定とは」という疑問が彼女のファンからは定期的に飛んでいるものの、人の心を覗き見するという点では占いも心理テストも同じ、という持論で返す神経の太い少女でもあった。なお、この自論はファンだけでなく事務所の同僚からも全否定された。
『みなさん、こんばんは。美少女占い師Vtuber、にゅーろねっとわーくの氷室オニキスでございます。同じ事務所の方と外部の方をそれぞれ一人ずつお迎えして、その心の奥にお邪魔する心理テスト配信、第五回ですのよ……うふふ』
占い師らしいミステリアスな雰囲気での喋り方だが、立ち絵の表情が分かりやすくニヤケ面になっているあたり、氷室オニキスの欲望がダダ漏れになっている。コメント欄も総ツッコミをしているが、彼女は意に介さずマイペースに進行する。
『本日のゲストは、まずにゅーろねっとわーくの新人さん、魔女見習いの女子高生・如月シャロンさん。そして、Re:BIRTH UNIONの新人さん、引きこもり令嬢の石楠花ユリアさんです。今回は、新人さんでティーンエイジャー……つまり、恋の季節真っ盛り猫まっしぐらなお二人をお呼びしました』
『せ、先輩!?なんでウチらが恋してる前提なんやがりますか!?』
『あ、あ、あの、もうご挨拶というか声を出してもいいんでしょうか……?』
『んー、じゃあ自己紹介してくれていいですのよ?』
《氷室ォ!新人二人呼んでフリースタイル進行をするな氷室ォ!!》
《外部の子がめっちゃ戸惑ってて草》
《シャロン、デビューしてからずっと先輩に振り回されてるなw》
《二人とも可愛い》
廻叉は自身のSNSページを開き「#オニキス心理学」というハッシュタグを開く。最新の投稿一覧を見れば、コメントとはまた別の、リアルタイムの感想がそこには並んでいる。
『えーっと、じゃあまずウチの方から!にゅーろねっとわーくの魔女見習い、如月シャロンです!笑顔の魔法、みんなに掛けちゃうぞ♪でも、今日はウチが魔法に掛けられる側なのかなって思ってます!』
『あ、えっと、Re:BIRTH UNIONという事務所の3期生、石楠花ユリアです……実はその、他の事務所の方とご一緒するのは勿論、コラボ自体も初めてで、それで……』
SNSの投稿ページに、今の率直な心境をハッシュタグと共に投稿する。奇しくもそれは、ユリアが次に発する言葉とシンクロしていた。
『楽しみな反面、不安が消えないです……何か失敗してしまったら、ごめんなさい……!』
※※※
正時廻叉@Re:BIRTH UNION 2018/10/** 19:08
後輩の外部コラボを見守っています。楽しみではありますが、同時に初対面の相手、初のコラボという事もあり、若干の不安が消えないのも確かです。頑張ってください、ユリアさん。 #オニキス心理学
氷室オニキスさんはミステリアスを気取っているけど、ただのラブコメ依存お姉さんです。
如月シャロンさんは魔法少女の皮を被った体育会系です。
石楠花ユリアさんは無事コラボを終える事が出来るのか……。
御意見、御感想の程、お待ちしております。