「2期×3期」
お待たせいたしました。正時廻叉の東京紀行第二弾の一話目になります。
タイトルは仮で付けていたものですが、あまりにもしっくり来たので本採用と相成りました。
廻叉は地方に住んでいる為、リザードテイル本社事務所に来る回数こそ少ないが、来る度に何かしら印象的な出来事が起きている気がしないでもない。
そして、今回も何かは起きた。
「初めまして、『NEXT STREAM』所属ライターの玉露屋縁と申します。本日は急遽のお願いにも関わらず、快諾頂き本当にありがとうございます」
「こちらこそ初めまして、Re:BIRTH UNION2期生の正時廻叉です。そうですね、こちらへの移動中に佐伯マネージャーから連絡を受けておりました。玉露屋さんの記事は拝読させて頂いておりますし、しかもNEXT STREAMさんでリバユニ特集を組まれるとの事ですよね。そういう事ならば是非協力したいと思いました」
「はい、私が連載している『Vtuber今週の四方山話』という記事の拡大版という事で、Re:BIRTH UNIONさんを特集させて頂きたいな、と。既に0期生&1期生座談会の収録を終えていまして、つい先ほど2期生&3期生インタビューという形で魚住キンメさんと小泉四谷さんにインタビューをさせて頂いたところだったんです。そこに佐伯さんから正時廻叉さんが本日こちらに来られる、と。ならば、この組み合わせでの2期&3期インタビューも是非録りたいとなりまして。本当に、本当に突発のオファーになってしまい申し訳ありませんでした」
ミーティングルームには正時廻叉、そして玉露屋縁と名乗る緑色のフレームの眼鏡を掛けた青年が居た。青年は何度も申し訳なさそうに頭を下げるが、それを廻叉が制する。
「本当に構わないと思っています。それに、私の場合は変に用意した方が演技臭くなってしまうかもしれませんから。むしろ、巻き込んでしまった彼女の方に私から謝らねばいけません。私が明日以降にしてもらうなりすれば、彼女的にも心の準備が出来ていたと思いますから」
「そうですね……廻叉さんも東京には暫く滞在されるという事を知らなかったとはいえ、流石に性急過ぎました。本当に申し訳ありませんでした」
「私からも申し訳ありません。私一人の単独インタビューではないにも関わらず、ほぼ私が独断で承諾してしまいました。ちゃんと意見を聞くべきでした……ユリアさん?」
石楠花ユリアは、オフラインでは初対面となる正時廻叉と直接顔を合わせて数分後には、一緒にWebメディアのインタビューを受ける事になっていた。緊張と混乱で完全に言葉を失ったユリアはおろおろと視線を泳がせながら、縋るように廻叉の方へと視線を向ける。
「……ああ、そういえば直接顔を合わせるのも初めてでしたね。改めまして、正時廻叉です。3期生デビューおめでとうございます、ユリアさん。……本当に仲間になれましたね。凄く嬉しいです」
その瞬間、ユリアは形容しがたい悲鳴を上げて事務所内の社員たちをザワつかせた。
※※※
「では、改めましてインタビューを行いたいと思います。お二人はRe:BIRTH UNIONという事務所に対してどういう第一印象を持ちましたか?」
玉露屋が持参したボイスレコーダーのスイッチを入れ、最初の質問を行う。パニックになっていたユリアもなんとか落ち着きを取り戻してはいたが、初のインタビューという事もあり緊張だけは解けない様子だった。それを察したのか廻叉から回答を始める。
「ストイックな事務所だな、という第一印象を持ちましたね。ステラ様を筆頭に、龍真さんも白羽さんもゲームや雑談などの所謂普通の生配信もする一方で、楽曲制作に関しては一切妥協しない姿勢をずっと見せて下さいました。歌唱や演奏のスキルを向上させる事への高いモチベーションには、いい意味で常に影響を受けていますね」
「えっと……私は、意思の強い人というか、皆さん自分の考えをしっかり持ってるのが凄いなあって思いました。私は、どちらかというと、まだしっかりとした考えとかを持ってないように感じるので……」
廻叉が淡々と、ユリアが考えをまとめながらゆっくりと答えると玉露屋は小さく頷きつつ、手元のメモに何か記入していく。その姿を見て、自分がインタビューを本当に受けていて、それがいずれ記事になるという事を自覚したユリアの表情にまた緊張が浮かぶ。
「これは他のメンバーにも聞いた質問なんですが、お互いの第一印象もお願いします」
玉露屋の表情は穏やかな笑顔だ。特に含みは無いが、執事と令嬢という分かりやすい関係性の見える二人だからこそ、お互いがどう思っているかを知りたいというのは玉露屋を含めたファンの興味である。無論、極めて少数ではあるが執事という立場を利用してユリアに近付くな、というSNSでの攻撃もあったが廻叉は見つけ次第ミュートアカウントに指定している為、彼らは自分が虚空に向かって吠えている事を知らない。
「そうですね。最初はやはり……自分に自信を持てていない、という印象はありました。今も配信内で変なネガティブさを見せてコメントの方に諌められたり草を生やされたりしていますが、そういう自分とも向き合おうという姿勢には好感が持てますね」
「ふぇ、あああ!?」
「ユリアさん……!?」
「お気になさらず。何故かユリアさんは私が褒めると奇声を発するというプログラムが組まれているようでして」
「や、その、ちが、か、廻叉さん!!」
「第一印象と今の印象、それぞれを答えただけですよ」
突然の悲鳴と、先程までの不安そうな表情が一転して顔を真っ赤にするユリアの姿に玉露屋は目を白黒させるが、彼もまた海千山千のVtuber界隈を観測し続けた男であり、この様な状態になっているVtuberは山ほど見てきた。
「えー、それではユリアさんの回答は限界化が落ち着いてからにしましょうか」
苦笑いを浮かべながらそう言うと、自分の状態にようやく気付いたユリアが力なくテーブルへと突っ伏した。
「もうしわけありませんでした……」
「いえいえ、こういう仕事をしていると皆さん色んな反応されますから」
弱々しい謝罪にも穏やかに微笑みながら玉露屋はユリアが落ち着くのを待った。なんとか体を起こし、ユリアから見た廻叉の第一印象と今の印象を答える。
「廻叉さんは、凄く優しい方だというのが第一印象ですし、今も変わりません。その、喋り方が冷たい印象を持たれるかもしれないですけど、その、お悩み相談や記念配信での凸待ちを見て貰えれば分かると思います。誰に対しても真っ直ぐに向き合ってくれる人です。その……」
頷きながら聞く玉露屋に促されるように正時廻叉という人物の魅力を語る。自分の発言が記事になって世の目に触れるという事も考えていない。自分に道を示してくれた廻叉が素晴らしい人物だという事を伝えたい。ユリアはその一念のみで話していた。
「私が、一番尊敬していて、憧れている先輩です」
言い切ったと同時に、ふと気付く。そして凍り付いた。ギギギ、という擬音が出そうな音でユリアが横を向くと、口元に手を覆って俯く廻叉の姿が見えた。笑われたのだろうか、あるいは泣かせたのだろうか、どちらか分からない。どうしよう、という想いで玉露屋の方を向くと、彼は彼で眼鏡を外し天井を見つめていた。
「あ、あの……わ、私、その……」
狼狽しながら声を掛けると、口元に当てていた手を下ろして廻叉が小さく息を吐く。
「すいません、流石に照れます。いや、真っ直ぐな好意を直接聞かされるのがここまで威力があるとは……玉露屋さん、私が照れ散らかしてる部分は流石にオフレコでお願いできますか?」
「使います。いやぁてぇてぇ……」
「……正直、私が玉露屋さんの立場だとしたら、絶対に使いますから仕方ないですね……」
照れ笑いを浮かべている廻叉の姿を見て、ユリアは自分が相当熱を込めて親愛を語っていた事を自覚した。撤回する気は無いが、今更になって気恥ずかしさが湧き上がってくる。漫画かアニメならばアワアワという擬音が浮かびそうな程に狼狽するユリアを見て、玉露屋は「これを配信でやったらバズるのでは」と思ったが、少女漫画のようなその光景は今のVtuber界隈では炎上の火種になりかねない、と思い直した。
「気を取り直して、次の質問に行きましょうか。それでは―――」
その後は、それぞれ平静を取り戻した廻叉とユリアを見て、玉露屋も変に茶化す事もなくインタビューは恙なく進んだ。
※※※
「思った以上に話が盛り上がったので長くなってしまいましたね。それじゃあ、最後の質問なんですが――お二人は一年後、どういうVtuberになっていると思いますか?予想でも、目標でもどちらでも結構です」
その質問に二人は思わず考え込んだ。それぞれに目標は勿論あるが、一年という明確な期日を設けられると逆に即座にこうだという返事が出来ずにいた。時間にして数分程度ではあるが、重い沈黙が室内を包む。玉露屋が助け舟を出そうかと様子を伺ったタイミングで、今までは廻叉の発言を待ってから自分の発言をしていたユリアが先に答えた。
「あの、今のRe:BIRTH UNIONで3Dの体を持っているのは、ステラさんだけ、ですよね。……その、私も、一年後には3Dの体で、ファンの皆さんの前に立っているVtuberになっていたいです。皆さんの前で、私のピアノを弾いている姿を見せたいって、思っています。ステラさんや、龍真さん、キンメさんの歌の伴奏をしたり、白羽さんとセッションしたり、廻叉さんの演劇や四谷さんの怪談のBGMを弾いたりして、――Re:BIRTH UNIONの一員として、ピアノで皆さんのお手伝いをしたいです」
「自分自身のピアノソロライブ、みたいな形も考えてらっしゃいますか?」
「はい。私は……あまり自分の事が好きになれなくて、ずっと、今も、悩んでます。悩みながら、活動しています。でも、ピアノを弾いている時の自分は好きです。一番好きな自分の姿を見せる事が、ファンの皆さんに喜んでもらえる事なんじゃないかな、って。新人の私が言うのは、生意気かもしれないですけど、そう考えています」
まだ一ヶ月未満のキャリアにも関わらず、かなり明確な目標を語った事に玉露屋は驚きつつも石楠花ユリアというVtuberに確かな将来性をこの瞬間に感じ取った。同じ質問をぶつけた彼女の同期である小泉四谷もまた、『オカルト系Vtuber=自分という図式を一年で確立したい』というハッキリとした目標を掲げていたのを思い出し、Re:BIRTH UNION3期生がVtuber業界で大きく注目される未来を幻視するような感覚を覚えていた。
「結構色んなVtuberさんにこの質問するんですけど、デビューから一ヶ月もしないでそこまで明確な目標設定を出来るのは素晴らしい事だと思います。廻叉さん、3期生凄いですよ」
「そうですね。私ももっとしっかりしなくては、先輩として情けない事になりかねません」
僅かに苦笑いを浮かべる廻叉だったが、その口調はどこか誇らしげでもある。そして、小さく深呼吸をすると玉露屋の目をしっかりと見据え、表情を不敵な笑みへと僅かに変化させながら自分自身のビジョンを語り始めた。
「私はこうなりたい、ではなく確信を持って『こうなっている』と言えます。私は執事であり、演劇役者でもあります」
芝居がかった口調、その言葉には感情が乗っていない。性能の良い機械音声アナウンスの様に、その言葉は紡がれる。
「一年後、正時廻叉という存在に対する御主人候補の皆様、そしてVtuberを見ている皆様の認識を激変させている事でしょう」
玉露屋も、ユリアも口が挟めない。ただ、座ったまま淡々と語る廻叉から、目を離すことが出来ない。
「既に、私の『一人舞台』は――私がデビューしたその日から始まっているのですから」
配信で見せていた姿は、通話面接で応援してくれた姿は、今ここで一緒にインタビューを受けている姿は、どこまでが彼自身の言葉で、どこからが彼の舞台の脚本なのか。全てが嘘という事は無いだろう、しかし全てが本当とも限らない。ユリアは、憧れであり恩人である青年が、突然得体のしれない何かに変わってしまったような感覚で、眩暈を起こしそうになった。
それは、インタビュアーであり、あらゆるVtuberを見てきた玉露屋も同様だった。いわゆるロールプレイを徹底しているVtuberは星の数ほど居る。だが、彼はまた別種だ。こうして、生身の、現実の体で対面しているにも関わらず、彼が2Dアバターの、仮面をつけた無表情な、ともすればどこかやさぐれているような態度の執事の姿に見えてくる。今の彼は素顔を晒し、執事服ではなく若者らしいファッションに身を包んでいるにも関わらず、だ。Re:BIRTH UNIONではステラ・フリークスからも似たような印象を受けたが、正時廻叉の場合はそれ以上にバーチャルとリアルが混在しているように感じた。
「まぁ、それを表現するための準備に追われているので、本当に一年後にそうなっているかは進捗次第です」
しれっと現実的な事を口にして、今までの異様な雰囲気が雲散霧消する。ユリアはいつの間にか止めていた息を思い出したかのように吐き出し、玉露屋は今すぐに記事の執筆に取り掛かりたいという欲求が隠しきれていない表情を浮かべていた。
「ありがとうございました。……非常に、有意義なインタビューになりました。お二人の為にも、そしてVtuber業界の為にも、今回のインタビュー記事には全力で当たらせて頂きます」
そう言って座ったまま一礼する玉露屋に、廻叉と、少し遅れてユリアも同様に一礼する。早速執筆を行うという事で玉露屋が足早に退室すると、ミーティング室には廻叉とユリアの二人が残された。
「……あ、あの、廻叉、さん」
「……お時間に余裕があれば少し、お話ししませんか?正時廻叉ではない私……いや、俺と、になりますけど」
不安に満ちた目でこちらに呼びかけるユリアの姿に、廻叉は――境正辰は、申し訳なさそうに彼女へと提案した。ユリアは、迷わず首を縦に振った。
次回は境正辰と三摺木弓奈としての初顔合わせになります。
御意見御感想の程、お待ちしております。