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「女王の庭」

想像以上に多数の方に読んで頂けている様で、本当にありがとうございます。

Web会議パートはここで一段落となり、次回から配信での話に戻る予定です。

 ステラ・フリークスのデビューは衝撃的であった。


 Vtuberというムーブメントが注目を集め始めた黎明期、3DモデルとCGを駆使した一本のMVがTryTubeにアップロードされた。その動画は、Vtuberのファン層を飛び越えてあらゆる層に突き刺さった。MVの完成度の高さも理由の一つではある。映像企画会社リザードテイルの全戦力を投入したと言っても過言ではない程の、手間と労力を持って創り上げられた映像は観た者を魅了するのに十分だった。


 だが、それだけでは活動二ヶ月、動画・配信総数8本での10万人のチャンネル登録者数を産み出すコンテンツには成り得ない。


 ステラ・フリークスは天性の歌手であり、()()()()()であったのだ。


 デビュー作品となったMVは、派手なエフェクトを多用したわけではない。3Dモデルの精巧な動きに注力した事もあり、ほぼステラ・フリークスが僅かな光源の中で自然と、彼女の思うままに動き、思うままに歌うだけの映像だった。だが、その一挙手一投足が「本当に3Dの体を持った新しい生命体なのではないか」と思わせる魔力を持っていた。不敵で意味深な笑みは、考察班と呼ばれるファン層の語彙力を根こそぎ奪い取った。


 そしてMVのラストカット。


『月に座り、地球に脚を乗せて楽しそうに笑うステラ・フリークス』の姿は、強烈な印象を残した。


 早い話が、ステラ・フリークスという存在はVtuberであり、バーチャルシンガーであり、カリスマなのだ。


 そして、そんなカリスマが会議に予告も無く乱入してきた場合、その後輩たちはどんな反応をすると思われるだろうか?


「ひゃあああああああああ!?」

 B-BOYらしさが消し飛んだ三日月龍真が甲高い悲鳴を上げた。

「あっ、だめ、むり…………」

 クールな女性ギタリスト像を投げ捨てた丑倉白羽の首の絞まったような声が飛んだ。

「ありがとうございます!お疲れ様です!ありがとうございます!」

 感情が無い筈の執事に感情が産まれ、正時廻叉は挨拶を御礼の言葉で挟むという奇行に出た。

「ステラ様娘の次に愛してる、当然だけど旦那より愛してる」

 人妻子持ち人魚メイドの言葉から家庭崩壊の音がした。だが、魚住キンメの声に迷いはなかった。


 端的に言えば、深夜にも関わらず大混乱の極みにあった。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 時計は深夜一時を指していた。ステラ乱入で流れの止まってしまったWeb会議はそれぞれの限界化の鎮静待ちという無駄な時間を経て、ようやく再開した。


「ふふふ、愛すべき後輩諸君が今日も愉快で私は嬉しいよ」

「恐縮です……あの、SNSでメッセージとかは頂いてましたけど、初めまして。2期生の正時廻叉です」

「ああ、そういえばこうして話すのはみんな初めてだったね。いつも皆の配信や動画を見てるから、初めましてな気がしなくてね。ちょっとしたお茶目が許されるくらいの距離感で接したくなってしまうんだ」

「そのちょっとしたお茶目で白羽さんは死にかけてますし、キンメさんの家族関係にヒビが入りましたが」

「とても面白かったので、私個人としては……ヨシ、だね」

「どこぞの工事現場マスコットみたいに言っても駄目ですよ?」


 最初に平静を取り戻したのは音楽を主体に活動しておらず、ステラへの感情が「表現者としての最大の敬意」に留まっている廻叉だった。音楽活動をしている1期生の二人はステラの表現者としてだけでなく、ミュージシャンとしての隔絶した才能をより間近に感じている為、未だに舞い上がり気味である。もう一人の2期生、魚住キンメは――人妻子持ちの身でありながら――ステラガチ恋強火勢であった。故に落ち着くなど出来るはずもなく、唯一会話が出来る状態にまで戻れたのが廻叉だった。


 なお、佐伯を始めとするスタッフ一同はステラと引き合わせるとこうなる事を予想した上で、MC役を廻叉へと投げたとされている。


 閑話休題。


 Re:BIRTH UNIONという事務所が設立された経緯にも、ステラ・フリークスの意向が大きく反映されている。当初の想定を超えるステラの成功でリザードテイルという企業自体の業績に余裕が出来た事も関係しているが、やはり最終的には彼女自身が「同じ志を持つ仲間が欲しい」という意思を示した事でRe:BIRTH UNIONは結成された。


「つまり、今回の公式配信もステラさん主導の企画と考えても?」

「その通り。本当は私だけが出て、3期生募集の告知をするだけだったんだけど……それじゃあ、つまらない。それに、いい加減ユニット内でのコラボも積極的にやっていった方が私たちの方向性を示すという点でも有意義だと感じたんだ。まぁ、龍くんは同じラッパー系の人たちと色々やってたみたいだけど」

「きょ、きょーしゅくです……」

「龍真さん、声。甲高い通り越してギリギリ聞こえる高周波みたいになってます」

「ふふ、年齢的には君の方が上なんだからもっと堂々としてくれてもいいんだけどね。まぁいいや。皆がそれくらい私の事を愛してくれている証拠だと思えば、こんなに嬉しい事もないよ」

「う、丑倉も愛してます!ステラさんの歌が無ければ、丑倉はここに居ませんから!」

「ありがとう、白ちゃん。私も、白ちゃんを愛してるよ。もちろん、龍くんも廻くんも、キンメちゃんもだ」


 四者四様の発狂が収まるのに、五分を要した。


「……とまぁ、こんな感じで君達がこんな反応をしてくれるのを見たり、配信やSNSで私への敬意や愛情を語ってくれているのを見ると、それをもっと大勢の人に見せたいと思ったんだ。私からの、君達への敬意と愛情もね。だから、今回私は君達を盛大に巻き込むことにした。クロストークは、私を交えて行う。その時に、君たちは配信上での君達のスタンスのまま、今この瞬間の様に振舞ってくれればいい」


 飾らないフリートーク、という方向性は既に失われた。四人の後輩たちは神妙な声で返事を返す。統括マネージャーの佐伯は、敢えて口を挟まない。そして、ステラ・フリークスは楽しそうに、こう付け加えた。


「私は、その敬愛を向けるのは当然だという風に振舞う。尊大な女王の様に。その上で、君達に敬愛を向ける。――わかりやすく言うと、だ。公式配信という場を借りて、『Re:BIRTH UNIONの上下関係は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』だという形を見せ付ける」


 誰かの息を呑む声が聞こえた。企業運営のVtuberの事務所や個人勢の寄り合いユニットは多々あれど、そのどれもが基本的には「肩を並べた仲間」という路線ばかりだ。上下関係はあったとしても、デビュー日に基づく先輩後輩といった関係であり、当人の年齢や性格によっては有耶無耶になる事も多かった。だからこそ、少なくないVtuberファンが界隈を評する際に「優しい世界」という事も多い。


 一方で、ステラ・フリークスの提案した関係性は確かに唯一無二ではあるが、むしろ「思い付いてもやらない」タイプの案だった。間違いなく賛否両論入り乱れるだろう。舵取りを誤れば、キンメの身バレ騒動を遙かに上回る炎上に繋がる可能性だってある。しかし、誰からも異論が挟まる事はない。


「これは賭けだ。私も女王然として振舞えるかは怪しい。人によっては登録者数マウントと受け取る人も居るだろう。だが、今日の君達の反応を見て確信した。――君達、私の事好きすぎて対等に接しようって気が最初からないよね?」


 無言の肯定が場を包んだ。


「ああ、君達を責めてる訳じゃないんだ。なら、君達が存分に私を崇められるような関係性を作り上げてしまえばいい。それに、君達がこのRe:BIRTH UNIONに参加した理由は私だけが理由ではないのも知っている。私も、君達も、スタッフの大半も――大きな挫折を味わっている。それでも、もう一度生まれ変わるようなつもりでこの業界に飛び込んだ。そして、私が一歩先にこの世界に入った先駆者として、君達を従える。君達は私に巣食う寄生虫なんかじゃない、私が私の意思で手に入れた私の武器だと大々的に宣言するんだ」


 ステラの演説は続く。最初はその発想の突飛さに戸惑っていたが、考えれば考える程「面白そうだ」という気持ちが湧き出て来た。


「俺は賛成だ。俺みたいなガラの悪いのが、ステラさんに傅く姿ってのは――刺さる奴には超ブッ刺さるだろ?」

「うん、なんなら私が見たい。それに、私や廻叉ちゃんは執事とメイドだからそこまで不自然じゃないしね」

「丑倉はむしろ本望。本気でステラさんと対等な友達みたいに喋ろうと思ったら十年掛かる」

「なんか丑倉さんだけ理由がアレな気はしますが、俺としても賛成です。ただ……」

「新しい御主人は私じゃなくていいよ、廻くん。可能性は広い方がいいし、御主人候補のみんなにも悪いしね」

「それは助かります。ストーリー仕立ての動画も始めたので、その辺りファジーにしてくれると本当に有難いんですよ……」


 廻叉が安堵の声を上げると同時に、パン、と手を叩く音がした。今まで黙って事の推移を見守っていた佐伯が堰を切ったかのように語り出す。


「それじゃあ、トーク企画の大筋はこれでいこう!なーに、ステラだってパワハラ無茶振りで困らせようって気はないんだから炎上するにしたってボヤ程度さ!むしろ君達が視聴者にアリだと思わせればいい!言い方として適切かどうかは分からないが、各個人ではなく、Re:BIRTH UNIONとしてのロールプレイだ!」


 ロールプレイ、役割を演じる事。一般的にはRPGなどで知られている。Vtuberにも天使や悪魔、妖怪、動物等あらゆる種族が居る。ある程度は本人の意向にもよるが、往々にして自身の提示したプロフィールと矛盾の無いように振舞うのが主流となっている。稀に矛盾に両手足を生やしたような不可思議生命体と化すVtuberも居る。同業他社の看板Vtuberがそうだったりするが、本筋とは無関係であるため話を戻す。


 即ち、ステラは自分と後輩達との登録者数や知名度での格差を埋めるよりも、活かす方向にしたのだ。自分自身の好感度が落ちる可能性も飲み込んだ上で、女王の様に振舞う。1期生、2期生はその臣下であり、絶対的な敬意を向ける。さながら、Re:BIRTH UNIONはステラ・フリークスという女王の庭だ。全く新しい試みではあるがハマれば唯一無二の箱となる事は間違いないだろう。


「それじゃあ、当日はそういう感じにしよう。また後日正式な台本もスタッフから送られてくるだろうから、各々チェックとシミュレーションは欠かさずに」

「どうせならそれまでの配信で、当日への伏線みたいなのバラまくのもいいかもね。ステラ様好きアピールを挟んだり」

「いいな、それ。媚売ってるみてーに思われるだろうけど、公式配信で媚じゃなくてガチだって分かる寸法か」

「うっふっふ……なんか悪巧みしてるみたいで丑倉楽しくなってきましたよ」


 一度決まってしまえば、元々自分への夢とステラへの憧れで一枚岩になれるリバユニらしく当日に向けての様々な案が活発に飛び交う。一方で、本番で進行役を任されている廻叉は一つの疑問を口にした。


「ところで3期生オーディションの件は普通に告知するだけですか?」

「色々詰めてる段階だから、これも後日資料を渡すよ!というか、今作ってるよ!」

「佐伯さん本当にお疲れ様です……」


 道理で佐伯が喋る度にタイプ音が混じるはずだ、と廻叉は嘆息する。何にしても、公式配信での大枠の流れは決まったのだ。後は各々が当日に備えるだけでいい。この日のWeb会議はその後、数時間の雑談の末に解散となった。



 数日後、企画書の最終稿がそれぞれのメンバーに送られた。


 その内容を見て、四人はまたしても度肝を抜かれる事になる。


 それは、3期生オーディションについての部分に、当たり前かのように書き添えられていた。



『動画・書類選考及び、Web通話での第一次面接は弊社スタッフ並びにRe:BIRTH UNION1期生(三日月龍真a.k.a.Luna-Dora、丑倉白羽)、2期生(正時廻叉、魚住キンメ)によって行います』



『最終面接は弊社代表取締役社長、一宮羚児(いちのみやれいじ)・Re:BIRTH UNION統括マネージャー、佐伯久丸・Re:BIRTH UNION0期生、ステラ・フリークスによって行います』



 後に正時廻叉は語る。


 ステラ・フリークスという個人ではなく、Re:BIRTH UNIONという箱が界隈に大きく認知されたのはこのオーディション企画を発表した時だった、と。

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