「穏やかな日々と、嵐の前の静けさ」
お待たせいたしました。3期生デビュー後のお話になります。
来週末まで仕事が立て込んでおり、また投稿間隔が開いてしまうかもしれません。
少しずつ書き貯めていきますので、なにとぞよろしくお願い致します。
Re:BIRTH UNION3期生デビューから一週間が経った。3期生の二人も数回の配信を行い、少しずつVtuberとしての活動を本格化させていた。その先輩である1期生と2期生は文字通りの平常運転に戻っており、それぞれがソロ配信での活動が中心になっていた。一方で、平常通りにならなかった部分がある。
「ゲストとしてのオファーですか?私に?」
「そうなんだよ。依頼してきたのは、オーバーズの各務原正蔵さん。こないだの凸待ちで話した事あるでしょ?」
「ええ、とても気さくな方でした。その際に声劇の事もお話していましたが、そういう企画でしょうか?」
「いや、オーバーズ内の男性陣の学力テスト企画だね。その問題読みと答え読みをやって欲しいらしい」
「……答え読み?」
珍しく困惑するような声を出す廻叉に対し、佐伯が通話チャンネルのチャット欄にPDFファイルを添付した。ファイル名を見ると各務原から届いた企画書だった。廻叉がそれをダウンロードしファイルを開くと、1ページ目からあまりにも潔いタイトルが大きめのフォントで描かれていた。
『オーバーズ男子学力テスト ~俺より馬鹿が居るという事実だけで心に平穏が訪れるのです~』
「どんな手を使ってでも最下位を回避したいという切なる願いが伝わってきますね」
「これが通るのがオーバーズさんらしさだなぁって感じだよね……」
二人揃って迂遠な言い回しになる程に無遠慮な企画名だったが、読み進めると廻叉自身が担当するのは参加者の珍回答を淡々と読み上げる役のオファーだった。場合によっては感情を入れて演技してほしい、とも追記されている。
「MCの方の負担が大きい企画ですし、こういう所で負担を軽減したいというのもあるんでしょうね。というか、元ネタのテレビ番組でいう所のアナウンサー役ですか」
「ああ、流石に知ってたかぁ。基本的にはあんな感じで大真面目にアレな回答を読めばいいと思うし、何か気付いたら補足を入れる形にすればいいんじゃないかな。その辺は、今回のMC役であるところの各務原さんとの打ち合わせで調整してもらって」
最終的に廻叉はこのオファーを受諾することにした。各務原正蔵とは凸待ち企画で話した際に、自分よりキャリアも実績も乏しい相手に対して「自分が好きだった曲を歌ってくれた」という一点で極めて好意的に接してくれた事や、話の回し方がとにかく上手く、人と話すという事自体の経験値の高さが印象深く残っていた。
「外部のVtuberさんのチャンネルに呼ばれるのは初めてですからね。いきなりの大規模な企画ではありますが、恐らく私が適任だと考えてくださった以上は是非受けたいと思います」
「わかった、じゃあ受ける方向で話を進めるから、後は各務原さんと直接連絡や打ち合わせしてね」
通話を閉じると同時に、SNSから各務原正蔵へとDMを送る。恐らく同時進行で佐伯からもメールが送信されている筈だとは思ったが、オファーを受ける旨まで人任せにしたくないという理由でビジネスメールのような文面を送った。
その文面を受け取った各務原正蔵が「固っ!文面固っ!!」とスマホ片手にツッコミを入れたのは、また別の話である。
※※※
SNSを開いたついでとばかりに自分の名前や、配信時に使うハッシュタグ、ファンアート用のハッシュタグを見て回る。所謂エゴサーチという奴であった。チャンネル登録者数が5000人を超えた辺りから、明確に自分に対する言及が増えつつあった。全部が全部良い反応という訳ではないが、理由ある批判や意見は耳を傾けるに値するし、そうでもない単なる誹謗中傷であれば鼻で笑ってから通報し、ミュート表示にしておく。ブロックしてもよいのだが、「ブロックされた」という事実を「自分から逃げた」と解釈した相手が鬼の首でも取ったかのように騒いでいるのをVtuberに限らずSNS上ではよく見かける為、避けていた。
「そもそも私の様な小物を何故相手にするのか。小物だから勝てると踏まれているんでしょうか」
独り言のように呟いて、二つの意味で苦笑いを浮かべる。一つはまだ自分がVtuber界隈では新参であり小物に過ぎないという事を改めて口に出して認識してしまった為であり、もう一つは「完全にオフなのに正時廻叉の人格に引っ張られている」という事実に気付いたからである。
境正辰は元は地方の小劇団の団員であり、その時も演じた登場人物に引っ張られる事はあったが、公演が終わってしまえば自然と元に戻っていた。しかし、正時廻叉とは一生の付き合いである。ここまで演じる期間が長い役は今までにない。
「演じるというよりも、既にもう一人の私として確立されつつあるという事ですかね。気付けば一人称、私になってますし、敬語の方が喋りやすいですし」
正時廻叉として喋る時よりも砕けた敬語ではあったが、意識しないと所謂タメ口で話さなくなっている自分が居る。境正辰としては、それはそれで構わないと思っているが、両親を始めとした親族や、Vtuberとは無縁の友人に会った際には気を付けねば、と自戒する。自身がVtuberである事は黙って居る正辰としては、本来は身バレの危険性を重要視すべきではあるが、それ以上に急な人格変貌に不審に思われる方が現実的には有りそうな話であった。
「っと、DMの返信が来てましたか」
新着メッセージの通知を確認して、取り留めのない思考から正気に戻る。文面はオファーを受けた事に対する謝辞と、後日行う司会サイドの打ち合わせと、出演予定者全員との顔合わせへの参加依頼があった。無論、直接対面する訳ではなくDirecTalkerを用いた通話での話だった。廻叉は即座に了承し、その後DirecTalkerでのフレンド登録をしておいた。
「しかしMC役の各務原さんを足して、参加者8名ですか……その上、参加していない方を含めてもやはり男性が多いのは少し羨ましい所ではありますが。まぁこちらとしても龍真さんや四谷さんが居るとはいえ、やはりオーバーズさんは桁違いですね……」
限界突破を社是とする、と所属ライバーが無許可で喧伝しているVtuber事務所オーバーズは配信適性があると判断されれば全員デビューさせるという物量作戦で界隈の流れを大きく変えた事務所である。立ち上げ当初は『質より量』『個性的なのはどうせ見た目だけ』と揶揄されたが、それぞれが配信を開始するとその評価を一変させた。先発デビュー組からして、全員が暴力的なまでの個性で視聴者に襲い掛かった。黒魔術の産物としか思えない料理を嬉々として披露する生徒会長・七星アリアを筆頭に、歌唱力・画力・ゲーム・サブカル知識・飲酒量などを配信上のエンタメとして発揮した。
現在、オーバーズの総人数は50人を超えているが、各々が個人勢の様な気軽さでコラボをする事から『石を投げれば配信中のオーバーズに当たる』と言われている。以前の凸待ちではこちらが招く立場だが、招かれる立場は初めてという事もあり、廻叉は緊張感を持ってこの企画に挑もうとしていた。なお、この緊張感は企画前の打ち合わせで雲散霧消する羽目になるが、彼はまだその事実を知らない。
考えを巡らせていると、DirecTalkerに通話の着信が届いていた。各務原からのものかと思い開くと、それは同じ事務所の後輩、石楠花ユリアからのものだった。
※※※
石楠花ユリアのVtuberデビューは中堅未満の企業勢としては大成功と言えるものだった。深窓の令嬢という言葉に相応しい外見。大人しくも芯の強い、だがどこか脆さを感じさせる性格。初配信で披露したピアノの腕前。『別れの曲』で始まり、『ハロ/ハワユ』で締めるという構成力。それらがSNSやVtuberを中心とするまとめサイトなどで話題になり、口コミから初配信アーカイブの再生数が伸び続けていた。同時に、チャンネル登録者数は早くも1万の大台が見えつつある。
当の本人はその自覚があるのかないのか、マイペースに毎日1時間程度の配信を続けていた。ピアノの弾き語りの練習や、質問に答える雑談であったりしたが、本来はゲームをやろうとするも接続設定をミスして断念したり、自己評価の低さから闇を漏れ出させたり、クシャミをしてマイクに頭をぶつけるという古典的過ぎるドジを踏むといった見た目からは見えない一面が現れたりもしていた。視聴者は『存外味わい深いぞ、この令嬢』と好意的に受け止めていた。こうして、ソロ配信を繰り返すことでVtuberという世界に少しずつ慣れて行こうとしていた所で、とあるオファーが彼女に送られたことで状況が一変した。
「あの、今よろしいでしょうか……?」
「ええ、大丈夫です。どうしましたか?」
ユリアは緊張を隠せない。何せ、自分がVtuberを志す最大の切っ掛けになった人物だ。現在は先輩という立場ではあるが、気安く話しかけるには躊躇する距離感だった。しかし、マネージャーから廻叉へ相談することを薦められた以上は、連絡をしないという選択肢は無かった。ユリアは今、初配信の時の数十倍は緊張している自覚があった。
「その、実は、『にゅーろねっとわーく』の氷室オニキスさんから、心理テスト企画にゲストとして呼びたい、というオファーがあって……その、まだ先輩達ともコラボしてないのに他の事務所さんと初めてのコラボで、どうしたらいいかわからなくて」
「なるほど……まぁ私も、今度オーバーズさんの企画からオファーを受けて居まして。外部コラボはこれが初めてなので、アドバイス出来る事は無いと思うのですが」
「いえ、その、私がどうしたらいいか迷っていたら、マネージャーさんから、廻叉さんが初めての他の事務所さんのオファーを受けた理由とかを聴いて参考にしてみたらどうか、って言われまして……」
「ふむ……」
配信で、日によっては十数時間は聴き続けていた声の主と、リアルタイムで会話をしているという事実がユリアの緊張と混乱を深めていく。自分でもちゃんと説明できているか分からないが、廻叉の真剣な相槌を聴く度に安心していた。
「私の場合は学力テスト企画の問題や参加者の皆さんの回答を読む役割としてオファーをされました。恐らく、私の普段の無機質な喋り方で素っ頓狂な回答を読んだら面白い、という理由ではないかと思います。オファーを受けた理由は、各務原さんのオファーの意図が明確だったというのもありますし、以前の凸待ちでお話させて頂いた際に信頼できる方だと思ったからですね」
「なるほどです……でも、私、氷室さんとはSNSで御挨拶させて頂いたくらいで、その、視聴者として見ていた時の印象しかなくて」
「それはお互い様……というか、氷室さん側の方がもっとあなたの事を知らないと思いますよ」
言われてみればその通りである。自分は視聴者として氷室オニキスというVtuberを知っている。今回オファーを受けた心理テスト企画も既に数回行っている名物企画だ。数名のゲストの内、必ず一名は他事務所や個人勢を呼ぶことも知っている。
「恐らく、初配信から今日までのユリアさんの配信を見て興味を持たれたのかと。故に、オファーの理由はシンプルに『あなたをもっと知りたい』でしょう。あとはユリアさんが自分を知って欲しいと思うか否か、です」
「そ、それなら……その、どこまで出来るかわからないですけど、受けてみたいです。その、本当は最初は先輩方や同期の小泉さんとコラボすべきなんでしょうけど、いいんでしょうか……?」
「ご心配に及ばずとも、そろそろキンメさん辺りが突発で誘いそうな気がしますから大丈夫ですよ。四谷さんも独自路線で注目を集めていますし、むしろRe:BIRTH UNIONの良さを他の事務所のファンの方に宣伝する、くらいの気持ちでいきましょう」
「は、はい!が、頑張りますから……その、当日は、見てくれると嬉しいです……」
また背中を押してもらえた、という喜びの反面、背中を押してもらえないと何もできない、という考えもあったが、コラボへの参加に対する思いが前向きになっているのを感じたユリアは、その場でコラボ参加を決める。ただ、やはり不安がどうしてもあったのか、廻叉に当日の視聴を求めるような言葉が半ば無意識に零れた。甘ったれた事を言っている、とまた自分への評価を心の中で一段階下げるユリアだったが、廻叉の返事を聞くと、頭が真っ白になった。
「可愛い後輩のお願いは、聞き届けるのが先輩の役目です。私だけでなく、キンメさんや龍真さん、白羽さん、四谷さん全員が見ると思いますよ。もしかしたら、ステラ様も見るかもしれませんね。あの方、後輩愛が重すぎてそのうち超新星爆発を起こすとか言われてますし……ユリアさん?」
「か、かわ、くぁあ……!!」
「どうしましたか、新種の鳥のような声を上げて」
可愛い後輩、の部分だけを強調して受信した聴覚と脳がユリアの精神に重大なエラーを与えていた。数十分経ってようやく落ち着いたユリアは廻叉にディスプレイ越しに土下座せんばかりの勢いで謝罪した。また、これが配信上でない事に心から安堵した。
翌日、正時廻叉並びに石楠花ユリアの初外部コラボ情報が公開された。
二人の初外部コラボです。資料として中学生向けの問題集と心理テスト本の購入を考えております。大量の大喜利作成に挑む筆者の明日はどこにあるのでしょうか。
御意見御感想の程、お待ちしております。