「Re:BIRTH UNION3期生デビュー配信・石楠花ユリアの挨拶」
今回、実在の楽曲のタイトルを文中で出させて頂きました。
(12/15 追記:英単語表記にしていましたが、正確なタイトルに変更しました)
それでは、石楠花ユリアの初配信となります。
DirecTalker上、『リバユニ3期の初配信を見守る先輩たちの会』はRe:BIRTH UNION所属の4人が集まっているにも関わらず、一切の会話が無かった。ネット回線を通して、それぞれの放つ緊張感が綯交ぜになったような空気と、沈黙が支配している。理由は、この後22時から始まる石楠花ユリアの初配信が理由だった。
小泉四谷の初配信は、いささか予想外な展開ではあったが終始安心して見れていた。元々動画投稿者という来歴もあり、少なくとも『インターネット文化における立ち振る舞い』という点では、1期生や2期生よりも慣れているのが配信内でのトークなどからも見て取れた。軽妙に語られるオカルトや都市伝説、スピリチュアル系の話は内容こそ不穏ではあるが、それらの素養が無い人物にもある程度理解できて、ある程度理解できないという、ある種の理想的な状況に落とし込んだ。元々の説明の上手さや語りの丁寧さが、話す内容の奇抜さを大きくフォローしている好例と言えた。
一方の石楠花ユリアは動画投稿や配信の経験者ではない。それだけでなく、そもそもの社会経験が著しく少ない。高校も不登校――そして自主退学している。勉強は彼女の兄や、その恋人が家庭教師として教えてくれていたとは本人の弁だが、それでも極めて閉ざされた環境に居た事は確かだ。そして、彼女が心を折られ、閉ざしたのは不特定多数の心無い言葉だ。何かあれば学校とは比べ物にならない数のそれが襲ってくる世界に、彼女は飛び込もうとしている。
「時間、だね」
白羽が告げる。待機状態だった配信画面が動き出すが、所謂『蓋絵』と言われる画面のままだ。コメント欄の加速が著しい。比べるべきではないが、彼女の同期である小泉四谷よりも既に同時接続者数が上回っている。正確に言うならば、Re:BIRTH UNIONとしてデビューした中で、最も人が集まっている。
「同接1000人超えたな……お嬢、大丈夫かね」
「大丈夫です。ユリアさんなら」
「廻叉くんは彼女の事を推して……いや、買ってるって言った方が正しいね」
「……そうですね。ユリアさんの心の強さを、信じています」
「丑倉これ知ってる。最近話題のてぇてぇってやつだ」
「白羽、混ぜっ返すな。大体、そのフレーズで言うには、お嬢と執事の二人の間にあるモンが重すぎるぞ」
配信未経験者という事もあり、開始予定時刻から数分経っても石楠花ユリアは姿を現さない。緊張感を紛らわすように会話を続けるが、それぞれがどこか上の空だ。配信画面を見る事に脳のリソースを割いているのか、全員声に抑揚が全くない。数分前まではSNSで四谷へと労いの文章を送ったりしていたが、時刻が22時になってからは、完全に石楠花ユリアを見守る事に全神経を集中している様子だった。
「っ、始まった!」
キンメが声を上げると、四人は図ったように黙り込んだ。
◆
Vtuberが用いる配信用2Dモデルは『立ち絵』と呼ばれる事が多いが、石楠花ユリアのそれは『座り絵』とでも言うべきデザインだった。バストアップシルエットでは薄らとしか見えていなかったシンプルなワンピースと、薄紫色の髪、そしてピアノ用の背もたれの無い椅子に腰を下ろしている姿が配信画面上に映る。デザイナーの好意で追加されたオプションのピアノも用意されていた。ゆらゆらと体を揺らし、微笑んでいる少女の姿に、コメント欄が加速した。
《来たー!!!》
《可愛い!!》
《清楚だ……お嬢様だ……》
《ついにリバユニにも清楚枠が……!》
《座ってるの珍しいけど似合ってる》
《ピアノ!?》
《3期生めっちゃ力入れてるなリザードテイル》
《声出てないけどマイクミュートになってる?大丈夫?》
ユリアは一切声を出さず、目を閉じる。同時に、ピアノの音色が響く。
《初手生演奏!?》
《自己紹介の前にいきなり演奏とは恐れ入る》
《クラシックだ》
《素敵》
《初配信一発目でやる曲じゃなくて草》
その曲は、有名なクラシックだった。誰もが、どこかで一度は耳にしたことのある楽曲だった。『ピアノの詩人』とも呼ばれる、フレデリック・ショパンによる『練習曲作品10-3』を、彼女は弾いていた。だが、その名前ではなく別の名前で知られている曲だった。
《初配信の初手で「別れの曲」!?》
《え、引退……?》
《やめないで》
《でも超上手ぇ……》
彼女が弾いているのは『別れの曲』というタイトルで知られている曲だった。少なくとも、デビュー配信の、それも最初の一曲として演奏するには不適切な楽曲だ。コメント欄は困惑しつつも、その演奏技術に舌を巻くようなコメントが混在し、同接人数が多い事も相まって一種の混乱状態に陥っていた。当のユリアはおよそ5分の演奏の間、一声も放つことはなかった。
《88888888》
《ピアノガチ勢だ……》
《うまいけど、マジで何故別れの曲なんだ……》
「……今までの私に、別れを告げました。初めまして。Re:BIRTH UNION3期生の、石楠花ユリアです」
演奏が終わり、コメント欄が少し落ち着いたタイミングで、ユリアが視聴者へ向けて名を名乗る。飾り気のない、大人しい印象を与える声だった。
《声カワイイ!》
《いきなりエモい事を仰る》
《はじめましてー!》
《あ、好き》
《もう好き》
「わ、コメントが……凄い、たくさんの人が来てくれたんですね。ありがとうございます。……私、ピアノくらいしか自信が無くて、こんなにたくさんの人が集まってくれているのを見て、ちゃんと話せないかもって思ったんです」
《そんなことないよ喋れてるよ》
《自信なさそうなの可愛い》
《守護らねばならぬ》
《これが……父性本能……!!》
《今の生演奏?録音とかじゃなくて?》
《自信もっていい腕前に聴こえたけどな》
《中盤のテンポ上がるところでちょっとだけミスってたし、テンポが少し走ってたから生演奏だと思う》
《ピアノ有識者ニキネキ解説助かる》
コメント欄は極めて好意的な反応が多いが、ユリアは薄く微笑む。その微笑みが苦笑いであることは、幸か不幸かリスナーには伝わっては居なかった。
「1000人以上の人の前でいきなり話そうとしたら、きっとぐちゃぐちゃになっちゃう気がして。最初に、その、たくさん練習した事のあるこの曲を弾きました。えっと、最初に言った通り、今までのダメな自分とお別れして、Vtuberとして、石楠花ユリアとして、皆さんに出会いたいって思ったんです」
緊張のせいか、どこか拙く、間の多い話し方ではあった。同期である四谷の異様なまでに流暢で軽妙なトークとは、ある意味では真逆だったが彼女らしさという点では正しかった。そして、ネガティブさと前向きな姿勢が掻き混ぜられたような内容も、視聴者はポジティブに受け止めた。
「あの……同期の小泉さんみたいに、ハッシュタグやファンネームも決めたいと思うんですけど、それ以上に、私のピアノを、その、たくさん聴いてほしいって思ってます。弾いてる間は、あまりお話出来ないですけど、今から2曲くらい、弾いてもいいですか?そんなに長くないと思います……けど、大丈夫かな……?」
《もっと聞きたい!》
《ピアノそこ代われ》
《幸せにしなきゃ(決意)》
《なんだろう、この気持ちは間違いなくガチ恋なのに「彼女を幸せに出来るのは俺じゃない」って感じてる俺も居る……》
《拗らせニキしっかりしろ傷は深いぞ》
《清らか過ぎてユニコーンが浄化されている……》
《この界隈のユニコーンは清らかじゃないからしゃーない》
「ありがとうございます。それじゃあ、次も有名なクラシックと……J-POPのインストカバーを。それぞれ、歌はないですけど、聴いてください」
◆
「ド頭に別れの曲を持ってくるセンスよ……!」
「たぶん練習量が一番多いってのも本当なんだろうね……」
龍真とキンメがほぼ同じタイミングで感嘆の声を上げた。配信未経験者特有の失敗もなく、練習と準備を積み重ねてきた事が、開始十数分で既に伝わっている。二人の声色も、どこか安心したような雰囲気だった。
「次はカノンだね。丑倉のカノンロックとコラボとかしたいなー。……うん、彼女のピアノは優しいね」
「奇を衒わず、真っ直ぐに自分の得意な物を見せようという姿勢もリスナーさん達に伝わっているようで何よりです」
二曲目もクラシック、それも王道中の王道と言える『パッヘルベルのカノン』だった。技巧を見せ付けるでもなく、熱情を込めて暴れるわけでもなく、真摯に楽曲と向き合うような丁寧な演奏に廻叉と白羽も言葉少なに褒める。そのまま三曲目へと流れるように移行する。男性ソロシンガーの大ヒット曲のピアノ独奏アレンジだった。J-POPというにはやや複雑なフレーズやコードが頻発する楽曲ではあったが、焦ることなく落ち着いて完走してみせた。
「……いやー、いいね。四谷もお嬢も、それぞれすげぇわ、うん」
「誇らしい後輩達だと思います」
龍真が感心したように漏らせば、廻叉も同調する。配信に見入っているのか、黙ったままの白羽やキンメも同じ気持ちだろう、と廻叉は思う。ハッシュタグやファンネームを決めるためにコメント欄と四苦八苦しながらコミュニケーションを取ろうとする様は、やはりまだ配信慣れしていない部分が出ているが、いずれ慣れてくれるだろうと思っている。そして、配信終了予定まで、残り10分となった。
◆
配信画面にはリスナーとの相談で決めた配信用ハッシュタグや、ファンネーム、ファンアート用タグなどが書き連ねられていた。所々、改行がおかしくなっている部分はあるが、そこはまぁご愛嬌だろう。
「えっと、もうそろそろお別れの時間です。これからも、ピアノを弾く配信をしたり、あとは、ゲームも少しやってみたいなって思ってます。今日、来てくれた皆さんも、また来てくれると嬉しいです」
《絶対来る》
《ゲーム実況楽しみ》
《四谷のインパクトに負けない素敵な子が入ったなぁ》
《初々しい……これが清楚……》
《俺達が今まで清楚と呼んでいたものはなんだったのか》
「それじゃあ、最後にもう一曲だけ弾いてもいいですか?」
その言葉に、コメント欄が再加速する。
《もちろん!》
《アンコール!アンコール!》
《聴いてて落ち着くユリア嬢のピアノすき》
《ユリアのピアノはいずれ万病に効くようになる》
《腱鞘炎に気を付けて毎秒演奏して(はぁと)》
「わ、コメントが凄い……えっと、この曲は、ボカロの曲です。発表されたのは、私がまだ小さいころで、知ったのは最近です。私が社会に馴染めずに、自分の家に引きこもってしまった時に知った曲です。そのころ、何もしたくなくて、食事も殆ど取れなくて、勿論ピアノなんて弾けなくて……家族に、ずっと迷惑を掛けていました」
《あ、重い……》
《そういえば公式で引きこもりだったな、このお嬢様》
「まるで、自分の事を歌っているんじゃないか、って思えて。弱いだけの自分が、私は大嫌いでした。でも、この曲を聴いて、またピアノを弾いてみたいって、この曲を弾きたい、歌いたいって思いました。そこから、色んな曲を知りたくなって、インターネットで色んな歌を見て回りました。そして、ステラ・フリークスさんの歌に出会いました。三日月龍真さんのラップや、丑倉白羽さんのギターで、知らない音楽を知りました」
《もう泣ける》
《エモい……》
《もう最終回じゃんこんなの……》
《オッサンくらいの年になるとこういうのに弱いんだよ泣いちゃう》
「魚住キンメさんのイラストや、正時廻叉さんの朗読で、人前で表現する事への熱意を知りました。そして、私は――生まれ変わろう、って思ったんです。だから、最初に別れの曲を弾きました。そして、今日ここに来てくれた皆さんに、Re:BIRTH UNIONの皆さんに、バーチャルの世界に生きている皆さんに、そしてVtuberとして生まれ変わった石楠花ユリアに、この曲を歌いたいと思います。聴いてください」
『ハロ/ハワユ』
◆
配信終了後、DirecTalkerの見守り部屋からは女性の泣き声だけが響いていた。表面上は平静を装っているのは廻叉と龍真だけだったが、一瞬嗚咽を漏らした直後、早々にマイクミュートにしたためである。龍真は浸るように黙って居たし、残りの二人は最早大号泣であった。基本的に音楽やイラスト、演劇など感受性が重要となるジャンルに血道を上げている四人であるため、石楠花ユリアの歌と演奏が思い切り刺さった様子だった。そもそも、自分達の名前を出して彼女を形成する一助となった事を告げられた時点で、キンメと白羽は既に涙腺の堤防は決壊寸前だった。
「歌もね、ピアノもね、拙いんだ……たぶん、弾き語りなんてやったことないんだよ、ユリアちゃん……でも、今日の為にきっと練習してくれたんだよ……」
「選曲がズルいよぉ……ユリアちゃんのバックボーン知ってたら、知っててあの曲聴いたら、もうダメだよぉ……」
白羽とキンメが泣き声でグチャグチャになりながらも、ひたすらにユリアの歌と演奏を褒め称える。廻叉は未だにミュートのままだった。
「……Vtuberって『魂』ってよく言うけど、アレはある意味真理だなって思ったな。お嬢も四谷も、自分の魂を包み隠さず見せてくれたって感じがする。俺、デビュー配信の時はそこまでやれてなかったかもしれねぇわ。……廻叉ぁ、たぶんお嬢絡みだとお前が一番深い所にブッ刺さってるだろ?今日の所はそのまま退室しとけ。落ち着いてから、お嬢に労いの言葉掛けてやんな」
龍真がぽつりぽつりと、静かに後輩を褒め称え、そして廻叉へと気遣った言葉を掛けた。廻叉はしばらくして、無言でルームから退室する。その姿に苦笑いを浮かべつつ、未だに絶賛号泣中の二人をどうしようかと龍真は思案した。
※
最初は、メールでの悩み相談の相手。その時は、伸び悩んでいる新人Vtuberとリスナーという関係だった。
次は、通話面接での対話。その時は、面接官と新人候補生という関係だった。
そして今は、同じVtuberとなった。
「……おめでとう、ユリアさん。おめでとう、弓奈さん」
正時廻叉が見せてはならない涙を拭い、境正辰は小さく呟いた。
そして、新たに二人の仲間を加えたRe:BIRTH UNIONの日常が、また始まる。
【初配信】石楠花ユリアです。初めまして。【Re:BIRTH UNION3期生】
最大同時接続者数:1186人
チャンネル登録者数:3957人
これからも、Re:BIRTH UNIONを宜しくお願い致します。