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「百物語(後編)」

 再び和室へと四谷が戻ると、のそのそと座って笑う。一本だけ灯った蝋燭に照らされた顔は不気味に映る。


「さてさて、歌ったら疲れちゃったよ。来年までこの蝋燭一本残しておくってのも悪くないけど」


《おいw》

《なんでそういう事をするんだ?》

《こいつは……w》

《やりかねないんだよなぁ四谷》

《顔がいいけど怖い》


「まぁ流石にそんなバカな真似はしないけどさ。ちょっと名残惜しい気持ちはあるんだよね。デビューしてから継続してやってきた企画の一つだから。とはいえ、自然と火が消えるのを待つなんてのはダメだからね。最後の話を始めようか」


 姿勢を正し、深呼吸を一度。最後の話はとっておきの実話だ。自分がホラーゲームに傾倒し、実況者になり、しばらく忘れていた話だ。Vtuber小泉四谷として自身が都市伝説と化していくにつれて、少しずつ少しずつ思い出した話だ。


「最後の話は、実体験。つい最近まで忘れていた話。この蝋燭の火が消えるたびに、記憶が蘇っていった。さて、それじゃあ話そうか。とはいえ、大した話じゃないさ。気楽に聞いてくれ、所詮はただの怪談話だよ」


 風が吹いてもいないのに、蝋燭の火が揺らめいた。BGMすら消えて、静寂の中で四谷は語り始める。


「僕がかつて住んでいた場所には、古い神社があった。普段は静かな小さい神社。理由は分からないけど、たとえ真夏の昼間でも日差しが入らない場所だった。子供ながらに、薄気味悪くてそこを遊び場にするのは避けていた記憶があるよ」


 僅かに風の音が入る。蝋燭の火は更に激しく揺らめき、四谷の前髪もそれに合わせるように揺れた。どこか焦点の合わない目で記憶を辿りながら口にする四谷の姿は、視聴者の目にもこの世のものではないものに見えていた。


「そんな場所だったにも関わらず、僕は子供の頃に何度もその神社の前に立っていた事がある。自分から足を運んだわけではない。本当に、気が付いたらそこに居た。例えば、学校の部活が終わった後。例えば、友達の家から帰る途中。例えば、学習塾に行くために自転車を走らせている最中。間違いなく、目的地は別の場所だったんだ。それなのに、無意識のうちに僕はその神社の鳥居の前に立っているんだ」


「そして、いつも僕が神社の前に居る時は――夕方だった。日が落ちる寸前、昼と夜が交わる時。そんな時間帯を、こう呼ぶ――黄昏時、そして『逢魔時』と」


 逢魔時と四谷が口に出した瞬間、四谷自身の声と何者かの声が僅かに重なった。


《え?》

《今、声が》

《うわあああ……》


「ある時、僕はまた神社の前に立っていた。そして、意を決して神社の境内へと足を踏み入れる事にした。もっと早い時間に来れば安全だったかもしれないけど、それでは意味がないのだろうと思った。何故なら、僕が呼ばれる夕方、逢魔時にこそ僕が呼ばれる理由があるのだと確信していたからだ」


 蝋燭の灯りだけだった部屋が、深いオレンジ色の明かりに包まれる。それは、夕暮れ時の明かりと同じ色だった。本来の時間を無視するかのように、太陽が沈もうとしていた。


 昼と夜の境目、黄昏時、逢魔時。


 座して語る小泉四谷の背後に、もう一人の小泉四谷が立っていた。


「奥に進むと、古びた賽銭箱に気怠く腰を下ろしていた何かが居た。その姿を、僕は思い出せずにいたんだ。こうして、Vtuberとしてデビューするまでは。記憶に鍵を掛けていたかのように、ずっとずっと忘れていたんだよ」


 背後に現れた小泉四谷が朗々と語る。


「でも、今はハッキリと思い出せる。そして、二度と忘れる事はないだろう」


 座っている小泉四谷が、嬉しそうに語る。


「何故ならば」


「そう、何故ならば」


 輪唱のように、二人の小泉四谷が語り掛ける。




「その何かは、僕の姿をしていたからだ」




 蝋燭の火が消える。部屋は暗転する。


 同時に月明かりが差し込み、そこにはもう誰も居なかった。




※※※




 明転。古びた神社の賽銭箱に、腰を下ろした小泉四谷がぼんやりと中空へと視線を向けていた。何も考えていないようにも見えるし、常人には見えない何かを目で追っているようにも見えた。少なくとも、小泉四谷と言う存在がただの人間ではないということを再確認させられた視聴者にとっては、四谷の何気ない仕草一つに意味や理由があるように思えていた。一挙手一投足すら考察の対象になっている事を知ってか知らずか、四谷は何一つ語る事はしなかった。


 夕暮れ時、黄昏時、逢魔時。夕影に映し出された小泉四谷が、不意に賽銭箱から降りて神社を眺める。


「曖昧な記憶の中にしか無かったはずの神社が、今こうして電脳の世界で再現されている。そう考えると、僕たちは凄い時代に生きているんだなって思うんだよね。バーチャルの世界は未来の技術だけど、そこから過去へと遡る事も出来るのだって考えると――この電脳の世界にはたくさんの可能性があるんだと、改めて実感するよ」


 向き直り、歩き出す。カメラは四谷を追うように彼の背中を映し出していた。神社の鳥居を抜けると同時に暗転し――夕暮れの町中を、四谷は歩いていた。


《え?》

《なんか急に雰囲気が変わったような》

《田舎ってほどじゃないけど、都会とも言い辛い微妙な感じが……》

《うわぁ、地元感すげぇ》


「ここは別に僕自身の地元って感じではないんだけど、それでも雰囲気は出てると思う。もしかしたら、これを見てるみんなの中にも似たような町に住んでいた記憶がある人も居るかもしれないね」


 逢魔時という不穏な響きを持つ時間帯。しかし、言い換えれば『夕方』だ。誰もがどこかで通ったことがあるような風景。誰もが既視感と懐かしさを感じる風景の中を四谷は一人歩き続ける。


「二年間Vtuberとしてやってきて、自分が思っていたよりもホラーや都市伝説への愛着が強かったのが意外だったのと――自分が思っていたよりも、現実世界への愛着が無かったってことかな。良くも悪くも、バーチャルの世界とホラーの世界の居心地が良くって。だから、こうして二周年っていう節目の場をお借りして、自分がどれくらい郷愁の念が残っているのか確かめたかったんだよね」


 四谷の独白が終わると同時に、再度の暗転。町を見下ろす小高い丘の上に建てられた送電鉄塔の上に腰を下ろしていた。


「あんまりないね、郷愁の念」


《え?》

《は?》

《そうなる?》

《人間性を取り戻す件じゃねぇのかよ……》

《やっぱり別物に成り代わってるだろ》


「やっぱりさぁ、どれだけ綺麗な夕焼けを見ても思い出すのはあの日の事ばかりなんだよ。人によってはトラウマになってもおかしくなかったと思うけど。いや、大半の人がトラウマになるだろうけど。それでも、あの逢魔時に見たものを思い出すと心が落ち着くんだよね。今までの思い出もなにもなくなったかのように、心が凪いでいるんだ」


 ブランコで遊ぶ子供の様に、鉄塔から投げ出した足を揺らしながら四谷は笑う。声だけが笑っていた。表情は、笑顔の形をしているだけで笑っているようには思えなかった。


「それじゃあ、最後に――元々出すつもりだった歌ってみたの動画を見せるよ。それでおしまい。明日は同期のユリアさんの記念配信だ。楽しみだね。それじゃあ、小泉四谷の百物語と思い出語りに付き合ってくれてありがとう。それじゃあまたね」


 四谷がそのまま笑顔でカメラを押すように手を押し出した。カメラは四谷を正面に捉えたまま、落下していく。鉄塔の上の四谷の姿がどんどん小さくなりそして、暗転した――。




※※※




 イントロと同時に、学ラン姿の少年と小泉四谷が向かい合う姿が何度も繰り返された。激しいギターと叫ぶような高音のボーカルとは裏腹に、鳥居を挟んで向かい合う二人はどちらも表情が明るいものではなかった。


 少年は得体のしれない何かを目の当たりにしたかのように、怯えていた。


 四谷は丁度良いオモチャを見つけたかのように、笑っていた。


 エフェクトを掛けた静止画の連続に歌詞が貼り付けられていく疾走感に溢れた演出の中で、二人は睨み合うように立ち尽くしていた。正確には、蛇に睨まれた蛙という言葉の通りだった。



 サビに入ると同時に、少年が意を決したように背を向けて走り出した。その走り去る街の風景のいたるところに、小泉四谷が笑いながら彼を見ていた。


《うわあああああ!?》

《本来こんなホラー演出に使う曲じゃないはずなのに、歌詞がもう全部ホラーに聞こえて来た……》 《この少年、ちょっと四谷に似てないか?》

《まだ一番終わっただけなのに、この子だいぶ絶望的な状況に追いやられてない?》


 人によっては歌詞の解釈を歪めているとも取られるような映像。しかし、小泉四谷の有り方を表すにはこれ以上ない映像だった。そして、夕暮れが夜に落ちる様に暗転すると同時に配信は終了した。




※※※




「いやー……記念配信ってここまでカロリー使うものでしたっけ……」

「それは四谷くんが凝り過ぎだからじゃないかな……」


 翌日。自身の周年記念配信を終えた小泉四谷は、これから記念配信を行う同期である石楠花ユリアと作業通話を繋いでいた。ただし、実際に作業をしているのはユリアだけであり四谷自身は準備の間に

 遊べなかったゲームの消化に勤しんでいるだけだったが。


「かといって、記念配信で凝らないのをやるのも自分らしくないというか、小泉四谷らしくないんだよね……自分以外に負荷かけてる感じもあるし、ちょっとやり口考えようかなって」

「そっか……私も考えた方がいいのかな……」

「いや、ユリアさんは割とそのまんまのユリアさんが需要有るから大丈夫じゃないかな?」

「ええ……」


 スタッフや外部委託先への負担という観点が無かったユリアが自身のやり方について疑問を浮かべるも、すぐさまそれは四谷によって打ち払われた。自分の心配を一瞬で杞憂と断じられたような気分ではあるが、四谷の言うとおりである自覚もある。


「まぁ一番需要があるのは廻叉さんとユリアさんの二人が一緒に何かするところだから、やり過ぎない程度に仲睦まじくしてもらって……」

「……っ!」


 練習中のピアノの音が思いっきり外れたのを聞いて四谷は笑い、そしてユリアは人間が発しているとは思えない呻き声を上げていた。

本当に大変長らくお待たせいたしました。本当に申し訳ありませんでした。

体調不良やら仕事やらありましたが、最大の理由は執筆の習慣が途切れた事だと思います。

これを機に再出発させて頂ければと思います。しばらくは月に2,3回の更新くらいになりそうですが、改めてよろしくお願い致します。


あと、別作品のプロットもチマチマ作っております。そっちは年内に第一話出せたら嬉しいなくらいのノリですので、ご了承ください。


御意見御感想の程、お待ちしております。

拙作を気に入って頂けましたらブックマーク、並びに下記星印(☆☆☆☆☆部分)から評価を頂けますと幸いです。


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― 新着の感想 ―
いつか気が向いてくださるのを気長に待っています。私の大好きな作品です。
何週目だろうなぁ、また読みに来ちゃった。 自分もストグラの観測者だから、観測してないで続き書いてとは言えないけど、ただただ読める日を待ってます。
ずっとずっとまってます
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