「百物語(前編)」
石楠花ユリアが自身の二周年記念配信における企画がようやく固まり始めたころ、同期である小泉四谷は自身の二周年企画のリハーサルを3Dスタジオで行っていた。
「いやー、本当に毎度毎度色々作って貰っちゃって……」
「ベースはこれまでに使ったものを再利用してますからね、後はエフェクトとかをチマチマ作ってる感じで。ステラさんと四谷さんが一番色々演出多いんで3D班もやりがいありますよ」
「そう言ってもらえると助かります。僕のやる事って基本的に演出ありきですから」
録画した映像のチェックをしながらリザードテイルの3Dスタッフと談笑する四谷の表情に疲れや気負いは感じられない。普段、自宅で行っている配信企画の3Dバージョンということもあり、企画自体の流れは殆ど頭に入っている。あとはリアルタイムでの演出が視聴者側からどう見えるかの確認が重要だった。
「ただ、四谷さんの企画をやる時は可能な限り早く撤収したいんですよね。この辺、郊外過ぎて日付が変わるころには真っ暗ですし。なんていうか、出そうじゃないですか」
「だからこそここでやる意味があるんですよ。本当はちゃんと丑三つ時にやりたいって言ったのに、方々から却下されて残念です」
「四谷さんと生粋のホラー好きな視聴者しか喜ばないんですよ、それ。スタッフは間違いなく夜勤ですし、視聴者数も減りますし……」
「確かに平日の深夜二時半スタートの時は同接がバグを疑うレベルで少ないですね……」
「四谷さん、丑三つ時って草木どころか大半の学生と社会人は寝てる時間帯ですからね?」
※※※
『小泉四谷デビュー二周年記念配信・百物語最終回』と題された配信が始まった。和室に蝋燭の灯った燭台が二台、その間にあぐらを崩したような体勢で座る小泉四谷が闇の中から浮かび上がる。ほとんど光源の無い部屋の中で、目を凝らすと火を消された蝋燭が置かれた無数の燭台があることに視聴者は気付いた。
《もう怖い》
《いつもの百物語配信の部屋が3Dになってる……》
《これ、並んでるのって全部今まで四谷が消してきた蝋燭だよな……》
《雰囲気あるなぁ》
「さて、さて。僕もついにVtuberとしてデビューして二周年。そして僕が始めた百物語企画もいよいよ佳境だ。残る蝋燭の数は二本。これまでに九十八の話をしてきた、ということになる。もちろん、みんなから伝え聞いた話もたくさんあったけど……」
四谷が指を鳴らすと消えていた蝋燭に火が灯る。百本分の灯りに照らされた和室には夥しい量の御札が貼られてた。『悪霊退散』『怨霊封印』といった文言が仰々しい字体で書かれているものや、梵字で書かれた意味深なものもあった。
「あれ?最初の状態に戻したつもりだったんだけど、こんな御札張った記憶がないんだけどな。九十八の怪談で、何かしらを呼び寄せてたのかもしれないね。それに気付いた誰かが、こうしてこの部屋の魔除けをしていたって事なのかな?」
《ひぃ!?》
《3Dで本気のホラーをされるとこうなるのか》
《壁に手の形のシミがあるのは一体……》
《これはアカン》
《ごめん、良く晴れた昼下がりに日当たりのいい部屋でアーカイブで見るからあとは任せた》
「さて、過去を振り返ることも大事だけど……今は大事なのは、残り二本になったこの蝋燭の火を消すことだ。では、改めて始めよう。百物語の始まりだ」
再び蝋燭が消えていく。二本だけ残った蝋燭の灯りに照らされた四谷が、薄ら笑いを浮かべた。
「九十九本目。題名を付けるならば、『呪符』としよう。先ほども見てもらった通り、御札というものは基本的には魔除けとして扱われる。悪いものが入ってこないように。あるいは、悪いものを封じ込めるために。しかし、道具は使い方によって悪用可能だ。この御札もその一つ」
一枚の御札を四谷は手に取り、自分の顔の前で広げて視聴者へと良く見えるようにしてみせた。白の紙に赤黒い墨で、薄気味の悪い文様が描かれた御札は、誰がどう見ても魔除けとしての機能を有していないように思われた。
「これは『呪符』というものだ。流石に本物ではなく、レプリカだけどね。呪いを遠ざけるのではなく、呪いを吸い寄せるもの。とある男がこの札の本物を発見してしまった。その男が祖父の葬儀のために山深くにある父方の実家へと戻った。そこで葬儀を終えたあとに、遺品整理のために押入れの中の家財道具を全て表へと引っ張り出した」
《気味悪いな……》
《オモチャみたいにも見えるけどなあ》
《カメラワークがずっと呪符を捉えてるのやめてくれ》
《初期に比べると語りが上手くなった》
「空っぽになった押入れの床の部分に、いわゆる床下収納のようなスペースがあったそうだ。そして、その周りはこの呪符で封じられていたらしい。だが随分と長い間、荷物の下敷きになっていたため、呪符の文様はかすれてしまっていた。同じく家財整理という名の家探しをしていた親戚一同は隠し財産かと色めき立った。ささやかな遺産では満足できなかった親戚も少なからず居たそうでね、きっと何かあるはずだと妄信して――呪符を剝ぎ取るように破り、開けてしまった」
手に取った呪符のレプリカを蝋燭へと近付けると、呪符は墨の色と同じ赤黒い炎に包まれて焼け落ちる。
「その中には、いくつかの壺と箱があったそうだ。手ごろな壺を開けると、その中身は――まるで、焼きもせずにそのまま抜き取られたかのような骨があった。部屋は阿鼻叫喚の騒ぎに包まれた。しかし、誰も警察や消防を呼ぶことはなかった。悲鳴を上げながら、恐れおののきながら、それでも全員が『そうしなければならない』かのように壺を開け続けた」
ガタガタという重い物を動かすような音。
そして、かちゃり、かちゃりと、乾いた何かを床に並べるような音がした。
「壺は全部で五つあった。右腕、左腕、右脚、左脚、そして一番大きな壺からは背骨や肋骨といった胴体の骨が出て来た」
ガタン、という音がした。封じられた木箱を無理やり引き開けるような音だった。
「そして、最後の箱からは――たった今、切断されたばかりのような生首が出てきた」
《うわあああ!?》
《首だけ残してあとは骨……》
《最後も骨であれよ!》
《画像とかが出てくるタイプの配信じゃなくて本当に良かった》
「すべての壺と箱を開け終えて、ようやく全員が正気に戻った。今更ながら警察も呼び、事情聴取やら何やらでずいぶんな騒ぎにこそなったが、ニュースになったり新聞記事になる事はなかった」
いつの間にか、四谷の手には二枚目の『呪符』があった。
「なぜなら、鑑識や調査の結果、箱や壺自体は江戸時代よりも古い物なのに――男の首の推定死亡時刻は、ちょうど呪符を破った時間と同じだったのだから」
《うわ》
《ひぇ》
《怪談というより、フォークロアとかのが近い話》
《呪い殺されたとかじゃねぇの……?》
《やめろやめろ俺の実家そういうタイプの床下収納あるんだよ!!》
「呪いとは殺すだけではなく、活かし続ける呪いだったのだろうね。数百年の生き地獄を味わった箱と壺に詰められた男は、いったい何をしてしまったのか。そのような呪いを仕組んだのは誰だったのか――今はもう、誰も知る事は出来ない」
立ち上がり、二枚目の呪符を火にくべて――蝋燭の火を吹き消した。薄暗い室内は、更に薄暗くなり、もはや小泉四谷の姿すらも朧気にしか映らない。
「これで九十九話――最後の話の前に、少しだけ休憩しようか。ここだと場にそぐわないから、ちょっとだけ移動する。少々お待ちを」
おもむろに立ち上がり、四谷は闇の奥へと消えるように歩き去る。そのまま画面は暗転していった。
※※※
「そんな訳で、一曲歌うんだけどね。本当は百物語を終えた後のエンディングとしてやろうと思ってたんだけど……それだと、こっちの歌がメインみたいになっちゃいそうでね。小泉四谷の主菜は、歌ではないから」
《言いながらもノリノリじゃーん》
《さっきとはまた別の和室だな》
《さっきのは呪いの部屋だけど、こっちはなんか色んな宗教ごっちゃにしたような気味悪さがあるなぁ……》
《どうせ歌うんならステージ使いなさいよ》
《歌だけ聞いて引き返すのもありかもしれん……》
《座布団あるのに座らないの?》
「それじゃ、聴いてください――」
女性視点の楽曲を、他人事のように小泉四谷は歌う。歌詞の中の物語を、外から見て楽しむ様な表情で小泉四谷は歌う。
その姿は、舞台となった和室の中に居るはずの誰かを至近距離で観察しているかのようだった。
そして楽曲の終盤、カメラは部屋の中央からの固定の視点になった。それを覗き込むように、小泉四谷が歌って手を差し出した。
まるで、そこに居るはずの誰かを引きずり込む様に。
《これ、もしかして》
《あ、居るんだ、これ、そこに》
《わかっちゃった》
《最悪過ぎて最高だよ四谷ァ!!》
《この後、百物語のフィナーレがあるわけだが……》
《二年もこいつの悪趣味に付き合ってきたんだ、今更引けない……!》
♪孤独の宗教/syudou
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