「ホラーは専門家が同期だから……」
オーバーズとの声劇コラボの数日後、石楠花ユリアは少しずつ溜まっていた細かい作業を進める為に休憩所配信を行っていた。近況報告の雑談をしながら、主にサムネイルやスケジュール表の作成などを視聴者の目に見える形で行うのがユリアの休憩所の主な使い方だった。
「……何かやりたいんですけど、何をしようか迷ってます」
《あー、二周年かあ》
《ちょっと気が早いけど二周年おめでとう!》
《お嬢にとっては激動の二年だっただろうなぁ》
《リバユニの弱点、あらゆる類の記念配信が少ないところだと思う》
《五年単位で物を見る連中が多すぎる》
《二期生より上が大体そんな感じだから、三期生より下がちゃんと一年ずつ祝ってくれることに安心感を覚えたよ》
Re:BIRTH UNIONのメンバーが周年記念や誕生日といったイベントごとに力を入れず、公式主導のグッズなどに任せきりにしているのはファンの間でも認知されている。一方で、三期生と四期生はそういった記念日に対して積極的ではある。だが、事務所内のノウハウがないこともあり企画内容の考案に苦労しているのが現状だった。
「ちょっと作業が終わったら、他の事務所の方の記念配信を見て勉強しますね」
「こんにちはー!何の話してました?」
「え?あ、朱音ちゃん?えっと、ね。二周年の記念配信で何をしようかなって考えながら、スケジュール表を作ってたの」
《相変わらず丁寧なスケジュール表だな……》
《おおっと》
《朱音ちゃんだー》
《ちょうどいいから、朱音ちゃんにも意見出してもらおう》
「二周年!ユリア姉さまおめでとうございます!」
「朱音ちゃん達ももうすぐ一周年だもんね。私と四谷さんのデビュー日からあまり離れてなかったと思うんだけど……」
「そうですそうです!私たちのデビュー配信の直前に四谷兄さまとユリア姉さまの一周年記念をやってたので、ほぼ同じ時期ですね!今のところ、リンネくんに企画案とか色々考えてもらってるところです!」
「そっか、リンネくんってこういうの考えるの好きだもんね」
三期生デビューのほぼ一年後に四期生はデビューしている為、記念配信が続くことになる。それを踏まえてユリアは改めてどのような形で記念配信を行うかを再考することにした。二周年自体が軽いとは思わないが、一周年の方がもっと大事な記念日になる。可能な限りSINESの三人に花を持たせたい。その上で、石楠花ユリアらしい形で二年間応援してくれたファンに恩返しをしたい。
「朱音ちゃん達は、何をやるの?」
「まだ決まってはいないんですけど、とりあえず私のライブはやろうかなって思います!あの二人は歌メインじゃないし、そこは私メインでやりつつSINESとしても何かできればなーって」
「私もミニライブを考えてたんだけど……ほぼ去年と同じになっちゃうかなぁって」
「去年の一周年で流れた最後の動画凄く好きでしたよ!あの時の新衣装も、たまにゲーム配信とかで着てくれるの嬉しいですし!」
「あはは……貰った衣装は、合ってると思ったら使いたいから。でも、今年も新衣装を貰って終わりだとちょっと味気ないし……」
「んー……じゃあ今年は3Dでやりましょうよ!」
《おおおお!》
《3Dミニライブええやん》
《ぶっちゃけもっと早くやってくれるもんだと》
《お披露目で少しやって、あとは体力テストだったからなw》
「……あ、そっか私3Dあるんだった……!」
「姉さま!?一番忘れちゃいけないとこ忘れてましたよね!?確かに3Dスタジオ使ってるのステラ様と一期生のお二人と、あと私と凪くんが多いですけども!」
《草》
《久々にお嬢のポンな部分が出た気がする》
《指先のトラッキングって難しいからなー》
《概ね暴れたい人が3Dを使ってて草》
《凪の無言アクロバット配信、マジで意味が分からなくて最高だったな……》
「と、と、とりあえず3Dのスタジオ予約して、廻叉さん呼んで、あと何したらいいと思う!?」
「何をするか決める前に廻叉兄さま呼ぶのは確定なんですか!?」
「だ、だって一人じゃ不安だし、それに一年続けたら一緒に歌うっていう約束も一周年記念配信の時にやりそびれちゃったし、でも一緒に歌うこと自体はフェスでやれたけどちゃんと自分のチャンネルでもやりたいなって思ってて……!」
「すっごい早口!過去一レベルの早口になってます、ユリア姉さま!!落ち着いて!落ち着いて順番に考えていきましょう!放っておいてもユリア姉さまのためなら、廻叉兄さまは出てきますから!なんなら呼ばれてなくても行きます!あの人は!!」
もはや何一つとして取り繕えていないまま暴走するユリアの有様に、普段はアクセル役を担う朱音がブレーキ役になるという異常事態にコメント欄は爆笑と困惑に包まれていた。パニックに陥ったユリアを止めるためとはいえ、朱音も朱音で先輩である正時廻叉への若干失礼な発言が飛び出していたが、それを咎める者すらいない状態ではユリアどころか視聴者にすら拾われていなかった。
※※※
「落ち着きました?」
「すごく落ち着きました。今、自己嫌悪に襲われてる……」
「放送事故に襲われるよりマシです。とりあえず、今日決められることは決めちゃいましょう。それから動きましょう?ね?」
《あー笑った笑った》
《切り抜き師、さっきの所のBGMはアニメやゲームのパニックコメディーの場面に使われてる曲を頼む》
《急にアクセル踏み込んで、急停止したままエンストするユリア嬢》
《可愛いからヨシ!》
自覚できるレベルでブレーキと配慮の欠けた言葉を口走っていたユリアは、机に突っ伏しているのが丸わかりな程に落ち込んだ声を漏らしていた。普段は大人しくて物腰の柔らかい先輩が、時折情緒の暴走に伴って暴走状態に陥るのは知っていたが、朱音もこうして一対一で対処を迫られる羽目になるとは思わなかった。普段から宥めたり落ち着かせたりしつつもアクセルを踏み込む廻叉の手腕に心の中で称賛をおくりながら、朱音はユリアの思考を一周年記念配信の内容へとシフトさせた。
「ピアノは……やる」
「それじゃあ、仮に一時間だとしてピアノ演奏も含めたライブパートを何分くらい使います?」
「うーん……ソロの演奏だと、それなりに長い曲もあるから……四十分から四十五分は欲しいかも」
「じゃあ、あと十分か十五分くらい何かをやる、と……3DですしVRのゲームとかどうです?ホラーとか」
「ホラーは専門家が同期だから……」
「まぁ比べられますよね」
《ピアノは外せんよな》
《ライブだけでも嬉しいよ》
《ってか周年記念やってくれるだけでありがたい》
《VRゲームいいよね。ゲーム自体よりリアクション芸の方が主軸になっちゃうけど》
《草》
《専門家て》
《アレは比べるとかそういう段階ではないのではなかろうか》
「でもVRのゲームは興味があるから、ちょっと考えてみる。機材は、お兄ちゃんが買って三日で飽きたのがあるからそれを借りようかなって」
「飽きちゃったんだ……」
「お兄ちゃん、とりあえず流行りものには一度は手を出してみよう、って考える人だから」
「……ユリア姉さまのお兄さま、知らないうちにVtuberデビューとかしてません?」
「……してないって言い切れない……!ちょっと確かめてくる……!!」
「ちょっと、姉さま!?」
《三日坊主w》
《お嬢の兄上もなかなか愉快な人みたいだな》
《まぁVRは合う合わないあるからなぁ》
《草》
《確かに流行ってはいるけどもw》
《お嬢、再度暴走開始》
《草》
《草》
この後、戻って来たユリアから『妹がやってることを後追いで兄が始めたら流石にダサいだろう』という兄の証言を得た事を伝えられた朱音は、一年弱のVtuber生活において最も自然な苦笑いが出たと後に語る。最後にユリアが作成中のスケジュール表に、日程未定ながら二周年記念配信が記載されてこの日の配信は終了となった。
二巻の感想を漁りつつ、執筆をしておりました。安定連載の為にも、平日の寝落ちだけは阻止せねば。
御意見御感想の程、お待ちしております。
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拙作「やさぐれ執事Vtuberとネガティブポンコツ令嬢Vtuberの虚実混在な配信生活」第二巻がTOブックス様より、2024年4月15日に発売となりました。ダークなハロウィン衣装の二人が目印です。
第一巻に引き続きイラストは駒木日々様に担当して頂いております。
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