「一曲目からイタリア語のラップの動画投げつけられました」
Vtuber史に残る炎上事件である『桃源郷心中』の当事者の名前が出た事で、思わず全員から嫌そうな声が漏れたのは仕方のないことだった。簡単に言ってしまえば二股に端を発する男女のいざこざではあったが、結果として一つのコミュニティを崩壊させ、視聴者に男女コラボに対する忌避感が生まれ、最終的に三人が望まれない形で界隈を去った。百害あって一利なしの事件と称される、当時を知る者は誰一人積極的に語ろうとしない事件である。
「そういえば備前さんが『島出身のVtuberが居た、そいつの名は源正影』っていう地雷の話してたの、今思い出したわ……マジで凪兄ちゃんと同郷だなんて思わないじゃんか……」
「世間は狭いとは言いますが……再度確認しますが、先ほどまで配信で言っていた事以上の事は、話していませんね?」
「あ、それは大丈夫です。俺らが高校時代の同級生って話だけは、別の配信で言っちゃってますけど、今回来た人が俺の知り合いだったって話はしてないですし、他のメンバーも喋ってないです」
凪の言葉に心底から安心したのはスタッフ達だった。友達思いである事は凪の美点ではあるが、そのせいでトラブルに巻き込まれてしまうのはスタッフ達の望むところではない。軽いトラブルが数度続く程度であれば都度注意すれば済む話だが、大きなトラブルになってしまうとそうもいかない。場合によっては獅狼、ワダツミ兄妹との断交も考えねばならなくなってしまう。
とはいえ、月詠凪になる前の水城渚を心身ともに支えた『友人たち』と引き離すような真似はしたくない。これはリザードテイルVtuber事業部の総意とも言える意見だった。
「実際にはどうなったのさ。そんな人が来て、普通にカラオケやって平和に帰りましたって感じにはならないでしょ。いや、そうなってたならそれに越したことはないけどさぁ」
「そうだね……そもそも、長時間カラオケになった半分の理由が足止めと時間稼ぎだったから。あの人の」
「何かしらの理由で……正影さんをその場に留めておく必要があった、と」
「もう半分はいつものノリなんだろうね……」
「凪くん達の体力ってどうなってるんでしょうか……」
少なからず配信上では語る事が出来ないトラブルが起こっていた事が、この時点で確定する。結果的にではあるが、Vtuber以前の人間関係に起因する部分も多い。結果的にではあるが、凪がその場に立ち会ったことが最適解になってしまっている事に、廻叉は頭を痛めた。しかし、それ以上に頭も胃も痛い事になっているのはスタッフの方だった。
「正影さんが来て、俺の顔見て逃げようとしたところを獅狼と火月がなだめすかしながら座らせて、泥酔しない程度にお酒を勧めて話を聞いて……で、さっき言った被害者としての立場の話を延々してた感じです。……色んな意味で、変わってないなあの人って……」
「島での知り合いって事は、幼馴染みたいなもんだもんねぇ……ってか、昔っからそんなんだったんだ、源正影さんって……」
「その……凪くんは、その間に何を?」
キンメが苦笑いすら浮かばず、溜息を漏らす。島育ちという限られたコミュニティであれば、自然と年齢の近い子供たちの仲が深まるのも必然であり、そんな相手がトラブルを数度も起こしている事実を知った凪に心を痛めていた。なんとか話を進めようとユリアも続きを促した。
「勿論、島に居る彼の妹とご両親に連絡しました。そしたら、フェリーか最悪漁船使ってでもそっちに行くから何とか捕まえておいてくれ、と」
「うわぁ……」
「何一つ行動に躊躇がありませんね」
両親がやってくることも露知らず、正影は酒と軽食、そしてカラオケで体力を少しずつ消耗していった。凪が獅狼とワダツミ兄妹にだけ先ほどの電話の内容を伝えていた為、全員が正影を帰らせないために動いていた。『帰らせない』ではなく『帰ろうと考えさせない』方向で動いたことが功を奏し、正影は最初の警戒もいつの間にか忘れ去り普通に楽しみ最終的には誰よりも早く眠りに落ちていた。
「……で、カラオケのフリータイムが終わるギリギリでご両親と妹が到着しまして……その後は、家族の事だからという事で俺らは解散しました。その後、別のカラオケに行って色々あって泣き出した妹をなだめるのに必死でした……」
「Vtuber関連のトラブルだと思ったら、最終的に家庭内トラブルに収まったって訳かぁ。うん、凪兄ちゃんは一度お祓い受けに行こう?その、妹さんも含めて全員で」
「その日のうちに島から出てきて捕まえに行く辺り、親御さんのお怒り具合も相当ですね」
その後の事は源正影とその家族の話になる為、凪もそれ以上は詳しく知らないとの事だった。少なくとも、現在彼が活動していたVtuberとしての名義も無期限休止になるだろうとの事だった。
「少なくとも、凪さんは一度スタッフの方と面談ですね。今回はたまたまこうした形に収まったものの、もっと危険なトラブルに巻き込まれていた可能性だってありましたから」
「はい……反省してます」
予想を超える形のトラブルとその顛末に疲れ切ったように、廻叉の言葉と凪の謝罪を最後に解散した。
※※※
数日後。「学業に専念する」という理由で源正影の現在の名義である『芹沢鷗』が無期限活動休止を発表。活動開始から間も無かったこともあり、その話題は大きく広がる事もなく収束していった。一方で、ごく少数のVtuberは『芹沢鷗=源正影』という事実に薄々ながら勘付いていた者もいた。
MC備前も、その一人だった。
「……そんな訳で、今は親御さんの監視下にあるみたいで。今後はVtuberや配信者としての活動は難しいと思います」
「そうか……悪いな、凪。話したくもないだろう話をさせちまって。そうか、やっぱり芹沢は正影だったか……」
「むしろ俺の方こそすいません。前に彼も島出身って話をしてもらった以上、伝えるべきか迷ったんですけど……黙っているのが辛くて」
別件での打ち合わせ中、月詠凪は以前に源正影について教えてもらったMC備前に事の次第を報告していた。スタッフに確認を取った所、向こうが話を聞くことを拒否した場合引き下がる事と、話の内容はオフレコにすることを条件に許可を取れた。備前もまた、かつての仲間の現在を知る為にその条件で話を聞くことにしていた。個人運営のVtuberと繋がりが深いMC備前もまたその一人であり、月詠凪に『同じように島の出身と言っていたVtuber』の話をした張本人でもあった。
「だよなぁ……心配せずともオフレコにしておく。しかし、本当に変わってなかったんだな、あいつ」
「……自分は悪くない、って思う所ですか?」
「というよりも、極端にポジティブなんだよなぁ、アイツ。何をするにしても『全部が上手く行った時』を前提にしてるっつーかな。ゲーム実況してる時は、それが面白かったわけだけど」
「あー。確かにそうですね……目論見が外れても折れないで次に行くところは凄いなって昔から思ってたんですけど、全部悪い方向に行っちゃいましたね……」
「ゲームだったり勉強だったり、自分一人で完結するものはそれが上手く働く部分もあるだろうな。ただし、人間関係は別だ。特に恋愛沙汰なんて絶対に思い通りには動かないし、一度壊れたら修復がどれだけ難しいか、アイツは分かってなかったんだろうな」
正影が引き起こした桃源郷心中事件については、調べればいくらでも出てくる話だった。可能な限り公平な視点から書かれた記事であっても、源正影の軽率さが最大の要因であると断じられているほどだった。
「ちょっとお調子者だけど、悪い人ではなかったんですけどね……」
「まぁアイツだってまだ若いんだし、今後はまぁ勉強に専念してもろて……っつーわけで、ラップのオススメ曲を知りたいんだけっけか?」
「あ、はい。今年のクリスマスは出れる人でライブと企画をやるって話になりまして、フェスでやったラップが楽しくて。バーチャルサイファーの皆さんからオススメ曲を何曲か教えてもらって、そこから何を歌うか決めようかなって」
「おおっと、そりゃ責任重大だな。どうせ龍真とか、アホほど難しい曲とか教えただろうしなぁ」
「一曲目からイタリア語のラップの動画投げつけられました」
「アイツ、アホだなやっぱり」
※※※
リフレッシュ休暇の後半に回った五人が復帰するタイミングで、改めてRe:BIRTH UNION公式からクリスマスに行うライブ企画が発表された。
『Re:BIRTH UNIONの3Dクリスマス会』
『日程:十二月二十四日 午後七時開演予定』
『内容:歌とか企画とか』
『出演:出れる人(今のところは全員)』
あまりにも端的過ぎる告知内容に、ファンからは喜びの声よりも戸惑いの声の方が大きかった。
悪意はないけど見通しと考えと自分への甘さで大崩れした典型例、ということで。
初見トラップのあるゲームとかやらせると面白いように引っかかるので、そりゃまぁ一定の人気は出ますよねって。
ここからはクリスマスの企画に向けた話になります。実際の季節との整合性はもう諦めました。
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拙作「やさぐれ執事Vtuberとネガティブポンコツ令嬢Vtuberの虚実混在な配信生活」第一巻がTOブックス様より、2024年1月20日に発売となりました。
また、第二巻は4月15日に発売予定となっております。ダークなハロウィン衣装の二人が目印です。
イラストは駒木日々様に担当して頂いております。
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