「まず、先ほどの話のどこまでが正しいお話でしたか?」
ネットリテラシーという言葉がある。インターネットにおける情報を正しく理解する、そして適切な判断や運用できる能力のことである。一昔前であればネット・エチケットを略したネチケットという言葉が一般的であり、インターネットにおける立ち振る舞いを学ぶことができた。
Vtuberというインターネットに根差した活動をする以上、ネットリテラシーは最重要課題であり、特に企業所属のVtuberともなればデビュー前の事前研修は当然として、活動を開始して以降も常に念頭に置かなければいけない概念である。
そんなネットリテラシーに真っ向から逆らうような行動を起こしたことを、まるでちょっとしたエピソードトークの様に語る月詠凪にコメント欄に常駐している視聴者だけでなく、同じ企業に所属している四人も凪が何を言っているのか理解するのに、いくらかの時間が必要だった。
「ちょっと待とうか凪くん?それ、多分だけど事務所にも言ってないよね?」
「そうですね、プライベートでのちょっとしたイベントみたいなものでしたし、特に何も無かったので……」
「廻叉先輩、凪兄ちゃんだいぶ危ない橋渡ってません?それも命綱とか無しで」
「橋どころか綱渡りですね。しかも複数人で同時に渡っています」
《本当にアカンやつ!!》
《凪って普段の配信でもネットに擦れてない印象だったけど、ここまでだったとはな……》
《何も無かったからいいってわけじゃないぞ……ってか、個人でトラブルに巻き込まれた枠のワダツミ兄妹はともかく、凪と獅狼は企業勢だろ!自覚あるのか自覚が!!》
《俺らが叱る話じゃないけど、流石にこれは何か言いたくなる気持ちは分かる》
《とんだタイトロープダンサーが居たもんだぜ……》
「だ、ダメだよ凪くん……!その、相手の人がどんな人かもわからないのに……!」
「確かにそうですね……すいませんでした。あとで事務所の方にも謝っておきます。とりあえず獅狼と火月と俺が揃ってるなら大体なんとかなってましたから、つい……」
「ちょっと待って、何その『なんとかなってた』って過去形は。凪兄ちゃん、Vtuberになる前から何かやらかしてるよね?絶対表で言えないヤバい話が山ほど転がってるよね?」
《お嬢そうだぞ、言ってやれ。もっと言ってやれ》
《これはもう謹慎という名の休暇延長やね》
《ついってお前……》
《こんな形で凪ちゃんもリバユニだったって思い知りたくなかったよ私は……》
《チャンネルが爆発四散しそうな話もありそうで怖いんですが》
「とりあえず、凪さんと愉快な仲間たちによる事件簿は一旦置いておきましょう。先ほど凪さんが言っていた事をもう一度確認しますが、本当に何も無かったのですか?」
「はい。元々、カラオケで次の歌ってみたの練習をっていう名目で誘われてたらしくて。まず、火月が『心配だから付いて行く』と」
「まぁそこは双子のお兄さんだから、わかるよ。うん」
「でも、それで凪くんが付いて行く理由にはならないような……」
「凪兄ちゃんの事だから大した理由ではなさそうだけどね。怖いもの知らずっていうか、怖いのを平気で乗り越えちゃうタイプなんだよ、凪兄ちゃんって。最近なんとなく分かって来たもん」
休暇の話をするための雑談配信が、月詠凪への事情聴取配信に変わった瞬間だった。廻叉が質問役、キンメがある程度まで凪の主張を認め、そこから生まれた疑問点を掘り下げるのがユリアの役割、同期であり付き合いの長いリンネが凪の行動と思考のパターンを解説。示し合わせた訳ではないが、あっという間に尋問のためのフォーメーションが組まれ、月詠凪は包囲されていた。
「で、別件のコラボ企画の打ち合わせ中に獅狼がこの話を知ったんです。『二人だと危ないから俺も行く。どうせなら凪も呼ぶだけ呼んでみるか』って話になりまして、じゃあ俺も行くよと」
「話はわかりました。あなた方は身内で話を完結しすぎです」
「これ、獅狼さんもマテリアルのスタッフに叱られると思います……」
「その時点でスタッフに相談するべきだったよ。友達思いなのは美点だけど、だからといって許容できる範囲にも限度がある事はわかってくれるよね?」
「本当にその通りだと思います……ご心配おかけして、すいませんでした」
《獅狼への厳重注意なら、こないだ出てたぞ。マテリアル公式のSNSで》
《ワダツミ兄妹の自主的な謹慎ってこれが理由なんか》
《昔からの友人とバーチャルの世界で再会ってエモいなぁとか思ってたけど、こんな形で問題になることもあるんやな……》
《今日ここに居る先輩が執事とお嬢とカーチャンで良かった。四谷は厳しく叱るイメージが無いし、ステラ様も軽く宥めて終わりにしそうだし、一期生コンビは『面白いじゃねぇかもっとやれ』とか『なんで丑倉も呼んでくれなかったの?』とか言い出す連中だ》
「で、まぁ結局その人が来た後どうなったの?凪兄ちゃんは見ての通り無事だし、コメント見た感じでもワダツミさん達や獅狼さんも無事だったんでしょ?」
「あ、うん。カラオケやって帰ったよ」
「まぁ一対一のオフ会のつもりが相手が増えてたってだけだもんね、相手からすれば」
「普通にカラオケを楽しんだ、という話に着地させるのが無難かと」
「凪くん達に何事もなくてよかった……」
《よく考えたらオフ会の突発参加なんだよな、最初の相談で大事っぽくなってるけど》
《健全で草》
《そういえば元から歌ってみたの相談からカラオケって話だったもんな》
《お嬢は優しいなぁ》
「あ、でも翌日は流石に喉は無事じゃなかったですね。流石に十時間はやりすぎたなって毎回やる度に反省はするんですけどね、みんな」
「は?」
「は?」
「え?」
「凪兄ちゃん達、限度って言葉知ってる?」
《は?》
《草》
《ちょっと待て、毎回って言った?》
《なんだろう、凪と友達付き合い出来る奴って全員頭のネジ外れてる?》
《外れてるから全員Vtuberになったんだろ?》
《無茶を無茶と思わない男、月詠凪》
※※※
月詠凪の反省会になりかけた雑談配信ではあったが、その後はそれぞれが休暇の時の過ごし方を語る平和な配信に戻っていた。ユリアの交友関係が広がっている事を廻叉とキンメが我が事の様に喜び、キンメが家族旅行の話から旦那自慢と娘自慢が止まらなくなり、ほぼ寝て起きてゲームという生活を過ごしていたリンネに全員から苦言を呈されたりなどしていた。凪の問題こそ、後日改めてスタッフから注意という形に落ち着き、配信は無事に終了した。
しかし、DirecTalkerの部屋には全員が残ったままだった。
「……凪くん、配信中に送って来たメッセージは……」
「……はい、これから話すのがさっきの件の本当の顛末です」
『フェイクを入れます。本当のことは、配信後に話します』というメッセージ。配信で凪が話でいる最中に飛ばされてきた文章に、全員がとっさに話を合わせた。配信中こそ話が弾んでいたこともあり全員が等しく動揺を隠すことに成功していたが、それでも凪が敢えて隠した真実が何だったのか、気にならないはずも無かった。
「まず、先ほどの話のどこまでが正しいお話でしたか?」
廻叉が冷静に尋ねる。配信終了後にも関わらず、語り口は正時廻叉のそれのままだった。普段であれば、もう少し崩した口調に戻っている。
「ワダツミ兄妹の妹にナンパみたいな話がきたこと、それに対して獅狼や火月、俺やワダツミ兄妹のスタッフが立ち会ったこと、実際にその相手が一人で来たこと、十時間カラオケしたことは事実です」
「十時間は盛りすぎだと思ってたのに、そこはマジなの?」
キンメとユリアは質問を廻叉に任せて口を挟まずに情報の整理や、スタッフ――特に統括マネージャーである佐伯久丸への連絡などの裏方作業に徹していた。リンネは特に役割こそなかったが、廻叉と凪の真剣な口調から空気が重くなっているのを感じ取って自然と緩衝材のような役割を始めた。
「では、フェイクとしたのは?」
「……その、美月にメールをしてその場に来た相手が、知り合いだったんです」
「……Vtuberのですか?」
「いえ、地元の。島に住んでいた時に仲の良かった子が居て、獅狼やワダツミ兄妹とも一緒に遊んでた子で……その子の、兄です」
まさかの地元の知り合いという言葉に、全員が全員息を呑んだ。DirecTalkerのトークルームには既に佐伯のアイコンも参加していたが、彼もひとまず口を挟まず見守る事にしたようだった。
月詠凪が離島の出身であることはこの場に居る全員が知っている事だったが、おそらく人口も限られているであろう島での知り合いがナンパ目的とも取れるようなメールを送ってきた張本人であり、しかもVtuberとして活動中という事実を凪が知った時、どれほど衝撃的であったか想像を絶する。
「凪さんの知り合いということは当然、獅狼さん達とも」
「はい、顔見知りです」
「……想像するだけで胃の痛くなるお話ですね」
「向こうも相当だったと思います。喜び勇んで会いに行ったら『妹の友達連中』が雁首揃えて待ち構えてたわけですし」
「ドッキリ疑う光景だとは思う。ってかその場で逃げ出しそうだよね、それ」
「うん、逃げようとしてたから獅狼が扉の前に仁王立ち。体格差もあって、大人しくしてくれたからよかったけど……」
大きなため息を吐いて、凪が話すことをまとめようと考えこむ。廻叉も、そして見守っている面々も敢えて急かすことはせずに凪の言葉を待った。
そして、凪がようやく絞り出した言葉に全員が絶句する。
「……あの人、大学に通うためにこっちに来て、そのままVtuberデビューしてたみたいなんです。そのあと、問題起こして一度引退して――ほとぼりが冷めたのを見計らって、こっそり再開してたらしいです。しかも、Vtuberを始めてから大学もサボりがちになって島にも帰らずに連絡もはぐらかして……諦めたのか開き直ったのか、全部話してくれましたよ。全部、自分が被害者みたいな言い方でしたけど」
「なるほど。凪さんからすれば、縁の深い方がそんな状態になっている事はショックだったとは思いますが……」
「いや、えっと、あー……妹の子から兄が帰ってこないって話は聞いてたので、相当ダメになったんだなって。その子の家、島の旅館で。あの人が大学に行ったのも後を継ぐための勉強って名目だったんですよね……」
自分の友達に迷惑を掛け続けている男に対し、凪が怒りとも侮蔑とも取れる口調で説明していく。肝心なことを聞いていない事に気が付いたリンネが、敢えて軽い口調で問い掛けた。
「で、そいつの名前は?もう配信は切ってあるし、凪兄ちゃんもそれだと喋りにくいでしょ?」
「そうだね……その人の今のVtuberの名前は、芹沢鴎」
「知らない名前だなぁ……昔の、やめた方のVtuberの名前って分かる?」
リンネの追加の質問は、もしかしたら引退した方の名前であれば知ってる名前かもしれない程度の理由から発したものだった。
その質問こそが、最大の地雷であるとは知らずに。
「うん、分かるよ。引退した方の名前は、源正影だって言ってた」
地雷処理が終わった話です、ご安心ください。
顛末は次回に。
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