「なんでユリアが言うのよ。可愛いやつめ」
母親からの追及から逃げる様に三摺木弓奈は家を出て、辿り着いた先は大手Vtuber事務所にゅーろねっとわーくのオフィスだった。ほぼ同期であり、お互いに親友であると公言している如月シャロン主催の配信抜きの女子会。念のための身バレ対策という事で、終日使用予定がなかった会議室を借り受けての開催となっている。
「こんにちは……」
「あ、ユリアちゃん!待ってたよー!」
「ふわぁっ!?」
女性スタッフに案内されて会議室に入ると同時に、シャロンからのハグに襲われた。お互いに本名を知ってはいるが、Vtuberしか居ない部屋という事もあり当たり前のようにVtuberとしての名前で呼び合っていた。久々にオフの場で会った事で興奮気味のシャロンをなんとか引き剥がすと、もう一人の参加者に会釈をした。
「お久しぶりです、エリザさん」
「確かに、直接会うの久しぶりよね。久しぶり、ユリア」
年上の後輩であるユリアの丁寧な一礼を、年下の先輩であるエリザが余裕ある態度で迎え入れる。一部のVtuberファンからすれば「なぜこれを配信でやらないんだ」と言いたくなるような光景が繰り広げられていた。そして、もう一人の参加者にもユリアは深々と頭を下げる。
「オボロさんも、お久しぶりです。参加されるって聞いて、驚きました」
「ん、久しぶりやね。動画ネタ録る予定やってんけどなぁ。諸々の事情で完全にバラシになってもうてん。そんな話をSNSに投げたら、シャロンちゃんがダイレクトメッセージで誘ってくれてな」
湯呑みを置いて手を振る月影オボロは、まるで自分がにゅーろねっとわーくの所属であるかのように馴染み切った様子だった。しかしユリアから見たオボロの姿が、今までに直接会った時に比べると少しだけ疲れているように見えたのが僅かに気掛かりだった。
※※※
「ところでなぁ、相談というか確認やねんけど」
互いの近況報告があり、取り留めのない話題や最近の面白い配信の話題などで一通り盛り上がった後にオボロが不意に漏らした言葉に三人が視線をオボロへと集めた。
「今日集まった子たちって、みんな事務所所属やんか?個人の子たちとのコラボ方針とかってどうしとるか聞きたいねんけど」
「個人の子って言われても……ラブラビは、一番最初だけは事務所を通す形にはなってるはず。事務所に入ってる人なら、ある程度までなら事後報告でも大丈夫だけど」
「にゅーろは、基本的には紹介制です!コラボの経験がある人が呼んできたなら大丈夫、みたいな感じで!」
オボロの質問に、エリザベートとシャロンが答える。方針転換の影響で未だにアンチが少なからず存在しているラブラビリンスはコラボには慎重な姿勢であり、にゅーろねっとわーくはVtuber同士の横の繋がりをコラボの基準にしている。
今では当たり前のように行われているコラボ配信だが、その方針は人それぞれである。とはいえ、事務所所属と個人運営のコラボは比較的少ない。理由は単純に接点の少なさだった。Vtuberの全体数で言えば間違いなく個人運営の方が多いが、知名度やチャンネル登録者数の幅が大きい。その為、ある程度以上の知名度を持っている者の方が有名事務所とのコラボの機会に恵まれている。
「リバユニは割と寛容かもしれないです。私は、その、自分から誘うことは少ないですけど……他の人たちは、呼ばれたら行くって感じです」
「確かになぁ。特に一期生の二人がそんな感じやし、四期生の子たちも割と積極的に外に出とる印象あるわ」
一方のRe:BIRTH UNIONは完全に放任気味だった。オボロが言った通り、一期生である三日月龍真と丑倉白羽が最初から同好の士を求めて外に出ていくタイプだった影響が大きい。四期生であるSINESの三人も、好奇心と人当たりの良さからコラボのオファーが多く、それを断らないタイプだった。
「こんな質問するって事は、エレメンタルは方針が厳しいとか?」
「確かにエレメンタルさんやマテリアルさんって、アポロさん以外はソロ配信か箱内のコラボが多い印象かも」
「アポロがフットワークめっちゃ軽いからなぁ。ただ、それはあくまでもアポロの方針であって、全体の方針ではないんよ。ウチも個人の子の動画とか配信とか紹介したりはするんやけども……ちょっとそれが理由で、後輩の子たちに迷惑かけてしまっててなぁ」
オボロは溜息を洩らし、普段は見せない弱気な姿を見せていた。この場に居るのは、自分とは別の事務所の後輩ではあるが、こうしたオフの場では友人として接してくれている三人である。だからこそ愚痴を吐いてしまっているが、本来のオボロならば口にはしないはずだった。
「今日、最初にオボロさんの顔を見た時に『疲れてるのかな』って思っちゃったんですけど……本当に、疲れてたんですね……」
「ごめんなぁ、三人とも。本来なら、ウチの事務所内でカタ付けなアカン話やねんけど、ウチの後輩の子らと同じくらいのキャリアのみんながどう思うか聞きたかってん」
「相談くらいは乗るわよ、オフの場なんだし。文字通り、オフレコにしとくわよ。ただ前世のキャリアも込みなら、オボロさんと近いくらいにはVtuber歴長いから参考になるかはわからないけど」
「え!?そうなの!?」
「そうなんだよ、シャロちゃん。エリザさんは先輩なんだよ」
「なんでユリアが言うのよ。可愛いやつめ」
隣の席でなぜか誇らしげに語るユリアに気恥ずかしさを感じたのか、エリザベートはユリアの腕を引いて抱き寄せる。慌てるユリアと、羨ましいと言わんばかりに逆側から抱き着きにかかるシャロンの姿を見て、オボロは子猫が三匹戯れている姿を幻視した。思わず私用のスマートフォンでその様を写真に収めたのは、完全に無意識での行動だった。
「……まぁ、なんでこんなん言い出したかって言うとな。個人の子からのコラボオファーがメッチャ増えてん、最近。断るべきところは断らなアカンのは分かっとるんやけど、事務所側が断り入れたとて断られた側はその子らから断られた、って受け取るかもしれんやん?後輩の子らにそういうとこで負担掛けてしまってるなぁと。とはいえ、未だに売名や出会い目的の連中もおるし安請け合いは怪我しかねんし……」
「うわぁ、まだ居るんだ。その手の奴って。ってか、メインの悩みに関しては気にしすぎだと思うけど」
「ちょ、待って、エリザさん、シャロちゃん、は、放して……」
「男性のVの人ともコラボしてきたけど、そういう人は居なかったと思います!ユリアちゃん、とかは絶対に居ないよね。だって、執事さん居るもんねー」
「それは、そうだけど……!」
「シレっと惚気たわね、この令嬢。どうしてやろうかしら」
「動画撮って執事さんに送ろう!そういうビデオレターがあるってコメントで教えてもらった!」
「見てて微笑ましいけどさぁ、あんまりイジメ過ぎると完全に無の表情になった執事さんに詰められるで?知らんで?あとシャロちゃんは拾うコメントちゃんと選ぼな?」
執事さん、というオボロの一言で二人はユリアで遊ぶのをやめて何事も無かったかのように茶飲み話を再開する。コメントから無用な知識を覚えたシャロンに対しては後程ちゃんと言い聞かせねば、とオボロは心に決めた。エリザベートから言われた通り、自分の悩みは気にしすぎだったのかもしれないが、オボロからすれば後輩が要らぬ攻撃に晒される事態は避けたい一心だった。
「この辺はまぁ、運営と相談やなぁ……」
「それが良いと思うわよ、実際。運営って大変よね、盾になっても嫌われるしならなくても嫌われるし。オーバーズの運営が悪の枢軸みたいに言われてるの、何度見たか分からないわよ」
「近くからよーく見てると、あの人数に振り回されてる運営さんが黒幕みたいな動きする余裕なんか無いってわかるんだけどね」
「今度、差し入れとか持っていこうかな……」
運営の大変さを四人がそれぞれ共有し、せめて自分だけは優しくしようと心に誓った。しかし、実際に運営の胃にダメージを与えているのはこの場に居ないメンツであるということを、四人は最後まで気付く事が出来なかった。
何か起こりそうで起こらない話でした。あと運営って大変だろうなぁと思うことが多かったのもあって、こんな話に。
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