「言われるとは思ったけどさぁ……」
「来週の予定なのですが、このようになっております」
雑談配信で提示された正時廻叉の予定表は、とてもシンプルだった。『全休』とだけ書かれたそれを、果たして予定表と呼んで差し支えがないのか、というのがリアルタイムで視聴していた者達の第一印象だった。
《草》
《年末年始でもないのに一週間休みとか珍しいな》
《人間ドック?》
《執事の場合、長期メンテでは?》
《それだ》
「端的に言えば私用です。今更ではありますが、必要以上の身バレを防ぐという意味もありますし、この機会に少し長めの休暇を頂こうと思いまして。ちなみにですが、私だけでなくユリアさんとキンメさん、凪くんとリンネくんも同じ時期に一週間休む予定です。この話は私が予定表を出したタイミングで、Re:BIRTH UNION公式からリフレッシュ休暇の告知が出ているはずです」
廻叉の言う通り、Re:BIRTH UNIONのSNS公式アカウントでは所属タレントのリフレッシュ休暇という名目で一週間の活動休止が告知されていた。ただし、一斉にとるのではなく五人ずつに分けての休暇となっている。後半に回ったメンツは、それぞれ楽曲制作やコラボ予定などが入っていた。そして廻叉は前半に回った。
「休みに何をするか決まっていません。一つだけ予定が入っているのですが、それ以外は全くの未定ですので何をするかここで私から皆さんの意見を募ろうかと」
《なるほどなるほど》
《放っておくと仕事しそうだもんな》
《一週間もあるなら旅行とか》
《お嬢とデートしてこい》
《そもそも入ってる予定って何よ?それが分からんとこっちもアドバイスのしようがない》
「確かに予定が入っている以上、一週間をフルに使う過ごし方は出来ませんからね。詳細は伏せますが結婚式がありまして」
何気なしに放った一言に、コメント欄は騒然となる。仮にこれを言ったのが、例えば後輩である月詠凪や逆巻リンネであれば『ああ、親戚の?』という予想から、お祝いのコメントが出て来ただろう。だが、現在進行形で同じRe:BIRTH UNION所属の石楠花ユリアと交際している正時廻叉が言う『結婚式』の単語は重みが違った。
《はああ!?》
《ちょ、おま、マジか》
《号外!号外!切り抜き師出動!!》
《お、おち、おちつけ!》
《こういう時、祝儀っていくらぐらい包むのが相場なんだっけ?》
《相手は分かり切っているからいいけど、電報や花の送り先を伝えるんだ今すぐにだ》
《ついにかぁ……》
「……どうやら誤解されているようですが、私の知人の結婚式に招待されているのでそれに出席するというだけの話です」
《なんだつまんねぇ》
《ぬか喜びさせるな》
《はい解散解散》
《ゆっくり休めよー》
《今日の配信終わりだな》
《はよ結婚しろ》
《孫の顔を見せろ》
「誉め言葉ではありませんが、皆様本当にいい性格していらっしゃいますね」
勘違いで大騒ぎしておいて、誤解が解けたと同時に文句を並べる視聴者の姿に廻叉は呆れた声を漏らした。デビュー当時の視聴者はもう少し畏まっていたように思えるが、こういうやりとりを楽しんでいるのが他ならぬ自分自身だという自覚もあるため廻叉は閉口するしかなかった。
「それはそれとして、『結婚しろ』とかその類いの煽り文句は私にだけするように。ユリアさんにそのようなコメントをした場合、私個人ではなく事務所単位でケジメをつけて頂きます。罪状はセクハラです」
《あ、はい》
《見くびるなよ執事》
《お嬢は聖域。これはリバユニどころかVtuber界隈全体の共通認識やで》
《俺たちは執事と言葉で殴り合いたいだけで、一方的に殴りたいわけじゃない!》
《その場で拾って反撃してくれるという事実が、私たちをどれだけ喜ばせているか自覚しなさい正時廻叉》
※※※
「アンタは結婚する相手とか居ないの?」
結婚式、披露宴ともに無事に終わり、二次会では久々に現実世界の友人との会話を楽しんで帰って来た翌日。遅めの朝食を取っている中で母から放たれた一言に、正時廻叉こと境正辰は口に含んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。何とか堪えたが、口元をコーヒーがよだれのように垂れたのをティッシュで拭い、何とか飲み込んで大きく息を吐く。
「言われるとは思ったけどさぁ……」
「そりゃ息子が結婚式に行ってきたんだからそういう話になるでしょ。で、居ないの?」
「……まぁ、正直に言えば居るよ。けど、お互いまだ結婚とかそういう話は一切ない。お互い忙しいのもあるし、スローペースでお付き合いはしてる。ただ、俺個人としては籍入れるつもりはあるよ」
「へぇー。演劇やってたころは彼女どころか、友達すら居なかったアンタがねぇ……まぁ、その気になったら連れてきなさい」
ニヤニヤと笑う母親に、正辰は苦い顔を浮かべるしか出来ない。母はカラっとした性格ではあるが、野次馬根性は人一倍ある人物だ。救いなのは自分の中に情報を貯め込んで吟味するのを好むタイプであり、他者にベラベラと喋る事をしないという点だけである。
「嫌な姑にだけはならないでよ?」
「そこは反面教師が居たから大丈夫。あんな姑にだけはなってたまるかっての」
豪快に笑う母ではあるが、どうしても不安が過ぎる。石楠花ユリアこと、三摺木弓奈は大人しい少女だ。正辰から見れば、まだ少女である。彼女がVtuberとしてデビューして、自分も含めた『彼女の世界の外側』の人々との邂逅が彼女を成長させた。そして、その成長もまだ途上だと考えている。
「とにかく……今すぐ結婚するとか、そういう話にはならないと思う。まぁ少なくとも、母さんに紹介はするからそこは安心しておいてよ」
「まぁそれならいいや。今日、東京に戻るんでしょ?戻る前にお父さんに手ぇ合わせていきなさいよ」
「それは勿論」
すっかり冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干し、立ち上がる。マグカップを流し台へと入れると和室へと向かう。小さな仏壇の前に正座して、線香に火を灯し父の写真へと向き直る。
(……父さん。そろそろ、俺が生まれた時の父さんと同い年になりそうだ。結婚とか孫の顔とかはもう少し待ってほしい。今は、仕事が楽しいんだ)
眼を閉じて手を合わせる。
『まぁ好きにやりな。三十路までは最低限の衣食住の面倒は見てやる。ただし、金は自力で稼げよ』
演劇の道を志した時に、呆れながらも認めてくれた父親のお陰で今の自分がある。懐の深さに感服した記憶があるが、葬儀の際に父の旧友から聞いた父の『武勇伝』が脳裏を過ぎる。
曰く、
「三十過ぎて正辰が出来るまで遊び散らかしていた」
「飲む・打つ・寝るの三拍子そろった名選手だった。酔いつぶれてもちゃんと交番に行ってから寝てた」
「遊び人ではあったけど奥さんには絶対に手を上げなかった。むしろ奥さんが親父さんを関節技で締め上げてた。何度タオルを投げたか覚えていない」
父親の放蕩具合と母親がサブミッションの使い手である事に衝撃を受けて、通夜以降一切泣くに泣けなかったのを思い出す。息子が泣いて見送る姿を嫌がりそうな父ではあったが、もうちょっとこうあっただろう……と、未だに父の事を思い出す度に正辰は微妙な気分にさせられていた。
(……何にせよ、心配しないで見守っててほしい)
「ねぇ母さん。父さん、天国でおとなしく見守っててくれるかな……」
「……どうかな、正辰の彼女さんを見る為にお盆でもないのに戻ってきそうだけど」
「えええ……本当に大丈夫かな。多分、父さんって昔の所業を考えると執行猶予付きで天国に居ると思うんだけど」
「死後にやらかして地獄行きは、流石に止めようがないから諦めなさい」
自分の所ならともかく、くれぐれも弓奈の夢枕に立つような真似だけはしてくれるなよ、という願いを込めて正辰はもう一度目を閉じて手を合わせた。
※※※
「弓奈、もう正辰くんとは寝た?」
「ぶふっ!?」
「うわぁ、見事な毒霧」
偶然にも同時刻、早めの昼食中の弓奈が自身の母から放たれた直球過ぎる問いかけに動揺し、口に含んでいた緑茶を盛大に噴き出していた。偶然にも霧吹き状に噴出されたそれを見た兄の脳内には、毒霧を使うプロレスラーの顔が何人か浮かんでは消えていった。
いいオチが付いたので一旦ここで切りました。次回からリバユニの休日シリーズ。
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