「グッズとしてぬいぐるみが出るまで待ちきれなかった」
魚住キンメは自身がデザインしたRe:BIRTH UNIONメンバーのマスコットが好評であることに満足げだった。自身のマスコットであるラッコメイドの「フロート」も、配信画面に常駐しているだけでなく、SNSでアップロードされる一コマ漫画の主人公としても人気を博していた。ただし内容はメイドでもあるにも関わらず働かないでエサを探したり居眠りをする姿が多い。ファンから「不労ト」という通称が定着するまでの時間は早かった。
フロートは、魚住キンメの代表作になりつつあった。
「浮かんでるからフロートって名前付けたんだけどなぁ。まさかこんなに働かないネタがバズるなんて思わなかったよ、本当に。予想外も予想外って感じだよねー」
《そっちが名前の由来だったのか……》
《むしろ働かないネタありきでフロートだと思ってた》
《主婦が描く家事をサボるメイドの漫画……願望が出てない?》
《本気出した本命がスベって、軽い気持ちで出したものがバズるSNSあるあるやね》
「それ以上に予想外だったのは、マスコットに無茶苦茶思い入れ持ってる子たちが四人も居たんだよね……」
キンメの頭に浮かぶ四人。一足早く登場していた事もあって、ステラ・フリークスの溺愛っぷりは
既にRe:BIRTH UNIONのファンのみならずVtuber界隈全体にも知れ渡っていた。残りの三人もキンメの予想を上回る溺愛を配信で披露していた。
「何が凄いってさ、ステラ様筆頭に全員がモチーフにした動物のぬいぐるみ買ってきたらしいんだよね……で、全員が『グッズとしてぬいぐるみが出るまで待ちきれなかった』って証言してるんだよ……ステラ様とユリアちゃんはまだ分かるんだけど、凪くんとリンネくんは予想外過ぎたね……若い男の子にぬいぐるみ購入に踏み切らせるとは……」
《えええ……》
《草》
《思い入れ深すぎるだろw》
《おい、SINES男子w》
《リンネがそうなったのは間違いなくキンメママの愛情補正のせいでは?》
※※※
月詠凪のマスコットは神話の狼を元にしている。故にそこから名前を拝借し、『ガルム』と名付けていた。凪は自然環境豊かな場所の出身であり動物と触れ合う機会は多かったが、自分でペットを飼う事は出来なかった。かつては家庭環境からそのような余裕が無かった。そして現在も一人暮らしで自分の生活環境を維持するのに必死で、自分で犬や猫を飼うという決断が出来なかった。
ガルムは、月詠凪にとっての唯一の家族になった。
「だから、こうして自分のパートナーを持てた事が嬉しくて。そうなると、画面の中だけで一緒に居るのが寂しくて、つい狼のぬいぐるみ買っちゃって……」
《お、おう》
《シンプルに可愛がってるだけかと思ったら闇案件だったでござる》
《からかっちゃいけないタイプのやつ》
《でもずっとニコニコしてるし、ゆらゆらしてるし上機嫌なのは伝わってくる》
「ただ、一つ心残りなのは胸を張って『自分用です』って言えなかったんだよね……友達の誕生日プレゼントって事で、無駄にラッピングまでしてもらっちゃって……まぁ自分へのプレゼントって事で、ね……ふふ、ガルムの尻尾はモッフモフだね」
《草》
《青年の苦悩》
《さっきからずっと声がデレデレなのよ》
《ガルムそこ替われ》
《むしろ凪がそこ替われ、私だって狼さんモフりたい》
※※※
石楠花ユリアのマスコットであるチェシャ猫は、そのまま『チェシャ』と名付けられた。お披露目の際には既に大きめのぬいぐるみの購入報告も済ませていた。どうやらチェシャと似たような目つきの猫のぬいぐるみを見つけたらしく、半ば衝動買いだったという。この日もピアノの練習配信だったのだが、時折ピアノを弾く手が止まって無言になる事が多かった。
チェシャは、石楠花ユリアの眼を奪い続ける存在になっていた。
「………………」
《お嬢?》
《おーい帰ってこーい》
《体は動いてるのに目線が全然ブレてないの怖いって》
《睨み合い》
《配信画面上でも睨み合ってるみたいで面白い》
「あ、す、すいません……!その、チェシャがモニターの傍に居るんですけど『そんなもんか?妥協してるんじゃないか?どうなんだ?』って問い掛けられてるみたいで、つい私も『だったらどうしたらいい?』って問い返してしまって……」
《え?》
《テレパシーで会話してる?》
《あかん、お嬢がチェシャ猫の魔力に呑まれとる。普通の猫のぬいぐるみか、それ?》
《それ鏡に向かって自問自答するのと同じ効果発してない?大丈夫?》
※※※
逆巻リンネのマスコットであるカメは、慣用句から『万亀』と名付けられた。キンメが長寿を祈って送られた事から、最初からこの名前以外にするつもりは無かったと語っていた。リンネの配信のメインコンテンツが雑談である事から、万亀は常に配信画面のどこかしらに鎮座していた。それだけではなく水族館やペットショップに通っては本物のカメを見に行ったり、カメに所縁のある神社でお守りを、水族館のお土産コーナーで大きめのウミガメのぬいぐるみを買うなど、その行動がエスカレートしていた。
万亀は、逆巻リンネにとっての守り神となっていた。
「最初は式神みたいに思ってたんだけど、やっぱり長寿の願いが込められてるって思ったら、俺が使う立場じゃないよねって。むしろ迎えなきゃいけない立場だって思ったら、もうカメグッズ買い漁ってたよね。今、膝の上にぬいぐるみがあって、パソコン本体の上に陶器のカメの小さい置物が三つくらい並んでるんだけど、なんかすげぇ落ち着く。本当に一万年くらい長生きできる気がしてきた」
《極端だな!!》
《そこまで気に入ってもらえるならキンメママも本望だろうよ》
《本物のカメを飼わない理性が残ってて安心した》
《ペットショップで売ってるカメとか十倍くらいの大きさになるからな……》
「本物を飼うのはちょっとなぁ。飼い切れずに適当に逃がしたカメが巨大化して生態系壊してる、みたいな話をテレビで見ちゃうと『俺に飼い切れるのか』とか『そもそもカメ様を人間の手で縛ろうとか不遜では』とか色々考えちゃって。だったら、俺には万亀が居るからそれでいいなって」
《様?》
《とうとうカメに様付け始めたぞ》
《理性残ってなかったかもしれない》
《そのうち新しい宗教立ち上げそうで怖い》
《新衣装でカメの着ぐるみとか持ってきても不思議じゃないな、これは》
※※※
ステラ・フリークスのマスコットである『テラペン』は、彼女の深い愛情を受けている事は既に知れ渡っていた。しかし、実際にペンギンのぬいぐるみを購入してそれに話しかけながら雑談配信を行った事実は、それまでのステラ・フリークスのイメージを大きく変えた。そして彼女のイメージが大きく変わるのが二回目だった事で、結果的に元のイメージに戻っていた。
テラペンは、ステラ・フリークスの異様さを再認識させる役目を担っていた。
「うふふふふ……今度ね、またアルバムを出すんだけどまだ一曲決まってないんだよ?もしよければ、君の事を歌にしたいんだけど良いかな?『うん、いいよ』そっかぁ、それじゃあ最後の一曲は君の曲で決まりだね」
《怖い》
《可愛いの通り越してしまってませんか?》
《ステラ様、一時期可愛い路線に走ってたけど一周して戻って来た感じがあるな》
《公転周期だな》
《完全にマスコットに成り代わってた執事と違って、一人二役だし雑な裏声だしもう》
「しかし本当にテラペンは可愛いなぁ」
『ステラほどじゃないよ』
「いやいやそんな事ないよ。君の方が」
『いや君の方が』
「いや君の方が――」
《おいカメラ止めろ》
《ってか誰か止めろ》
《そのままフェードアウトするんじゃない!》
《草》
《配信終わったwwwww》
《途中まではしっかりとした告知と雑談配信だったのにどうしてこうなった……?》
誰が一番どっぷりマスコットにのめり込んでいるかは意見の分かれるところだと思います。
1月20日に「やさぐれ執事Vtuberとネガティブポンコツ令嬢Vtuberの虚実混在な配信生活」第一巻が発売となりました。購入報告や感想など、本当にありがとうございます。二巻に関しましてですが、また情報が解禁次第、Xなどでご報告させて頂きます。これからもよろしくお願い致します。
御意見御感想の程、お待ちしております。
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拙作「やさぐれ執事Vtuberとネガティブポンコツ令嬢Vtuberの虚実混在な配信生活」がTOブックス様より、2024年1月20日に発売となりました。
イラストは駒木日々様に担当して頂いております。TOブックス様オンラインストア他、各種オンラインストア、書店でお買い求めください。
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