「メイドが自分のメシを優先してどうすんだ」
「ざっぱーん!!以下略!!キンメです!野郎ども、でてこーい!!」
「うっす!四期生、逆巻リンネであります!!」
「じゅああっす!!一期生、三日月龍真です!!」
「え、あ。はい、四期生の月詠凪です」
「凪くん声が小さい!もういっかーい!!」
「あ、はい!月詠凪デスッ!!」
「裏声になってて草」
「おいおい、そんな叫び方すると後半で声飛ぶぞ」
「すいません、まったく打ち合わせに無かった小ネタをいきなりやるの、勘弁してください……」
《略すな》
《草》
《特に前触れの無い茶番が三人を襲う!》
《即対応するリンネがおかしいだけだな、これ》
《龍真なんて言ったんだこれ》
《凪くん……w》
《可愛いな凪》
マスコット作成企画の第三弾は、ある程度設定を考えてきた月詠凪と、全く考えておらずキンメを信頼して任せ切った三日月龍真と逆巻リンネの三人を迎えていた。配信開始時の口上を省略していきなりの茶番に凪が戸惑いのあまり声を大きく裏返すという一幕はあったが、幸い声を枯らす事は無かった。
「そんな訳で、私を含めたここに居るメンバーがまだマスコットが決まってない訳だけど……」
「もう先にキンメ姉さんの決めちゃった方がいいんじゃねえか?」
「そう言われると思ってもう考えてきました!」
キンメが高らかに宣言しつつ画面を切り替えてイラストを表示させた。青のメイド服を着て、貝の代わりに銀のお盆を持ったラッコがのんびりと水の上に浮かんでいるイラストだった。
「あ、可愛い。メイド服で明るい青なのが良いですね」
「これ、お盆を腹にバンバン殴ってくんすかね?貝を開ける時みたいに」
「いや、お盆をお腹に乗せてその上に貝をぶつけて開けるよ」
「メイドが自分のメシを優先してどうすんだ」
「まぁそれはそれとして……じゃあ、まずは凪くんから描こうか。何描いてほしいかはもう決めてるんだよね?」
「あ、はい。狼がいいな、って」
《ラッコの動きはするのか……w》
《すげぇ音しそう》
《ちゃんと決めてきてえらい》
《狼!》
《ええやんええやん。優しそうな風貌の凪くんの横に肉食獣とかカッコええやん》
促された凪が自分のリクエストを端的に伝えた。凪がこのマスコット企画を知った際、自分のマスコットとして真っ先に思い付いたのが狼だった。自分の名にもある『月』をイメージしてモチーフになる動物を選ぼうと考えていた凪が、最初に思い浮かんだのはウサギだった。しかしあまりにも安直すぎると考え直そうとしていたタイミングで、廻叉のマスコットがウサギになった。
「で、色々調べてたらマーナガルムっていう、北欧神話の狼に辿り着きまして」
「北欧神話の狼っていうとフェンリルしか知らないわ、俺」
「意外と狼たくさん居ました、北欧神話に」
「ちょっと待ってね、今調べてる……ふむふむ、なるほどねー。月を捕獲する狼って事は……こんな感じ?」
藍色のペンが走る。幾度か毛並みの修正を経ながら完成したイラストは、荒々しい狼が満月の模様が描かれたフリスビーを口にくわえている姿だった。目つきこそ、半円の白目で狼らしいワイルドさを見せていたが、大きく振られた尻尾が人懐っこい大型犬の様相を呈している。
《可愛い》
《でも目つきは鋭い》
《月の模様のフリスビーなのか》
《尻尾ブンブンで草》
「わ、可愛い!俺、この子好きです!」
「このセリフだけ切り抜いて、ガチ恋勢に売ったらいい銭入ってきそうっすね」
「そんな事するくらいなら普通に告白ボイスでも出させた方がいいだろ」
「はーい、丸投げ組は黙ってようねー。あくまでもラフだからね。ちゃんと清書してから渡すから楽しみにしててね」
「ありがとうございます!配信画面のどこに居てもらおうかな……」
「凪兄ちゃん、想像してた十倍くらい喜んでるね」
「いや、だってさ、俺の家庭環境的に犬とか飼えなかったし」
「よし、掘り返すと闇が出そうなんで次行こうぜ次」
「そうだね!じゃあ、龍真先輩行ってみようか!」
「いいんだけど、俺マジで考えてきてねぇからなぁ……」
龍真が困ったように呟く。ラッパーである龍真にとって、自分に縁のあるイラストはヒップホップ文化のグラフィティアートの方だ。可愛らしいマスコットとは自分と最も縁の遠い存在だと思っていた。とはいえ、自分だけ何も無しというのは協調性が無さすぎる。自分のファンもマスコットを楽しみにしているという意見がある事も知っている以上、キンメに任せるという方法を選んだ。
「まあそこは私に任せてもらった以上、良い感じのを選んだんだよ。龍真先輩の定期的にやってる配信で『新曲をディグりながら雑談』ってあるでしょ?」
「あー、月一くらいの感覚でラップの新曲を聞きながらレビューする奴な。一応ラッパーとして、布教活動もやりてぇって思ってるし」
「それで、ディグるってどういう意味だろうと思って調べて、穴を掘るって意味から音楽を探るみたいなスラングだって知ったんだけど、その上で龍真先輩の名前とも合わせてこんな感じにしようと思って」
赤のペンで丸々としたシルエットが描かれていく。尖った口先と、両手両足の鋭い爪。丸いサングラスに、ラッパーが着用しているイメージの強いキャップを被せた。右手にはスコップ、左手は煙草。更に首から派手なチェーンネックレスを装着した、キンメの思うヒップホップのファッションをしたモグラの姿が出来上がっていた。
《モグラと来たか》
《今までで一番派手で草》
《金ネックレスがだいぶいかついな……》
《これ、吸ってるの普通の煙草だよな?ネットスラングじゃなくて、ヒップホップスラングの草じゃないよな?》
「これ、モグラっすか?」
「どう見てもモグラだね」
「そう、モグラ」
「ディグるから連想して土を掘るモグラってのは分かる。俺の名前と関係するんか、これ?」
「モグラを漢字変換してみたら分かるよ」
「あ、土の竜だ」
「そういう事。難しい方の龍じゃないけど、竜は竜でしょ」
「微妙に漢字が違うけど、竜は竜だね」
「……言われてみれば確かに、俺のマスコットに相応しいように思えて来たな……」
赤いモグラをまじまじと眺めて頷く龍真を見て、キンメはどこか満足げだった。龍真はこの手のマスコットなどを好まないタイプだと思っていただけに、気に入って貰えたことで安心していた。そして、改めて一息つくとキンメはもう一度気合を入れ直す。
「最後はリンネくんなんだけど……本当にノープランなんだよね……」
「結構マジで考えてはみたんですけど思いつきませんでしたすいません!!」
「祈祷師で、リンネ……良く喋る……うるさい……」
「キンメ姉さん?考えてくれるのはありがたいんですけど、あからさまに悪口漏れ出てますよ?」
「まぁ見た目よりそっちに行くよね、リンネの場合」
「凪兄ちゃんまで?!」
「最近お前の配信アーカイブ見に行ったら、ミュートしてるのに動きがうるさいって言われてたな」
「龍先輩ー!?ここに俺の味方は居ないのか!?」
「だってどう考えてもお前は弄り倒した方が面白いタイプだろ」
《草》
《共通認識がうるさいで草》
《まぁ賑やかで見てて楽しくはあるよ》
《一緒に居ると一番楽しい後輩だとは思う。疲れてる時に避けたい後輩でもあるが》
既にマスコットが完成した二人がリンネで遊んでいる間に、キンメは暫し考える。彼の雰囲気に合わせるとなると、彼らしい賑やかな動物か、真逆の静かな動物がいいだろう。イメージカラーの銀も合わせるとなると、元々の色合いが派手な動物は避けた方がよさそうだ。そして、リンネ自身が何度か口にしている『病弱』『虚弱』という生い立ちを合わせた時に、ふとキンメにイメージが浮かんだ。
「……そうだねぇ。リンネくんへの願いみたいなのを、詰めてみようかな」
キンメがぼそりと呟く。場繋ぎの意味もあって騒ぎ立てていた三人も、思わず黙ってペンの動きを見守った。銀色のペンで描かれたのは、大きなカメだった。神社の注連縄と紙垂を甲羅に飾り、眠っているかのように目を閉じていた。祈祷師の衣装を身に着けたリンネと並ぶことを意識したアレンジだった。
「……カメっすか?なんか、俺がどう思われてるかとかとは真逆な気が。あ、でも見た目縁起良さそうですし、俺の衣装とも合ってていいと思います!」
「うん、縁起の良い動物っていうのと、リンネくんには長生きしてほしいから長寿の象徴でカメにしてみた」
「…………あ、ありがとうございます」
Re:BIRTH UNIONのメンバーは、逆巻リンネの生い立ちを知っている。それを踏まえて、不老長寿の象徴であるカメをモチーフにしたキンメの想いが、リンネには不意打ちの様に突き刺さった。いつもの騒々しさが鳴りを潜めてしまうほどに、銀色のカメを見つめたまま小さく御礼を述べるだけで、精一杯だった。
「あ、喰らってるなコイツ」
「そりゃ嬉しいですよ、こんな風に思ってもらえたら」
「こういうとこがカーチャンなんだよなぁ、キンメ姉さん」
「そんなに褒めないでよ、恥ずかしい。さて!こんな感じでみんなのマスコットが揃ったわけだし、後は清書してみんなの配信で使えるサイズにして……ああ、仕事が、終わらない……!」
「お、お疲れ様です……」
「俺らにゃ手伝えねぇ領域だからな、この辺……」
企画で描かれたマスコットの清書版がお披露目されるのは、この日からおよそ一か月後になる。それぞれの個人配信でのお披露目という形になったが、誰よりも描かれたマスコットを嬉しそうに、そして大事そうに紹介していたのは一番最後に描かれた逆巻リンネだった。
新年あけましておめでとうございます。今年は書籍発売もあり、今まで以上に頑張っていく所存です。
来週の更新ですが、諸々の締め切りの都合上でだいぶ短めの切り抜き集のようなものを予定しております。
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拙作「やさぐれ執事Vtuberとネガティブポンコツ令嬢Vtuberの虚実混在な配信生活」がTOブックス様より、2024年1月20日に発売となります。また、本日より予約受付も開始しております。
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