「……うわ、怖っ」
「さて、そんな否定しないユリアちゃんの番だけど……アイディアはある?」
「ええっと……個人的には、猫が好きなので猫が良いなって思ってたんですけど……龍真さんや、凪くん、リンネくんが猫を希望してたら、譲った方が良いのかなって」
《猫!!!》
《オーソドックスだけど、マスコットに犬と猫が不在なのはアレだしな》
《譲ったりとか考えんでええんちゃうか?》
《あー、でもリンネ辺りが猫を選びそうなのはちょっと分かる》
キンメからの問い掛けに、ユリアはおずおずと自分の希望を述べた。猫を希望したのは単純な彼女の好みでもあるが、奇を衒った選出をするほどユリアは動物に詳しくない。先ほどもヌートリアが何か分からなかった。ネズミの仲間だと言われるまでは、名前の響きだけでサバンナの大地を疾走する牛のような生き物を想像していた。後にそれがヌーだと知るが、少なくとも今の彼女はそれを知らない。
だからこその猫ではあったが、まだマスコットの決まっていない三人が猫を希望したら自分より三人を優先してもらった方が角が立たないのでは、という考えだった。
「猫耳のユリア姉さまっ?!」
「落ち着け、朱音ちゃん。マスコット作りの配信だよ、ここ。猫耳ユリアちゃんはファンアートに期待しておこう?あとユリアちゃんも譲るとかは考えなくていいよ」
「え?でも、それだと私が奪ったみたいになっちゃいませんか……?」
「だって、龍真も含めてあの三人、結構高い確率で『なんでもいい』『任せる』って言いそうだもん……」
「うっわ、読まれてる。正確には龍真先輩とリンネくんがこっちにお任せしてきた。凪くんはリクエストがあったけど猫ではないから大丈夫だよ」
「よかった……それじゃあ、猫でお願いします」
《猫ユリア?!》
《発想が朱音と同じで草》
《奪ったって考えちゃうのがお嬢のいいところでもあり悪いところでもあり》
《草》
《言いそう。ってか絶対言う。特に龍真》
《龍真は全く興味を持たないか、異常にこだわるかの二択だと思う》
キンメの言葉を受けたユリアの声色は安堵に満ちていた。モチーフにしたい動物が重複した時の心配をするのは、良く言えば優しさであり悪く言えば気にしすぎとも言える。仮に譲られていたら申し訳ないと思ってしまう。逆に譲っていたら、どこかしらで後悔が残る。デビューする前から染みついたネガティブ思考は、未だにユリアの中に残っている。幸いにも、そのネガティブさが卑屈さになる前にVtuberとしてデビューして、様々な経験と出会いがあった事で見ていて微笑ましい個性程度に収まっていた。
「ユリア姉さまは人が良すぎますよね。絶対に連帯保証人とかになっちゃ駄目ですよ?」
「な、ならないよ……」
「まぁその辺は廻叉くんがある程度は防壁になってくれると思うけどね。淡々としてるけど、相当図太いし。その代わり、冷酷な人間って思われがちなところをユリアちゃんのお陰で人間味が出て来たから、二人はお似合いなんだと思うよ」
「あ、ありがとうございます……」
「丑倉知ってるよ。こういうの割れ鍋に綴じ蓋って言うんでしょ?」
「……あ、えっと、ありがとうございます……?」
「ユリアちゃん、それ白羽先輩的は誉め言葉のつもりで言ったんだろうけど、誉め言葉ではないからね」
紫色のペンで描かれていくたくさんの猫。描きなれているのか、これまでの動物に比べて明らかにポーズや種類が多い。むしろ書きなれているが故にデザインを絞り切れないようだった。描いては消して描いては消してを繰り返し、最終的にスラリとしたシャム猫風と、愛嬌のあるキジトラ猫風の二種類が残った。
「んー……ユリアちゃんのお嬢様感を取るか、みんなに可愛がられる愛嬌を取るか……」
「っていうかキンメ姉さま、猫の絵超上手いですね!」
「飼ってるからねー。ペコちゃんっていう名前の猫。正式名称はイーペーコーなんだけど」
「前から思ってたんだけど、なんで麻雀?」
「思い付いた名前を大量に呼びかけて唯一返事した名前がそれだったの」
「何度か遊びに行かせてもらった時に思ったんですけど、撫でないと不機嫌そうに鳴きますよね、ペコちゃん……」
「ペコちゃんはね……人間を世話係かオモチャかの二択で見てるんだと思うよ……」
「私も遊びに行きたいです!猫ちゃんの為なら私、オモチャにされたっていい!」
「語弊しかない言い方だぁ」
《猫の絵相変わらず上手いよなぁ。SNSの飼い猫のエピソード絵日記好き》
《ペコちゃん、名前は可愛い》
《一度配信のマイクにペコちゃんらしき声が乗ったことあるけど、それはそれは地獄の底から響くような重低音だったぞ。威嚇してるのか甘えてる時のゴロゴロ音なのか、俺には判断出来なかった》
《まあ人間は御猫様の家来だからな》
《おいw》
《まーた切り抜かれそうな発言を……w》
《アイドルだけでなく猫にも狂うタイプだったかw》
何かしらのスイッチが入ってしまった朱音の熱弁に呆れ気味の白羽。そのまま自分の持つ猫への愛を延々と語り続ける朱音の声をBGMにしながら、キンメはどう描いてもしっくりこない事に悩んでいた。猫というモチーフはどうしてもありふれている。可愛らしいだけでは、マスコットの魅力として少し弱い。かといってカッコいいスマートな姿に寄せると、どうしても廻叉の立ち振る舞いを幻視する。一番近くで二人を見ているからかもしれないが、同じような見方をするファンも少なからず居るだろう。
「んー……ユリアちゃんは、どういう猫が好きなの?」
「そうですね……猫の種類は特に気にしたことがなくて。こう、こっちをじっと見てくるところが好きなんです。逃げたり近付いたりは、その猫次第なんですけど……一度目が合ったら、目を逸らせなくなっちゃうんです」
「そういえば、ペコちゃんと見つめ合うだけの謎の時間があったね……ふむ、見てるだけの猫……あっ、ちょうどいいの居るじゃん。ある意味、廻叉くんとお揃いで」
何かに気付いたようにキンメがペンを走らせる。明らかに毛量の多い、むしろ毛玉に耳と尻尾が生えているようなフォルム。何を考えているかはわからないが、こちらを見ている事だけはわかる目。そして何が面白いのか、ニヤニヤという表現が一番似合う笑ったような口。可愛らしさよりも不気味さの方が印象に残る猫だった。
「……うわ、怖っ」
「白羽姉さま言い方言い方……!」
「だって目の焦点合ってないのに笑ってるのは流石に怖いよ、これ。たぶん、慣れれば可愛いんだろうけど第一印象は怖いって思っちゃうよ」
「あの、これってもしかして」
《怖い》
《可愛く見えるんだけど、ずっと見てると目に光が無くて怖いんよコイツ》
《リバユニの配信見てると「言い方」ってツッコミが多い気がする》
《執事とお揃いの意味がよくわからん》
《お嬢気付いたっぽいな》
正直すぎる感想を述べる白羽をよそに、何かに気付いたようにユリアが声を上げた。キンメは敢えて黙ったままユリアの答えを待った。
「チェシャ猫、ですか?」
「ご明察」
《あー!》
《なるほど、お揃いだな。出典元が》
《ニヤニヤ笑ってふてぶてしいなコイツ。ある意味、お嬢に無い要素の詰め合わせではある》
キンメは小さく拍手をした。不思議の国のアリスに登場する、いつもニヤニヤ笑いを浮かべた神出鬼没の猫であるチェシャ猫をモチーフにキンメはユリアのマスコットを描いた。ダークパープルのモノトーンカラーでやや乱雑に染め上げられ、更にラフ画であるために荒れ放題の毛並みに見えるのが余計に不気味さを演出していた。
「同じ紫だけど、ユリア姉さまの紫ってもっと淡い感じですよね。でも、この猫ちゃんは黒に近いくらい紫が濃いというか……」
「そこは狙ってやったかな。この子とユリアちゃんの色を混ぜるとちょうどいい紫になるようにって感じで。で、見てくる猫が好きって言われたら、もうチェシャ猫しか浮かばないよ。廻叉くんもアリスのウサギモチーフだし、こりゃちょうどいいやと思って」
「…………」
「ユリアちゃん?」
解説が進むが、ユリアは返事をしなかった。通話ソフトの不具合ではないようだが、一切の反応を見せない。僅かな物音をユリアの配信用マイクが拾っている事から、彼女の配信環境のトラブルでもなさそうだった。
「ユーリーアーちゃーん?」
「……あっ、はい。すいません、見入ってました……」
「見入ってたというか、魅入られてたというか」
「ラフの段階の猫ちゃんと目を合わせたまま動かなくなるなんて……清書が完成したら、もっと長時間眺めてそうですよね、ユリア姉さま」
「その為の時間、作ろうかな……」
「しまった、この子没頭系の子だった」
《草》
《集中モード入ってたか》
《石楠花ユリア、チェシャ猫と見つめ合う六十分耐久動画のアップはまだですか?》
《今日はここまでになりそうかね?結局キンメはまだ決まらずかぁ》
年内更新はこれが最後になります。本年はお世話になりました。
お陰様で書籍化という形で、皆様に恩返しが出来そうです。本当にありがとうございます。
来年一回目の更新は1月2日(火)の予定ですが、書籍化作業の影響で変わるかもしれません。
御意見御感想の程、お待ちしております。
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拙作「やさぐれ執事Vtuberとネガティブポンコツ令嬢Vtuberの虚実混在な配信生活」がTOブックス様より、2024年1月20日に発売となります。また、本日より予約受付も開始しております。
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