「ネズミのデカいやつ」
魚住キンメ主導によるマスコット作成配信の反応は上々だった。Re:BIRTH UNIONのVtuberのアバターをそのままグッズ化したものや、デフォルメしたグッズは既に商品化されている。しかし、その手のグッズを買うことに抵抗があるファンも少なからず存在しており、動物のキャラクターであれば購入に踏み切れる層からは大きな歓迎を持って受け入れられていた。
それだけでなく、所属Vtuber達も全員がマスコットキャラクター作成に前向きだった。女性陣、特にステラ・フリークスの喜びようは頭一つ抜けていた。一足早く作成に着手していた事もあり、彼女だけがラフではなく清書・着色されたイラストを受け取っていた。そして自身の雑談配信や歌枠配信で登場させている。ソロ配信にも関わらず『テラペン』と名付けたペンギンのマスコットと会話する光景は、方々に衝撃を良い意味で与えていた。
「あんなデレデレしてるステラ様見るのは初めてだよ。本物のぬいぐるみとかが完成したら、是非とも3D配信でお披露目してほしいよね。という訳で、マスコット作成配信第二弾だよー。どうも魚住キンメです」
「テラペンと遊ぶステラ様を見るだけの三十分……これは視聴者増えるね。あ、丑倉白羽でーす」
「絶対見る!ってか、私もやりたい!THE SINESの緋崎朱音です!」
「確かに見たい人は多そうですよね……あ、石楠花ユリアです」
《雑談スタートで草》
《後輩に今まで見せた事のない姿しか見せてないな……》
《ステラ様、本格的に可愛い系に転がり落ちつつある》
《それはさておき女性陣マスコットだー!》
「さてさて。前回は廻叉くんと四谷くんに来てもらったわけだけど……まずユリアちゃんに感想をお聞きしようかなーって。ねぇ、黒ウサギに連れられてきたんだもんねー?」
「そ、そうですね、ええっと……ロップイヤーの、その、垂れた耳を撫でたいって思いました……!四谷さんの尻尾ももふもふで……!」
「ごらんよ、朱音ちゃん。デザインの感想じゃなくて、もっふもふの動物を撫でまわしたいという欲望の方が先に出ているよ。可愛いね」
「ユリア姉さま、ゲームでも可愛い動物見掛けるとそのまま五分くらい眺めてるだけの事故起こしてますからね。ある意味、正常運転です」
画面上にはそれぞれデフォルメされた廻叉と四谷、そしてそれぞれのマスコットである緑色のキツネと、黒いウサギがある程度清書された状態で描かれていた。キツネの下には『ヤクモ』、ウサギの下には『クロップ』という名前が記されていた。
「ヤクモはアレだよね、四谷くんの名字の小泉からの発想だろうけどクロップって?」
「キツネの名前の由来に関しては白羽先輩大正解。クロップは……黒の垂れ耳って意味だね。こんな安直なネーミングを廻叉くんがするとは、同期の私も見抜けなかったね」
「あ、ロップイヤーのロップってそういう意味だったんですか!?」
「えっと……朱音ちゃんは、何だと思ってたの?」
「耳が落ちてるからドロップが変化したのかなって!」
「思ったよりまともな理由だ!」
「このテンションなのに知性を感じるよね、朱音ちゃん。丑倉、てっきり五臓六腑の六腑とか言い出すんじゃないかと」
「白羽姉さま、流石に馬鹿にしすぎじゃないですかっ!?」
《ヤクモにクロップ……意外と普通な名前だな》
《可愛ければそれでええじゃろがい!》
《安直ネームで草》
《「黒のロップイヤーですし、クロップでいいでしょう」とか言ってそう。クロップも問題にしてなさそう》
《朱音かしこい》
《草》
《なんで五臓六腑が由来になるんだよ》
「さて、そんな訳で最初は白羽先輩から行こうかな!画面切り替えてっと」
「あっ、私たちのデフォルメ!もう可愛いですキンメ姉さま!」
「丑倉のマスコットかぁ……正直あんまりピンとくるのが見つからないんだよねぇ。Tシャツとかステッカーのデザインに動物を使うことはあっても、あんまり可愛い系に寄せてるの見たことないしなぁ」
丑倉白羽が考え込む。今日までに考える時間は少なからずあったが、どうしてもこれだというアイディアが出てこなかった。名前由来の牛や白鳥というのは思い付いたが、あまりにも安直すぎるようにも思えた。
「……んー、でもクロップの名前が通るんなら、丑倉のマスコットが牛や白鳥でもいいのかなぁって」
「ロックスターとスワン……なるほど、ロックスワン。あ、思い付いたかも」
「え?ちょっと?本決定なの?」
「キンメさんがインスピレーション湧いちゃったみたいですし……」
「でも白鳥カッコいいですよ白羽姉さま!そもそも白羽姉さま自体がスラッとしてて、イメージにピッタリです!」
「胸は大きいけどね。白羽先輩はギターボーカルだから、白鳥の方はギター専属の方がカッコいいよね。ギターを首から掛けてこう俯かせると……」
白鳥の長い首にストラップを巻き、エレキギターを抱えさせる。目を閉じて俯いている様は、自身の演奏に集中するギタリストそのものだった。白鳥のイメージは水に浮いている姿、或いはスワンボートのそれだが、キンメが描いたのは二足歩行する白鳥だった。黒のハットとネクタイを付ければ、白羽のバックバンドを務めているようにも見えた。
《おおおおお!》
《可愛いのとカッコいいのの丁度中間っぽい》
《鳥の羽ってこんな前に行くのか……?》
《こまけぇこたぁいいんだよ》
「これはギター玄人だ……!シューゲイザーじゃん……!キンメちゃん、これ良いよ……!」
「お、気に入って貰えたかな」
「白羽姉さま、シューゲイザーって何ですか?」
「確か、音楽のジャンルにそういうのがあったような……」
「ユリアちゃん良く知ってるねー。靴を見る人って意味でね。足元のエフェクターをたくさん使うからずっと下を見てるっていうのが由来だとかなんだとか。まぁ調べれば実際にそういう曲出てくるから是非聞いてもらって……んー、ロックスワン可愛いなコイツめ……ところでその羽でコードは抑えられるのかな……?」
白羽はすっかり気に入ったのか、仮の名前であるところの『ロックスワン』を正式な名前にしていた。微笑ましい光景ではあるが、ぶつぶつと呟きながらラフイラストに喋りかけ続ける姿は若干異様ではあった。
「さて、次はどっちにしようか?」
「あ、私はまだ考えてる途中ですから……朱音ちゃん、先にいいよ」
「それじゃあお言葉に甘えて!結構色んな動物を考えてたんですけど、第一希望のウサギをまさかの廻叉兄さまに取られるという……!」
《お、朱音ちゃん》
《譲られたらスッと受け取るの、気持ちのいい後輩っぷり》
《草》
《そりゃ執事がウサギにするとは思わんよ》
「なのでですね!!第二希望の動物が居るんです!」
「え?ハムスターとか?」
「ちょっとキンメ姉さま?!私のどの辺がハムスターですか!?」
「なんかこう、常に走り回ってる感じが」
「あ、分かる分かる」
「そ、そうですか……?私、ウチで兄が飼ってたハムスターのずっと寝てるイメージが強くて、朱音ちゃんっぽくはないかなって……」
「ユリア姉さまだけが味方だぁ!」
キンメと白羽の脳裏に浮かんだのは、回し車を全力疾走で高速回転させている朱色のハムスターの姿だった。ユリアだけは元気のいいハムスター像が浮かばなかったのか否定的ではあったが、コメント欄も概ねハムスターという評価に肯定的な意見が多数を占めていた。
「それじゃあ、朱音ちゃんの第二希望の動物を教えてもらおっかなー」
「はい!カピバラです!!」
「げっ歯類じゃん。巨大化させたハムスターじゃん」
「ち、違います!カピバラさんの方がハムスターのモフモフよりもモサモサですし、目もぬぼーっとしてます!」
「朱音ちゃんからすると、それって誉め言葉になってるんだ……?」
「まあ、割とメジャーな動物でホッとしてるよ。ヌートリアとか言われたら、ちょっと困ってたから」
「ヌートリアって何でしたっけ……?」
「ネズミのデカいやつ」
「それはそれでハムスターじゃん」
「違います!!」
《草》
《確かにハムスターとは違うけど、大枠では一緒とも言える……w》
《微妙に誉め言葉になってねぇぞ朱音ェ!》
《ヌートリアて》
《特定外来生物で草》
《どうしてもげっ歯類から離れられないのか、朱音は》
ネズミ漫才の様相を呈してきたが、キンメのペンはむしろ呼応するように滑らかだった。朱色の、ややボサボサとした毛並みのカピバラに朱音の付けているアクセサリー類を装着させていく。眠たそうなカピバラの眼と、キラキラしたアクセサリーでデコレーションされていく姿は「されるがまま」という言葉がピッタリだった。
「可愛いー!もっとデコりたいです!」
「まぁそれは追々ということで。ところでなんでまたカピバラだったの?」
「えっとですね、私って色々せっかちなのでカピバラさんみたいなノンビリした動物を見てると、凄く肩の力が抜けるんですよね。見てると心が徐行運転するというか」
「心が徐行運転……?」
「ちょっと何言ってるのか……」
「ユリア姉さまも白羽姉さまも私の扱いが日に日に雑になってませんか!?」
「諦めなさい、Re:BIRTH UNIONは全員が全員を割と雑に扱ってるよ。例外はユリアちゃんと廻叉くんの間だけ」
「……あー」
「それはそう」
「ひ、否定はしません……!」
《心が徐行?》
《朱音の例えは伝わらない事が多いからな……》
《草》
《ようこそリバユニへ》
《例外……居るねぇ、ここに一人》
《ここで狼狽えて奇声を発するのが昔のお嬢だったんだけど、随分鍛えられたな……それが良い事なのかは知らんけど》
一番インパクトのある一文をタイトルにしようとしたらこうなりました。
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拙作「やさぐれ執事Vtuberとネガティブポンコツ令嬢Vtuberの虚実混在な配信生活」がTOブックス様より、2024年1月20日に発売となります。また、本日より予約受付も開始しております。
イラストは駒木日々様に担当して頂いております。TOブックス様オンラインストアの他、公式Twitterにて表紙イラストが公開されていますので、是非ご覧ください。
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