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「こちらの曲を私たちからの締めの挨拶と代えさせて頂きます」

「お互い、夏は苦手ですか」

「そうですね……どちらかといえば、私は冬の方が好きかな……ピアノを弾くのには、難しい季節ですけど……空気が澄んでいて、夜の星も綺麗に見えて」


 ぼんやりとしたスポットライトに照らされた二人は、まるで夜の街に佇んでいるかのようだった。静寂の中で、二人は空を見上げながら星を眺めているかのようだった。


「私も冬の夜の方が、思い入れがあるのです。覚えていらっしゃいますか?」

「覚えてます……廻叉さんが、私を主と認めてくれたのは、冬の夜でしたから。あの日の夜空はずっと忘れられません。街中なのに、ハッキリと冬の星座が輝いていて」

「ええ、私もはっきりと覚えています。あの日から、私にとってあの星座は特別になったのですから」


 真夏にも関わらず、冬の夜の思い出を語り合う二人。視聴者たちは大いに盛り上がりながら、あるいは微かに戸惑いながら、二人の舞台を見守っていた。既に公表した二人の関係を、改めて思い返すように二人は語っていた。明確なエピソードこそ語られることはないが、二人の会話こそが『二人』の始まりだったことは、誰もが気付いていた。


「季節外れですけど、一緒に歌ってくれますか?」

「ええ。私はその為にここに居るのですよ、お嬢様」


 スポットライトが消える。ステージライトが青白く輝く様は冬の月夜のようであった。背景には無数の星が照らし出された。本物の星空ではない、室内で使うようなスタープロジェクターライトのような、人工的な光だった。それでも、二人はあの日の星空を覚えている。


 二人は、あの日の冬の夜に戻ったように、歌い始めた。お互いに語り掛ける様に歌い合う姿は、観客の目すらも舞台装置に過ぎなかった。今まで語られなかった、二人の始まりを歌という形で再演して見せた。

 歌が進むにつれて、少しずつ二人の距離が縮まっていく。


 一番が終わるころに、ユリアは隣に立つ廻叉の服の袖を掴んで俯いていた。


 二番のサビで、二人は向かい合っていた。観客も、スタッフも、共演者すらも二人からは切り離されていた。ステージであるはずの場所は、冬の夜の路上と化していた。



 アウトロが流れる中、ユリアがそっと廻叉へと身を寄せる。廻叉はそれを許すように、受け止めた。コメントやSNSが騒然となる中、舞台は暗転していった。




※※※




 明転すると二人は既に居なかった。が、すぐに小走りでユリアが現れてステージ中央で深々と頭を下げた。その後ろから、何事も無かったかのように廻叉が現れて一礼する。


「という訳で、カーテンコールです。私たちの舞台は、お楽しみいただけましたでしょうか?フェスという場でやるには相応しくない演出だったとは思いますが、私たちが最も皆さんを楽しませることが出来るやり方を選ばせて頂いたのですが……お嬢様、そろそろ頭を上げましょう」

「で、でも今になってすごく恥ずかしくなってしまって……!」

「大丈夫です、本音を言えば私だって照れくさいのですよ。それでも今は一分一秒でも長くステージの上に居たいと思っていますから」

「え、ど、どうしてですか?私はどんな顔をしてステージに立っていればいいのかって、今も凄く怖いくらいなんですけど……」


 おずおずと顔を上げたユリアが、ステージ上に長く立っていたいと語る廻叉の真意を問うように尋ねた。廻叉は相変わらず、顔色一つ変えずに答えた。


「MCの皆さんとのトークがこの後待っていますからね。どれくらい追及されると思います?ガンマさんとシグマさんはある程度気を遣ってくださるかもしれませんが、アリアさんはおそらく一切の遠慮も躊躇も容赦もなく踏み込んでくると思われます」

「あああう……!!」

「それが終われば楽屋です。今日は男性陣より女性陣の方が多いのですよ?たくさんのVtuberの皆さんが、お嬢様から一つでも多くの私とのエピソードを引き出すために、猟犬の如くお嬢様を取り囲むでしょうね。そして、おそらく私も同じように取り囲まれるでしょう」

「あああああ……!!」

「既に私たちに安全圏などないのです。私たちに出来る事は少ないのですよ、お嬢様。一つは一分一秒でも私とお嬢様しか居ないステージに立ち続ける事。そしてもう一つの手段があります」

「もう一つの手段は……?」


 3Dアバターの廻叉が、僅かに笑みを浮かべて見せた。開き直ったかのような、そんな笑みだった。くぐもったような笑い声が小さく響く。明らかに「私は何かを企んでいます」という笑い方だった。


「視聴者の皆さん、そして共演者やスタッフの皆さんのキャパシティを超えるだけの情報をぶつけるのですよ」

「……なるほど……!」

「それでは、ちょうどお時間となりました。こちらの曲を私たちからの締めの挨拶と代えさせて頂きます」

「それでは聴いてください……!!」


 明るい電子音のBGMが流れ始め、二人は横に並ぶ。同時に、視聴者だけでなくMC席や楽屋で配信を見ていたVtuber達もテンションを急上昇させた。中には悲鳴を上げてのたうち回る者も居た。


 楽曲自体はアニメソングのカバーだった。そして、他のVtuberや歌い手などがこぞってカバーする曲であり、男女のデュエット曲だった。特にVtuberの仲がいい男女コンビはこの曲を歌うことを求められることが多い楽曲でもあった。勿論、ユリアと廻叉にもこの曲を歌って欲しいというリクエストが何度もあった。


 サビでの特徴的なダンスでは廻叉は少しだけ動きが堅く、ユリアは若干大げさになってしまってはいたが、それもまた個性であり――そもそも、この二人がこの曲を歌っているという事実の強さの方が大きかったのだから。




※※※




「おうおうおう、お二人さん見せつけてくれてんじゃねぇですかぁ?!」

「お嬢様、言った通りでしょう。間違いなく追及される、と」

「あ、あはは……お、お疲れさまでした……時間、押してないですか?もう、戻った方が……!」

「大丈夫だよ、ユリアさん。むしろ巻きで進行してるからね。次の出番のユニットの準備込みで五分は喋れるよ」


《草》

《アリアがチンピラみたいな絡み方してて草》

《呼吸困難になるほど悶え散らかした後に、突然コメディーが始まって俺らの情緒をどうするつもりだよ》

《お嬢が露骨に帰りたがってるwww》

《残念、MCの達人が三人だから進行は超スムーズなんだ……》


「という訳で、改めましてRe:BIRTH UNIONの正時廻叉さんと石楠花ユリアさんでーす。お疲れさまでしたー!あ、お二人とは初めましてっすね。SIGMA 05です」

「これはどうも、ご丁寧に」

「ヘイヘイ、グマちゃん。挨拶は裏でやろうね。今私たちに課された使命は、フェスの舞台でひたすらイチャついて惚気倒した二人を追及することでしょう。リアルタイムコメントの加速具合見たでしょ?たぶん、今日この瞬間にユニコーンがレッドリストに乗ったよ」

「レッドリストって、絶滅危惧種リストでしたっけ……」

「そもそも想像上の生き物だから既に絶滅してるようなもんだけどね」

「まぁ、Vtuberで男女の絡みを許さない人たちは爆発四散したんじゃないかなって俺も思うけど」


《腰が低い熊と執事という絵面よ》

《マジで自重しないな、オーバーズの大看板》

《レッドリストは草》

《むしろ絶滅した方が世のため人のためでは?》


「まぁ、今回珍しくストーリー性のある感じで演出してたけど……特に、二曲目から四曲目ね。あの辺は、廻叉くんのアイディアなのかな?」

「そうですね。そもそも、ユリアさんが実は夏が苦手でちゃんとパフォーマンス出来るか不安がってたところから、そういうモノローグを入れつつ夏らしい楽曲をそれぞれソロでやろう、と」

「でも四曲目は冬だったよね?」

「それは……その、私から廻叉さんに、一緒に歌いたいって言った曲が、冬の曲で……その、えっと……」

「ユーリーアーちゃーん?何を隠してますかぁ?さぁキリキリ吐いてもらおうか?ネタは上がってんだよ!」

「なんでそんな取り調べみたいに」

「司会役がやっちゃいけないタイプの動きしてるよ」


《ガンマ、軌道修正ナイス》

《確かに舞台演劇っぽさがあったな……最後の曲のインパクトでだいぶ意識持っていかれたけど》

《夏曲、夏曲、冬曲だったな》

《(悶絶)>一緒に歌いたい》

《草》

《ユリアの周りをグルグル回るアリア、完全に挙動不審。最初の七人の姿として、それでいいのかお前は》

《ワイ、オーバーズファン。Re:BIRTH UNIONさんに陳謝したい気持ちでいっぱい》


「そこはまぁ、言わぬが花です」

「そんな花を散らすのが私の使命なんだよ執事さんよぉ!!おうシグマぁ!!除草剤か芝刈り機持ってこい!」

「落ち着け、落ち着けってば!!」

「あ、次の出番の準備できたみたいですね。それじゃあ、以上Re:BIRTH UNIONのお二人でしたー」

「え?あ、はい!ありがとうございました!」

「お嬢様、そんなに急ぐと転びますよ」

「待てぇい!!絶対に、絶対に逃がさんぞぉ!!」


《執事の内緒ポーズあざとい……!》

《荒ぶるアリア》

《草》

《グマちゃん、今日も頑張ってるな……》

《そしてマイペースに進行を進めるガンマ。うーん、あの頃と変わらないな……》

《あんな機敏な動きで走り出すお嬢、初めて見たんじゃが》

《草》

《まぁ幸せそうで何よりだよw》

《執事とお嬢は末永く爆発し続けろ》

この二人のデュエットで歌って欲しい曲が何曲かありまして、その中のいくつかを今回のフェス回で出すことが出来ました。

Twitterの投稿ツイートに動画のアドレスを張りますが、セットリストという形でここに並べますね。

※あくまでイメージです。作中世界にこの曲が存在している訳ではありませんが、近しい曲という感じです。


正時廻叉&石楠花ユリア、セットリスト

01:アンノウン・マザーグース/wowaka

02:空に歌えば/amazarashi

03:フロントメモリー/鈴木瑛美子

04:orion/米津玄師

05:チューリングラブ feat.Sou/ナナヲアカリ




御意見御感想の程、お待ちしております。

拙作を気に入って頂けましたらブックマーク、並びに下記星印(☆☆☆☆☆部分)から評価を頂けますと幸いです。


拙作「やさぐれ執事Vtuberとネガティブポンコツ令嬢Vtuberの虚実混在な配信生活」がTOブックス様より、2024年1月20日に発売となります。また、本日より予約受付も開始しております。

イラストは駒木日々様に担当して頂いております。TOブックス様オンラインストアの他、公式Twitterにて表紙イラストが公開されていますので、是非ご覧ください。

今後も情報があり次第、筆者のTwitterでも発信する予定となっています。


筆者Twitter:https://twitter.com/Mizkey_Siz_Q

TOブックス様公式Twitter:https://twitter.com/TOBOOKS

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― 新着の感想 ―
[良い点] てぇてぇてぇてぇ あー、いちゃいちゃしやがって!末永く爆発しろ! [一言] 冬のあの話をもじってここに入れてくるとは・・・ 二人の大切な思い出だけど、あの時から始まった事をみんなに知ってほ…
[良い点] リアルカップルなVtuberのチューリングラブは祝福と呪詛の感情でみんな死ぬやつや! ちゃんと歌みたにもしろ!してください!お願いします!
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