『幸福の在り方』
古めかしく、荘厳な洋館を三人が――正確に言うならば、二人と一頭が歩いている。一人は、バイザーを付けた青年、一人は学生服の少女、もう一頭は額にΣの傷を持つ小柄な熊だった。クラシック、オーケストラ楽曲に現代的なアレンジを加えた曲が流れ、洋館の廊下が電子空間と混ざり合っていく。
《きたあああああああああ》
《っしゃあああああ盛り上がって行くぞオラァ!!!》
《二日目のオープニングは「展覧会の絵」か》
《願真ちゃんと志熊ちゃんやんけ!あとアリア》
《生徒会長が明らかにボケ倒してるのが動きからでも分かるの草》
廊下にはいくつもの肖像画が飾られていた。肖像画の前で三人は足を止め、その度に何事か語り合っているようだった。
楽器を手にした年齢も服装もバラバラな男女五人組。
題名は『演奏家たちの同盟』。
銃器とマイクを手に笑う軍楽隊。
題名は『舞台の為の部隊』。
青い薔薇を抱えた中性的な人物を中心に集う若者たち。
題名は『越えていく者達』。
満面の笑みでポーズを取る少女と、付き従う二人の舞姫。
題名は『偶像は天の道を行く』。
「オズの魔法使い」の世界から飛び出したような少女と、レトロなロボット、二足歩行する熊。
題名は『新次元への旅立ち』。
ピアノを奏でる令嬢と、その姿を見守る執事。
題名は『幸福の在り方』。
和柄が特徴的な衣装を纏った二人の青年。
題名は『未来をこの手に』。
本を手に語り合う軍人と堕天使、それを見てニヤニヤと笑う派手な衣装の女性。
題名は『多士済々』。
太陽と月を擬人化したような二人の少女。
題名は『照らす者、見守る者』。
そして、バイザーで目元を隠した電子の生命体。
題名は『那由多の肖像』。
《イラストレーターさんすげぇな……マジで絵画みたいだ》
《敢えて名前は出さないスタイルなのか》
《まぁほぼタイムテーブル準拠なので後で照らし合わせればいいだろ》
《キャッチフレーズだとちょっとアレだけど絵の題名だと思うと高尚に見えてくるな……》
《シグマ、自分の絵の前から早々に立ち去ろうとしてて草》
《リアルカップルの絵にそのタイトルは重くない?》
《那由多……!》
廊下の突き当たりには大きな扉があった。三人がそれを開くと同時に、全てが眩い光に包まれてホワイトアウトする――。
「いやー、こうしてじっくり絵を見る機会なんてなかなかないですからね!ところでMCであるところの私とガンマさんの絵が無かったの、微妙に残念なんですが。あ、二日目のMCを担当しますオーバーズの永世名誉生徒会長こと七星アリアでーす!」
「相変わらずだね、アリアさん……というわけで、お久しぶりです。NDXのGAMMA 02こと電脳技師・願真です」
「同じくNDX所属のSIGMA 05こと、デカくて強い熊さんVtuberだった志熊です。渡米して縮みました!」
「そりゃ自称三メートルは盛りすぎだったもん。性格が人畜無害なのはみんな知ってるけど、外見だけなら問答無用で駆除対象だよ」
「ひでぇ!?」
「……さて、という訳で二日目だけど」
「流した!?」
「ツッコミのキレは錆び付いていないみたいで何よりです」
《草》
《荘厳なオープニングは一体何だったのか》
《願真も相変わらず淡々と進めるなぁ》
《ベテラン勢の緩いトーク。おいおい雑談配信じゃないんだぞ》
《縮んだなぁ、本当に……昔の大きすぎてバグりまくってた志熊はもう居ないんだな……》
《昔のイベントの時と何一つ変わらない安定の進行で草》
《出演陣もベテランばっかだからこういうノリにもなるわな》
大規模なイベントだという気負いや緊張が感じられないMC陣のトークは、一部からは呆れ交じりの苦言も出てはいたが概ね好評だった。この後の出演者が概ね2017年から2018年の上半期にデビューしているベテランが多いという事もあってか、界隈自体が小規模だったころの雰囲気を感じさせた。
「それじゃあ、さっそく最初のステージに行きましょうか!Vインディーズや個人勢、そして企業勢から本日限りのスペシャルバンドを結成!どうぞー!!」
《えええ!?》
《唐突!!》
《今日の進行、たぶんこんな感じだぞ。頑張って慣れてくれ》
《アリアが暴れてガンマが見守ってシグマが狼狽える様式美》
※※※
序盤のMCのトークから、若干の不安視こそ視聴者の間で広まっていたが『V Music Fes』の二日目はスムーズに進行していた。大きな企画がある訳でもなく、単純にステージでパフォーマンスをする形になっていた事もある。MC陣が合間合間のトークを過不足なくこなした事で、ほぼタイムテーブル通りに進行されていた。二日目の出演者がキャリアの長いVtuberが中心だったことも、円滑な進行に一役買っていたことも確かである。
「がんまが、たくさんつれてきた。だから、とらぶる、ない」
「えっと、技術面でのスタッフさん、ですよね。今日、スタッフパスを付けた外国の方がたくさんいましたから……」
「そう、がんまのちーむ。みんな、わたしよりにほんごうまい」
控室で得意げに、つたない日本語で語るナユタにユリアは苦笑いを浮かべる。何故か、自分の膝の上に座っている原初のVtuberという状況ではあるが、彼女自身の体格故かそこまで負担になってはいなかった。むしろ、普段は人に懐かない猫が懐いているような、そんな感覚をユリアは覚えた。
「ナユタ、ズルい。私、ユリア、膝、乗せたい」
「だめ」
「あ、あはは……」
「ウチの後輩がモテモテだ……」
英語で会話できるにも関わらず、ナユタとドロシーが日本語で言い合っているのは自分の意思をユリアへと伝える為である。他の出演者たちはニコニコと見守っているし、私用のスマートフォンで写真を撮っている者も居た。ナユタを膝に乗せ、後ろからドロシーに抱き着かれているユリア、という光景を見たと同時に膝から崩れ落ちて噎び泣きそうになるのを必死で堪えている者も居た。プラトニコフ・ユリガスキー特務少佐であった。
そんな天国とも地獄とも受け取れる光景の中心に居るのが自身の後輩だと気付いて、丑倉白羽はなんとも言えない表情になっていた。
「お疲れ様です、白羽さん。凄かったです、なんていうか、激しい曲ばっかりで」
「ん、ありがとう。今回トップバッターって聞いたから、バラードとかミディアムナンバーは無しにしようって決めてたんだよね。ボーカル持ち回りにすれば、たぶん走り切れると思って……どうよ、丑倉のカッコいいとこ見た?」
「はい!」
「ん、みんなかっこよかった」
胸を張る白羽に、ユリアは力強く頷きナユタも同意する。ドロシーに至っては、日本語が出てこずに英語で褒め讃えていた。そのまま、白羽と共にステージに上がったメンバーを探して走り出していった。
「う、うーん、流石のバイタリティというかテンションというか……グレイトとクールしか聞き取れなかったよ……」
「きあいはいった、っていってた。あの子たちも、すごいよ」
「私もがんばらないと……」
「……ユリアちゃん、良い感じにリラックス出来てるね。もっと緊張でガチガチになっちゃってるかもって、少し心配してたんだけど」
「一人だったら、そうだったと思います」
少し照れたようにユリアが微笑む。それを聞いた白羽は納得したように笑い、ナユタもニヤリと笑って見せた。
※※※
「えー、みなさんキッチリと持ち時間を守ってくださっていますので、むしろ巻き進行になってますね。次はNDXのみなさんという事で、この場にはグマちゃん居ません。ってか、グマちゃん途中から口数減るレベルで緊張してましたが大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。彼も、なんだかんだで場数踏んでるから。それに、一緒にやるヴォイドとドロシーが居れば、色んな意味で緊張どころじゃなくなるからね」
「そういえば、ガンマさんは今日は歌わないんです?」
「いやー、いざとなったら技術班としてヘルプに入るからさ。その時はアリアさんとシグマくんでなんとかしてね」
「……なんとかしましょう!」
「力強くて心強い。さて、準備が出来たみたいだ。それでは、どうぞ」
《おかしい……Vtuberのイベントの進行がスムーズだと……?》
《草》
《いい事なのになんで俺たちは戸惑っているのか》
《ガンさんすっかり表に出る裏方みたいになってるな。昔からその傾向強かったけど》
《これで、ボケを見守る悪癖さえなければ……》
《さぁオズ組だ!》
《ん?最初はヴォイドのソロ?》
《Let's GOOOOOOOOOOOO》
暗転したステージにスポットライトが当たる。マイクスタンドの前に立っているのは、VOID 04だった。
どこか懐かしい、洋楽のポップスのイントロが流れ始めると視聴者たちの一部が明確に反応を示した。そして体を揺らしながらヴォイドが低音を響かせるように歌い始めるとSNSを始めとした視聴者の反応は一気に加速した。
《おい!!!!!!!》
《釣り動画でおなじみのアレじゃねぇか!!!!》
《LMFAO》
《声低っ!!!》
《完コピで草》
《そ、そうきたか……!》
《まさかのネットミーム楽曲とは思わなんだ》
NDX日本初お披露目の舞台で、彼らが歌った楽曲は全て『ネットミーム』であったり、或いは『インターネット老人会』御用達の楽曲ばかりだった。歌唱力やパフォーマンスから、三人が悪ふざけではなく本気で取り組んだ事は伝わってくる熱演だった。とはいえ、『みんなが知っている曲』としてインターネットにどっぷり漬かった視聴者を狙い撃ちにする底の知れなさが、日本だけでなく世界の視聴者にも伝わる事になった。
《ここまで、オープニングの絵の順番だけどこの後の人達大変だな》
《インパクト抜群過ぎて次は何をやっても薄味じゃねぇか、どうしてくれるんだNDX(誉め言葉)》
《……次、リバユニの執事とお嬢だな。温度差と高低差に耐える準備はいいか?》
《別ベクトルでやべー奴らじゃん》
《V Music Fes、実質サウナ説》
ここから来月まで土曜出勤が続くので、土日休みに纏めての執筆が難しくなります。
ですので、切りのいいところまで書いたら短くても投稿します。
その為、投稿感覚が長くなったり短くなったりしますのでご了承ください。
(書籍化作業も並行して進めておりますので、基本的には長くなると思われます)
事前にX(旧Twitter)でお知らせしますので、ご確認の程をよろしくお願い致します。
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