「私は知っています。これが、日本の土下座です」
『V Music Fes』二日目。初日が若手中心のメンバーで構成されていたのに対し、二日目はVtuber黎明期から活動を続けているメンバーの多い構成になっている。特に、サプライズで協賛と所属タレントの参加が告知されたアメリカを拠点に活動するVtuber企業『New Dimension X』、通称NDXの看板であり、『最初の七人』と呼ばれるVtuber達の中で最古参、つまり『最初のVtuber』であるNAYUTA 01がヘッドライナーを務める事で大きな話題を呼んでいた。
その一方で新規に立ち上げられたエレメンタル系列の男性Vtuberグループの『マテリアル』など、新人・若手なども少なからず出演者に名を連ねている。話題性という意味であれば、Re:BIRTH UNIONの正時廻叉と石楠花ユリアがファンの注目を集めていた。交際を公にしている二人が共にライブパフォーマンスを行うというだけで、タイムテーブルが発表された時にSNSのトレンド入りしたほどだった。自分たちに集まる期待に、二人は少なからず重圧を感じてはいたが、それを振り切るようにリハーサルにリハーサルを重ねていた。
「なぁ、何歌うんか教えてくれへん?他の人には言わんから、お姉さんにちょっとだけ聞かせてくれると嬉しいんやけど」
「ダメだよオボロちゃん!どうせならネタバレ無しで聞きたいじゃん!絶対凄いの聴かせてくれるんだから、楽しみは取っておこうよ!」
「そうですよ、むしろ聞くべきは執事さんとのあんなことやこんなことでしょう」
「え、えっと、その……」
控室では、石楠花ユリアが違う意味で重圧を感じていた。エレメンタルの二枚看板であり初日のMCを務めていた月影オボロがセットリストを聞き出そうと笑顔で甘える様に問いかけ、その相方である照陽アポロが宥めつつもハードルを引き上げていた。二日目のMC担当であるオーバーズのオリジナルメンバー、七星アリアは正時廻叉との関係を問い詰める気満々だった。揃いも揃って黎明期から活躍するベテラン、それも『最初の七人』として有名な三人だ。ユリアが周囲を見渡すが、こちらの様子に気付かず入念な打ち合わせを行っているベテランたちと、助けに行った方がいいのか判断が出来ずこちらを応援するような視線だけを送る若手たちという光景が広がっていた。直属の先輩である丑倉白羽はスタジオリハーサルで席を外している。とはいえ、彼女がこの場に居た所で面白がって放置するだろう事は、ユリアにもある程度予想が出来ている。そういう予想を立ててしまう程度には、丑倉白羽という人物の事をユリアは良く分かっていた。
「ねぇ、何してるの?」
一言だった。問い詰めるでもなければ、叱責するでもない単純な疑問の声。その声が誰のものなのか、控室に残っているメンバーはほぼ全員が分かっていた。声だけでは分からなかった者も、その声の主である明るいブラウンの髪を持つ小柄な少女と、その後ろで笑みを浮かべている金髪碧眼の女性を見れば、誰がこの場に現れたのか察しがついていた。
「あ、ナユちゃん!!」
「いや、何歌うんか教えてもらおうとしてただけやで?やましいことなんか、あらへんよ……?」
「あとユリアさんが執事さんとあんなことやこんなことやそんなことまでしてるのかの確認を」
「な、ナユタさん……!」
笑顔で迎え入れるアポロ、若干焦っているオボロ、真顔で妄言を吐くアリア、助かったという表情のユリア。
「……なんか、今一番『日本に帰って来た』って実感できた」
「ナユ、日本の友達?ナユ、言ってた『Idiot Homies』?」
「そうだよ、ドロシー」
どこか呆れた表情を浮かべた少女こそが『最初の七人』であり、『原初のVtuber』である電脳生命体ナユタ、現在はNDXのNAYUTA 01その人であり、助詞の抜けた拙い日本語で話している女性がDOROTHY 03だった。
※※※
「直接お会いするのは初めてです。私がVOID 04です。ヴォイドと呼んでください」
「俺も初めましてだよね。SIGMA 05、シグマでいいよ」
「これはご丁寧に。Re:BIRTH UNIONの正時廻叉です」
「ふふん、俺とは久しぶりだね」
「ガンさん、なんでちょっと誇らしげなの?」
「とても偉そうです」
スタジオの前室では、正時廻叉とNDXの男性陣が挨拶をしていた。今日のMCを務めるGAMMA 02とSIGMA 05が、リハーサル前の打ち合わせのためにスタッフと話し込んでいた廻叉を呼んだ形だった。理由は、以前に楽曲コラボを行ったVOID 04がどうしても会って直接御礼をしたいという理由だった。
「廻叉さんと一緒に歌えて光栄でした。今日はお会いできて嬉しいです。よろしくお願いします」
「こちらこそ、貴重な経験でした。ありがとうございました」
身長が廻叉よりも頭一つ高い赤毛の白人男性、ヴォイドが深々と頭を下げ、廻叉も同じく頭を下げた。流暢ではあるが、どこか直訳風の語り口調になっているヴォイドではあったが、彼の3Dアバターでの姿がレトロフューチャー風のロボットである事を考えると、妙にしっくりとくる喋り方だった。
「実際、アメリカでも廻叉くんの歌は好評だったよ。もしかしたら動画のコメントでもう見たかもしれないけど、『Mr.Clock』ってニックネームが浸透してるし」
「いいよなぁ、カッコいい名前で。俺なんて向こうの3Dアバターで背が縮んだのもあって、『Teddy』って呼ばれてるんだもん。最初にそうやって俺を呼んだの、ドロシーだけどさ」
「それは……私からは何とも」
ガンマが廻叉の海外での反響を語れば、シグマは自虐するように言って苦笑いを浮かべた。廻叉とガンマが日本の成人男性の平均的身長よりやや高い程度なのに対し、シグマは明らかに頭一つ小さい。そして、何よりも童顔だった。年齢的には成人男性であることは公表しているが、高校生にしか見えない。
「俺がデカい熊のアバターで活動始めた理由、分かるでしょ?バーチャルなら……デカくて強くてカッコいいグリズリーみたいになれると思ったんだ……!でも3Dになったら、上手く体と同期してくれなくてさぁ……!!」
「あと、見た目が怖すぎてね。最初のトレイラーだと、2メートル近い体だったんだけど……初回でドロシーが魔法を掛けたって形で、グマちゃんの身長に合わせてもらった。こればかりは、技術力で誤魔化すには労力が掛かり過ぎてね」
「しかし、シグマは子供からとても人気があります。彼のぬいぐるみは一番売れています。ガンマは配信しません。人気もあまりないです」
「嬉しいけど複雑……!!」
「ねぇ俺の人気について言及する理由あった!?確かに半ば裏方みたいになってるけどさぁ!」
アシスタントデバイスよりも無機質な口調で身内を評価するヴォイドに、日本人二人が肩を落としたり困惑したりする様は中々に愉快な光景だったが、廻叉からすれば曖昧な笑みを浮かべる以外のリアクションは取れなかった。ガンマとシグマは、廻叉から見れば大先輩なのだ。途中から英語交じりで抗議し始める二人に、改めて廻叉は彼らがアメリカで活動している実感が湧いた。
「あーもういいや、この手の言い合いは本番に取っておくとして……!廻叉くん、彼女さんと一緒に歌うんだよね。個人的にも、そしてファンの注目度の高さ的にも期待してる。あと、MCで変な茶化し方を俺らはしないから、安心して」
「そう、ですね。注目を集めている自覚は、私にもユリアさんにもあります。だからこそ、練習やリハーサルでは一切の甘えや慣れあい抜きで本気でやりました。それ以外の部分では、反動で仲良くさせて頂きましたが」
「ねぇその惚気、必要?」
「それと、多少は話のネタにされるのも覚悟の上ですから、ガンマさんとシグマさんも遠慮なく話を振っていただいても」
「いや、もう一人のMCが七星アリアだよ?どう考えてもノーブレーキ、ノーデリカシーでブッ込むのが確約されてる人が居るのに、俺らまで乗っかったらもう無法地帯よ?」
「前言を撤回します。ガンマさんとシグマさんはどうか司会進行に徹して頂けますよう心よりお願い申し上げます」
「私は知っています。これが、日本の土下座です」
「ちょっとぉ?!廻叉くん立って!俺らが何かしたみたいじゃん!!」
「いや、気持ちは分かる。分かるよ。アリアはそういう奴なんだ……こないだもDirecTalkerでの打ち合わせで『ところでガンマさんにはそろそろ浮いた話題の一つや二つありますか?やっぱナユタですか?それか技術力を狙った別企業から差し向けられた金髪ムチムチバインバインのお姉ちゃんのハニートラップにもう引っかかった後ですか?』とか普通に言い出すような奴なんだ……!俺が、俺があのアホは絶対に止めるから……!!」
膝から崩れ落ちる様になりながらも、そのまま頭を下げて誠意を見せる廻叉、勉強した日本の文化を見て喜ぶヴォイド、大声を出して狼狽してかえって耳目を集めてしまっているシグマ、廻叉と同じく膝から崩れ落ちて嘆きながらもアリアの暴走を防ぐと誓うガンマ。前室の阿鼻叫喚は、幸いにも気を利かせた(あるいは関わり合いになったら面倒なことになると察した)スタッフ達が見て見ぬふりをしたことでこの騒動は少なくとも一年以上は表沙汰になる事はなかった。
NDXとの絡み。男性陣がメインになりました。次回はオープニングと白羽のアクトの予定です。
合間に女性陣とユリアの会話も書ければ。その代わり、オープニング演出は若干簡素になりそうです。
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