「Vtuberという世界の未来に繋げるために」
「なんか今日、ウチの後輩夫婦がリハやってるらしいんだよ。絶対イチャついてると思うんだよな」
「急に何を口走ってるんだ、お前は」
「あとまだ夫婦じゃねぇだろ」
「俺、DJブースに入ってなかったら直のツッコミ入れてるからな?」
バーチャルサイファーのライブは、3Dモデルの人数制限の為メンバーが入れ替わりながらのライブパフォーマンスになっていた。最後の曲は、メンバーの総意で結成時の四人ということになっていた。つまり、MC備前とダルマリアッチ、MC FENIXX、三日月龍真の四人である。最近ではMIXや音源の制作活動をメインにしているFENIXXはDJとしての参加となっている。
《草》
《オリメン勢ぞろいで感慨深いシーンのはずなのになぁ》
《何度見てもダルニキのデカさでバグる》
《隙あらば後輩イジリをする龍真》
《しかし黒マネキンの顔に鳥の絵張ってるのがDJやってるの、何度見ても腹筋に悪いな》
「まぁ、俺の事務所で明日単独参加はあの二人だからな。その宣伝みたいなもんだよ。白羽は越境バンドだし」
「宣伝で夫婦イジリする先輩とか、控えめに言っても最悪じゃねぇか?」
「とりあえず早くやろうぜ。俺ら人数多いからトークするたびに時間押してんだよ。他の出演者に迷惑かける訳にいかねぇだろ」
「……ダル、本音は?」
「腹減ったから終わらせて飯喰いに行きてぇんだ」
「昼にあれだけ喰っておいてもう!?」
「えー、視聴者のみなさんにはわからないだろうから説明すると、こいつ昼に牛丼二杯喰ってます。正確に言うと特盛喰った後に足りねぇっつって並を追加で」
「うわっはっはっは、お前ら若いのに小食過ぎるんだよ!」
恰幅の良い3Dモデルの腹を叩いて笑うダルマリアッチの姿に、備前と龍真はややゲンナリとした感じで首を横に振った。これは長くなるな、と察知したFENIXXが曲を掛けると同時に三人がラッパーとしてのスイッチを入れる。
「くだらねぇ話はここまで、ブチ上げていくぜ今日イチ高いとこまで」
「MC備前 in da House、最高の体験に俺が誘う」
「音楽で対話、感覚で会話、パッションのファイター、最強のサイファー!」
「新着の新曲だ、耳で感じな!『FLASH BACKER』!!!」
《うおおおおおおお!!!》
《やっべぇ!!早ぇぇ!!!》
《最後の最後にこんなブチ上げ曲持ってこれるの凄すぎ》
《ちゃんとカッコいいんだよ、この人たち。普段のトークがアレなだけで》
《Vtuberが誇る動けるデブ代表、ダルマリアッチの運動量と声量に慄け》
《龍真の何かがキマってる感じの動きが怖いまである》
※※※
「流石だね、龍くん」
「俺だけの力じゃねぇけどな。でも、良い感じで後半のスタートダッシュ切れただろ?初日のトリなんだから、しっかり決めてくれよステラ様」
「久しぶりにステラ様、って呼ばれたなぁ。まぁ言われなくても決めてくるよ」
出番を終えて戻って来た龍真に飲み物を差し出しながらステラが微笑むと、龍真は疲労をなんとか隠しながら笑みで答えた。フェス自体も初日のプログラムは佳境に差し掛かりつつある中、ベテランの多いバーチャルサイファーが大きなインパクトを残した直後という事もあり、龍真の表情はどこか達成感すら漂わせていた。控室やスタジオとは別の階にある、自販機などが置かれた休憩スペースには、今のところ二人しかいない。だからこそ、多少踏み込んだ話を出来る環境が整っていたのが、二人にとっては好都合ではあった。
「明日は白羽に、廻叉とユリア。リバユニ、安泰だねぇ。アイツらがこういう舞台で外すと思えねぇし」
「……龍くん、誰よりもリバユニのメンバーのこと信頼してるよね」
「何年も一緒に居るんだから、信じるに値するかどうかは分かるっての。むしろ、ステラは心配か?」
「……多少、ね。失敗して欲しくない、とはずっと思ってるよ。今日だって、龍くんの時だって不安はあったよ。どれだけ龍くんに実力や経験があるのを知っているけど、それでも心配だし、怖いと思って見てるよ。勿論、SINESの三人の時だって」
Vtuberとしてのステラ・フリークスは孤高のカリスマというパブリックイメージがある。これまでのコラボなどから、後輩に甘く常に大きな期待をかけている事がある程度は知れ渡っているが、こうした心配性な一面や弱気さは、決して表に見せる事は無い。『極星の歌姫』というキャッチフレーズに相応しい振舞い方を心得ているからこそ、それらしからぬ一面を見せる事が出来るのは、或いは単純に甘えたり弱音を吐いたりできる相手は身内であるRe:BIRTH UNIONのメンバーや社員に限られていた。
「そんな顔すんなって。ここはいつもの事務所じゃねぇんだから。あの三人だってしっかりやってみせたじゃねえかよ。むしろホームグラウンドみたいなツラでやってたぞ。特に朱音」
「……あの子は、色んな意味でリバユニらしさの象徴でもあるし、リバユニの例外存在でもあるよね……」
「SINES自体がそういうメンツ集まってるからなぁ。いや、そんな事よりお前さんだよ、ステラ様」
「……少し怖いんだ……最後に歌う曲が、どう思われるかって。最後の曲は、そういう曲だから。勝手なことを言うなって、分かったような顔で歌うなって言われるかも、って」
「それでもあんたなら大丈夫だと思ってるけど、心配もしておく。なんなら、スタジオで保護者面で立っておいてもいいぞ」
沈んだ表情のまま微動だにしないステラに、龍真は敢えて軽い調子で言って見せた。そこまでされなくてもいい、という返事を期待しての言葉だったが、ステラはまっすぐに龍真の目を見つめ返した。
※※※
「さて、いよいよ私の出番だ。ここまで長い時間、お付き合い頂いた視聴者の諸君には感謝しかない。初日の最後は、この私……ステラ・フリークスだ」
《うおおおおおおお》
《ステラ様!ステラ様!!》
《素敵だ……》
《声のオーラが凄いわ》
《新衣装ではしゃいでた時はあんなに可愛かったのに、3Dでステージに立つと超カッコいい》
スポットライトを浴びてステージに威風堂々と立つ姿は、『最初の七人』であり『極星の歌姫』であるステラ・フリークスの姿そのものだった。視聴者が見るステラは、泰然自若として落ち着き払っているように見える。実際に彼女の視線の先にはカメラと、見学という体でスタジオに居る龍真と朱音の姿を見ていた。「そこまで言うなら、スタジオで見ていてほしい」というステラの願いに「俺だけで行くと不自然だから」という理由で龍真がSINESを誘った。結果、真っ先に立候補した朱音がこうして龍真と共にステラのステージを見学することになっている。
「こうして、様々な事務所が集まったイベントは貴重な機会だ。そんな中で、ヘッドライナーの大役を務める事になった訳だけど……柄にもなく緊張している。私がデビューしたころと、Vtuberという存在を取り巻く環境も大きく変わった。今日だって、今まで私が経験した中で一番と言っていいほど、多くの人がこの配信を見ている。流石の私とて、緊張する」
正直な気持ちの吐露だった。緊張しているようには見えない、とコメントでは流れてくるが、それをステラが認識することは出来ない。それでも、ステラ・フリークスらしさだけは失わないように淡々と語る。
「今日は私よりキャリアの短い子たちが多く出ていた。もしかしたら、来年や再来年には今日出ていた子たちが、メインに立っているかもしれないね。とはいえ、今日のメインは私だ」
《世代交代にしては早すぎるでしょ》
《寂しそうでもあり、嬉しそうでもあるな》
《なんだかんだでずっと最前線に立ってたもんなぁ。今もバーチャルシンガーの代表格の一人だし》
「ふふ、安心して欲しい。別に引退しようだとか、最前線から退こうとか、そういうつもりは毛頭ない。それを今から証明しようじゃないか」
そう言うと、ステージがライトアップされた。そこからは怒涛の如く、数曲のオリジナル曲を一切のトークも挟まず歌い続けた。自身の代表曲も、デジタルアルバムでしか聴くことが出来ない隠れた名曲も、最新のオリジナル曲も全力で歌う。生配信だからこその声のブレや、音程のズレもあったが、それ以上に魂を燃やすような歌唱は、音源以上の衝撃を視聴者に与えた。
そしてそれは、MCとして見守っていた月影オボロと雛菊ゆい、スタジオ見学をしていた三日月龍真と緋崎朱音、控室から配信を見ていたVtuber達には、視聴者以上に強烈なインパクトを残していた。
ここが最前線だ。これを超えて見せろ。
王座に座っていてしかるべき存在が、挑戦者の様に歌っていた。
殆どメドレーの様に歌い続け、数十分間を走り抜けて音楽が止まり、彼女は再び語り始めた。
「……最後の歌は、あえてカバー曲にした。さっきも言った通り、私は消えるつもりは一切ないんだ。それでも、私が知っている限りでも――何人も、何十人もこの世界から姿を消した。もしかしたら、再び現れるかもしれないけれど……」
《おおう……》
《そうだな……引退した推しが何人も居るよ……》
《ナユタとガンマの復活って本当に奇跡だったと思ってる》
《しんみりしちゃうよな》
「それでも、彼ら、彼女らは君たちを悲しませたくて旅立ったわけではないと、思ってるんだ。でもそれは私の勝手な想いだ。私がそう思いたいだけなんだろうね」
俯いて、まるで弱音を吐くように呟く。Vtuberという世界がいつまで続くのか、という漠然とした不安。この世界から去っていた人たち。直接面識があった友人も、名前すら知らなかった人もいた。
「私が消える時が来るとすれば、このVtuberという世界が終わる時だ。Vtuberという文化が潰える時だ。だからこそ、この曲を歌いたいと思ったんだ。……まるで生前葬みたいだね。驚くことに、私の所属する事務所には生前葬の先駆者が居るのだけれど」
《永遠ではないんだよな……》
《それこそTryTube自体が終わる可能性だってあるし》
《何を歌うんだろう》
《おいw》
《草》
《いえーい、龍真見てるー?》
「初日の最後の曲だ。聴いてほしい。フェスの二日目に、そしてVtuberという世界の未来に繋げるために、この曲を歌うよ」
イントロが流れる。ジャンル分けするならばEDM、あるいはダブステップ。派手に踊るような曲調ではなく、スローテンポな楽曲だった。英語の歌詞を、語り掛ける様に歌うステラの姿は、歌姫と呼ばれるに相応しい姿だった。歌詞の内容をリアルタイムに和訳するコメントなどもあり、そしてそこから彼女の想いは伝わっていった。
全員が全員、肯定的に捉える事は無かったが、大半の視聴者は彼女の歌と、そこに込められた思いを受け止めた。『V Music Fes』の初日は、少し感傷的な空気を纏わせたまま終わりを告げた。
かと思われたが、当然の様にアンコールコメントが巻き起こり、今日参加したメンバーが3Dアバターが映る映らないを無視してスタジオに結集した。半ばお祭り騒ぎの様に歌い踊る姿は、感動も感傷も良い意味で吹き飛ばす、ひたすら多幸感に包まれた締め括りだった。
「なんだか変に感傷的になってた私が馬鹿みたいじゃないか!」
最後にマイクを向けられたステラの泣き笑いのようなセリフは、超越的な存在でもなんでもない、一人の人間の言葉だった。
最後のアンコール曲はみなさん思い思いのテンションブチアゲ系お祭りソングをご想像ください。
他の曲は例の如くTwitter(現:X)の筆者アカウント、更新報告ツイートにリプライでリンクを張っておきます。
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