「単純な人数よりも、あの三人だからこそって気がします」
リザードテイル事務所の地下スタジオでは、長い休憩時間の真っ最中だった。スタッフ達は夕食を取ったりスマートフォンで『V Music Fes』の配信を見たり、仮眠を取るなど思い思いに過ごしている。一方で、明日の出番を控えた正時廻叉と石楠花ユリアは最後のリハーサルを終えて軽めの夕食をとっていた。どちらもコンビニで買ってきたサンドイッチと飲み物という簡単なものだったが、あまり食べ過ぎてもこの後にある楽曲動画の収録に差し支えがあると判断しての事だった。
「……ええと、廻叉さん」
「……はい」
「凄く、良い曲でした……」
「……はい」
メドレー企画で廻叉が歌った曲は十年以上前のロックバンドのヒットソングだ。提案したのは千乗寺クリアではあるが、廻叉自身はこの曲を知っていたので収録自体はスムーズに進んだ。クロムからすれば、年上の二人が自分の知らない曲で盛り上がっている状態だった。人によっては居心地の悪い思いをすることにもなりかねなかったが、彼自身の持つ「何にでも興味を持ち、わからなければすぐに質問する」という長所もあって雰囲気が悪くなるような状態に陥らなかったのは幸いだった。
更には、千乗寺クリアの歌唱力と指導力の高さに驚かされ、自分自身の歌唱力の底上げをしてもらえた。同時に練習中にも関わらずVtuber企業の社長としての業務、電話応対やミーティングなども可能な限り並行して行う姿はステラ・フリークスとは別の意味で超人染みていた。
というような事を延々廻叉が語っている様を、スタッフたちはなんとも微妙な表情で見ていた。
「そうじゃねぇ、そうじゃねぇだろ廻叉くん……!」
「珍しく黙り込んだと思ったら、急にアクセル踏み込んで喋りだしたな。振り返りの雑談配信で話すべき話ばっかりだけど」
「でも、本来ユリアちゃんに伝えるべきこととは逆方向に向かって進んでるよね」
「歌詞の内容が内容だから……仕事が恋人宣言してる千乗寺さんや、まだ明確にお付き合いしてるわけじゃないクロムくんと違って、廻叉君が歌うと全部ユリアちゃん宛てになるもんね……」
「そこに触れたくないのか……まぁ本人の目の前で言うには、流石の廻叉くんでも恥ずかしいか」
数人がこそこそと、二人に聞こえないように小声で話していた。ユリアからは振り向かなければ見えない位置にいるが、廻叉からはしっかりと視界に入る位置だった。とはいえ、どこか目の泳いでいる廻叉には、スタッフたちの会話を聞き取るだけの集中力も聴力も無かった。
「……その、一緒に歌う方が照れないんですけどね。ユリアさんが居ないところで、ユリアさんの為に歌うのを、見てもらうというのが」
「珍しいです、ここまで廻叉さんが慌ててるの」
「なんて言ったらいいのか……直接伝える方が向いてるのでしょうね、私の性格的に。なんで私がブースに逃げたか分かるでしょう?手紙を読まれるような恥ずかしさというか……」
配信に乗せれば視聴者から『キャラ崩壊』というコメントが大量に発生しそうな廻叉の様子に、ユリアは苦笑いするしかなかった。休憩中でVtuber正時廻叉として話す必要性がないタイミングにも関わらず、正時廻叉のまま喋り続けるという状態は滅多に見られない姿ではあった。しかも、照れと恥ずかしさから色々と崩れかけている様子は初めて見たかもしれない。
一方の石楠花ユリアは自分が歌った楽曲がいわゆるラブソングではなかった事もあり、自分が思っている以上に落ち着いて廻叉と向き合っていた。彼が歌っている動画を見ている最中は、おそらく歌詞の意味合いが自分に向かっている事を察して喜ぶと同時に照れや恥ずかしさを感じなかったわけではない。何度か奇声を上げてはいたが、ユリアがスタッフから注意をされたりはしなかった。今までであれば、それを見た廻叉にからかわれつつも窘められるのが定番のやり取りではあったが、当の廻叉が「手紙を読まれた」とボヤくように想定以上の狼狽え方をしているのを見て、ユリア自身の動揺がいくらか収まっていた。それどころか、廻叉を真っ直ぐ褒めることで逆に彼を動揺させることに成功していた。
「でも、廻叉さんも正辰さんも、普段はもっと私をからかいますよね。それこそ、ドラマみたいなセリフも普通に言いますし」
「……自分でも『自分の手から離れた完成品』を見てもらうのが、ここまで緊張するとは思いませんでした。そういえば、舞台に音声を提供した時も普段とは違う緊張感がありましたが……いや、やっぱり、うん……ラブレターを書いた気分だったからこんなに緊張したし照れたんだと思う……」
「……こ、この話、振り返り配信とかでします、か…………!?」
「出来るわけないでしょ……!オフレコで……!そっちで聞き耳立ててるスタッフさん達も、この話はオフレコですからね!!」
自分自身がここまで動揺している事実を認めた事で廻叉は少しだけ落ち着きを取り戻し、明らかにこちらの会話を聞き取ろうとしているスタッフ達の姿を見た。スタッフ達は少々ニヤニヤした笑いこそ浮かべていたものの、オフレコにすることは了承した。
※※※
「そんな事を言ってる間にSINESの三人の出番になってましたね。キャリアが浅いとは思えないくらい、堂々とした振る舞いというか……肝が太いですよね、あの三人」
「歌唱力は朱音ちゃん、ダンスは凪くん、トークはリンネくんでバランス良いです。私もリンネくんの半分くらいでも、ちゃんとトークが出来たらなぁ」
タブレットでは、曲の合間のトークをリンネが中心になって会話を回しているシーンが映っていた。特別な演出らしいものはなく、以前の3Dお披露目のライブコーナーに近い形でパフォーマンスを見せていた。
『朱姉ちゃん、こないだのお披露目にしろ、今回のフェスにしろさぁ。明らかに与えられた尺を大幅に超える曲数練習するんだよね。マジで今日まで付いてこれたの奇跡だよ、俺』
『だって、いずれはSINES単独で二時間くらいのライブやりたいじゃない。何の意味もなくやろうって提案してるはずないし、それに二人も賛同してくれたでしょ?』
『まぁお互いのやりたい事は最大限尊重しようってのは俺らの共通認識だけどさ、俺は凪兄ちゃんほど体力も運動神経もないんだって部分だけはもっとしっかり認識して欲しかった部分はあるよ?3Dお披露目の一ヶ月くらいまえから念のために体力づくりはしてたけどさぁ』
『でも、リンネも体力というかスタミナはだいぶ改善されたと思うよ。そこは俺が保証する』
ライブ中にも関わらず体力回復という名目でリンネが床に座り込んでトークをする様は、とても本番中とは思えない光景ではあった。視聴者の大半はその姿を面白がっているが、ごく一部からは苦言や文句も出ていた。とはいえ、本人たちがそのコメントを見た所で意にも介さないのは先輩である廻叉たちにもよくわかっていた。
『それじゃあ、次が最後の曲だけど……リンネ立てる?』
『あー、なんとか。歌いながら踊れる人たちってみんなすげえなぁって思うよ、本当に』
『リンネくらい喋れるのも、十分凄いと思うけどね。最後の曲は、3Dお披露目で最後に歌う曲の候補だった曲です。もしかしたら、サビのダンスは踊れる人も居るかもしれないから――』
『モニター前のみんなも、一緒に歌ってくれたら嬉しい!それじゃあ、行くよー!!』
あっという間にアイドルモードに切り替わった朱音の掛け声と同時に、明るく賑やかなイントロが流れ始めた。本来ならば女性のメインボーカルに男性コーラスが一部という曲構成だが、半分を朱音が、残りの半分を凪とリンネで分け合うという歌詞割りにしていた。
オリジナル版のMVにあったダンスは、決して揃っている訳ではない。リンネは明らかに疲れが見えているし、凪も可愛らしい振り付けに照れがあるのか動きが堅い。センターを務める朱音は必要以上にキレのよい動きをしているために、両サイドの二人との差異が浮き彫りになって違和感がある。だが、三人とも笑顔で、何よりも楽しそうだった。
「アイドルであったり、ステージで歌って踊るのは朱音さんのやりたい事であって、凪くんとリンネくんは本来なら別路線のはずなのですが、尊重するという気持ちだけじゃここまで楽しそうにはやれませんよね」
「私と四谷さんもそうですし、廻叉さんとキンメさんも、全然方向性違いますもんね……」
「良くも悪くも個人主義でしたからね、三期生までのリバユニ。三人だからこそ、こういう風に一緒になってやろうってなってるのかもしれませんが」
「単純な人数よりも、あの三人だからこそって気がします」
曲を終えて笑いながらカメラに向かってアピールする三人を見ながら、廻叉とユリアは笑みを浮かべる。後輩たちの頼もしさに、どうしても自然と笑みが零れてしまっていた。
気が付いたら半分くらいイチャついてました。後輩回の後は、先輩回です。そして、いよいよこの二人の本番当日です。
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