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「歌枠とかやらねぇくせに」

 満天の星ではなかった。糸の様に細い月と、いくつかの大きな星がまばらに瞬いている街から見える夜空だった。誰も居ない眠った街。遠くから、僅かに車が走り去っていく音だけが響いていた。


 イントロが流れ、雑居ビルの屋上へとカメラが向く。ステージライトに照らされた三人の青年が、マイクスタンドの前に立っていた。ファンタジーの作品から飛び出してきたような青年、クロム・クリュサオルは目を閉じて集中していた。仮面を付けた執事服の青年、正時廻叉は夜空を眺めながら考え事をしているようにも見えた。スーツ姿の青年、千乗寺クリアは堂々とした立ち姿で真っ直ぐに前を見ていた。


《うおおおおおおおおお》

《また懐かしい曲を》

《カラオケでめっちゃ歌ってた曲だ……》

《クロム顔が良い……!》

《細身高身長男子の並びからしか得られない栄養素がある》

《社長!今日は胃痛枠じゃないぞ社長!!》

《リバユニの執事が居るチームでこの曲選んだ人マジで感謝》


 それぞれがソロで順番に歌っていく。別離、或いは無自覚だった恋心に気付いた男の衝動を歌ったような歌詞だった。クロムが、そして廻叉が誰を想って歌っているのかは、Vtuberを追い続けているファンであればすぐに分かるような歌詞だった。唯一、千乗寺クリアにはその手の噂とは無縁ではあったが、クロムと廻叉の背中を支える様に歌唱力で下支えしているのが分かるような歌い方だった。


 サビに入る。切実さすら感じるクロムの歌い方は、本当にこの曲を歌うことで無自覚だった心に気付かされたような歌い方だった。同期や先輩にからかわれる事も数えきれないほどあったが、その度に「同期の仲間だから」という風に答えて来たが、本気で嫌だと思った事は無かった。その理由が、この曲を歌うことで明確になったような、そんな歌い方だった。


 一方の廻叉は、分かり切っていたこと、既に明らかにしている事を再確認するような歌い方だった。他の二人に比べれば感情が籠っているようには聞こえないが、歌詞の一つ一つを噛み締めるような歌い方からは、揺るがないものを感じさせるには十分だった。


 最も感情を込めて力ある歌い方をするクリアは、単純にロックシンガーとしての力量をフルに発揮していた。メインボーカルを務める部分では自身の全力を発揮し、歌をメインコンテンツにしていない二人の歌声をよりよくするかのように、コーラスワークをほぼ一人でこなしていた。


《声の相性良いな……》

《踊る曲を期待してたけど、こういうのもありだな……!》

《歌唱力の直球勝負とはな》

《Vインディーズの社長、歌うますぎない?今すぐ別の人に社長の座を渡してシンガーに専念しよう?》

《クロアリ……!廻ユリ……!》

《フェス終わったらファンアート漁りに行く。ノマカプマニアの絵師さんが描いてくれると信じている》




※※※




「……ヤバい、廻叉兄さま達に印象喰われる……!」

「朱姉ちゃんが戦慄しておる」

「女性アイドル勢の高レベル自動編成みたいなユニットに参加しておいて何言ってるのこの子」


 控室でメドレーを見ていた中で、緋崎朱音が頭を抱えていた。メドレー企画でまだ出てきていない上に、自身と同じ事務所に所属する先輩によるパフォーマンスに動揺していた。そんな様子を逆巻リンネとエリザベート・レリックは冷ややかな視線で見ていた。朱音が誰と組んでいるかを雑談の流れで知ってしまった二人からすれば、無用な心配をしているようにしか見えなかった。


「ところであっちでオーバーズの人らが『かごめかごめ』状態になってるのは……」

「あー、真ん中で顔真っ赤にして座り込んでるのがアリアード・ネメシスさんだから……クロムさんの歌聞いて照れまくってるのを、後輩たちが囲んで回って煽ってるのよ」

「うわぁ……」


 それぞれがスマートフォンでライブ映像を再生しながら、一人の少女を囲んでぐるぐると回るオーバーズ勢の奇行を指差したレリーの問いに、淀川夏乃が呆れ顔で答えた。控室の迷惑にならぬように音量調節をし、クロムの歌がネメシスへとよく聞こえる様に黙ったまま周囲を旋回するオーバーズの面々という異常な光景に、説明を聞いた月詠凪が若干引き気味の声を漏らした。


「……社長さん、カッコいいなぁ……」


 そんな中、一人だけ画面から一切目を逸らさなかったのは双翼天使のラキだけだった。周囲の喧騒に紛れて、その呟きが誰かに聞かれることはなかった。




※※※




 楽曲の後半、ビルの屋上のステージライトが消えた。ステージライトだけでなく、街の明かり全てが、まるで停電したかのように消えた。ぼんやりとした明かりに包まれた三人だけが映像には映っていた。


《!!!》

《落ちサビで暗転!》

《クロムも執事さんも上手いけど、やっぱ社長が頭一枚抜けてるな……》

《本職のボーカリストの凄みを感じた》

《後日動画として単品で出してくれ頼む》


 そして、最後のサビに差し掛かるとステージはビルの屋上ではなかった。宇宙に浮かぶステージ、満天の星の中に三人は立っていた。誰も彼もが感情をむき出しにするように歌っていた。クロム・クリュサオルはマイクを強く握りしめていた。正時廻叉は、マイクスタンドに縋りつくように立っていた。千乗寺クリアは、両手を大きく広げていた。それぞれが、魂を燃やすかのような歌唱だった。最後に、曲名のテロップが表示されて画面は暗転していった。


《ステラのステージだ……》

《この曲にピッタリのステージ!!》

《あああああなんかもう何言っていいかわからんくらい良い!!!!》

《最後、執事さんも感情大爆発させてて凄かった》

《今のところメドレーで一番好きかもしれない》




※※※




「廻叉も上手くなったよなあ」

「元々音痴だったとかそういう訳じゃないんだろ?」

「まぁな。でも、明らかに前より上達してんだよ、こいつ。歌枠とかやらねぇくせに」


 スタジオのあるビルの喫煙室で、昼食から戻って来たバーチャルサイファーの喫煙者組がスマートフォンを片手にメドレー動画を見ていた。話題は、ちょうど再生が始まったタイミングの正時廻叉が参加した楽曲だった。満足そうに見ているのは、廻叉の直属の先輩である三日月龍真だった。MC備前の問いに小さく頷く姿は、どこか満足そうだった。


「しっかしまぁ、Vインディーズの社長は相変わらず歌上手ぇなぁ。その気になりゃ、ソロシンガーとしてもっと成功してたんじゃねぇか?」

「Vtuberになる前に、バンドのボーカルとしてメジャーデビュー経験があるってのはVインディーズ法人化配信で言ってたな。全部廃盤になってるから、昔のCDを探せるもんなら探してみろってレベルらしい」

「ウチの道場主もそうやけど、ちゃんとした法人の社長やっとるとその辺オープンに出来るのは楽なんかもしれへんな。脛に傷がないのが大前提やけど」

「身バレはいいぞー。精神的にめっちゃ楽。リバユニは身バレに寛容だからな」

「身分を明らかにしなきゃいけない社長たちと、色んなトラブルの結果として身バレしてるお前さん達と一緒にするのは明らかに違うからな?」

「むしろ、なんでそんな多種多様な身バレの仕方しとんねん、リバユニ」


 千乗寺クリアが既に本名を公開し、企業としてのVインディーズ代表取締役社長として本名と顔写真を公開している事は有名である。同様に、寄り合い所帯からプロチーム兼ストリーマー事務所になった電脳銃撃道場の社長兼道場主である十宝斎も身分を明らかにしている代表格だ。一方で、リバユニの身バレ組と呼ばれている三日月龍真、正時廻叉、魚住キンメは規模の大小はあれどトラブルを起因とするものだった。MCカサノヴァの言う通り、多種多様な身バレの仕方をしていると揶揄されても仕方がなかった。


「……ま、まぁ今のところVになる前から活動してるメンバーだけがバレてるからまだセーフだよ。ガチでVになる前は一般人だったメンバーがバレると、マジで精神的なダメージ大きいだろうしな……」

「でもユリアのお嬢も四期生トリオも、メンタル相当強そうだけどな」

「その四期生の女の子、朱音ちゃんやっけ?見てみぃや、これ。このメンツに混じってと遜色無いって相当やと思うんやけど」


 MCカサノヴァがスマートホンを見える様に傾けると、ネオンカラーの煌びやかなステージで歌って踊る五人の少女が居た。にゅーろねっとわーくのLiLi、篠目霙、オーバーズの鈴城音色、エレメンタルの木蓮カスミという錚々たる面々の中で、最年少かつ最も後輩という立場ながら複雑なフォーメーションダンスを完璧にこなし、一部のパートではセンターとして堂々たるパフォーマンスを見せている少女こそ、Re:BIRTH UNIONの四期生である緋崎朱音だった。


 このパフォーマンスで彼女の名はVtuberファンの間でも大きく名を広め、この後のSINESとしての出番に対する期待値を大きく上げる事になるのだが、本人はそんな事は全く知らなかった。何故ならば、


「……遜色ないだけじゃ物足りないらしいな、朱音の奴。廻叉の歌が相当刺さったのか、凪とリンネ引きずってもう一回リハするって張り切ってるらしい。リンネから『このままじゃ本番前に俺が体力使い果たすから助けにきて』っていう悲痛なSOSが届いた」

「……モチベーションが高すぎるのも考えもんやな」

「むしろ執事さんのパフォーマンスだったら、ユリアのお嬢さんがどう感じたが気になるところだけどな」

「あの二人、今日はウチの事務所のスタジオで明日の本番に備えて練習してるはずだけど……スタッフに探り入れてみるわ」

「真面目やなぁ、あのお二人さんも。まぁ本番前に飯喰いに行って、まだ時間あるからいうてパチンコ行く俺らとは大違いやな。まぁ実際に行ったのはダルとフェニやけど」

「むしろ龍真が行かなかったのが不思議だったんだけどな。どういう風の吹き回しだ?」

「……行く前にステラ様に飯行くって伝えたら『まさか帰りにパチンコに行ったりしないだろうね?』って釘刺されたんだよ……」

「後輩の事良くわかってはるやん」

「喫煙には何も言わないけど、そっちはダメなんだな、ステラさん的には」


 その後、寄り道せずに帰って来た龍真を見てステラが満足そうに頷いていたり、本番前にも関わらず本番同様の内容で最終リハーサルをしようとした朱音に凪とリンネがオーバーワークを案じて必死に止めるなどのちょっとした出来事はあったが、『V Music Fes』の配信はトラブルなく進んでいった。

お待たせいたしました。廻叉のステージと、ダイジェスト気味ではありましたが朱音のステージでした。

イメージした曲はまた筆者のTwitter(現:X)の方にリンクを張らせて頂きますが、タイトルだけはこちらに記入しておきます。


千乗寺クリア、正時廻叉、クロム・クリュサオル『星に願いを/flumpool』

LiLi、緋崎朱音、木蘭カスミ、鈴城音色、篠目霙『気まぐれメルシィ feat. 初音ミク/八王子P』


御意見御感想の程、お待ちしております。

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― 新着の感想 ―
[一言] すまん、オレ(カプ厨)死んだ! 社長さんもノマカプ組もうぜ〜 その6人(ノマカプ3組)でゲームしたりしようぜ〜(厄介カプ厨並感)
[一言] 身バレの見本市。それがリバユニ! それでいいんだろうか…
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