「……凄く不安だけど、タイトルコール行こうか……」
双翼天使のパフォーマンスからは緊張と、そして同じだけの高揚が見る者に伝わるものだった。歌動画では完璧にシンクロする振り付けや、正確無比なハモリが最大の武器の二人にとって、決して百点満点とは言えない出来栄えではあったが、大規模なイベントのトップバッターとしての役割は十全に果たせていた。
ライブ後にMCであるオボロとゆいの二人に賛辞と労いの言葉を掛けられて泣いてしまった事から、彼女達が相当なプレッシャーを背負いながらこの場に立っていた事が、視聴者だけでなく出番を待つ他のVtuber達にも伝わっていた。
「初々しいねぇ……私にもあんな頃があったよ」
「え、クリスの姉御のあんな頃っていつ頃の話っすか?」
「戦前とか?」
「あんたら張り倒されたいのかい?お望みなら引っ叩いてあげるからそこに並びな。アバターには殴られた痕は残らないから心配しなくていいよ?」
控室でスマートフォンからライブ配信を見ていたVインディーズ所属のバーチャルシンガー、クリスティーナ・ブロッサムがしみじみと呟き、同じくVインディーズのシンガー達に茶々を入れられていた。年齢的に言えば、今日の出演者の中で彼女が最年長だ。Vtuber界隈全体にまで範囲を広げれば彼女より実際の年齢が上の者も居るが、こうしたイベントに呼ばれるまでのチャンネル登録者数や知名度の高さを鑑みれば、実質的に最年長だった。
「クリス姉さま、落ち着いて!Vインの皆さんもなんで笑ってるの?!」
「いやー、これウチのお約束みたいなもんだから」
「朱音さん、私らの打ち上げ飲み会雑談見た事ないっすか?基本的に無礼講っすよ?」
「そうそう、この子らがこうしてイジってくれるから私も若い子の輪に溶け込めてるから感謝してるよ。それはそれとして戦前は言い過ぎだよ……!」
「あだだだだだだ?!もげる!耳がもげる!!」
自分より一回り以上は年下の同僚の耳を最高の笑顔で引っ張るクリスティーナと悲鳴を上げながらも楽し気なギャル風の少女に、思わず止めに入った朱音もどうしたらいいかわからないかのように右往左往していた。
「まぁ知らない人からすればビックリするだろうけどね。まぁ、気にしない気にしない。それにしたって、随分良い顔してるねぇ朱音ちゃん」
「そうですか?私としてはいつも通りですけど」
「よく言うよ。鏡でも見てきたらどうだい?『早く舞台に立たせろ』って顔してるよ?」
クリスティーナがニヤリと笑い、それに対して朱音も自然と口角が上がっていた。
「はい、出来れば今すぐに」
※※※
「いやー……みんな元気ええなぁ……」
「オボロちゃんさぁ、今日が後輩の子が多いからって完全にお母ちゃんモードに入っちゃってるよね」
「だってなぁ。みんな、この舞台に立つのが楽しくてしゃーないって顔しとるやんか。ウチらも初心を思い出すというかなんというか……」
「それはあるね。今日見てて、明日出るみんなも同じように思ってる。私はそう信じてるよ」
「そんな明日出るメンツも交えての企画がこの後あるねんけど……」
「……凄く不安だけど、タイトルコール行こうか……」
《しみじみしとる》
《双翼がド頭から泣かせに来てたもんなぁ》
《初心思い出していけ》
《ん?》
《なぜそんな不安がる必要が……》
「普段の事務所、いつものユニット関係なし!」
「一夜限りのスペシャルユニット動画メドレー!!」
《おおおおおおおおおおおおおおお!!!》
《きたあああああああああああああああああああ!!!!!!!》
《マジで楽しみ》
《ライブには出れなくてもこっちには参加してる人もいるって噂があるし、マジで誰が出てくるか予想も出来ねぇよ》
「……とまぁ元気よくタイトルコールはしたんやけどもな、一つみんなに言っておかなあかんことがあんねんな」
「今回、結構キツキツのスケジュールだったのもあって、動画を送って貰ったんだけどね。その提出時の文言に『ごめんなさい』とか『申し訳ない』とかっていう言葉が頻発しててね……」
「視聴者のみんなは、可能な限りハードルを下げて広い心を持って見て欲しいんや」
《草》
《締め切りに倒れた者たち》
《ちゃんと送るには送ったけど……ってことかw》
《OKOK、見れるだけで嬉しい》
「それじゃあ、メドレーだから一気にいくでー!」
「VTR、スタート!!」
※※※
最初に映像に出てきたのは、オーバーズの男性Vtuberの代表格でもある紅スザク、個人勢の男性Vtuberの雀羅、Re:BIRTH UNIONの最年少である逆巻リンネだった。真っ白な背景の中で、既にイントロが掛かっているにも関わらず、三人はマイクに声が入っているのにも気付くことなく打ち合わせをしていた。どうやら歌詞の割り振りがまだ決まっていないようだった。
「あーもう時間ない時間ない!!雀羅くん、行こう!!」
「俺ぇ!?」
「じゃあ次俺で!!」
《草》
《ひどい》
《これはごめんなさい不可避》
《わちゃわちゃしとる》
《今まで見た中で一番落ち着きのない一発録り》
歌も振り付けも完全な一発勝負という事もあり、三者三様に音を外したり歌詞が飛んだりする中で、そうなる事を見越していたかのように誰かがミスをした瞬間に別のメンバーがフォローを入れるというコンビネーションを発揮していた。もし、練習期間やリハーサルの時間を多く取れていれば、極めて完成度高い作品になったのではと思わせるには十分だった。
《ほぼ深夜のカラオケで草》
《ハードルを下げてほしいの意味がようやく分かった》
《好きな曲だから完成版作ってくれ。歌だけでいいから》
※※※
視聴者たちの不安をよそに、本当に時間が無かったのだと思わせる作品は一番最初のスザクチームの映像だけだった。そこから先は、しっかりと一本の歌唱&ダンスの動画として完成されている物が多かった。
バーチャルサイファーのMC備前、オーバーズの秤京吾、Re:BIRTH UNIONの月詠凪は敢えてPV風に映像を仕立てていた。ステージングに苦戦した京吾と凪を見た備前が、あえて歌と映像を別撮りにして合わせるという方法にシフトしたが、結果としてこれは成功していた。
以前に凪の3Dお披露目で使用した海沿いの町の背景の中で、夏の終わりを過ごす三人をクローズアップしながら、サビの部分では三人揃って歌うというシンプルな作りだったが、季節に合っている事もあり、視聴者からは好評を得ていた。
《備前ニキかっけぇ》
《凪きゅん服装が背景と合いすぎてて》
《京吾どうしたお前。終始真面目じゃねぇか……!》
《サビ以外は男三人が仲良さそうに夏を過ごしてるだけの映像なのに、なんでこんなにカッコいいんだ……?》
※※※
円形のステージに、四人の少女がそれぞれ客席側を向きながら俯く。攻撃的なイントロが流れ出すと同時に、赤系のレーザー光線とスポットライトに包まれる。カメラは、顔を上げた四人の表情を映し出す。
にゅーろねっとわーく所属、北条フィーネは挑発するように手招きをしてみせた。
オーバーズ所属、サリー・ウッドはいつもの明るさを見せず真っ直ぐにカメラを睨んでいた。
ラブラビリンス所属、淀川夏乃は既に楽曲に入り込んでいた。
Re:BIRTH UNION所属、石楠花ユリアは緊張しているのか身じろぎ一つしない。
《!!!》
《うおおおおおおおおお》
《この四人でこんなブチアゲ系の曲やるのか!》
《テンション上がってきた》
《最高》
歌い出しと同時に、複雑なフォーメーションダンスを完璧にこなす四人。間違いなく、並外れた練習量があってこそのパフォーマンスであると視聴者の誰もが理解できるほどだった。また、普段は明るさや楽しさを前面に押し出すサリー・ウッドや、儚げな第一印象を与える石楠花ユリアが、挑発的で攻撃性の高い歌詞のダンスナンバーを歌う姿は、意外性がありつつも好意的に受け止められた。元々こういったタイプの曲が似合う淀川夏乃、変幻自在にどんな楽曲も歌いこなせる北条フィーネも完璧に曲の空気感を表現しきっていた。
《これだけのもの仕上げてくるとか本気も本気だなこの四人》
《また別の機会でもいいから四人で組んで何かやってほしい》
《執事、見てるか。お前のお嬢がヒールっぽい曲してるぞ》
《サリーやお嬢がカッコいい系もいけるとは思わなんだ。これは大収穫ですよ》
※※※
「うーん……凄い。練習後に疲れてるのは知っていましたが、これだけのものを作り上げるためであれば納得です」
自分自身の出演を翌日に控え、正時廻叉は最終リハーサルの為にリザードテイルの地下スタジオで配信を見ていた。勿論、同じ枠で出演する石楠花ユリアもこの場に居るが、彼女はブース内で自身のソロ部分のリハーサル中だったが、ちょうど切り上げて戻ってくるタイミングだった。
「お疲れ様です。ちょうど、メドレーでお嬢様の雄姿を拝見させて頂きましたよ」
「え、ええ……!ど、どうでしたか……?!」
「練習の成果がしっかりと出ていたと思います。ああいう曲もよくお似合いだったかと」
「そ、それならよかった……廻叉さんから見てそう思われるなら、成功したんだなって思えます」
既に本番を想定して『正時廻叉』としてユリアと話す姿に、彼女は思わず笑みをこぼす。そして、ふと気付いたように、慌てて彼が持つタブレットを覗き込んだ。
「そういえば、廻叉さんのメドレーって終わっちゃいましたか……?!」
「いえ、まだ私の番では……ああ、ちょうど始まりますね」
そう言うと、廻叉はユリアへとタブレットを手渡して自分はブースの中へと向かった。ユリアは戸惑いながら視線をタブレットに移す。ちょうど、廻叉が参加したユニットの動画が始まるタイミングだった。時間的にそろそろ自分達の番だと察して、席を外すことにしたらしい。
「もしかして廻叉さん、見られるの恥ずかしいんですか?」
「……それは、まぁ、少し。歌の上手いお二人に囲まれて、見劣りしているのではないか、と」
「私は好きなのに、廻叉さんの歌……」
「……………………ありがとうございます」
他意なく呟いた言葉に、なぜか廻叉が言葉に詰まっていた。短く御礼だけ言ってブースの中へと逃げる様に飛び込む姿を見て、ユリアは首を傾げた。
スタッフ達が「まーた始まったよ」と言わんばかりにニヤニヤしている事に、ユリアは気付きすらしなかった。
事前にTwitter(いまだにX呼びが釈然としない勢)でお知らせしました通り、次週は作業の追い込みの他、所用が平日・週末ともに立て込んでしまっている為、一週お休み頂きます。ご了承ください。
この後、投稿ツイートのツリーに今回のイメージソングを張りますので、そちらでお楽しみください。
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