「エリザベートさんはとっても笑顔が素敵な方でした!!!!」
「あっ!!え、もしかして双翼天使!?凄い、見た目揃えてるんだ!」
真っ先に彼女たちに気付いたのは、緋崎朱音だった。入り口でどう話しかけようか迷っている双翼天使の二人を見つけると同時に、先ほどまで激しく歌って踊っていたとは思えない速度で駆け寄った。
「は、はい!初めましてレリーです……!」
「ら、ラキです!」
「初めまして!私はRe:BIRTH UNIONの緋崎朱音!今日トップバッターだよね?!練習しにきたんだよね!それなら一緒に練習……あああ!!それだとセトリがネタバレしちゃう……!!」
自分たちを見て尋常じゃなくテンションが上がっている朱音の姿に、レリーとラキは狼狽するばかりだった。歌動画のコメント欄や、配信のチャット欄ではこれくらいテンションが上がっている人も多数居る事は理解していたが、文面で見るのと目の前で見るのとでは大違いであった。とはいえ、彼女がアイドルを語る配信の熱っぽさと全く同じものだった。彼女の勢いに圧倒されているのも事実だが、見とれていたという部分もあった。
「はいはい、落ち着いて落ち着いて。二人ともビックリしちゃってるでしょ」
「朱姉ちゃんアイドル系Vtuberチェックに余念がねぇもんなぁ」
レリーとラキが狼狽しているのを見かねて仲介に入って来たのは、落ち着いた風貌の青年と、もしかしたら十八歳である自分達より年下に見える少年だった。
「初めまして、Re:BIRTH UNIONの月詠凪と」
「逆巻リンネでーす。よろしくね」
「も、勿論知ってます!SINESさんの3Dお披露目、何度も見ました!!」
「俺らも知ってるよ。朱音ちゃんからオススメされてね」
柔らかく笑う凪の姿は、どちらかといえば普段の配信のゆったりとした空気感そのままだった。一方でリンネはずっと楽しそうにしており、彼もまた配信の姿の通りだった。人間としての顔に、Vtuberとしての顔が重なるようだった。
「二人のシンクロダンス、凄いもんね。あれ見て朱姉ちゃんに火ぃついちゃってさぁ。後ろで踊る俺らにアレやらせようとするんだから。フィジカルの違いをもうちょっと考えてほしいんだけど、そこんところ朱姉ちゃんどう思う?」
「為せば成る!」
「成らねぇんだって!皆さんご存じの通り、俺はちょっと病弱系美少年なんだから!デビューする時から知ってるじゃん!俺の本領は喋りなんだから!」
「ごめんね、この二人いつもこうなんだ」
「なんていうか、皆さん配信の時と同じでビックリしてます……」
「その、私たちこうしてプライベートでVtuberの人に会うのが初めてで。予習で見てきた動画や配信で見た皆さんが、そのままそこにいるような、不思議な感覚です」
レリーとラキは誉め言葉としてそう言ったが、人によっては『キャラ作りをしていないのか?』という意味にも取れる不用意な発言だった。しかし、三人は特に気にもせず顔を見合わせて笑う。
「そりゃまぁ、俺らリバユニだし?」
「現実世界の自分も、バーチャルの世界の自分も、どちらも等しく『俺』だからね」
「勿論全然違う人だっているだろうけど、私たちは割とそのままかな。もちろん、意識して『もう一人の自分』になる人も居るけどね。ウチの先輩の廻叉兄さまとか。むしろVtuberとしての人格と融合しかけてたって聞いたけど……」
「ええええ……」
「なんかすごい話……!」
正時廻叉は二日目の出演なので、今日この場には居ない。だが、Vtuberであれば正時廻叉と石楠花ユリアのカップルを知らない者は居ない。推奨されないどころか、半ば禁忌のような扱いとなっていた『Vtuber同士の交際』は、界隈全体にとっても大きなニュースになっていた。
その一人である正時廻叉の裏話を聞くとは思わなかった。
「私たちは、割と普段通りで……アイドルらしい振る舞いはするようにしているけど」
「それがいいよ、それが。俺らSINESもそんな感じだし。たぶん、俺と凪兄ちゃんがリバユニの中では一番ナチュラルだと思ってるし」
「……ちょっと、なんでこっち見るのよ。あ、初めまして。ラブラビリンスのエリザベート・レリックです」
リンネの視線に気付いたエリザベートは、挨拶もそこそこにリンネへと詰め寄った。会話内容までは聞こえていないが、視線の向け方が明らかにわざとらしい事に気付かないほどエリザベートは鈍感ではない。当のリンネは視線を泳がせながら誤魔化そうとしていたが、その逃げ道は同期の兄に潰された。
「配信と普段でどれくらい性格が変わるかって話だったんだけど、その流れでエリザさん達の方を見る理由は俺にはちょっとわからないかな」
「それ、場合によっては私も対象に入ってるって事じゃない?あ、淀川夏乃です、よろしくね」
「違うんだって。俺はあくまでライブでもなんでもナチュラルな方がいいって話をしてただけで。そういえばエリザさんの初配信、今と全然違うなって思い出しただけで」
口が回るリンネは即座に言い訳を並べたが、それが自ら墓穴を掘る行為に他ならないと気付いていない。
「……言い残すことはそれだけ?」
レリーとラキはこの時の事を多くは語ろうとしなかった。ただ、示し合わせたかのように同じセリフを繰り返すばかりだった。
「エリザベートさんはとっても笑顔が素敵な方でした!!!!」
※※※
「はいどーもー!エレメンタルの月影オボロやでー!」
「こんにちはー!オーバーズの雛菊ゆいです!!今日は私とオボロちゃんで司会進行を務めさせて頂きます!よろしくお願いします!」
「みんな、きっとオープニングムービーみたいなのがあると思ったやろ?心配せんでもこの後ちゃんと流すから安心しとき」
待機画面が切り替わり、3Dのステージに二人の女性が現れると同時に元気よく視聴者に向けて挨拶を始めた。視聴者たちは『最初はオープニングの映像が流れて、それから司会者が登場する』という想定だった為、既に予想を裏切られていた。
「それにしても、凄いよねぇ。こんな立派なステージで、企業所属も個人勢も問わずで合同ライブだよ。私たちみたいに初期からやってるVtuberからしたら、随分遠くまで来ちゃったなぁって思うんだけど……オボロちゃんはどうかな?」
「せやね。感慨深いし、明日は自分がここで歌うって思ったら……ワクワクもするし、今度はエレメンタル単独でって気持ちもあるわな。まだまだ、先に進まなあかんけど……今日明日は、単純に楽しみたいわ」
「楽しみなのは私もだけど……ちょっと緊張もするかな。そして、私たち以上に緊張してるのが出演者のみんなだと思う。そんな出演者のみんなを紹介するムービーを流そうかな!」
「それじゃあ、『V Music Fes』……」
「スタート!!!」
二人が声を揃えて叫ぶと、画面は暗転する。軽快な音楽と共に、一機のドローンが画面を飛び回る。そして、視点がドローンからのものに切り替わり、空を駆けていった。
大都会の中をドローンが駆け抜けていく。まるで何かを探しているかの様に。すると、ビルの屋上に掲げられた看板を大写しにすると、そこには『双翼天使』の二人のイメージビジュアルがあった。そこにテロップでユニット名と個人名が書き加えられる。そしてドローンが再び飛び回り、今日の出演者たちが描かれた看板やモニターを映していくという映像だった。
《おおおおおおおおおお!!》
《すげぇ、Vtuberの看板があちこちにあるのか》
《双翼天使推しのワイ、書き下ろしっぽいイラストに泣く》
《出番順なんかな、これ》
《早く推しの看板が見たいいいいいいいいいい》
《いつかこんな風に街全体にVの広告があふれる世界になってほしい》
古いジャズバーの扉の前に張られたポスターに描かれた『Vインディーズ』のクリスティーナ・ブロッサムを中心としたシンガー達が微笑んでいた。
『オーバーズ』の若手たちが駅前の大型モニターをジャックして、今にも暴れ出しそうな表情でこちらを睨んでいた。
駅構内のデジタルサイネージに映し出された『エレメンタル』のメンバーは、思い思いのポーズで自分らしさをアピールしていた。
電車の中吊り広告は『ラブラビリンス』の淀川夏乃とエリザベート・レリックの写真で埋め尽くされていた。二人ともどこか気だるげな表情を浮かべていた。
《クリスティーナ様!!!》
《Vインディーズはソロシンガーメインなのか》
《オーバーズ19年デビュー組勢ぞろい!》
《全員前に出過ぎてモニター割りそうで草》
《エレメンタルの王道感好き》
《うおおラブラビかっけぇ!!!!》
《ドローンで電車突入するのかよ》
電車から降りたドローンは、そのまま空を駆けていく。海沿いの町、青空と水平線の向こうには入道雲。そのままフェス会場へ向けて空を疾走するドローンが、再び出演者たちを映していく。
停車中のアドトラックには『にゅーろねっとわーく』のメンバーが笑顔で手を振る姿が映っていた。BGMの中に溶け込む様に、うっすらと彼女たちのオリジナル曲のインストが流れていた。
選挙ポスターの掲示場で、架空の立候補者に混ざって『雀羅』と『篠目霙』のポスターが張られていた。「個人勢の未来の為に」というキャッチコピーがどちらにも書かれていた。
路上には『バーチャルサイファー』の面々が勢ぞろいした看板が設置されていた。上下をショッピングモールと病院の看板の間に挟まれているせいか、格好良さとコミカルさが奇妙に混ざっていた。
フェス会場に向かうシャトルバスは『Re:BIRTH UNION』のThe SINESの三人のラッピングバスになっていた。肩を組んで笑う三人の姿は、まるで昔からの親友同士のようだった。
《フェスと言えば海か山だからな》
《にゅーろのアドトラック、マジで実現しそう》
《雀羅wwww霙wwww》
《スーツでもないのにしっくりくるの草しか生えない》
《サイファー勢、なぜそこに広告を出した》
《生活感溢れる看板に挟まれてるラッパー達、流石にシュールが過ぎる》
《おお、SINESだ》
《てぇてぇ……》
ドローンがフェスの会場に到着し、会場全体を大写しにする。最後にステージ上の大型モニターへとカメラを向けると、『ステラ・フリークス』の不敵な笑みを浮かべる映像へと切り替わる。そして、モニターの電源が落ちると同時に映像自体も暗転した。
『V Music Fes』
最後にイベントロゴが映し出され、オープニングムービーは締め括られた。
《今日のトリはステラ様!!》
《キャリア浅めの面々の中で、最初の七人がヘッドライナーなの熱いな。七人で最後にデビューしたのがステラのはずだし》
《このムービーだけ単品でアップしてほしい》
そして、暗転からの明転。
ステージ上には、金髪と銀髪の天使が目を閉じて祈るように手を組みながら佇んでいた。
『V Music Fes』、いよいよ開幕です。
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