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「まだ何もしてないのに謝られたね……」

『V Music Fes』当日。設備が最も整っており、多人数の収録への経験があるという点で選ばれたオーバーズの3Dスタジオを使っての大規模生配信イベントは、度重なるリハーサルの甲斐があり大きなトラブルが起きる事なく本番直前となっていた。一方で、必要以上のリハーサルによって出演者たるVtuber達は始まる前から疲労状態になっている者がニ割、体調管理に成功して最高の状態に持ってきた者が六割、そもそも疲労という概念を知らない者が二割となっていた。実年齢が三十代に近い者ほど疲れを残し、疲れ知らずで体力を持て余している者ほど若いという、本来ならば年齢など関係ないはずのバーチャルの住人たちに歳を重ねることの残酷さと、物質世界の肉体から逃れるにはまだ数十年ほど掛かるであろう現実を思い知らせていた。


 とはいえ、実際には生ライブと事前収録の映像の両方が使われるイベントであり、出演者への負担はそれほど大きくない。出演者とスタッフ、それぞれの熱意が暴走した結果が過剰なリハーサルであった。


「気合入れるのはええことやけど、みんなやりすぎなんよなぁ」

「大きいイベントに参加するのが初めてな子も多いからね。それくらい、このイベントに賭けてる子が多いんだろう。推薦枠の個人勢の子たちや新しい事務所の子たちとか、緊張と興奮で目が血走ってたからね」

「挨拶来てくれるのはええんやけど、本番前に声飛ばすんちゃうかってくらいの大声やったなぁ……」


 初日のトリを務めるRe:BIRTH UNION所属のステラ・フリークス。そしてライブ出演が二日目という事もあり、初日のメインMCの一人に任命されたエレメンタル所属の月影オボロは、機材の最終調整を行うスタッフを見守りながらスタジオの隅で談笑していた。どちらも、モーションキャプチャー用の黒いスウェットの上下だ。今日、そして明日にスタジオでこの格好をしている人物はもれなくVtuberである。


「まぁオープニングアクトの大役を与えられるとは思わなかったんじゃないかな。楽園少女の子たちとは初めて会うけど、私は好印象だったけどね」

「良くも悪くも、初々しいわな。外部イベント初参加ってのもあるやろうけど……デビューして半年間の鎖国状態から、いきなり全事務所と顔合わせやもんなぁ。配信上では、ウチとゆいちゃんとしか喋らへんけども」


 話題に出ていたのは、MCであるオボロへと真っ先にあいさつに来た女性二人組のアイドルグループだった。新興企業のバーチャルアイドルプロジェクトであり、最初から3Dアバターのみで活動する「逆に珍しいくらい正統派」と呼ばれるデュオユニット、『双翼天使』だった。

 オボロと、たまたま居合わせたステラに緊張と興奮と若干の怯えで二人揃って声量のボリューム調整を間違えこそしたものの、社会生活に難があるVtuberの群れに慣れているオボロとステラにとって、常識と礼儀をしっかりと保持している双翼天使の二人は好印象ではあった。


「ゆいちゃんにも挨拶に行くって言ってたけど、あの子たち大丈夫かな……たぶん、相当探す羽目になるんじゃないかな?」

「絶対どっかで駄弁っとるやろしなぁ……大部屋だけでも三つくらいあるやろ、ここ」

「設備全体の広さも業界一だからね、ここ。単純な撮影用スタジオの広さなら、リバユニの3Dスタジオも相当なんだけど……」

「オーバーズさん、最初はスタジオ運営をメインに動く予定だったらしいからなぁ。思った以上に個人勢が自分でやってまうから、自前のスタジオ使ってもらうためにオーバーズ立ち上げたって話聞いた時は無茶苦茶しよるなと思ったけど……」

「間違いなくやり手だよね、社長さん。普段、あんなに所属のタレントから弄り倒されてるのに。クセの強い面々集めて、なんだかんだで纏めてるのはあの社長さんだからだろうなぁ」

「……そういえば、今日のオーバーズでライブ出演する子、ひな以外は19年デビュー組かぁ」

「初日はキャリア浅めの子たちメインで、明日が比較的ベテランメインだからね。双翼の二人も、まだやりやすいんじゃないかな?」

「まぁ怖がらずにやってくれたらええよ、本当に」




※※※




「オボロさんカッコよかったね、ラキ……!」

「ステラさんもミステリアスで素敵だったよ、レリー!」


 双翼天使はレリーとラキの女性二人組であり、実際に双子であった。レリーは金髪のツインテール、ラキは銀髪のボブカットという3Dアバターで活動しているが、二人は敢えて現実でも髪型も髪色も合わせて今日のライブに望んでいた。運営の判断からコラボをせず地力を蓄え、『V Music Fes』で実質的なコラボ解禁となるこの日を、二人は待ち望んでいた。


「他の人にもどんどん挨拶して、まずは私たちの事を知ってもらわないと……!」


 レリーはこの日を大きなチャンスと捉え、若干掛かり気味になっていた。


「友達たくさん増えるといいね!普段の動画でもコラボできたらいいなぁ」


 ラキはひたすらに楽しそうに、新たな交流を楽しみにしていた。


「そのためにも挨拶は大事だよ……!まず、MCの雛菊ゆいさんを探さないと……」

「この楽屋かな?こっちは男性用みたいだけど、居るの?」

「この後、女性用楽屋で私たちも準備するんだから先に男性陣にも挨拶しなきゃだよ、ラキ!」

「なるほど、流石だねレリー!それじゃ、失礼しまー……!?」


 楽屋入り前に挨拶回りという判断をした二人がドアに手を掛けようとした瞬間に、楽屋のドアが開いた。目の前には、オーデコロンの香りに包まれた肉の塊があった。自分達よりも頭二つ以上大きく、横幅も同様に大きい。二人が見上げると、強面のB-BOYスタイルの大男がこちらを見下ろしていた。


「ん?おお、悪い悪い。どうした?」

「は、は、はじめまして!そ、その、私たち、双翼天使のレリーといいます!みなさんに御挨拶に、きました!」

「は、はじめまして!以下同文です!あ、えっと、ラキです!!」


 Vtuberのイベントよりも夜のクラブイベントが似合いそうな大男を前に、二人は驚愕と混乱に包まれながらもなんとか挨拶を返した。


「おー知ってる知ってる。正統派アイドルの二人じゃねぇか。ああ、俺は個人勢でバーチャルサイファーのダルマリアッチだぜ。よろしくな、お嬢ちゃんたち」

「おいデブはよ動けや、後ろつっかえとんねんボケ」

「ノヴァ、口悪いぞ。ダルもダルでどうした?急に止まって」

「太り過ぎてドアに挟まったんだろうな!」

「調子に乗って大食い企画ばっかりやってるからだよ。次は人間ドック企画だな」

「とりあえず出ません?ダルさん、誰かと挨拶してるっぽいですし」

「おー、悪い悪い。話題の天使ちゃん達が楽屋挨拶だってよ。それと、ノヴァと龍真とフェニは後でシメる」


 ダルマリアッチの巨体の陰に隠れていたバーチャルサイファーの面々の姿を見て、レリーとラキはどちらも僅かに後退りした。Vtuberとしてデビューして以降、家族とスタッフ以外の男性と会話をした経験がほぼ無かった二人にとって、B-BOYスタイルの男達はあまりにもインパクトが強かったようだ。

 とはいえ、彼らは外見の治安こそ悪いが中身は善良である。それぞれが緊張と僅かな恐怖を隠し切れないレリーとラキに笑顔で対応して去っていった。どうやら出番まで時間があるらしく、楽屋の人口密度を減らすという理由も兼ねて時間つぶしに外出するらしかった。


「で、どーすんだよ。最悪三十分前には戻らないといけねぇぞ」

「パチスロ行こうぜパチスロ」

「龍真さぁ……お前、もし出番直前に天井間際だったらどうする気だよ」

「そこで『メダルが出続けてたら』にならない辺り、龍真さんの普段の戦績が垣間見えますよね……」


 去っていくバーチャルサイファーの面々を呆然と見送り、レリーはポツリと呟いた。


「……怖かった……!」

「そ、そうだね……!でも、皆さん凄く優しかったから……!」




※※※




 その後、二人の挨拶回りは順調に進んだ。男性楽屋では、オーバーズやVインディーズのキャリアが近い面々が既に自分たちの事を知っていてくれた事もあって、ある程度緊張せずに話を進める事が出来た。一方で、同じく個人運営であり現状最も勢いを増している雀羅にも挨拶をしたが、彼は自分たち以上に緊張とプレッシャーで潰れかけていた為、こちらの挨拶になぜか土下座で返されてしまった。


「雀羅さん、なんだか泣きそうな顔してたね……」

「まだ何もしてないのに謝られたね……」


 彼に一体何があったのかは知る由もないが土下座したままガタガタと震え出した雀羅を、同じく個人運営のバーチャルシンガーである篠目霙が「はい、はい、わかったわかったネガティブ吹き飛ぶまで練習するよ練習」と引きずって行ってしまった。その際に霙とも挨拶をすることが出来たが、彼女もまた双翼天使の事を知っていた。


「プレッシャーはあると思うけど、失敗を恐れないことが大事だよ。失敗を恐れてると、こうなるからね!」


 と、ネガティブの奈落に陥っていた雀羅を指差して笑っていた。二人は曖昧な笑みを返すことしか出来なかった。




※※※




 女性陣の楽屋挨拶は、先ほどよりもずっとスムーズに終わった。むしろ、本当の双子である事への喰い付き方は凄まじく、ファンイベントではないにも関わらずチェキの撮影会が始まったほどだった。スマートフォンでの撮影は一切なく、物理的な写真として残るチェキが愛用されている辺りVtuberとしての意識の高い面々が多い事が二人には驚きだった。


「天使ちゃん達の運営方針次第だけど、これからコラボとかも出来たらいいね。もし、オーバーズで一緒に歌ったりゲームしたりしたい子が居たら、私経由でもいいから気軽に伝えてね」


 今日のMCを務めている雛菊ゆいは、新参である自分達の参加を誰よりも喜んでくれていた。純粋な期待を受けて、二人のモチベーションは急上昇していた。着替えもそこそこに、レッスンルームと化している会議室へと足を踏み入れると、そこには何組かの先客がいた。


 センターで歌いながら踊る女性と、その両サイドで踊っている男性二人。それを正面から撮影している女性二人組。一番奥では、先ほど男性楽屋から連行された雀羅と霙が打ち合わせの真っ最中だった。


「ちょ、ちょっと休憩させて休憩……」

「んー……もうちょっとやりたいけど、リンネくんが本番前にダウンするといけないんで休憩!」

「昨日までメドレー用の動画撮りやってたんだっけ、確か」

「向こうの雀羅さんが目を逸らしたんだけど、原因の一つはあの人って事じゃないの?」

「アホね」


 Re:BIRTH UNIONの四期生、The SINESの三人。そしてラブラビリンスの淀川夏乃とエリザベート・レリックだった。

何がしたかったって『割とキャリアが浅くて外部との交流がない子たちから見たリバユニ(と他のVtuber)の図』がやりたかったんです。

それと今回のフェスですが、基本的にはRe:BIRTH UNIONを中心に見ていきます。

そして初日の主役は、SINESとステラ様です。


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