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「女の子の主食は他人のコイバナなんだから!」

 可愛らしいプレイヤーキャラクターや世界観で彩られた中に、写実的でリアルな釣り道具や魚を始めとした水棲生物、そしてギリギリのところでゲームとして成立するレベルのフィッシングシミュレーターという怪作『ファンシー釣り紀行・海千川千スペシャル』であるが、一部のVtuberからはソロで緩く楽しむゲームとして人気を博している。更にごく一部の釣りガチ勢と呼ばれるVtuberや実況者からは「底なし沼どころかマリアナ海溝くらいの深みに連れていかれる」と称されている。

 今回の講師役である淀川夏乃は、見た目に騙されたプレイヤーだ。夏乃自身は釣りの初心者どころか興味すらなかったが、キャラクターの可愛らしさを見て文字通り『釣られた』ことがプレイする切っ掛けだった。


「私のアーカイブの初見プレイとか酷いからね。何をどうしたらいいかわからなくて、二時間くらい一匹も釣れなかったし」

「それは……ちょっと、私ならどうしたらいいか、わからなくなりそうです……」

「キャラは可愛いし、風景も綺麗だから環境映像としては有りだと思う!今も釣り糸垂らして待ってるだけでもなんか癒されるし」

「まぁ後で知ったんだけど、実は最適な釣り道具やエサじゃなくても全種類釣れるようにはなってるらしいんだけどね、このゲーム。1%か、それ以下くらいの確率になっちゃうらしいけど」

「ええ……」

「救済措置なのかドツボに落とすための罠なのか判断に困る……」

「釣りたければ釣りの知識を付けろ、或いは色々試せって事だろうね。物価が割合安いし、ちょっとレアな魚が釣れれば高く売れるから……っと、来た来た」


《見た目可愛いのに中身が渋いゲームをやっとる》

《なんなら釣り系のTryTuberがドハマリしてるからな……》

《夏乃姐さんがしっかり知識を蓄えた上で講師やってるのがなんかおもろい》

《ゆるふわスローライフゲームのガワもちゃんと作り込んであるから余計に不思議な世界観になってんな。買うか……》


 夏乃の説明中に、ヒットの表示。簡単に言えば魚が針に喰い付いた事を示すアイコンが現れる。タイミングよくクリックして、魚の口に針を掛ける。専門用語で言う『アワセ』はタイミング勝負、その後は水面に現れる魚のアイコンが暴れていないタイミングを見計らってマウスホイールを回すという、シンプルな操作となっている。反射神経や知識よりも、観察眼と冷静さが重要視されるゲームとなっている。繰り返すが、外見は極めてファンシーなゲームとなっている。


「勢い余って回し過ぎると糸が切れたり針が外れたりするから……魚が疲れてる時に巻いて、ちょっとでも元気を取り戻したら放す。あるいは手前にホイールを転がして糸を緩めるのが大事」

「夏乃さん落ち着いてて凄い……」

「ゲームだから落ち着いていられるけどね。実際の釣りだったらパニクると思う。ってか、そもそもエサ触れるか怪しいもん。それにユリアもちゃんと出来てたから大丈夫だよ」

「いいなぁ、私も釣れないかなぁ……」


《マウスホイールをリール巻くアクションに採用した人、天才か?》

《パソコンでやるとボタンの連打とか長押しって難しいもんな。ゲームパッド推奨って言われたらそれまでだけど》

《シャロユリの後輩ムーブが可愛い》


 今のところ唯一当たりが来ないシャロンだけが羨ましそうに呟くと同時に、夏乃が見事に釣り上げる事に成功していた。


「うわぁ……」

「えええ……」

「ひぇっ……」


 そして、釣り上げられたものを見て全員があからさまに顔を歪め、若干引き気味の声を出した。


 全体的に長細く、そして縞模様が特徴的だった。針に喰い付いたままグネグネと身をよじらせている姿はウナギやアナゴの類にも見えるが、それは明確に魚ではなかった。


「……う、ウミヘビ……」

「アオマダラウミヘビって……これ、ウミヘビだけで何種類か居るよね……」

「とりあえず海や川に生息する、ある程度の大きさの生き物は採用しているらしいわよ……動画で見たことあるのは、タカアシガニとかスッポンとか……エンドコンテンツとして白いマッコウクジラを釣り上げる事で手に入るトロフィーがあるらしいわよ」

「クジラって釣るものじゃないよ?!」

「……もしかして『白鯨』ですか……?」

「たぶん正解」

「凝ってる……」


《グロいて》

《このゲームの製作者、釣りと漁業をごっちゃにしてない?》

《俺もこのゲーム持ってるけど平気でカブトガニとかオオサンショウウオとか釣れるからな》

《なんでゆるふわ釣りゲームでモビーディックと戦わなあかんねん》




※※※




 釣り自体はリアル志向であるが故に、釣れない時間の方が長いゲームということもありしばらくすると雑談が続くようになる。そして話題になるのは『V Music Fes』についての話題、そしてユリアと廻叉の関係についてだった。


「ユリアちゃん、リバユニさんの枠でも出るよね?何を歌うかとかは決めたの?ってか執事さんとデュエットとか見たい!需要とかじゃなくて私が見たい!!」

「シャロン、ステイ。アクセル踏み込み過ぎよ。守秘義務や情報解禁前の情報だってあるんだから、ゆっくり外堀を埋めないと」

「ちょ、ちょっと待って?なんで急にそんな……」

「ユリアと直で話せる機会があって、その話を聞かない訳にはいかないでしょ?言っておくけど、Vtuberの女子の間で一番夢を掴んだ女って言われてるわよ」

「ゆ、夢……?」

「ファンからも祝福される恋愛が出来てるってこと」

「あー」

「ええええ!?」


《シャロちゃん絶好調だなw》

《草》

《夏乃、止めてるようで止めてないよな》

《夢を掴んだ女は草》

《リバユニファン的には祝福してるの?》

《一部のアンチは当然反発してるよ。それ以上に、執事とお嬢の二人ならいいかって気持ちのが強い》

《お嬢を幸せにできるのは多分執事だって全員が正面からわからされちゃったからね、仕方ないね》

《正直に言えば最初は微妙な気分だったけど、今までのV界隈で見たことないやり取りが見れてだんだん面白くなってきて、今は3Dで披露宴やってくれねぇかなぁって思ってる》


「そんな訳で、最近どうなの?まぁユリアとあの執事さんの事だから、チャット欄の過半数が浄化の炎に包まれて焼け落ちるような清い交際してるんでしょうけど?」

「プライベートを深掘りしたい訳じゃないんだよ?でも、普段のユリアちゃんと執事さんのデート雰囲気を少しでも受動喫煙したいなって思ってるだけだよ?女の子の主食は他人のコイバナなんだから!」


 ゲーム上で左右を夏乃とシャロンに挟まれ、更にはコメント欄も廻叉との交際に関する話題を欲する始末であった。明らかに期待感からニヤニヤ笑いが隠しきれていない二人の姿に、ユリアは動揺を隠し切れない。文字通りの四面楚歌に陥ったユリアであったが、自供出来る話を思い出そうとしてふと気付いた。


「……最近、お仕事がお互いに忙しくて……打ち合わせの合間にお茶したりとか、お互いに配信してない時間に通話したりとかしかしてなくて……」

「おっと、事情が変わったわよシャロン」

「これは由々しき事態だよ夏乃さん!あっ引いてる!?しゃあおらぁ!!」


《ん?》

《これはいけませんね》

《正時廻叉くん、マイナス10ポイント》

《忙しいのは良いことだけども》

《ユリアの声色が悲しそうというより、そういえばそうだった感が滲み出てる。ワーカーホリックしかおらんのかリバユニ》

《突然のシリアスモードで草》

《結託した女子二人、これは恐ろしいですよ》

《シャロン、引いてるぞ、糸》

《草》

《如月シャロン、気合の咆哮である》


「ねぇユリア。別にお互いデートしたくないとか、そういう訳じゃないんでしょ?」


 シャロンが男子の格闘系運動部のような声で叫びながら魚と格闘する中、夏乃はこれ幸いとユリアへと尋ねる。淀川夏乃自身としては、恋愛対象となっている異性は不在だ。そういった願望も、今のところは極めて薄い。だが、夏乃は以前にエリザベート・レリックと正時廻叉の諍いがあり、その解決のために運営会社社長である父を伴って面談の場に居合わせている。

 ユリアの事情を少なからず知っている以上、全く見ず知らずの他人の恋愛事情と同様の受け取り方を出来るほど薄情にはなれないのが淀川夏乃という少女の美点である。


「は、はい。単純に、色々と忙しいから落ち着いたら……って話はいつも」

「それなら、フェスの本番までに時間作ってデートにでも行ってきたら?一緒に歌うのかどうかはしらないけど、フェス後に落ち着く暇があるとも限らないわよ?フェスでバズってマネージャーの電話が鳴りやまないなんて事もあり得るんだから」

「そ、そうかな……そうかも……?」

「どうしても気が引けるって言うなら『雑談配信の為のトークのネタ作り』だと思って行ってきなさい。これは断言するけど、アンタと執事さんの惚気話は需要に対して供給が全く追い付いていないのよ!?」

「そ、そうなの……?!」


《夏乃姐さん踏み込むねぇ》

《まぁ実際バズったら案件とかは大量に来るだろうし、Vの業界じゃないところからのオファーとかもあるかもしれんしなぁ》

《ちょっとずつユリアが納得させられてて草》

《草》

《せやな》

《我々は飢えている》

《お嬢はシャイだからあまり話してくれないし、執事に至ってはわざと情報シャットダウンしてるフシがあるからな》

《執事「勿論お嬢様とのエピソードはありますが、無断で話すことはしません。許可が出ても全部を話したりしません。全てを知っているのは私とお嬢様だけで十分です」ってこないだ言ってた。血も涙もねぇや。そういえば機械だったわアイツ》


「そんな訳でユリアからデートに誘いなさい!今日の私からの宿題!」

「は、はい先生……!!」

「どぅりゃっしゃああああ!!!釣れたああああああ!!!」

「あ、シャロン初の釣果おめでとう。餌釣りなのにブラックバスとか、レアなの引いたわね」


 シャロンの大絶叫で話題がちょうど変わりこそしたが、ユリアの心には夏乃から与えられた宿題がしっかりと残っていた。いつか、いつかで先延ばしにすることなく、今日配信が終わったらすぐにでも廻叉へと、正辰へと伝えようと心に決めた。




※※※




 意を決して送った誘いは、既読確認から数秒で了承された。その後、Re:BIRTH UNIONの内部連絡用チャットソフトで二人揃ってのオフを勝ち取るべくスタッフに熱い交渉を行う姿が多数から目撃されたという。

「そういえばちゃんとしたデート書いてへんわ、こいつら」

そう思ってからは早かった――


ってな訳で、次回はオフのデート回です。


御意見御感想の程、お待ちしております。

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― 新着の感想 ―
[一言] デート回待ち望んでました! 廻叉が大人だからユリアを徐々に恋愛に慣れさせていくだろうなと思ってたので、じりじりしつつ待ってましたのでw はよ来週になーれー
[一言] 次回デート回! やったー!!
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