「Web会議は踊る、それが深夜であろうとも」
御閲覧、評価ポイント等ありがとうございます。
書き貯め分の第二話となります。
Vtuberファンの間でRe:BIRTH UNIONの評価がどうなっているかと言えば、好意的なものが3割、否定的なものが2割といった割合となっている。残りの5割の反応は「そんな箱あるの?」だ。
好意的な意見としては「楽曲のレベルが高い」「というか、新人含めて全体的に場馴れしてる感があって安心感がある」「ステラの3D使ったMVを全員が使える様になったら間違いなく化ける」「なんやかんやゲーム実況とかも普通にやってくれる」……といった具合だ。
否定的な意見としては「素人感が無くてつまらない」「ステラ・フリークスの人気におんぶにだっこの腰巾着集団」「新人が秒で身バレするような所、将来的に絶対危ない」……という意見となっている。
新人の身バレに関しては初配信で披露した自作の2Dモデルおよびイラストのタッチとギャグイラストのセンスから、視聴していたリスナーにデビュー前の活動時のペンネームを看破され、デビュー配信の真っ最中にスタッフとの協議の結果それを認めるという怒涛の展開があった。この一件はあらゆるまとめサイトでニュースとなり、Re:BIRTH UNION初の炎上沙汰となった。
この騒動の渦中にして身バレした人物こそRe:BIRTH UNION2期生、人魚のメイドVtuber『魚住キンメ』であった。
なお、当の本人が「以前の私による現在進行形の仕事が一切ない為、旧PNでの活動を半恒久的に停止致します。早い話、前世の私は死んでます。今の私はVtuber魚住キンメです」とSNS上で宣言した事により一応の鎮火を見た。ただ、旧名義にて既婚者・子持ちの女性である事も公表していたため再燃した。これもまた当の本人があっさりと認めた上に「自分の子供を抱く魚住キンメ」のイラストを公開した事で鎮火した。その結果、人妻子持ち人魚メイドVtuberという属性過多でまた話題になり、SNSのリプライ欄にて生まれた『マママーメイドメイド』なるフレーズがパワーワードとしてバズるなど、同期の正時廻叉を大きく上回るチャンネル登録者数を獲得し、見事なスタートダッシュを決めていた。
「いや、あれに関しては運が良かっただけだかんね。ぶっちゃけ、次燃えたら消し飛ぶレベル」
「それでも炎上を文字通り燃料に出来たのはキンメさんの度量あってこそでしょう。俺には真似できませんよ……っていうか、界隈全体で見ても同じ事出来る人って本当に少数派だと思いますよ」
通話ソフトで会話をしているのは、Re:BIRTH UNION2期生の同期組である正時廻叉と魚住キンメの二人だった。廻叉は完全にオフモードであり、キンメもまた配信で行うハイテンションさが全くないプライベートモードだった。なお通話の部屋名は「公式生放送企画会議部屋」となっている。キンメと廻叉の他に1名のスタッフのアカウントも入ってはいるが、現在離席中となっている。どうやらオフィスで別件の業務を行っているようだ。
ちなみにであるが、現在の時刻は深夜0時半頃である。こんな時間までオフィスで仕事をしつつ会議まで参加する気満々のスタッフには頭が下がる思いを二人して持っていた。とはいえ、以前に面接で運営企業であるリザードテイルのオフィスに訪れた際に、妙にギラついた目と獰猛な笑みで仕事に励むスタッフたちを見ており、ある種のワーカホリックしか居ない事も二人はよく知っていた。
リザードテイル、という名が表す通り、彼らは映像や芸能の業界において蜥蜴の尻尾の様に切られたり、自ら千切れて来た者達による集団だ。そんな彼らだからこそ、全く新しいVtuberという業界で自分達の城を、居場所を作ろうと必死であった。
「生まれ変われ、自分」をテーマにしているのは、何も所属タレントに限らないという証左ではあったが、それにしたって頑張り過ぎではないかという気持ちはある。ただ、そういう所だからこそ楽しく活動出来てる所もあるので強く言える立場ではない。
「しかし公式生放送とは思い切った事しましたね。公式チャンネル、殆ど稼働してないのに」
「上がってるの、ほぼステラさんの新曲告知だもんねぇ。あと1期生、2期生のデビュー告知」
「とはいえ、俺らが活動出来るのもステラさんのお蔭ですし。むしろ公式がステラさんの告知しなかったら俺が怒りますよ。割とマジで」
「安心して、ステラさん蔑ろにしたらリバユニ全員怒るっつーかキレるから。というかリザテ全員ステラ信者みたいなとこあるじゃん、良い意味で」
「信者が良い意味で使われる事、あんまり無いですよ?」
「他人から言われるのは悪い意味で、自分で言うのは自虐か狂信者だからいいの」
「良い意味ではないなあ、どっちにしても」
取り留めのない雑談は続く。今日は全員が参加する打ち合わせの予定となっている。まだ企画内容の台本等が届いていない為、それまでは雑談かあるいは各々の作業を続けるべきではあるのだが、二人は既に配信を終えた直後である。話題も尽きかけた時に、通話部屋に通知音が響いた。
「はー……しんどい」
「第一声からそれですか龍真さん」
挨拶より先に疲労感を露わにする男性の声に、廻叉は苦笑いを浮かべる。アイコンには赤髪の、見るからにB-BOYという男性の姿。
Re:BIRTH UNION1期生『三日月龍真a.k.a.Luna-Dora』、見た目通りのラッパー系Vtuberだ。
「いや、来週に新曲上げるんだけどさぁ。どうも一味足りない気がして仕方ねぇんだよ。……執事ー、コラボしねえ?」
「いや、荷が重いです。ラップ素人に頼らないでください」
「相変わらず配信内外問わずやさぐれてんなぁ。いいよ、今度ラップ教えっから。つか、そういうコラボしようぜ。キンメ姉さんも」
「姉さんやめてー。あたし後輩よ、後輩。それに普通に歌うのだってパスしたい」
「既婚で子持ちなんだから人生の先輩っしょ、俺なんて若造よ?なぁ執事」
「同世代だからそこは同意しますけどね」
「すんな馬鹿、旦那に説教させるぞ」
「すいませんでした」「勘弁してください」
男二人の全面降伏と同時に通知音が鳴る。アイコンはギターを抱えた黒髪に白のエクステを付けた、一見青年にも見える女性だった。尤も、その声は女性そのものであったが。
彼女はRe:BIRTH UNION1期生、ギタリスト系Vtuber丑倉白羽。龍真と共に、リバユニ=音楽系というイメージを作り上げた功労者の一人でもあり、龍真曰く「俺より人生フリースタイルしてる女」である。
「こんばんは。丑倉でーす」
「ギタ練配信お疲れ様です、丑倉さん」
「よーっす、やさぐれ執事くん」
「なんで1期生俺の事やさぐれてるって言うんです?」
「わかる」
「ついに同期からも同意されたかぁ」
「お、同期と同意で韻を踏んだな?ラップしてもらおう」
「龍真さんこないだ個人勢の方とサイファーしてたでしょ。それで満足しなさいよ」
「うるせぇー俺は後輩とコラボしてえんだよ、後輩とー」
「するんですよ、これから。公式生配信で」
「そうやって淡々とツッコミ入れつつも、怒りよりも疲れや呆れが多く滲むあたりがやさぐれてるって思えるんだよ、正時くん。どうだね、丑倉のこの名推理」
「推理っつーか個人の感想ですよね、それ」
人は三人集まれば派閥が産まれる、というがRe:BIRTH UNIONに関してはその例に当てはまらない。ある程度成熟した年齢の人間が多い(しかも一名は既婚者で子持ち)であり、再起・再出発を志すだけの理由がある事もそれぞれ知っている事から、極めて良好な、お互いのスタンスを尊重し合う関係が出来上がっていた。なので、こうした打ち合わせがあれば会話は弾む。時折弾み過ぎて摩擦係数を失う事もあるが、それもまた彼らの雑談の持ち味でもあった。尤も、各々の特色・特性が違い過ぎる為か、二人までのコラボはあっても全員でのコラボはない。むしろ、その初の全員コラボが今回の企画であったりもする。
それはさておき、彼らが良好な関係を築けている最大の理由はまた別にある。
「いやー、すんませんすんません!ちょっと色々バタバタしてましてね!ようやく一段落付いたんで、遅い時間ですけど打ち合わせ始めましょうか!あ、PDF送ったんでそれぞれダウンロードしといてくださいね!それ、今度の公式配信の企画書の叩き台になってますんで!」
弾んでいた雑談の間が空いた一瞬、その間隙を縫うように別の男のマシンガントークが割り込まれた。元々入室していたスタッフのアイコン、その離席中のマークが外れているのに他の四名が気付いたのはそのタイミングだった。
「佐伯さん、お疲れ様です」「おっつー」「ういーっす」「佐伯さん、深夜に騒いで大丈夫?」
「廻叉くんお疲れ!ありがとうね、司会役快諾してくれて!キンメさんもお疲れ様!こんな時間まで待たせてごめんね!龍真くんうぃーす!新曲楽しみにしてるよ!白羽さんもお疲れ様!大丈夫、オフィスもう俺しか居ない!むしろ騒いでないと怖いまである!」
映像企画会社リザードテイル社員、およびRe:BIRTH UNION統括マネージャー佐伯久丸は、ひたすらに喋り倒せる男だった。それもそのはず、彼は元ゲーム実況系の配信者である。友人の誘いでリザードテイルへと入社し、TryTubeにおける配信のノウハウを他社員やリバユニメンバーに叩き込んだのは、他ならぬこの男であった。少々、否、かなり騒々しい男ではあるが、そこは元配信者という事もありギリギリで「賑やかな男」という印象のラインに残る声量で喋るという器用な真似をしている。
「というわけでね!もうPDF開いてもらったと思うんだけど、今回はリバユニ全メンバーで改めてこの箱を知ってもらおうという企画になっております。やっぱり、ウチの一番の知名度を持ってるのはリバユニ発足以前から活動していて、なおかつ唯一の10万人登録者達成してるステラ・フリークスその人であって、正直リバユニ自体の知名度や登録者数は大甘に見積もって中堅所。それも個人勢としての基準で、だ。勢いのある同業他社さんの事務所や箱に比べたら、客観的に見ても弱小だよね。……悔しいけどさ」
四人は資料に目を通しながら、仕事モードになった佐伯の言葉を黙って聞いていた。まだデビューして二ヶ月足らずの2期生二人はともかく、1期生ですらようやく1万人の登録者に手が届きそうな位置まで来ている。それでも、企業運営の事務所としては――弱い。この場に居る全員が忸怩たる思いを感じながらも、それでいいと納得している者は、ここには一人も存在していない。
「という訳で、今回の企画の大きな柱は二つ。一つは、君らがさっきまでやっていた途切れないクロストークを配信で披露することでそれぞれのファンにリバユニのメンバーを知ってもらう事。もちろん、Vtuberとしての立ち位置でやってもらうから、さっきみたいなのとまったく同じ、とはいかないだろうけどね」
企画書内には『リバユニフルメンバークロストークバトル!音楽系だと思った?意外とみんな喋り好きなんですスペシャル』と題されている。タイトルのセンスはさておき、自分達を知ってもらうにはシンプルなトークが一番いいだろう。ゲーム配信という手ももちろんあるが、Vtuberや配信者ではなくゲームタイトルだけに興味を持っている人間も多い為、どこまでファン獲得に繋がるか読めないという点から、今回は見送られた。
「で、もう一つの柱が――3期生募集オーディションのお知らせだ。君らがリバユニの魅力を最大限に伝えた直後に、この告知を持ってくる予定だ。上手く行けば、前回以上の応募が見込めるかもしれない。新しい才能、雌伏の時を過ごしていた才能に巡りあう大チャンスだ」
PDFのページを送ると、『Re:BIRTH UNION3期生、オーディション開始!』の文字が躍っていた。画面を見つめていた廻叉は、ここで疑問点が湧いたのか口を挟む。
「佐伯さん、オーディション自体は悪くないですけど――こういうのが一番注目を集めるのって、合格者発表、デビュー予告ですよね。それまで、どうやって話題引っ張るか、とかってあるんですか?それに、オーディションには俺ら四人の知名度アップとはあまり関係がない気が――」
「あるに決まってるじゃないか。むしろ、これを私が思い付いたからこそ――私は佐伯氏を通して、君達四人に召集を掛けたのだから」
廻叉の声に割り込んだのは、やや低めの、凛とした女性の声だった。
気が付けば通話部屋には、また一つ別のアイコンが入室していた。
そして、それを見たリバユニメンバー四人が総じて息を呑む。
深い藍色の髪に金色の眼をした女性のアイコン。
――前述した、リバユニメンバー四人の結束が固い理由。
それは、一人のカリスマの存在にこそあった。
彼ら、彼女らは――多かれ少なかれ、彼女に憧れたからこそRe:BIRTH UNIONという場所を選んだのだから。
映像企画会社リザードテイル最初の所属者にして、最高傑作。
バーチャルシンガーにして、登録者数10万人越えのVtuber。
そしてRe:BIRTH UNIONの0期生。
「こんばんは、みんな。ステラ・フリークスだよ」
Re:BIRTH UNIONの女王が、深夜のWeb会議に――予告もなく現れた。
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