「兄さん、地雷なら地雷って先に言ってくれません?」
『V Music Fes』のメドレー企画は締切までの時間の短さが方々から指摘されてはいたが、そんな懸念を笑い飛ばすかのように異例の速度で動画が集まりつつあった。様々な要因はあるが、基本的な歌唱力がありモチベーションも高いメンバーによる選抜チームに近い形だったことが功を奏していた。また、各事務所のスタジオに即座に足を運べる都内近郊に住居を構える者が中心だった事も、想定以上のスピードで動画が仕上がった要因でもある。
「という訳で、集合して曲決めて振り付け作って歌いながら踊って、スタッフの方に動画編集お願いして終わってきました!」
丑倉白羽主導の楽曲紹介コラボの準備中、今のうちに配信で話せない『V Music Fes』についての話をしようという丑倉の提案で雑談中だった。それでも、うっかり配信で話しそうなメンツである事が不安ではあった。そして真っ先にメドレー楽曲収録を終えた緋崎朱音が嬉々として話し始めた。
「リアルタイムアタックでもやってんのか朱音のとこは」
「どういうメンツでやったらそうなるの?丑倉、そっちのメドレー企画には参加してないから実は全く分かってないんだよね」
「えーっとですね、にゅーろんずのLiLiさん、個人勢の篠目霙さん、オーバーズの鈴城音色さん、エレメンタルの木蘭カスミさんです!皆さん歌もダンスも凄かったです!」
「実質ボスラッシュじゃねぇかよ」
「そこに放り込まれるの怖すぎない?」
ほぼ全員が歌とダンスの評価が高い面々が集まっている事に龍真と白羽が戦慄する。LiLiはにゅーろねっとわーくの最古参に近く、最初からバックダンサーを求められたオーディションを勝ち抜いた猛者である。現在も相方であるRaRaと共に、Vtuberによる『踊ってみた』動画を定期的に上げている。
個人勢の大型新人として騒がれた篠目霙も、デビュー以降地に足の着いた活動を続け、今では個人事務所を設立するなどバーチャルシンガーとしての地位を確固たるものとしている。鈴城音色はオーバーズの歌唱力上位勢であり、木蓮カスミも表現力を重視した歌唱の評価は高い。
そして何より、全員が2018年デビューであり朱音のみが一年以上の後輩というメンバーだった。
「みなさん歌って踊るなんて朝飯前って感じで!カスミさんが凄く良くしてくださって!音色さんと霙さんも凄く優しい方でした!」
「トップ層のバケモノに囲まれてこの反応、流石朱音って感じだな……」
「むしろそのメンツに放り込んでも大丈夫って感じで朱音ちゃんが選ばれたんじゃないの?」
デビュー時期が近く、更に音楽をメインコンテンツにしている二人ですら気後れするメンバーに混ぜられて、終始楽しそうに収録を終えてきた朱音の姿に戦慄していた。
「でさ、実際に行ってみてどんな空気だったの?」
「始まるまでは和気藹々と曲を決めたり振り付けに意見を出し合ったりしてて、いざ本番収録ってなったらバッチバチでしたね!なんだろう、全国大会に出るレベルの部活みたいな?」
「よし、弱小ラップ部の俺らが入っちゃいけない世界だな」
「ゆるゆる軽音部の丑倉も参加できないなぁ……辞退しておいて正解だったかも」
※※※
一方で、難航気味のユニットも当然いた。月詠凪の参加するユニットは楽曲こそ早々に決まったが、ラップの歌唱難易度から何度も撮り直しが発生していた。
「ちょっと休憩するか。まぁそれでも時間はある方だから気にせず行こうぜ。スタジオも丸一日予約してあるしな」
「すいません……」
「申し訳ないっす……」
MC備前、オーバーズの秤京吾、そして月詠凪。年齢もキャリアもバラバラのメンツながら、普通の歌はあまり得意ではないという事で備前の得意とするラップ楽曲を選んだところまでは良かったが、いざ収録段階に入ると問題が発生した。3Dアバターで歌うとなるとステージングの経験値の違いから凪と京吾がNGを多発させてしまっていた。映るべき部分でカメラの画角から外れてしまったり、単純な歌詞の間違いなどがどうしても出てしまい、二人も申し訳なさから気落ち気味になっていた。
「ぶっちゃけラップのがNG出るかと思ったんだけどな。そっちは出来てるから……いっそMV風にしてみるか。フェスとはいえ、全員が全員ライブ風にやってたら見てる側も飽きるし何より俺らが目立たん。凪も京吾も、目立ちたいだろ?」
「兄さん、目立ちてぇっす……!あとモテたいっす……!!」
「あー……そうですね、今回出てないVtuberの友達とか、地元で唯一俺がVtuberやってるのを知ってる子とかが見てくれてるんで……そういう意味では、カッコいいのを撮りたいです」
備前の提案は妥協案とも言えるものだったが、二人は即座にその提案に頷いた。基本的にバラエティ路線であり3Dアバターでの歌もカラオケの延長線上のような形でしかやったことがない京吾は勿論、ライブでは振り付けをしっかり覚えて披露するタイプの凪もまた慣れないライブステージでのパフォーマンスに四苦八苦していた事が備前の目から見ても明らかだったが故の提案だったが、二人にとってはこれ以上にない助け舟だったようだ。
「いいねぇ、若い奴らはそれでいいんだよ。モテたい、カッコよく映りたいって気持ちは大事だぞマジで。折角顔が良いんだから」
「備前さんはそういうのは無いんですか?」
「俺がお前らくらいの歳の頃に『カッコよくなりてぇ』って思って積み上げたもんが、今の俺の背中から滲み出てくるんだよ、覚えときな」
「渋い……!流石っす兄さん……!!……ところで凪ちゃんよ」
「な、なんです?」
「お前がさっき言ってた地元の友達ってのは……女の子だな?」
「え」
突然話の矛先を向けられた凪は思わずフリーズする。そのまま、備前へと助けを求めるがニヤリと笑って見ているだけだ。京吾がじりじりと詰め寄ってくるのを、凪は狼狽えながら目を泳がせた。
「カッコいいとこ見せたいなんて、男相手に言うかぁ?さー、凪ちゃんよキリキリ吐いて貰おうか?」
「い、いや、その、俺が学生時代に仲良かったメンツの中の一人で、女の子ってのもあってますけど、そういう関係じゃないですから……!その子の性格的にみんなの妹みたいな感じになってましたし、実際二つ下でしたし……!それに、島だと年齢近い子少ないから自然と仲良くなるんですよ」
「島?凪、リアルでも島から出てきてるのか?」
野次馬根性の塊と化した京吾を往なしながら凪が説明を続けると、不意に見守っているだけだった備前が会話に参加した。島育ちを『Vtuberとしてのプロフィール』だと思っていたらしく、少し驚いたように問い掛けた。凪は少し不思議そうにしながらも、その質問に対して頷いて島の名前も口に出した。
「……んー?そこだっけか、いかんな……ちゃんと聞いとけばよかったな……」
「あ、はい。そのどうしました?」
「実は備前の兄さんもそこ出身とかじゃないっすか?」
「いや、俺は違うんだけどな。同じような名前の島から出て来たって奴を知ってるんだよ。もしかしたら凪の知り合いかもしれないと思ってな」
「え、そうだったんですか?ラッパーの方で?」
「いやVtuberだよ。ただ、もう引退して行方知れずになっちまったけど……」
「いやいや、行方知れずってそんな大げさじゃないっすか?」
凪はその偶然に驚き、京吾はこれもまた興味本位から更に話を引き出そうと相槌を入れた。一方で備前はどこか苦々しい表情を隠し切れずにいた。
「……源正影っていうんだよ、そいつ」
「?」
「兄さん、地雷なら地雷って先に言ってくれません?」
「あ、あのお二人ともどうしたんですか……?」
想定外の場所から過去を想起させられた備前も、男性Vtuber冬の時代を作った張本人の名前を聞かされた京吾も、どちらもこれ以上なくげんなりとした表情を浮かべていた。何も知らない凪だけが二人の様子に戸惑って慌てふためくばかりだった。
※※※
「いえーい、三位三位ー!」
「リンネくん、筋がいいねぇ!最近始めたばかりとは思えないよ」
「いやー、それほどでもあるかもしれないですね!」
「リリアンさん、あんまり褒めると調子に乗りますよ、そいつ」
一方その頃、逆巻リンネはACT HEROESの配信を行っていた。ラブラビリンス所属のエリザベート・レリックと、電脳銃撃道場の師範代であるリリアン・ブラックがメンバーを募集したところ、真っ先に手を上げたのがリンネだった。エリザとリンネはVtuberとしては実質的な初コラボだったにも関わらず、白羽を経由して挨拶だけはしているという情報がリスナーには伝えられた為、特に反感を買うことはなかった。むしろ、開始数分でリリアンとゲラゲラ笑い合い、エリザと煽り合う関係を築くコミュニケーション能力の高さから好感度が上がっているまであった。
「それにしても、リンネは今日なんか予定があるとかSNSに書いてなかった?普通に配信始めてるけど」
「いや、リスケになっちゃってさぁ。俺一人だけ空いてても意味ないからじゃあ配信でもしよっかーって。そしたらちょうどエリザさんとこが募集してたから、こりゃいいやって」
「なんていうか行動力凄いねぇリンネくん」
「いやいや、一人でじっと待つのが苦手なだけなんですよ!ぶっちゃけ、今もこれ進捗ヤベー事になるんじゃねぇかなって不安です!」
「……楽観的過ぎるわよ、アンタ」
勿論、そのリスケになった案件が『V Music Fes』のメドレー案件である事を二人は知っている。特に、参加者側でもあるエリザからすればリスケジュールになったとはいえ、こうして即座に配信を開始して実質初対面の所に突撃してくるリンネの精神の図太さに感心すればいいのか呆れればいいのか分からなかった。
なお、逆巻リンネ、オーバーズ所属の紅スザク、そして個人勢の雀羅は無理やりにスケジュールを合わせて超が付く突貫工事と徹夜作業を行うことになるが、この時はまだそのような未来が待っている事を誰一人として知らなかった。
という訳でSINESの進捗状況でした。
問題が全くない朱音、過去の事件を掘り返す結果になっている凪、修羅場確定リンネ。
みんな大変だね(他人事)
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