「今ハードルが急上昇する音が聞こえたのですが気のせいでしょうか?」
「さて、ここからは真面目な話になりますが……何を歌いますか?」
「このメンツが集められた経緯を考えたら、ラブソング系列でしょ。ってか、ここでそういう曲歌わなかったら同期の男には死ぬほど弄られますし、同期の女に死ぬまで詰られます」
千乗寺クリアの提示した議題に、真っ先に答えたのはクロム・クリュサオルだった。同期であるアリアード・ネメシスとの関係性が、正時廻叉と石楠花ユリアとはまた別の意味合いで注目されている事を、当のクロム本人もよく知っていた。廻叉とユリアが少女漫画ならば、クロムとネメシスは少年漫画雑誌に連載されているラブコメ漫画、という言説には不本意ながらも納得してしまった記憶もある。
そんなクロムが『早く結婚しろ』と言われがちな男性Vtuberとメドレーに組み込まれた以上、おそらくラブソングを歌わなければ同期達はどういった反応をするか、彼には容易に想定出来た。現時点では情報解禁前という事もあり、クロムを含めた何名かが『V Music Fes』内の企画に参加するという大まかな内容だけがオーバーズ内には周知されている。そして、一緒にパフォーマンスを行う相手がVtuber界の恋愛関係に一石どころか大岩を投げ込んだと評判の正時廻叉、そして三十路に突入した辺りから親類縁者だけでなく視聴者からも結婚の意思の有無や、見合いへの誘いをされるようになったVインディーズ社長・千乗寺クリアという組み合わせだ。ここまでお膳立てされている以上、クロムは需要に対して応えようという意思を持っていた。
「ふむ……それだと私が一番気合を入れなければいけませんね!お二人と違ってお目当てのお相手もおらず、仕事が恋人と嘯いてきましたからね!いやぁ、感情移入が大変だなぁ!」
「クリアさん、目が笑っておりません。より正確に言えば、目に光がありません」
「おいたわしい、ってこういう時に使うんですかね?」
千乗寺クリアは女性人気の高いバーチャルシンガーではあったが、Vインディーズの法人化に伴い激務に次ぐ激務を本人の能力と精神力で乗り越えて来た。結果として、浮いた噂の一つもないまま現在に至っている。女性問題に端を発する炎上沙汰からも縁を切れていたという意味ではメリットもあったかもしれないが、三十代に突入してから明確に結婚について寛容さを見せる視聴者や周囲のVtuberの反応に苦慮していたのもまた事実ではあった。
「それはさておき、曲を決めるにしてもどういう動画にするかも決めなくてはいけませんけども。お二人にお伺いしますが、踊ります?」
「ダンスはちょっと……」
「正直に言えば、自信がありません」
千乗寺が続けて質問すれば、廻叉とクロムの答えは極めて消極的なものだった。
「弊社のフィジカルの怪物が参加するので、明らかに比べられます」
「あー。月詠凪さんですか」
「オーバーズのダンス上手い人と組みそうなんですよね……スザクさんは3D歴長いから振り付きで歌うの慣れてますし、ユーマさんブレイクダンスとか出来ますし、京吾さんも運動神経にステータス全振りしてるタイプの人ですし……」
「流石バーチャル界の人材の総合商社オーバーズですね……」
理由を語る二人に千乗寺も思わず納得する。ダンスは決して苦手ではない千乗寺であっても、ダンス経験値が高い者や身体能力がバグの領域に片足を踏み込んでいる者に見劣りしない物を用意できるかと聞かれれば、小さく溜息を吐いて黙って首を横に振ることしかできない。
「……よし、軽い手振りくらいにしておきましょう。マイクスタンド三本立てて横並び、これです」
「そうですね、それが我々にとっての最適解であると思います。これは決して妥協ではなく、最善を突き詰めた結果です」
「廻叉さん廻叉さん、今日は配信中じゃないんでそこまでガッツリ予防線張らなくて大丈夫ですって」
「それじゃあ選曲に移りますか。何なら今日で仮歌録音まではやってしまいたいですからね。ライブ感を出すためにも、どうせなら本番は一発録音でやりたいですし」
「クロムさん、今ハードルが急上昇する音が聞こえたのですが気のせいでしょうか?」
「気のせいじゃないですね。そうだった、千乗寺さんは業界最上位の歌上手い勢で歌に妥協しない勢だった……」
クロムが頭を抱え、廻叉がもはや開き直ったかの様に自身の音楽配信ソフトのプレイリストを眺め始め、千乗寺だけがテンションを高くしながら早々に候補曲を上げていた。ただし、他の参加者と楽曲の被りがないかの確認は必要だったが。
「他の皆さんは大丈夫なんでしょうか。特に締め切り」
「……わぁ、嫌な予感しかしない」
「凝った動画を作らなければ大丈夫でしょう、おそらく」
ふと廻叉が呟いた懸念に、クロムと千乗寺はそっと目線を逸らした。
※※※
「やっぱりサリーは明るい曲で楽しくハッピーになれる曲をやりたいのです!」
「それだと意外性がないわよ。サリーさん、オーバーズ枠にも出るんでしょ?だからこそ、こういう特別な時にこそ普段とやらない一面を見せるべきじゃない?」
「それならさ、間を取ってメドレーにしようか」
「フィーネちゃん、たぶん持ち時間オーバーするからダメだよ……」
DirecTalkerで作られた専用の会議ルームでは、石楠花ユリアが熱心に議論を交わす様に圧倒され明らかに採用できない意見にツッコミを入れるので精いっぱいだった。
オーバーズ所属、サリー・ウッドはお祭りなのだから明るく楽しい曲をやりたいというスタンスだった。
ラブラビリンス所属、淀川夏乃は属性で言えば光の雰囲気を持つメンバーが多いからこそ、真逆のイメージの曲でインパクトを与えたいと考えていた。
にゅーろねっとわーく所属、北条フィーネはどちらに転んでも良いと思っている為、議論が刺々しくならない程度に茶々を入れながら会話を回していた。
そしてRe:BIRTH UNION所属、石楠花ユリアはハイペースな会話に付いて行くことに必死だった。
「とりあえず、メジャー所というか『歌ってみた』が十何曲単位で出てる曲とかは避けた方がいいよね。視聴者目線でまたかよーってなっちゃうし、最悪同じメドレー内で被るとかいう事故が起きる可能性もあるし」
「うっ……そ、それは避けたいのです!サリーたちだけでなく、もう片方の人たちまで巻き添えにして盛大な事故が起こるのです……!」
「私も、当面事務所内でネタにされるって思います……」
「かといって、余りにもマイナー過ぎても冷めるし……ってか、リバユニってそういうのイジるのね……」
「割と……特に一期生のお二人がイジってイジられてが大好物なので……」
Vtuber界隈でも数少ない真なる清楚として扱われる事の多い石楠花ユリアであろうとも、Re:BIRTH UNIONの一期生とステラ・フリークスからすれば大人しい妹のような扱いである。結果、何か面白い事件があれば問答無用でイジり倒す対象になっていた。幸い、今のところそこまでの事件は廻叉との交際くらいではあったが、そちらをネタにした結果として禊配信を行う羽目になっているなど、最終的に龍真と白羽の方がダメージを受ける結果になっている。
閑話休題。
メドレー企画の参加者は、基本的には女性Vtuberの方が多い。故に、楽曲被りという可能性も十分にあった。別にグループが実際に楽曲が被った場合について運営に問い合わせたが、録音前にどの曲を歌うか事前に申告する形式をとるとの事だった。その上で、被った場合でもそのまま被ったまま本番で披露することも許容されていた。つまり被った事すらもネタに出来るという事ではあった。
「まぁ他事務所のイジり方の違いはさておき……ユリアさんはどう?こういう曲やってみたい、っていうのある?」
「え、あ……その、前に一周年で出した歌動画が評判良くて……その、意外と女性がカッコいい姿をしてるのって、男女問わず見たい人が多いんだなって思って。なので……皆さんが良ければ、カッコいい曲をやりたい、です」
ユリアからの提案は、カッコよさを前面に押し出した楽曲を歌いたい、という物だった。そしてこのメンバーではやや中性的な印象が強い北条フィーネを除けば、ユリアと夏乃は絵に描いたような令嬢であり、サリー・ウッドもドライアドではあるが妖精に近い外見をしている。結果、普段の配信では可憐さや可愛らしさの方が前面に出やすいメンバーだった。
「んー……いいんじゃないかな。バンド的なカッコよさだと、それこそVインディーズの面々とかリバユニの白羽さんには勝てないから、また別種のカッコいい曲を探さなきゃいけないけど」
「サリーも少し興味があるのです。カッコいいサリーを見た時の、NPKの皆様の反応が気になるのです」
その提案に真っ先に頷いたのは北条フィーネだった。自分の普段の方向性に近く、カッコいいタイプの歌を歌う事への抵抗感が少ないことが理由だった。サリーも自分から一番遠い要素であることを肯定的に受け止めた。その様子を見て、夏乃も納得出来たように頷いて見せた。
「確かに、これなら早々被る事はないかな……メドレーには青薔薇さん居ないし……ちょっと待って、サリーさんNPKって何?」
「サリーのファンネームですよ?窒素、リン酸、カリウムでNPKです!肥料の三要素ってやつなのです」
「あー、樹木の精霊さんだから……」
「ファンタジーの住人のファンネームが思い切り生物化学の領域に足突っ込んでるの、誰も疑問に思わなかったの?」
こんな調子で方々の作戦会議パートがしばらく続きます。
文化祭の準備パートだと思ってご覧いただけますと幸いです。
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