「笑え!いっそ笑ってくれ!!」
「今更ですがデビュー二周年を迎えました。皆様のお陰でこうしてVtuberとして生活が出来ております。誠にありがとうございます」
《草》
《今更ァ!!》
《君、デビュー六月だよね?今、何月だい?言ってごらん?》
《リバユニがその手の行事に無頓着なのは知ってたけど、公式がグッズとか色々出してるのにここまで触れずに居たのは最早怠慢一歩手前だぞ》
《一応触れては居たけど「そういえばそうでしたね」で朗読ゲーム実況を続ける姿に俺は震えたよ。SNSでは流石に挨拶文出してたけどさぁ》
《同期のキンメママはちゃんと企画を立てたというのに……》
《流石にこればかりは擁護できない。普段しっかりしてるのに、なんで自分自身の節目を雑に扱ったんだ》
竹取兄妹とのコラボ配信から数日後、単独での雑談配信でようやく自身のデビュー二周年に触れた正時廻叉の姿に、視聴者コメントは一様にツッコミと苦言で溢れかえっていた。ともすれば、自身が石楠花ユリアとの交際を発表した時以上に辛辣な意見が飛んできている。
「返す言葉もございません。言い訳となってしまいますが、単純に企画を考える余裕がなかったこと。そして、個人的に一周年の次は五周年を節目と考えていた事で、自分の中で二周年の扱いが軽くなっていた部分はあります」
《お、おう……》
《五年続ける前提は流石に俺らに伝わらんて》
《五周年までやってくれることを喜ぶべきなのか、三周年と四周年もきっとこんな感じになる事を嘆けばいいのか》
廻叉の五周年をマイルストーンとする発言に、視聴者の反応はやや戸惑い混じりであった。Vtuberというジャンルが配信のスタイルとして認知されつつあるとはいえ、文化として定着したというよりも長くブームが続いているという感覚が多くのVtuberファンの見解だった。そんな中で発せられた五周年という言葉は、視聴者からすれば現実感のない未来の話のように思えた。
一方の廻叉からすれば、Vtuberとしてデビューを迎えた時から、Re:BIRTH UNIONを終の住処とする心算だった。
「今、この瞬間では現実感の無い世迷言に聞こえるかもしれませんが。私からすれば五年も十年も変わらない。そう考えていますよ」
《ううむ、五年後のVtuber業界……》
《もっとスゲェ事になってるかもしれないし、とっくに消えてるかもしれない》
《どうせナユタと願真が何かやらかして世界的歌手になったり超絶技術革新起こしてるよ》
《言うても五年は長いぞ……》
「まぁ私にも当て嵌まる事なので自傷行為になるのを承知で申し上げますが、年齢を重ねれば重ねるほど一年というのは早く過ぎるものですから。人間ではない私にとってもそうですし、来客者の皆様におかれましても年齢的にそうなるでしょうから」
《…すぞ》
《テメェ執事この野郎》
《何故人が全力で目を背けている事に触れるのかな?》
《草》
《正時廻叉のソロ雑談は時々こういう流れ弾があるから怖いんだよなぁ》
《俺はセーフ、まだセーフな年齢なはずだぁ……!!》
「まぁそれはさておき、来月の夏フェス……『V Music Fes』に向けて若干忙しくなります。私だけでなく、弊社所属のメンバーもそうですし、他事務所や個人の方もそうですね。汎用モデルの使用解禁で出演予定Vtuberが一気に増えましたし、放送枠となる公式チャンネルからも随時告知動画も上がっております。タイムテーブルの発表はもう少し先ですが、我々Re:BIRTH UNIONは初日と二日目にそれぞれ三十分のステージが予定されています。正式な情報解禁日まで今しばらくお待ちください」
New Dimention Xの正式な協賛が決定して以降、技術的な問題が次々とクリアされたという話をステラから聞かされているが、流石にその辺りの裏話は表での配信で語る訳にはいかず、廻叉は簡単な告知に留めた。実際には解禁前の情報が少なからず存在するが、幸いにも情報漏洩が出たという話は聞いていない。だからこそ、自分が不名誉な情報漏洩第一号になる訳にもいかず、廻叉はここで話を変えた。
「さて、それまではある程度配信の回数などもやや減ると思われます。ですので、今回二周年をおざなりにしたお詫びも込めまして――フェスの終了後に、二周年記念の小規模な凸待ちでもやろうかと思います」
《おおおおおおおおおおおおおおおお!!!》
《超久々の凸待ち企画だ!!》
《業界内人気がやたら高まってるから応募数凄そう》
《小規模って言ってるけど、絶対中規模くらいにはなる。大規模にしないだけの理性はあっても、凸希望者の圧に負けて参加者が増えると予想》
「そういう訳ですので、しばらく配信頻度がやや減りますが――まぁ全くのゼロではありませんのでご安心ください」
※※※
翌日。『V Music Fes』の打ち合わせの為、廻叉はVインディーズの貸しスタジオへと足を運んでいた。以前に緋崎朱音が一日貸切ってレッスンを受けた事もある他、丑倉白羽がバンドセッションで利用することも多い。また四期生の最終オーディションまで残り、Re:BIRTH UNIONからの紹介状を持ってVインディーズへと所属したクリスティーナ・ブロッサムの存在など、Re:BIRTH UNIONとVインディーズは友好関係にあった。
尤も、Vインディーズの社長である千条寺クリアが元々は個人のVtuberである事もあり、同業他社への協力を惜しまない性格であることも寄与していた。
「えー、という訳で!皆様お集まりいただきありがとうございます!Vtuberでありながら誰一人遅刻をしないメンバーで助かっております。私が、千乗寺クリアでございます!Vインディーズの社長兼、バーチャルシンガーとして活動しております」
「たぶん、ウチの先輩らの事ですよね……すいません、本当に……!あ、オーバーズのクロム・クリュサオルです」
「これが大人数になればまた変わったと思いますが。Re:BIRTH UNIONの正時廻叉です」
「皆様ご丁寧にありがとうございます。という訳で、お手元の資料をご覧ください。このご時世に、紙でございます」
プリントアウトされた数枚のコピー用紙にそれぞれが目を通す。フェスにおける企画枠の詳細な内容と説明、主な参加者などが記載されている。
『越境ユニットメドレー』と称された企画は、文字通り事務所からそれぞれメンバーを出し合ってユニットを組み込んで歌うという、地上波テレビでも歌番組の特番などでアイドルグループが多数出演時に行われる企画だった。
「……動画の撮影?」
クロムが説明の序盤に掛かれた文字に引っかかったように、小さく呟いた。そこには『各ユニットは期日までに3Dスタジオでの歌唱動画を撮影をお願いします』という一文があった。
「凄いですね、撮影が可能な3Dスタジオがそれぞれ記載されてますね」
「これは早めに動かないと予定がどんどん埋まりそうですね……廻叉さん、リバユニさんのスタジオ使わせていただいても?」
「恐らく大丈夫だと思います。撮影ブース自体がメインの広いスタジオとサブのやや小さめのスタジオの二種類あるので、空き自体は多い方だと思います。問題は車でないといけない僻地寄りの郊外ってところなのですが……」
「それでしたら私、車出しますよ。一応ゴールド免許持ちですし、趣味がドライブと車中カラオケですからね、私」
「助かります。身バレ防止の意味も込めて、気軽に行けない場所に建てたらしいのですが、気軽に行けなさすぎるのも問題ですね……」
クロムが困惑する中、このメンバーでの年長組である二人は既にスタジオのレンタルの算段に入っていた。お互いにプリントにペンを走らせ、スマートフォンを操作して日程の調整も行っていた。話から置いて行かれたクロムが思わず割って入るのも無理はなかった。
「ちょ、ちょっとすいません!あの、これ動画撮影って事は生配信じゃないんですか?!」
「あー、そうですね。クロムさんは以前に行われたカウントダウンフェスをご存じですか?去年ではなく、一昨年のです」
「え?あ、はい、それは勿論……願真さんやナユタさんが来た時の、ですよね?」
「今回やるのは、その時に行われた歌動画募集メドレーに近い形なんです。3Dアバター使用者が増えてきたことで、それぞれで動画を撮影して、後で編集で繋げる形になります。というよりも、今回のフェス自体が生配信が六割、事前収録が四割くらいになっていますからね」
「そうだったんですか?!」
Vインディーズという一つの事務所を任されているだけに、千乗寺クリアが持っている情報はそれぞれ所属タレントである廻叉やクロムよりもずっと多い。完全に社外秘となっている情報を避けながらも、千乗寺はクロムへと丁寧に説明した。全て生配信で行われると勘違いしていたクロムだったが、説明を受ければ驚くと同時に納得もしていた。
「まぁ単純に多忙な方も多いですからね。タイムテーブルで調整をするにも限度があった、という事でしょう。弊社はステラさんも含めて全員生配信で参加する予定ですが」
「あ、そっか……地方住みの人とかも居るし、全員がその日に参加っていうのも難しいですもんね」
「そもそも、私が知る限りこの人数を収容できる3Dスタジオを私は知りません。リアルイベントであれば、それこそもっと規模の大きい会場で行うことで全員参加も出来たかもしれませんが……」
「今回はオンライン上、バーチャルの世界だけでどこまで大規模に出来るかのチャレンジらしいですから。それに、お客様を入れてやるには……これだけの事務所が入り乱れると、その、チケット争奪戦であったり転売であったりのようなトラブルも考えられるので……」
「……俺、これから何があっても運営側にはなれそうにないです」
廻叉の追加の説明、そして千乗寺が語ったリアルイベントにするための高すぎるハードルを語る様に、クロムは自分が一人のVtuberとして生きるのが限界だと悟った。
「ところで、なんでこの三人なんでしょうか?これ決めたの、各事務所のマネージャーさん達が合議制で決めたっていうのは、俺の担当マネージャーさんから聞いたんですが」
「私は教えられましたよ。共通点は『早く結婚しろ』です。私は言わずもがな、ユリアさんとの事ですね。クロムさんも心辺りがあるでしょう?」
「……あー……その、ネメシスとは、まだ正式に付き合っているとかではないんですが……いや、その、コメントでそういう風に言われるのは分かってますし……」
「ふふ、若くていいなぁ……」
「あ、そうだ、千乗寺さんはどうしてこのメンバーに?もしかして、俺らが知らないだけで相手が……!?」
「違いますよクロムくん。私への『早く結婚しろ』は法事や冠婚葬祭の度に両親や親戚が言ってくるタイプの『早く結婚しろ』です」
「……なんかすいませんでした」
「心中お察し致します」
「笑え!いっそ笑ってくれ!!」
本気でフェスをライブ形式でやろうと思ったら、大きめの箱を抑えないと無理だよなぁとか考えた結果、生配信と事前収録を大体半々という、長丁場の音楽特番形式になりました。
結婚云々に関しましては、凡そ実体験でございます。同い年の従兄弟は、既に妻子持ちでしてね……ここまで直球じゃなくても言われる機会は結構ありまして……(血涙)
ご意見ご感想の程、よろしくお願い致します。
拙作を気に入って頂けましたらブックマーク、並びに下記星印(☆☆☆☆☆部分)から評価を頂けますと幸いです。