「ワンショットダブルキル。お見事ですな、廻叉さん」
石楠花ユリアのパブリックイメージは、清楚でピアノと歌が上手い深窓の令嬢である。ただしこれは歌や演奏をメインとした配信や切り抜き動画などのみを見た場合に限る。少し深掘りすれば、パブリックイメージに加えて「変な所でネガティブな思考に陥りやすく、致命的な炎上には繋がらない愛嬌のあるポンコツをたまにやらかす」というイメージが追加される。正時廻叉との交際を公にして以降、ポンコツの一面が目立つようになり始めたと一部からは言われている。
「さてさてさて、ユリリンには一つ……いや、二つ三つ四つくらいの質問があるんだけどぉ……まずはジャブに近い質問からしようか?」
「お、お手柔らかにお願いします……」
今の今までベッドの上でゴロゴロしていた竹取カグラが不意に起き上がると、それまでのマイペースな姿からは想像も出来ないほど機敏な動きでユリアの後ろに立ち、両肩に手を添えた。そっと置かれただけの手にも関わらず「絶対に逃がさねぇぞ」というカグラの愉悦混じりの圧を、ユリアは感じ取った。しかし、これも自分の迂闊な発言が原因である。少なくとも廻叉が止めに入らなかった時点で、発言の落とし所は自分で付けなくてはならないだろう。普段は自分を尊重してくれる優しい廻叉であっても、3Dアバターでの対談配信という『舞台』が進行している以上はそちらを優先するのが正時廻叉だと、ユリアは理解していた。
「メグたんって呼び方が可愛いのは、まぁ普通にわかるよ?でも、メグ先輩らしいってのはどの辺なのかなぁ?それはユリリンにしかわからない部分だよね?是非教えてほしいなぁって思うんだけど?どうですか視聴者さーん?」
《掘ったら面白そうな部分を見つけた時のカグラはこれだから……》
《いいぞもっとやれ》
《マイクパフォーマンス的な煽りをさせたら天才的な女》
《執事さん、止めねぇんだなw》
《表情が変わらないままだからどういう気持ちで見守ってるのか分からないんですが》
《既に無表情フェチの間では熱い視線が送られているという正時廻叉の可愛いところとは!その秘密はCMの後!》
《小さい声でオキナと執事さんの「止めなくていいんですか?」「ユリアさんなら大丈夫です」って会話が……》
「その、お仕事とかで一緒になった時に……廻叉さんの出番じゃない時に、少し眠そうにしてたり、本当に寝ちゃってたりする時に、その、ちょっと可愛いな、って……!」
「んんんん……普段はしっかり者のメグ先輩が油断して寝ちゃってるところは、確かに可愛いかもしれない……!」
「普段はなんだかんだで後輩に優しい人なので……逆に優しくしてあげたいな、甘やかしたいなって……私だけでなく、後輩全員が思ってます……!」
「メグ先輩愛されてるねぇ!」
「…………恐縮です」
「なんか色々抑え込んだような間があったんじゃが」
廻叉からすれば、言われている事自体は事実である。油断して居眠りをしている所を何度もスマートフォンのシャッター音で起こされたことがある。少なくともSINESの三人のプライベート用スマートフォンには寝ている自分と朱音、リンネ、凪とのツーショットが収められているはずだ。リンネに関しては3Dお披露目で行った『起きるのを待っているリンネ』を再現されたこともある。ネタを擦られる事を危惧していた本人が一番擦っているのだが、逆巻リンネという少年の性格を考えればそうなるだろうという予想は出来ていた。
「特に凪くんはアクション部分以外の演技を色々教わってるみたいで……なんていうか、後輩というか、愛弟子って感じになってます」
「あの動きが凄い子だよね、凪くんって。そんなに動ける子が演技まで身に付けちゃって大丈夫?芸能界とかプロレス界とかがスカウトしに来るんじゃない?」
「ご本人にその気がないので大丈夫でしょう。一度そういう話をしたことがありますが、彼も大人しく見えてなかなかの自由人ですから」
「そうなの!?まぁ自由人じゃなきゃあんな意味不明な競技思い付いて3Dお披露目で披露しようとは思わないだろうけど!」
「既に何人か3D持ちと、実写のTryTuberの人があの競技再現しとったからな……特に反復横跳び箱が撮れ高という名の事故を起こしやすい事で大人気という」
「この業界、命知らずが多過ぎませんか?」
オキナの証言通り、凪が3Dお披露目配信で行った『エクストリーム体力測定』は体力自慢のVtuberやTryTuberの心を掴んだらしく、元ネタ併記の上で再現する動画がいくつか上がっている。幸いにも怪我人こそ出ていないが、反復横跳び箱で盛大な転落・転倒をする者は数えきれないほど存在していた。
「これでもまだ、凪くんは自分を抑え込んでいる方だと思います。その、クリフジャンプの話を以前に配信でしてくれたんですけど……その時の目の輝き方が、ちょっと……」
「ユリリンが言葉を濁らせるほどなの?!」
「自分の事を『高所依存症』と言っていましたね、そういえば」
「……そのうち、謎技術でクリフジャンプとかやりかねんぞ、その子」
「リザードテイルの技術革新が進み過ぎないように祈っています」
《一番ヤバくなさそうな奴が一番ヤバいってのはVtuber業界じゃよくある事》
《オーバーズのフィリ京もだけど、なんで体を張る芸風が多いんだろうな……》
《高所依存症なんてプロレス業界でしか聞いたことがないんだが》
《謎技術が発展すると凪くんのブレーキが壊れるのか……w》
※※※
「それでメグ先輩的に可愛いと思われることに対する感想は?」
「お前さぁ……遠慮ってもんが無いんか?」
「いえいえ、お気になさらず。普段、我々は怒られる一歩手前の無遠慮ラジオをやっている身ですから、配慮しないのが私と三日月龍真に対する正しい接し方です」
「しれっと巻き込んでるけどそれでいいのか……?」
《今日もノンストップのカグラ。悪意が無い代わりに遠慮も無い女だ、勢いが違う》
《オキナのジジイキャラ剥がれ始めてからが本番だからな、カグラは》
《草》
《スラム街ラジオの主は覚悟の決まり方が一段階違うな……!》
《まさか龍真もこんなところで巻き込まれ事故が起こっているとは夢にも思うまい》
カグラの質問の矛先が自分に向いたにも関わらず、廻叉は落ち着き払った態度を崩さなかった。本人も述べた通り、無遠慮で無配慮な炎上チキンレース気味なラジオ番組をレギュラーでやっている以上、自分が無遠慮な質問を受ける事にも耐性があった。Vtuberとしてデビューしてすぐの時期であればボロが出た可能性もあるが、キャリアが二年ともなれば多少揺さぶられたところで『正時廻叉の仮面』は小動もしない。
「まぁ私は私自身を可愛いと思ったことはありませんが、他の方から見ればそういう部分を見出すことはあるでしょう。ユリアさんからもそう思われていたのは少々意外ではありましたが」
「ほうほう。意外に思っていた理由とは?」
「大喜利のお題の聞き方みたいになっとるぞ、カグラ」
「ユリアさんの前ではカッコよく、頼れる人であろうと心掛けていますので」
「ぐふぉっ…………!!」
「ひゃああああ!?!」
「ワンショットダブルキル。お見事ですな、廻叉さん」
《確かに執事さんが自分の可愛い部分を理解してたら解釈違いな部分はある》
《でもあざと可愛い部分をむき出しにした正時廻叉も見たい……見たくない?》
《おっふ》
《カハッ……(吐血)》
《んもおおおおおそういうところおおおおおお!!!!!!》
《すげぇなこの人》
《やっぱガチで付き合ってると普通の男女てぇてぇじゃ太刀打ちできねぇや……》
《ノーモーションで爆弾を投げ込まないで頂きたい》
《鉄面皮無感情なのに「あ、本気で言ってるなこれ」って伝わる言い方するのマジでなんなん》
《今、こうしている間にもバーチャルサバンナの厄介ユニコーンの角が圧し折られています》
《そのまま馬になってしまえ》
《厄介ユニコーンはワシントン条約対象外なので乱獲OKでーす!》
《草》
《配信の内容もコメントの阿鼻叫喚具合も総じて草》
「スタッフさんからのカンペがでましたが、コメント欄もなかなかの騒ぎになっているみたいですね」
「そりゃそうでしょうよ。廻叉さん、お付き合いしてる相手に『俺は君の為に理想の自分であろうとしています』宣言は下手な惚気よりよほど火力が高いかと。儂だって黄色い悲鳴あげそうになったもん」
「ゆ、ユリリン……アンタの彼氏さん、凄ぇや……!機能停止してる乙女回路に突然過電流ブチ込まれた気分だ……!」
「わ、私も未だに慣れないです……!気分的には、いまだに片思いの時と変わらないのに、その……十の好意を、百で返してくるんです……」
《ああ、直接コメントを見てるわけじゃないのね》
《スタッフがたまに拾って、それを竹取兄妹が適当に受け取るのがいつもの流れやで》
《いや本当に下手にイチャイチャするより余程ダメージあるわ、これ……クサいセリフなのに、本気も本気なのが伝わってくるから……》
《草》
《なんでユリアのお嬢もダメージ受けてんだよw》
《ダメージ受けすぎて本人もまぁまぁな惚気発言してるのに気付いてないの可愛いなおい》
廻叉の発言に女性陣二人が盛大なダメージを受ける中、廻叉はユリアの方へと向き直る。脱力して肘掛から垂れ下がったユリアの手を取ると、僅かに表情を緩めてこう呟いた。
「百でも足りないと思ってますよ」
【現場が混乱しております。しばらくお待ちください】
《きゃああああああああああああああああああ》
《笑った!笑いよったこの男!!》
《他人のチャンネルでとんでもないファンサ(主にユリアのお嬢向け)をブチ込む正時廻叉という男》
《ちょw待機画面に強制変更されたwwww》
《草》
《現場で何かしら起こったんだろうな、これw》
《初見の方へ:竹取兄妹の3D生配信で事故った時用の映像ですが、毎回一度は必ず挟まるくらいの頻度の奴なのでご安心ください》
《大体カグラのはしゃぎすぎが原因でこうなるんだがなぁ……まさか外部ゲストの一言でこの画面になるとは》
《ところでこの画伯感あふれる竹取兄妹は誰が描いたんだ?昔のゲームのバッドエンドを思い出して若干トラウマ再発気味なんだが》
《オキナだよ>描いたの誰》
《すげぇ、ちょっとお絵描きに慣れ始めた子供の描いたイラストっぽいのに色使いが禍々しいせいで精神にダメージが入るタイプのイラストだ……》
《この後、どうなっちまうんだろうな……まだ予定時間の半分なんだが》
もっと気楽な会話になるはずが、気付いたら外部チャンネルでイチャついてました。なんだこの二人。
コメント欄のトラウマに関しては、お察しの通り某パワポケがモチーフです。たぶんこの世界にも似たようなバッドエンドがあったのでしょう。しあわせ。
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