「黙秘権を行使します」
白い、明るい部屋は倉庫の様に広々としていた。そこには様々な種類のソファや椅子がテーブルを囲むように配置され、その後ろには戸棚やスチールラック、テレビ台、二段ベッドなどあらゆる家具が置かれていた。規則性の一切ない家具の並びではあるが、総じて座るためや寝転ぶための家具が多かった。
竹取カグラがベッドに寝転び、竹取オキナが能面で顔を隠しながらも明らかに呆れていると分かる表情をカグラへと向けている状態で、その配信は始まった。
「疲れた!」
「カグラ、もうちょっとちゃんとしなさい。むしろ疲れてるのは儂と今日のゲストの廻叉さんじゃぞ」
《こいつら……w》
《始まって早々、やる気が一切見られない姿で草》
《和服美少女がしていい恰好じゃない》
《ゲストが廻叉とユリアと聞いた初見のリバユニの民ですが、既にウチの地獄ラジオと同じ匂いがしているので安心しています》
《スタッフの苦笑いが普通にマイクに乗ってるの、良くも悪くも地上波バラエティ(深夜)だな……》
《地獄ラジオとはいったい……?》
《オキナのジッジのがよっぽど声から肉体的疲労が滲み出てるんだが》
「はーい、という訳で『かぐおきば3D編』の第……何回だっけ、まぁいいや竹取カグラでーす!いえーい、みんな見てるー?」
「もう今の時点で説教ポイントが三つくらいあるんじゃが?改めまして、第四回のかぐおきば3D、司会進行とカグラの手綱を握る役の竹取オキナでございます」
《いや、覚えろよ!流石に自分とこの企画の回数くらいは!!》
《挨拶するならせめて起き上がれ》
《日本を舞台にした転生悪役令嬢作品の主人公みたいな女、竹取カグラ》
《こっちを完全に舐め腐ってる態度なのに、いざカグラがしおらしく挨拶したら偽物を疑うと思う》
《本番始まってるのに起き上がらない、回数覚えてない、挨拶が適当すぎる、よし!これで三つだな!》
《オキナのじっちゃん、そろそろ胃が爆発四散しそう》
寝転がったままカメラに手を振るカグラと、ソファに腰を下ろしたままながらも深々と頭を下げるオキナ、という構図に視聴者は拍手をすると同時に思い思いのヤジを飛ばしていた。竹取兄妹のコメントポリシーとして『むしろコメントを読んでいる他の視聴者を笑わせるコメントを書け』と明言されているのもあり、全体的にコメントが長い。そして荒らしコメントが発生しても『もっと面白い煽りや誹謗中傷をしろ』という圧力が他のコメントから書かれる他、文章の改善案として常連が率先してネタになる荒らしコメントを投下し、リアルタイムで品評し合うという新しいタイプの地獄を形成している事で有名であった。
リスナー同士を面白さという基準で殴り合わせる方針からか、竹取兄妹の動画コメントやリアルタイムチャットの治安は混沌としながらも一定の秩序を保つという極めて珍しい状況にあった。一部からは『竹取カグラの配信のチャット欄は実質副音声の大喜利番組』と評したこともある。
「まぁなんでこんな疲れてるかって言うとさー、告知した通り今日のゲストがリバユニの廻叉さんとユリアちゃんな訳じゃん。で、あの二人呼んで配信だけってのも勿体ないから、この配信の前に企画用の動画一本撮ったんよ。そしたら、思ったより体力使っちゃってさぁ」
「むしろ儂と廻叉殿の男性陣のが疲れる企画じゃったからな?視聴者諸君にお見せできるのは数日後くらいにはなりそうなんで、気長に待っといてくれ」
「えー、でも私だって結構頑張ったしー?」
「お前さんが疲れたのは本番中も休憩中も構わずユリア殿を追い回して構い倒しとったからだろうが!むしろ企画中は省エネも省エネだったからな!?」
《俺もこの企画初見勢なんだけど、こんな緩いオープニングトークからスタートすんの?》
《このダラダラ姫を目の前で見ながら待機している執事さんとお嬢の心中やいかに》
《カグラに関しては普段よりはちゃんとエンジン掛かってるほうだぞ、これでも。超スロースターターだからな、この女》
《男性陣が疲れる企画とはいったい。お姫様抱っこレースとか?》
《そんな少女漫画みたいな企画をカグラとオキナが通すわけねぇだろ》
《間違いなく平成初期バラエティ番組ノリで体を張る企画だったと思われ》
《嘘つけ、頑張ってるカグラなんか半年に一回見られればいい方だって俺ら知ってんだぞ》
「ふっ、爺兄はわかってないなー。すべてはこのライブ配信に魂を燃やすために温存しておいたというのに」
「まぁ今回のゲストのお二方を呼べるってなった時から気合は入っとったから、そこは信じるが……なんでまた、こんなに気合が入ったのかは今の今までわからんかったんじゃが?あとさっきからスルーしてたけど爺兄って何?今日から急に言い始めたよね?」
「そりゃ、元々面白い配信してて話題に事欠かない二人だもん。で、しかもお付き合いしてることまで公言してて……コイバナは女子のガソリンだよ?ハイオクだよ?」
「レギュラーではないんじゃな」
「ぶっちゃけその辺イジっていいのか分からなかったので、配信に呼んで企画やって友達になったらイジって大丈夫だろうって!」
「うん、儂の信頼今すぐ利子付けて返してくれる?」
「あと爺兄はアレだよ、爺様って今まで読んでたけど『声が爺じゃないの詐欺だろ』ってSNSで苦言呈されちゃったから、妥協案?」
「まぁ儂の爺要素、一人称と翁の能面と喋り口調くらいじゃからなあ……」
カグラのエゴの塊のような発言にオキナは力なく項垂れた。従兄妹として付き合いの長さはほぼカグラの年齢と同じではあるが故に、その発言が嘘偽りのない本音であることがわかった。わかってしまった。そもそも全体的にスペックが高いにも関わらず、余りにも自由人過ぎるが故に新卒就職を投げ捨てた過去がある。なので急に呼び名を変えてくる事もこれで三度目である。
《こいつは……w》
《そういえば爺兄ってなんだって思ったけど、いつもの気まぐれだと思ってスルーしてたわ》
《ハイオクなのは分かるが、当人がおそらく袖でスタンバイしてる状態で言うかね普通》
《カグラが普通な訳ねーじゃん》
※※※
「すいません、もう入っても大丈夫ですか?」
「あ、あの、お邪魔します……」
一切止まる気配のないフリートークに業を煮やしたのか、特に予告も無く正時廻叉が入って来た。その後ろをついて歩く石楠花ユリアは、周囲を見渡しながら遠慮がちにカメラへと一礼した。
《きたあああああ!!!》
《ほほう、これが噂のリバユニのカップルですか……》
《割と遠慮なしな執事さんと普段遊ばない友達の家に呼ばれた子みたいな動きのユリアのお嬢》
《正時さんすげぇな、俺こんなに背筋が伸びてるVtuber久々に見たよ》
《オキナの猫背とカグラの超猫背に見慣れてるから、そこがもう新鮮》
「という訳で、本日のゲストでーす。Re:BIRTH UNIONの正時廻叉さんと、石楠花ユリアちゃんでーす!」
「正時廻叉です、よろしくお願いします」
「石楠花、ユリアです、よろしくお願いします……!」
「ユリアさん、ちと緊張してらっしゃるかな。まぁ儂らの番組で緊張することはないから安心してくれたまえよ。御覧なさい、ウチのカグラの醜態。ゲストが入って来て、まだ寝転がってる」
「ユリリンもこっちおいでー、一緒にぐだぐだごろごろしようぜー」
オキナの言う通り、カグラは相変わらずベッドに寝そべったままゲストを出迎えていた。尤も、3Dでのカグラの所作は過度にリラックスしているのが日常茶飯事であった為、これまで特に問題になった事がない。むしろ、こうして脱力している姿こそが竹取カグラらしさである、という認識が彼女のファンに限らずVtuberの視聴者層全体に広がっていた。
《起きろバカ娘》
《執事さん達の丁寧な一礼との落差よ》
《ユリアさん目に見えて緊張しているのが分かって可愛い。これが噂の真清楚……!!》
《もうオキナも注意しなくなっちゃったもんな……まぁ逆にカグラが背筋伸ばして椅子にしっかり座ってたら謝罪会見かなって思うからこれでいいんだろうけど》
《いや、待て。カグラなら寝転がって漫画読みながら謝罪会見してもおかしくないぞ》
《やめろぉ!なんかそれやって火に油注ぐところまで見えたわ!!》
《絵面だけなら和と洋の令嬢がベッドで一緒に寝そべってる姿とかめっちゃ良いのにな……片方がカグラってだけで、なんでこんな残念な感じになるんだろうな……》
「とりあえず、そちらのソファに座っていただいて。まぁ元々はカグラが廻叉さんにSNSで急に絡み始めた辺りから交流が生まれた訳ですが」
「そうですね。元々は雀羅くんとリプ飛ばし合って雑談している所に、気付いたら自然と会話の中に入っていらっしゃって」
「だってジャックがあんな文面からでも分かるウキウキ具合で話してるの見たら、ついついツッコミ入れたくなっちゃって。で、廻叉さんも私をちゃんと会話の輪の中に入れてくれて。『あ、良い人だ!コラボしよう!!』って」
「そこからダイレクトメッセージに、DirecTalkerでの通話と、一気に距離を詰められた感覚でしたね」
《座り方の所作も綺麗だなぁ。あとナチュラルにソファを引いて座らせる、みたいな動きをする廻叉さんが様になりすぎててユリアさんが羨ましいまである》
《育ちの良さを感じる》
《そういえば最近雀羅がやたらと執事と絡んでるの見たわ》
《会話に混ぜてくれたから良い人判定のガバガバ具合よ》
《未だにジャック呼びしてんのかw》
《物怖じゼロのカグラさん》
「相変わらず勢いで行動しとるなぁ。あと、お前だけじゃろ。雀羅の事をジャックなんてあだ名で呼んでるの」
「あの、私も、さっきユリリンって……」
「いやー、その場で思い付いたニックネームって言うか、私だけの呼び方をしたくなっちゃうんだよね」
「それだと、私は何と呼ばれるのでしょうか?」
「んーそうだなぁ……メグ先輩?」
「え、なんでメグなんですか……?」
「あー、廻叉の廻の字が『めぐる』って読み方もあるんじゃよ」
「急に女性風の呼び名で驚きました」
「本当はメグたん先輩がいいかなーって思ったけど、彼女持ちさん相手になれなれしいかなって」
「お前のその気遣いの基準が未だに分からんよ、儂。仮にも身内なのに」
「恐らく初見では誰の事言ってるかわからないでしょうね」
「でも、私は可愛いって思います。その、廻叉さんらしくて!」
「……ほう?」
「おやおや、これはこれは」
《今更だけど確かにユリリン言ってたな》
《カグラの渾名の凄いところは、絶対にカグラ以外には広まらないところなんだよな》
《メグ?!執事がメグ?!》
《たまに頭悪くないポイント出してくるカグラ》
《メグたんは流石に草》
《その気遣いであってるのか?》
《ちょ、お嬢www》
《草》
《何だ、廻叉がメグたん呼びされるにふさわしい部分知ってるって事かい?》
《これは深掘りせねばなりませんなぁ》
「黙秘権を行使します」
「廻叉殿、まだ何も尋ねとらんし、そもそも黙秘権が通るとでも?」
廻叉の先制での黙秘はオキナに防がれ、『やっちゃいました?』と言わんばかりに狼狽えるユリアと、ベッドからゆらりと起き上がり獲物を見つけた顔を浮かべる竹取カグラの姿があった。
こういうトーク形式は書き始めると一気に進むのですが、思い付かないときは本当に一文字たりとも進まない諸刃の剣だったります。そんなちょっとした制作裏話。
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