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「配信で今みたいな話をしたら待機画面に速攻で飛ばしますからね?」

 竹取カグラ&竹取オキナ、通称竹取兄妹の二人と正時廻叉&石楠花ユリアのコラボ企画が正式に発表され、その内容が「雑対談企画配信・かぐおきば3D編」「あとなんか3Dでいろいろ」という情報に、それぞれのファン層は期待と不安に胸を膨らませていた。

 Re:BIRTH UNION側のファン層は、個人運営Vtuberのトップ層である竹取兄妹とのコラボや、名物企画への参加を素直に喜んでいた。カグラはトークの主導が上手く、普段は自我をあまり出さない廻叉や控え目でおとなしいユリアのまだ見ぬ一面を明かしてくれる可能性があるからだ。また、カグラとオキナの考案する企画は良くも悪くも生活感のある企画が多い事もあり、極めてオフに近い姿が見られるという期待もあった。

 一方でカグラのファンは不安であった。カグラの距離の縮め方は確かに速いが、それはある種ブレーキが効いていないという意味でもあると、ファンは良く知っているからだ。トークのペースを無自覚に上げて置いて行ったり、危険球としか例えようのない問題発言を放って炎上寸前まで追い込まれたことも少なからずある。その度にオキナがリアルタイムで説教を行うため、竹取兄妹は本格的な炎上には至ってはいない。説教をエンタメ化している、という批判もあるがその点はオキナが認めている。

 曰く、「カグラは本当に世間知らずなので、彼女が成長する姿もコンテンツとして見て欲しい。説教を受けている様を視聴者に見せることで、口だけの反省は許さないという儂の意思表示」とオキナは語っている。

 竹取兄妹は個人運営のトップクラスではあるが、まだ未熟な部分を多く残したまま成長しているVtuberだった。こうして、SNSなどでファンから不安視される程度には。




※※※




 都内某所、竹取兄妹指定のスタジオが入っているビルの管理室がある裏手入り口に到着した正時廻叉と石楠花ユリアは、露骨にそれらしい男女二人を見掛けて声を掛けるかどうか躊躇した。二人の服装自体はごく普通だ。ただし、どちらも髪色が派手だった。女性の方は、かなり明るいベージュ系の色で遠目で見る限り金か白に見える。男性の方は、金髪にグリーンのメッシュカラーが入っていた。そして喫煙者だった。

 廻叉はこの時『あの二人、間違いなくカタギじゃない』という失礼極まりない事を思っていたが、カグラもまた廻叉とユリアの姿を見て『あ、カタギじゃない人だな』と確信していた。

 廻叉とユリアは髪色は限りなくナチュラルに近い黒と茶色であったが、服装がそれぞれ特徴的だった。廻叉は貰い物のHIPHOP系ブランドの服装で全身を統一させていた。ユリアも、どちらかと言えば中性的なユニセックス系のブランドで一式揃えていた。二人の外見は、ラッパー崩れと男装入門女子だった。外見の不審具合で言えば、どちらも良い勝負だろう。


「……ん?あ、もしかしてリザードテイルさんですか?」


 丁度煙草の吸殻を灰皿へと投げ捨てたタイミングで男性の方が声を掛けて来た。その声に聞き覚えがあった廻叉は小さく頷く。


「はい、リザードテイルより参りました。お待たせしてしまいましたか?」

「いえいえ、とんでもない。こんなところで話し込むのもアレですので、入りましょうか。あ、そんじゃこちらで入館証の手続きを」

「裏口側での待ち合わせはそういう事でしたか……それじゃ、行きましょう、か……?」


 入館手続きに向かうためにユリアを呼ぼうとすると、嬌声と困惑する声が廻叉の耳に届いた。そこには、ユリアをがっしりと抱き留めている女性の姿があった。


「ちょっ待って可愛いー!!細いー!!欲しいー!!」

「あ、あの、ま、待って……!」

「お前ぇ!!初対面の相手に何しとんじゃい!!なんでお前初対面の女の子相手の時に限って陽気なアメリカ人のオバちゃんみてぇな対応になるんだよ!」

爺兄(じじにい)、違うって。これは私の心に居るナンパなイタリア人男性二十五歳独身が顔を出してしまっただけで」

「なお悪ぃわバカタレぇ!!!なんでそんなん住まわせてるんだよ初耳だぞ!」

「最近ルームシェア始めたんだ」

「解消しろ!!」

「……とりあえず、路上で騒ぐのは迷惑になりますから。ね?」




※※※




 スタジオのスタッフと竹取兄妹は最早ツーカーの仲らしく、機材の調整や簡易リハーサルなどは極めて順調に進んだ。先入りしていたリザードテイルの技術スタッフとの連携も問題がないらしく、いつもの自社スタジオと同じ要領で大丈夫だというお墨付きだった。機材調整が始まるとキャスト側である四人は前室代わりの会議室へと案内された。


「という訳で、今更だけど初めまして。竹取カグラです!よろしくね」

「竹取オキナ、よろしく」

「正時廻叉です、よろしくお願い致します」

「あ、えっと、石楠花ユリアです……はじめまして……」


 ほぼ平常運転のカグラ、僅かに配信用のスイッチが入っているオキナと廻叉、そして露骨に距離感を掴めていないユリア、という自己紹介だった。ユリアがこうして直接Vtuberと触れ合う機会は少ないとい事もあるが、名前を確認すると同時にハグされるという経験は流石に初めてだったようで、動揺を隠しきれていない。もっとも、そんな行為すらカグラにとっては日常茶飯事である。


「いや、本当に申し訳ないね、ウチのカグラが……女性相手だと距離感がゼロになるというか、なんというか……」

「い、いえ……大丈夫、です。いきなりだったからビックリしただけで、その、ステラさんや白羽さん達も、こうしてハグから入る事はありますから……!」

「ほら、爺兄。ユリアちゃんもこう言ってることだし気にすんなって」

「気にしろや……!!!」

「オキナさん、落ち着いてください。そのお怒りは本番で出した方が撮れ高になります」

「あれ?庇ってくれるわけじゃないの?」


 大雑把な妹と礼儀作法に厳しい兄、というVtuberとして配信や動画で見る光景そのままの姿に廻叉は軽い感動を覚えていたが、どうせならば同じことを動画の冒頭でやった方が面白いだろう、という計算が働いている自分に苦笑する。どんな時も『撮れ高』という単語が過るようになったら立派な配信者、という誰かが言っていた言葉の通りになっていた。


 それはそれとして、無遠慮にユリアを困らせた事に対する報復として、カグラを庇わないというスタンスに立つ自分の大人げなさからは目を背けていた。


「はぁ……ええっと、なんか色々とすまんね俺……じゃない、儂の従兄妹が。本当に、Vtuberとしての姿はもうちょっとお淑やかな和風お嬢なのに、やってることが距離感バグった陽キャ女子で……」

「いえいえ、見た目ガラの悪いラッパーで実態がガラとギャンブル運の悪いラッパーという方もウチにいらっしゃいますし」

「廻叉さん、言い方……」

「あっはっは!いやー、でもこうして話してみると本当にあの廻叉さんとユリアちゃんなんだなーって分かるね。私服はなんか、Vtuberの時のイメージと真逆だったからビックリしちゃって」

「これですか?これ、実はワザとこういう服装にしてまして。こちら側で別の事務所の方と会う時は、毎回服装のコンセプトを変えた方がいいのでは、という意見がスタッフの方から出まして」


 外部との接触がステラだけでなく全体で増えて来た時期から、スタッフからその様な提言があったのは事実だ。スタジオの場所やイベントの会場など、住所が公表されている場所に同じような服装で何度も出入りしていれば、過激派のファン或いはアンチがその場を張り込む事も考えられる。なので、毎回服装のコンセプトを変えればスタッフかキャストかわからなくなる……という提案だった。結果的に、この提案は採用された。副次的効果としてRe:BIRTH UNION内で古着の交換会や連れ立って服を買いに行く機会が増えたりもした。


「なるほどねぇ……儂らはその辺、バレる時はバレると思っとるから気にせんが」

「直で凸ってくるような根性あるファンとアンチは動画のネタにするぞって言ってるせいかなー、そういうの、今のところ出てこないよね」

「身バレ騒動で炎上が何度も起きている我々の事務所が言うのもなんですが、もう少し警戒心を持った方がいいと思います」

「そういえば、廻叉さんだけじゃなくて、キンメさんと龍真さんも……」

「……そうですね、多いですね、改めて……」

「あの生前葬、めっちゃ面白かった!今度は龍真さんとか、あの辺のラッパー集団の人とコラボしたいなー。爺兄にラップを仕込みたい」

「え?儂なん?」


 ユリアが名を上げた三人だけでなく、バンドのメンバーとして、そしてアイドルとして活動していた丑倉白羽と緋崎朱音もごく一部ではあるが正体が噂されているのだが、廻叉はその言葉を飲み込んだ。情報が錯綜しており、匿名掲示板での書き込みや予想動画の全ての情報を集めると、それぞれ『中の人』と目されている人物が十数人を超えている。特に朱音については正解の名前もあるが、不幸中の幸いか正解の名前は本命視されていない。


「バーチャルサイファーの皆さんですね。たぶん、喜んでコラボを引き受けてくれると思いますよ。何せ、あの人たち沼に引きずり込む相手を選ばないですから」

「私も誘われました……『ピアノ弾きながらラップしたらお嬢売れるぞ』って言われました……」

「あれ、これ私も引き込まれる?」

「むしろカグラを引き込むのが本命まであるぞ。儂はまぁラップは嫌いじゃないから、ええんじゃけど」


 これは近い内にまた竹取兄妹から事務所に連絡が行くだろうな、と廻叉が予想しているとカグラが改めてこちらをまじまじと見ている事に気付いた。椅子の距離を縮めたつもりは無いが、やはり傍から見ると距離感が近いように思えるのだろうか、と考えているうちにカグラから感心したような声が漏れた。


「いやー、廻叉さんとユリアちゃん、服装こそ普段のイメージと違うけど……こうして直接喋ってると、あー私が見てる廻叉さんとユリアさんだなーって改めて思っちゃって。変な話だけど、お二人が廻叉さんとユリアさんだって事が、凄く納得できるって言うのかな」

「あ、ありがとうございます……!」

「そう言って頂けると嬉しいですね」

「私も色んな人と会ってるけど、やっぱちょっとイメージと違うなって人も結構居たからさ。男女問わず()ってる人多いよねー」

「カグラぁ!お前、そういうのはマジで言うなっつってんだろ……!!せめて俺しか居ない場所で言えってマジで……!」

「あ、あの……オキナさん、一人称が戻っちゃってます……」

「男が盛るって言うと身長か髪しか思い浮かびませんが」

「廻叉さんも乗らない!」


 打ち合わせのはずが、本番では絶対に出来ない類の雑談に興じている間に、呆れ顔のスタジオスタッフが準備が完了した旨を伝えに来た。雑談の内容を少しだけ耳にしたスタッフからの「企画動画の方はともかく、かぐおきば配信で今みたいな話をしたら待機画面に速攻で飛ばしますからね?」という本気の忠告には、四人が四人とも大人しく頷くしか出来なかった。

そりゃバンドやってたギタリスト女子や元地下女子アイドルなんて候補探したしたら三桁超えますよね。で、どちらも成功した訳でもないので動画も出回っていない事で名前こそ上がれど本命視はされてない状態です。

しかし、企画に行く前の雑談でここまで話が伸びてしまうとは。やはり、この手の生産性の欠片も無い会話が一番書いてて楽しいのかもしれません。


ご意見ご感想の程、よろしくお願い致します。

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[一言] カタギじゃなさそうな4人組、普通に絵面として面白そうで見てみたさありますね…… なんだかんだでお嬢、初対面の女性の反応がだいたい「かわいい(わしゃわしゃ)」一択なので、もうちょいしたら慣れて…
[良い点] 控え室での会話、まるで舞台裏を覗き見ているかのような感覚。 スタッフとの掛け合いもあるところ。あだ名の経緯が察される。 [気になる点] 「もる」なのか「さかる」なのか、それが問題だ。 同音…
[良い点] お嬢とかはカグヤみたいなタイプ苦手そうだけど、こういう層との交流が新しい一面の発見に繋がるからファンとしては喜ばしかったりするんですよね [気になる点] ぜひオキナ単品で炎上ラジオの方に呼…
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