「あれ?これ私が説得する必要無かった?」
雀羅との邂逅は、廻叉に思わぬ副次効果をいくつか齎していた。SNSで相互フォローとなって、配信とも無関係なやり取りを交わすようになった事で『素っ気ない先輩とヘタレな後輩』という関係性が出来上がり、周囲からも新しいコンビのような扱いをされるようになった。更にはそれを見て腐女子系堕天使Vtuberである瀬羅腐がギラついた目で雀羅をロックオンしていたが、これ自体は廻叉には特に関係のない事であった。大きな変化は、個人運営のVtuberやそのリスナーからの好感度が上がり、チャンネル登録者数やフォロワー数などが増加したことと、人脈が増えた事だった。
筆頭は間違いなく、竹取カグラ・竹取オキナの二人との交流だった。元々はSNS上でのやり取りだったが、そこからダイレクトメッセージ、DirecTalkerでの通話と一気に距離を詰められ、あれよあれよという間にインタビュー企画のアポイントメントを取り付けられてしまった程だ。
「せっかくなんで、二対二でやりません?こっちも爺様連れて行きますし、ユリアちゃんとか連れて、どうです?」
「私自身が参加するのは構いませんが、ユリアさんに関しては本人が首を縦に振らない事には」
「じゃあ確認しますね!あと、事務所さんの方にも企画内容まとめてメールしときます!」
「あ、はい」
竹取カグラが個人勢の筆頭となった理由は、そのフットワークの軽さと思い切りの良さ、そしてVtuberの多数が持ち合わせている『人見知り』を全くしないことだった。コラボの頻度は低いが、企業所属の先輩であろうと、チャンネル登録者数二桁の個人運営の新人であろうと全く同じようにフレンドリーに接する姿勢は、一部からは『陽キャの襲来』と恐れられた。
一方で、相方であり実の従兄妹でもある竹取オキナは名前の通り老成したかのような落ち着きを持っていた。本人もジジイを自称し、カグラからも爺様と呼ばれては居るが、実年齢は廻叉とほぼ同年代である。
「すいませんな、ウチのカグラが。勢いで物事を進め過ぎるな、と注意はしとるのですが」
「いえ、むしろそのバイタリティこそ、今の個人勢には必要なのかもしれません」
「あのエネルギーには身内ながら驚かされますな。儂もあの子に引っ張り出された身ですし、偉そうに注意する立場ではないのですが」
「ですが、オキナさんも楽しんでいらっしゃるでしょう?」
「それは勿論。でなければ、専業にはなりませんわな」
呵呵大笑するオキナに、廻叉も思わず顔に笑みを浮かべる。尤も、通話である以上その表情がオキナに悟られる事はなかった。
「ただいまー!コラボの申請してきたー!ユリちゃんはオッケーくれたよ!」
「……は?」
「廻叉さんが狼狽しておる……今更も今更だけど、カグラさぁ……お前の思い切りの良さ、どうなってんだ?」
「えー、だってやりたいと思ったことやんなきゃ損じゃん!それでなくても個人勢のVtuberなんてダラダラやってたら赤字なんだから!アタシの手で損益分岐点を下げなきゃいけないんだよ爺様!!」
「行動の早さもですが、失礼ながらカグラさんの口から『損益分岐点』という単語が出てきたことに驚いています」
「こいつ、これでも経営学科出てるんですよ。就職活動サボって就職浪人からのVtuber化は、流石に身内と言えど予想できませんでしたがね……」
「なるほど……インタビュー企画が楽しみになってきました」
「お、執事さんも乗り気で良かったー!そんじゃ、サムネ作るからアタシは落ちるけど、爺様と執事さんどうする?もうちょっとダベる?」
「台本の相談ついでにもう少し話したいところ……いいですかね、廻叉さん」
「ええ、是非」
廻叉としてはユリアと二人で事務所以外のVtuberの配信にゲスト出演する事に慎重ではあったが、先日の雀羅との飲み会の事もあり個人運営Vtuberに対しては協力的な姿勢でありたいという心境でもあった。その上で竹取カグラが疾風怒濤の行動力を見せ、竹取オキナが必要以上に交際について深く触れない台本を提案してくれた事で安心して出演を承諾した。
後に廻叉は振り返る。この時の判断は正解ではあったが、Vtuber生活最大の多忙を引き込むきっかけにもなってしまった、と。
※※※
五月。世間はゴールデンウィーク真っ只中であり、基本的には誰もが大型連休を謳歌し、一部が休みなんぞ最初から無かったと自分に言い聞かせながら労働に勤しむ時期である。一方、Vtuberや配信者にとって大型連休とはまさに稼ぎ時であった。視聴者が連休であり夜更かし可能であることを見越して深夜までの耐久配信や、日中から開始の大型企画などが企業・個人問わず行われていた。
「で、我々Re:BIRTH UNIONの企画は『ステラ様による呼び出し&会議』な訳ですが、議題はもう初日でネタバレしてますね」
「そうだね、八月に大型のVtuber音楽フェス……『V Music Fes』がある。二日間の開催で、我々Re:BIRTH UNIONも参加枠がある訳だ。今回ばかりは3Dアバター所有者限定という話になっている……必要に応じて汎用アバターの利用も可能だけどね。ふふ、楽しみだよね?」
「あの、汎用アバターって何ですか?」
「ウチの社長が君らの会見で使ったマネキンがあるだろう?アレ」
「龍真さんがRe:BIRTH UNION枠ではなくバーチャルサイファー枠、白羽さんがVインディーズ内のバンド枠で出演を決めた理由ですね。龍真さん、『俺と備前以外全員マネキンじゃねーか!』って言ってましたね」
「備前くんは初期も初期は願真式3Dを使ってたからね。しばらく使っていなかったけどリファインしたらしい」
「なるほど……」
《まぁ何なら昨日の一期生コンビの時点でこの話するって言ってたもんな》
《ステラ様、外出るとカッコいいのにリバユニ内だと柔らかいの好き》
《汎用アバター貸し出しはビビった。流石のNDX協賛》
《実際にマネキンかどうかはわからんけれども》
《備前さんが3D持ってたことにまず驚いたけどな》
《願真式、いまだに使われてるのビビる》
そんな中で、Re:BIRTH UNIONはステラ・フリークスとRe:BIRTH UNION所属Vtuberによるイベント参加告知と対策会議、そして余った時間で雑談という企画だった。尤も、ステラ・フリークスが四日間連続で配信を行うという時点で既にある程度の注目度があった上に、メンバーごとの動向が明示されることで多数の視聴者を集めていた。
「それでねぇ、Re:BIRTH UNIONとしては初日と二日目、それぞれに出演枠がある。まず先に聞くけど、廻くんとユリちゃん、出るよね?」
「は、はい!こんな大きなイベントで演奏できるなんて光栄です!」
「ピアノ弾くことは大前提ですね。流石ですお嬢様」
《そりゃユリアが出なきゃダメよ》
《配信チケット買うの初めてだけど、ユリアのお嬢の為なら……!》
《ぶっちゃけ現時点で出演決まってるメンツだけ見ても買う価値あるぞ。むしろどこからギャラとか捻出してるんだって感じ》
《Vtuber業界、でっかくなってんなぁ……》
《で、廻叉くん。君は出るんだろうね?うん?(上司面)》
この時点で、廻叉は出演するともしないとも明言していなかった。歌動画を何本か出している事から、歌う事自体への抵抗がない事は廻叉のファン層は知っている。問題は、フェスと呼ばれるような舞台に立ってまで歌うかどうか、という点にあった。
「後方執事面してる廻くん、君はどうするんだい?」
「面というか、普通に執事ですが」
「はいはい、誤魔化さない。君の事だから、歌なり演奏なりを本職にしてる、あるいは活動のメインに置いている人が出るべき、って考えてるんじゃないかな?」
「……」
「音楽、と銘打ってあるから余計にそう思ってしまうかもしれないけど、割と何でもありになると思うよ。考えてご覧よ、オーバーズの出演決定者に秤くんとフィリップくんが存在してる時点で音楽だけに留まらないのは決定事項みたいなものだろう」
「まぁあの二人であれば漫才やり始めそうですし、リアクション芸で枠使い切る事も想定できそうではあるのですが。というか直球で名前出していいのですか?」
「あの二人ならむしろ喜んでくれるだろう。これは信頼だよ」
《後方執事面する執事で草》
《冷静に返すなw》
《あー……》
《十分上手いと思うんだけどな、執事も。とはいえ、執事が基準にしてるハードルが相当高いだろうってのも分かるから困る》
《おいw》
《異常な説得力……!》
《あえて二人一緒にやって、最後二人ともスタッフ・関係者への土下座で終わった伝説の3Dお披露目を見ているだけに分かる》
《ノーリアクション歌ってみたの切り抜き、ハーフミリオン回ってるもんな》
ある程度親交があり、なおかつ歌をメインにしていない男性Vtuberコンビの名前を出されるなど、少しずつ外堀を埋めていくステラだったが、嫌々出るような状況にはしたくはないのか、その説得には強引さはあまり感じられなかった。とはいえ、廻叉も完全に拒否しているという訳ではなく、単純に決めかねているという様子ではあった。
「あの……廻叉さん、一緒に、出てほしいです」
「……他ならぬお嬢様のお願いでしたら仕方ありませんね」
「あれ?これ私が説得する必要無かった?」
《あっ》
《会心の一撃》
《ステラが慎重に埋めていた外堀をブルドーザーで埋めるお嬢の一言》
《相変わらずよー!お嬢に甘いな執事さんよー!!!》
《むしろお嬢からのお誘いを待ってたまであるぞ。最近の執事ならそういう事する。間違いない》
《またイチャイチャシーン切り抜き師がヒャッホイする絡みを見せつけやがって最高かよもっとやれ》
《ステラ様、梯子を掛けて登っていたらユリアがエレベーターで一気に最上階へ到着し呆然》
最後の一押しは、ユリアからのお願いであった。倫理・道徳・法律に反しないことであれば可能な限りユリアのおねだりには応える廻叉であれば、出演を希望されれば即座に頷いて見せた。とはいえ、自分の説得を二人のやり取りのダシにされたステラもまた、一計を案じる。
そんなに一緒がいいのならば、望み通りにしようじゃないか、と。
「じゃあ、二人の出演も決定、と……そうそう、君ら同時出演にしておくからセットリストは二人で考える様にね。バラバラで歌うのか、デュエットするのかも君たちに任せるよ」
「……え?」
「なるほど、そう来ましたか……」
《キャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!》
《ステラ様、一生付いて行きます》
《廻ユリが世界に広まってしまう……!!》
《どういうステージングにするかはわからんけど、その可能性があるだけで夏まで生きていけるわ》
《廻叉、ユリア……いくら出せばデュエットしてくれる?(財布を開きながら)》
このニュースはあっという間にSNSのトレンドや、まとめサイトの記事になり拡散された。結果的に『V Music Fes』というイベント自体の知名度の向上にも繋がったことから、後に運営から大きく感謝されることになるが、それはまた別の話である。
最終的にRe:BIRTH UNIONからの出演者は、ゲームとホラーのイベントへの出演オファーがあるという小泉四谷、子供の夏休み期間中なので練習時間が取れない魚住キンメを除く、七名が出演となった。
「ええっと、リバユニって十人だから……七名だと、ステラさんは出られないんですか?」
「ユリちゃん、私を誰だと思ってるんだい?ステラ・フリークスは単独で枠を貰っている」
「あ、そ、そっか……!!」
「我々、ステラさんと距離が近いので忘れがちですが、Vtuber界を代表する歌姫の一角ですからね」
主人公とヒロイン、つまり廻叉とユリアが出る話が最近少ないなぁと思ってたんです。
なので大量の仕事を二人にブチ込みました。大丈夫だ、M-1制覇直後の芸人さんよりは少ないぞ。
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