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「そこで疑問を呈されても」

「また随分と主語の大きい話だけど、個人勢ってのはどれくらいの規模感の話?」


 レモンサワーの入ったグラスを傾け、廻叉は雀羅へと尋ねた。多少のアルコールが入ってはいるが、お互いにまだ泥酔、酩酊とは程遠い。無論、そこまで痛飲するつもりは(少なくとも廻叉には)ないが、実質初対面である雀羅のアルコール耐性は不明だ。酒の勢いで本人の意図しない言い方をしている場合もある。或いは、自分が彼の意図しない受け取り方をしている可能性もあった。

 少なくとも、雀羅の表情から察するに単なる愚痴や世間話ではなく、真剣な相談である事は廻叉にも察する事ができた。


「流石に全個人勢って話じゃねーっすよ。具体的に言えば、俺の周りの話っすから」

「ああ、クラくんの交友関係内に収まる話って事ね」

「ええ、その通りっすね。俺自身は、ある程度企業の人らが伸びてきたタイミングで個人勢で始めて、先輩にあたる人らは……なんていうか、良くも悪くもマイペースでやりたい事やれてて」

「確かにMC備前さんとか夜深志さんとか、あと魔境三傑の少佐殿と瀬羅腐さんとか……自由だよね……」

「魔境はそりゃ自由でしょ。よく考えたら、魔境三傑の一角に企業勢、それもアイドル系事務所の人が居るのが一番ヤベー話っすけど」


 廻叉が名を上げた個人運営のVtuberは廻叉自身と面識があるというだけでなく、それぞれに自分のやりたい事が明確にある面々ばかりだった。そして、その誰もが雀羅よりもキャリアの長いVtuberだという事だ。


「ぶっちゃけ、18年の後半以降にデビューして個人勢として名前が上がるの、それこそカグラさんとオキナさんのコンビくらいじゃないっすか」

「竹取一家は確かに名前をよく聞くよ。今の所、絡んだ事はないけど……まぁ、活動方針が動画中心かつ地域密着だからなぁ」

「だからこそ、今までとは別のファン層捕まえて伸びてるんすよねぇ。歌動画とかゲーム配信もやっても、二人っつーか"竹取一族"で完結しちゃうからコラボも殆ど無いし。親族って繋がり、マジ強い……」


 竹取カグラと竹取オキナ。2018年11月にデビューし、配信よりも動画をメインコンテンツに据え、地元と思われる竹林探索ロケやローカル線探訪など牧歌的な動画や、煽りと罵倒が飛び交うゲーム対決動画、懐メロ中心の歌動画などで幅広い年齢層からの支持を得た、雀羅と並び現在最も注目されている個人運営Vtuberのコンビだ。「またやらかして月から永久追放(約1100年ぶり2回目)された月の姫(自称)」こと竹取カグラと、「竹取の翁の子孫(自称)の動画クリエイター」である竹取オキナは、実際には従兄妹である事を早々に明かし、それぞれの両親や兄弟すら巻き込み動画内に登場させることもあり、彼女達の動画はもはや一種のファミリーコメディと化している。

 雀羅が頭を抱える様に廻叉は苦笑いを浮かべるしかない。もしここで「ウチの逆巻リンネとオーバーズの七星アリアは実の姉弟だよ」という爆弾を投げ込んだら雀羅はどう反応するだろうか、という好奇心が湧き出たものの、鉄の理性で封じ込めた。


「で、その竹取カグラさんに並ぶ個人勢のトップが雀羅くんな訳だ。私の登録者数をあっという間に超えていきましたね、流石です」

「廻叉さんモードで言われると怖いっす……いや、それはいいんですけど、なんていうか俺とカグラさんだけが取り沙汰されてて、19年以降デビューの個人勢、正直勢い落ちてるんですよね」

「んじゃ、先輩モードで話そうか。確かに、それぞれ頑張っては居るとは思うけど……確かに雀羅くん達に並ぶほどではない、か」

「なので、その……こんな事、企業勢の先輩に聞くのはお門違いもいいとこってのは分かってるんですけど、どうすれば今の新しく入って来た個人勢にファンの目を向けてもらえるのかな、って」


 雀羅は真剣な表情だった。廻叉はグラスを傾け、少し考える。企業所属と個人運営の差は大きい。ネームバリューや知名度の差は大きい。それは雀羅自身も分かっている様子ではあった。だからこそ、廻叉からはこう言うしかない。


「雀羅くんが引き上げるしかないよ」


 その言葉を聞いた雀羅の表情に困惑が浮かぶ。


「正確に言えば、雀羅くんと竹取さんが、だけど。個人でやってて頑張ってる、もっと伸びるべきだって思う人が居たら個人のトップの人が引き上げるのが筋だと思う。例えば、ここでRe:BIRTH UNIONなりオーバーズなりエレメンタルなり……まぁ、とにかく企業が現時点で知名度のない子に手出しすると、お互いによくない事になりかねない」

「あー……引き抜きを疑われるって事っすか」

「個人から企業に移った人を何人か知ってるからね。特に、マテリアルの円渦さんはRe:BIRTH UNIONのオーディションを受けて、最終選考まで残ってからマテリアルに加入したって経緯だし、最近だとMCカサノヴァさんがDJDに……これ、どっちも龍真さん絡みの話だなぁ」

「あのラジオ聞いてると、サイファーの人たちの情報沢山入ってきますよね。あー、あとはVインディーズが事務所化したりしてますし、ラブラビも新人よりも個人からの加入がメインですし」

「それプラス、その個人の子に『事務所に入れるかも』っていう風に誤解させてしまう可能性もあるし……」

「ファン側だけが勘違いする可能性もある、と……」

「だからこそ、君らがサポートなりコラボなりで引き上げるべきだと、俺個人としては思う」


 正時廻叉として以上に、境正辰としての経験則もあってのアドバイスだった。正辰自身が所属していた地方の小劇団から東京の事務所に移籍した先輩――旭洸次郎、そして残された一部の面々による『あわよくば自分も』というハイエナ根性や、『なんでアイツだけ』という的外れな嫉妬を目の前で見ていたからこそ、単純なコラボならばともかく、個人運営を引き上げる為の企画やアイディアを企業所属の自分が出すのは違う、と考えた。


「俺なんかが出来るのかな、ってどうしても思うっちゃうんですよね……」

「現状、事務所未所属のトップ層である君にならやれるだけの力はあると思うけれど。俺自身が表立ってサポートしたりとかは出来ないから、外野が偉そうにって思われても仕方ないかな」

「いやいやいや……ほぼ初対面でいきなり飲みに誘ってこんな話振った俺の方が相当アレですし。先輩からすれば『俺に言うな』案件じゃないですか」


 会話が途切れる。お互いがお互いに「これで良かったのか」という自問自答をしながら無言で酒を進めるだけの時間があった。どちらからしても答えが簡単に出るような質問でもなく、仮に廻叉の提案通り雀羅と竹取カグラが手を組んだとしても、それを切っ掛けに飛躍できるかは別問題だ。


「とりあえず……カグラさんに何かしら相談してみたいと思います。俺だけでなんとかなる話じゃないですし、カグラさん側も個人勢への思い入れがあると――あるのか?」

「そこで疑問を呈されても」

「いや、だって普段の動画とか、配信とか見てるとあんまり他のVtuberへの言及とかないんですよぉ!『え、やだ』『雀羅くんやりなよ』って切られそう!!」

「ま、まぁそういう可能性もゼロではないけれど……」

「よし、こうなったら今この場で酒の力を借りてダイレクトメッセージを……!!」

「やめろ馬鹿、勢いでやるならせめてシラフの状態でやれ」


 酒が回って来たためか、雀羅は後先を考えない行動に出ようとしていた。それを止める廻叉の口調も若干粗くなっていた。既にVtuberの先輩後輩ではなく、大学の先輩後輩のような距離感でのトークになりつつあった。


「だったらぁ!俺、何か企画するんでその時は廻叉さんも出てくださいよぉ!事務所全体でバックアップしてくれとは言わねぇっすから、廻叉さんは焚きつけた責任を取るべきだと思うんだよなぁ、俺ぁ!」

「わかった、わかったから。もう最近天の声オファーが増えてるから、今更もう一件二件増えた所で問題ないし。ただ、七月八月はダメだからね。ちょっと別件で集中しなきゃいけないから」

「っしゃ、言質ゲーット。ってか、夏場になんかあるんすか?帰省?」

「何があったら二ヶ月も実家に帰るんだよ。そうじゃなくて、まだ情報解禁前の何かしらがあるの。クラくんだって案件やったことない訳じゃないんだから、わかるでしょ?」

「なーるほどなー。まぁ、でも俺はカグラさんどう口説くかの方が大事なんで……」

「うーん、酔ってるとはいえ人に聞かれたら誤解を招きそうな言い方……」


 廻叉からの協力という言質を取ったことで安心したのか、雀羅の飲酒のペースが一段階上がった。元々アドバイスだけに留めるつもりだった廻叉であったが、酒の勢いと焚きつけた責任という点を突かれたことから、半ば済し崩し的に了承してしまっていた。とはいえ、Vtuber全体が盛り上がる事を考えれば、多少の前言撤回くらいは許されるだろう、とぼんやりとした頭で考えていた。




※※※




 雀羅が目を覚ますと、間違いなくそこは自宅の低い天井ではない事に気が付いた。かといって、誰かの自宅、という感じでもない。天井は高く、広かった。どこかのオフィスの一室、という感じが一番近いだろうか。


「知らない天井だ……」

「とりあえずそれを言うのは義務か何かなの?」


 声に驚いて雀羅は起き上がった。体に掛けられていた毛布、周囲、そして椅子に座ってコーヒーを飲みながらスポーツ新聞を読んでいる廻叉が居た。


「……おはようございます」

「うん、おはよう。どこまで覚えてる?」

「居酒屋で飲んで、終電無くして……そこから開き直って二件目に行ったところまでは」

「そうだね。そこでまたガッツリ飲んで寝たよね、雀羅くん。俺はまだ意識はあったけど、君を送ろうにもどこかわからないし、流石に免許から勝手に住所割ったりとか出来ないからタクシーでここに連れて来たんだけど」

「え、ここ廻叉さんの家っすか?クッソ広いっすけど」

「んな訳ないだろ」

「じゃ、じゃあここは……?」

「リバユニのオフィスにある実質仮眠室も兼ねたミーティングルーム。正確に言うと、リバユニじゃなくてリザードテイルの、だけど」


 廻叉の言葉を数十秒掛けて理解した雀羅の顔が蒼褪める。実質初対面の先輩企業Vtuberを飲みに誘い、答えの出ない問いを投げた挙句に巻き込んで、おまけに自分が先に寝落ちして相手の企業のオフィスで寝かせてもらった。その事実を飲み込み、次に何をすべきかを雀羅は正確に理解していた。


「この度は大変なご迷惑を……!!」


 迷いなき土下座であった。

次回は顛末と展開の話になりそうです。


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[良い点] うーんこの人生の後輩感w 上手く甘えられる関係になれば精神的に良いよね。
[良い点] 二人きりの呑み会、終電逃し居酒屋梯子して、酔いつぶれた彼をお持ち帰り… とうぜん何も起きないわけがなく―――雀羅君が♂でなければな! お嬢の嫉妬が見れたかもしれないのになー!!
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